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朝色小夜曲  作者: 芦野
27/28

Another chapterED 後編

この章はAnotherchapterの最終話となっています。未読の方はぜひ、これまでの部分を読んでからこのパートを読んでいただくことをオススメします。

1

久々に、そして今日で袖を通すこともなくなるであろう制服を身にまとって、わたくしは姿見の前に立ちました。

「……」

いつもと同じように鏡に向かって笑顔を作ると、なんだか少し寂しい気分になってしまいます。


卒業式を終えて、記念撮影を求めてくる生徒達の対応や、生徒会の役員達と挨拶を交わした後でした。

「あ、あの! 会長! これ受け取って下さい」

わたくしの後を継いで生徒会長になった女子生徒から、寄せ書きと花束を渡されました。

「ありがとうございます。でも、わたくしはもう生徒会長ではないですよ」

「そ、そうでした。えへへ」

「頑張ってくださいね。この学校を少しでもよりよく導いて下さい」

「が、頑張ります! あの……良かったら制服のリボンアタシにもらえませんか?」

「……わたくしも何か差し上げたい気持ちはあるのですが、貴女だけに渡すのは不公平ですから、ごめんなさい」

「そ、そうですよね。あはは……」

寂しげな顔をする彼女を納得させるために、わたくしは言葉を送ることにしました。

「貴女はわたくしとは違った形で、この学校をよりよくして下さい。期待してますよ」

「は、はい!」

頷く彼女に微笑みを返して、わたくしは校舎を後にしました。


百合さんを探して学校内を歩いていると、校舎近くのベンチにその姿を見つけました。

「百合さん、卒業おめでとうございます」

「ああうん、ありがとう。椿原さんも卒業おめでとう」

「ありがとうございます」


「……そういえば初めて百合さんとお話したのもここでしたね」

ふたりで並んでベンチに腰かけると、あのときのことを思い出します。

「そうだったっけ」

「はい」

頷いてみせると、百合さんも思い出したようです。

「ところで百合さんはここで何を?」

「あーうん、真央を待ってる。今日ぐらいは一緒に帰りたいっていうから」

「……そうですか」

卒業式の日なのに、桜井さんの姿が見えないと思ったら、そういうことでしたか。

「ねえ、椿原さんは」

「ちゃんと名前で呼んで下さい」

未だに百合さんはわたくしのことを名字で呼ぶことがあります。やっぱりまだ、その部分では距離を感じてしまいます。

「……花恋さんは、どうしてこんなところに?」

「わたくしは百合さんを探してここに」

「そうなんだ」

相変わらず、百合さんはそっけない返事を返してきます。

「今日このあと、もしよかったら百合さんの家に行ってもいいですか?」

「……いいけど、今日も車でしょ? わたしたちは電車だから」

「いえ、そこは先約を優先して下さい。わたくしは少し寄りたいところがあるので」

正直、心配というか嫉妬してしまう気持ちはありました。でも、桜井さんと百合さんの間の関係は、他の誰も立ち入っていけない空間というか聖域みたいなところがありますから。

ここはひとまず一歩、引くことにしました。

「……では、わたくしはこれで。百合さんの方の準備が出来たら連絡して下さいね」

「うん、また後で」

「はい」

微笑んでから、足早にその場を去りました。

桜井さんと鉢合わせたらお互い気まずいでしょうし。

それに、わたくしも準備したいことが色々とあるので一度家に帰らないといけません。

後ろを振り返ることなく、わたくしは学校を後にしました。


2

「ふわぁ……」

卒業式というものは分かっていたけど、正直とても退屈だ。

それに授業とかと違って独特な緊張感があるから、余計に長く感じる。

「──これからの三間桜高校の更なる発展を願って答辞とさせていただきます」

椿原が答辞を読み終わると、校歌斉唱があって、ようやく式が終わりだ。

「……」

今までの行事もそうだったから、別に寂しいという気持ちはないけど、お母さんの姿は保護者席にはなかった。

もしかしたら恭子さんはいるかもしれないけど、姿を見つけることは出来なかった。


いわゆる最後のHRも終わり、やっと開放される。名残惜しい気持ちが全くないわけじゃないんだけど、それよりも早く帰りたいという気持ちの方が大きかった。

「あ、ちょっと待って百合!」

足早に教室を出ようとしたところで、真央に呼び止められた。

「ね、今日で最後なんだし一緒に帰ろ」

「……別にいいけど」

「先に帰らないで待っててね、絶対だよ!」

わたしに念を押すと、真央は教室に戻っていった。

「……はぁ」

真央と違って、クラスメイトとの交流を怠ってきたわたしには何かやることもなく、校舎近くのベンチに佇んでいた。

風が吹くたびにざわざわと木から音がする。本当だったら桜が咲いていて欲しいところだけど、あいにく今年はまだつぼみのままだった。



「百合さん、卒業おめでとうございます」

一瞬誰かと思ったけど声で気づいた。

「ああうん、ありがとう。椿原さんも卒業おめでとう」

「ありがとうございます」

わたしがそう返すと椿原はにっこりと笑った。


「……そういえば初めて百合さんとお話したのもここでしたね」

椿原はわたしの隣に座ると、そう語りかけてきた。

「そうだったっけ」

「はい」

言われてみると確かに、そんな感じだったような気がする。

「ところで百合さんはここで何を?」

「あーうん、真央を待ってる。今日ぐらいは一緒に帰りたいっていうから」

「……そうですか」

椿原は少し複雑そうな顔をする。

「ねえ、椿原さんは」

「ちゃんと名前で呼んで下さい」

ちょっと演技っぽくムスッとした顔をするけど、声のトーンはちょっと本気で怒ってる気がした。

「……花恋さんは、どうしてこんなところに?」

言い直したけど、やっぱりまだちょっと照れる。

「わたくしは百合さんを探してここに」

「そうなんだ」

「今日このあと、もしよかったら百合さんの家に行ってもいいですか?」

「……いいけど、今日も車でしょ? わたしたちは電車だから」

いや、流石に3人で帰るのはちょっと気まずい気がする。

「いえ、そこは先約を優先して下さい。わたくしは少し寄りたいところがあるので」

あ、だったらいいか。

「……では、わたくしはこれで。百合さんの方の準備が出来たら連絡して下さいね」

「うん、また後で」

「はい」

椿原はいつものように微笑んでから去っていった。


「ごめんお待たせ」

本当に結構待たされたけど、真央の目元が腫れてるのを見て、しょうがないかって気になった。

きっと真央には別れを惜しむような人がたくさんいるだろうから。

「別にいいよ。じゃ、いこ」

「ごめんね」

「いいってば、今日で会うの最後の人もいたんでしょ?」

「……うん」

学校の最寄り駅から電車に揺られて、家の方に戻って行く。


「……」

一緒に帰りたいっていうから、何か話したいことでもあるのかなって思ってたけど、真央は何も言わずにずっと佇んでいる。

「……次だね」

次で真央が降りる駅、わたしはもうあの家に今は住んでないから、ここで別れることになる。

「──百合も一緒に降りてくれない?」

「え?」

わたしが戸惑っているうちに、電車が駅についてドアが開いた。

「……」

真央は何も言わなかったけど、今にも泣き出すじゃなかって思うぐらい寂しそうな顔をして、わたしの制服の袖をくいっと引っ張った。

「……分かったよ」

結局、わたしも一緒に降りることにした。


見知った道でも、久々に通るとなんだかちょっと新鮮な感じがした。

それよりも真央の様子が気になる。

「……」

もうすぐ家につく、そこまでの間も真央はずっと黙っていた。

「……じゃあ、ここで」

真央に背中を向けて、駅に戻ろうとしたその瞬間だった。


「──百合!」

突然真央に後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「どうしたの急に」

「……もうちょっとだけ、このままでいさせて」

「いいけど」

背中越しに真央の存在感のあるモノを強く感じる。

なんてちょっと思いかけたけど、そんなことよりもちょっとキツく抱きつきすぎな気がする。ちょっと痛いくらいだ。

「ねえ百合、本当にここに帰って来てないんだね」

「今さらじゃない、それ」

引っ越すって伝えたときの、真央の色々な気持ちが入り混じったような顔をわたしは思い出していた。

……もしかしたら、今も同じような顔をしてるかもしれない。

「いつでも戻って来てよ。私待ってるから」

「……別にもう一生会えないってわけじゃないし」

「そうだけど! もう、百合には寂しいって気持ちはないの?」

そう言って真央は背中を軽くつついてきた。

「いや、あるよ」

「だったらちゃんと約束して。……またここに帰ってくるって」

「分かった。約束する」

「……うん。じゃ、行ってらっしゃい。ちゃんと元気でいなきゃ、ご飯もちゃんと食べないとダメだからね」

ああ、いつもの真央だ。その言葉にわたしは深い安心と、それと同じぐらい寂しい気持ちが込み上げてきた。

「……努力する。じゃあ」

「うん、またね」

本当は別れ際に元気に手を振ろうと決めていたのに、どうしてかは分からないけど、今なんとなく真央の顔を見たらいけない気がして、わたしは振り返ることなく歩き始めた。


一人になってからふと夕日を眺めていると、なんだか泣きそうになってしまう。

きっと、真央も同じような気持ちでいるんだろうな、そんなことを思いながらわたしは駅へと戻る道を足早に歩いていった。


3

「お邪魔します」

「何もないけど、とりあえず座りなよ」

「はい」

わたくしが百合さんの新しい家にお邪魔するのは、これが初めてです。

「……」

生活感があまりないという印象を受けるのは、家具やその他のものがほとんど見当たらないからでしょうか。

少し大きめのベッドとテーブル、クッションと冷蔵庫以外に大きい家具や家電が見当たりませんでした。


「何か飲む? と言っても大したものないけど」

「ありがとうございます。お任せしますよ」

前住んでいた一軒家とは違って、今彼女が住んでいるのはマンションの一室でした。オートロックは付いているせいか、どうしても少し手狭な印象を受ける部屋でした。

「じゃあこれ」

すっと、ペットボトルに入った水とグラスを手渡されました。

「ありがとうございます」

「それで、今日はどうしたの。急に家に来たいなんて」

「……最近なかなか会えていませんでしたから。お家デートでもしたいな、と思ったんです」

「なるほど」

百合さんはそう言いながら、ビーズクッションにもたれかかるように座りました。


「で、そろそろ聞いていい?」

百合さんがさっきからちらちらと視線を送っていることに気づいていましたが、わたくしはあえて気づいていないふりをしました。

「はい、なんでしょう」

「そのスーツケースは?」

「必要なものはあらかたここに入ってますよ」

わざとはぐらかすように笑顔を作ります。

「えっと……必要なものとは?」

「同棲に必要なものですよ」

「……ど、ドウセイデスカー」

わたくしの言葉に百合さんは目を白黒させていました。

「ええ、といっても明後日のお昼頃までですけどね」

「……なんだそういうこと、でもそれにしても急じゃない?」

「……嫌ですか?」

嫌だって言われないと分かっていて、こういうことを言う自分は少しずるいのかもしれません。

「まぁ、いいけどさ」

「ふふっ、ありがとうございます」

「……でも、どうして今日なの?」

ペットボトルに残っていた水を飲み干して、百合さんはこう尋ねてきました。

「卒業式の日ということで、一区切りだと思って」

本当は別の理由があるのですが、とりあえずそう言ってはぐらかしました。

「ふーん」


お風呂などを済ませて、いよいよ夜が深まってきました。

「わたし、そろそろ寝るけど」

「そうですね」

「そういえば、うち来客用の布団とかマットレスないなぁ。わたしそのへんで寝るからベッド使って」

「それは出来ないです。ちゃんとしたところで寝ないとダメですよ」

「でも」

「一緒にベッドに寝ればいいじゃないですか」

百合さんはわたくしの言葉に目をそらしました。

「ふたりで並んで寝るには狭いよ」

「いいじゃないですか、なんかカップルっぽくて」

正直に言うと、最初からわたくしはそのつもりでした。

「うーん……しょうがないなぁ」

「うふふ、嬉しいです」

百合さんに続いて同じベッドに潜り込むと、自分の胸が高鳴るのが分かります。

──ずっと、このときを待っていましたから。

「やっぱり、ちょっと狭くない?」

貴女(あなた)を近くに感じられて、わたくしはとっても嬉しいですよ」

「……」

百合さんは顔を赤らめると、寝返りをうってわたくしから顔をそらしました。

その初心(うぶ)な仕草がたまらなく愛おしくて、自分の中でずっと抑えてきたものが崩れ去ります。

「……ねえ」


4

──なんとなくそんな気はしてたけど、一緒のベッドに寝たいってそういうことなのかな。そんなわたしの想像はどうやら間違っていなそうだった。

「ずっと、寂しかったんですから」

耳元で囁かれると、いつも以上に彼女の声は蠱惑的に感じる。

「……それと同じぐらい怖かったんです。自分の想いが貴女にとって、重荷になってしまっているじゃないかと」

「それは違う。言ったでしょ」


──これから一緒に、ゆっくり歩いていこう。

わたしは花恋の告白にこう答えた。

「だったら、ちゃんと示してください」

花恋の指がわたしの腰をゆっくりと撫でてきた。

「ふぅ……」

深呼吸をしてから、椿原の方に身体を向ける。

「キス、してください」

目が合うなりそんなことを言われると、流石に心の準備がまだっていうか。

「……いや、その」

「……」

なんかわたしを見つめる眼差しが、すっごく怖いんだけど。

もしかして、怒ってる?

「してくれないなら、こっちからするから」

「え、ちょ」

一瞬のことだった。視界を彼女に支配されると同時に、唇を奪われてしまった。

「ぁ……」

呆然とするわたしを見つめたまま、花恋は唇をぺろりと舐める。

その顔を見て食べられる、と比喩じゃなく本当にわたしはそう思った。



「こんなに気持ちいいというか、満たされるんだ……ただ()()()()が触れ合っただけなのに」

花恋はそう言って満足げに笑う。

「ねえ、貴女はどうだった?」

「……どうだったって言われても」

正直されるがままで、なんて表現していいかわからない快感を一方的に与えられ続けて、気がついたらこうなっていた。としか言いようがない。

「嫌、だった?」

「そうは言ってない」

嫌ではない、それは確かだけど不意打ちは不公平だと思う。

「ねえ、いい加減ちゃんと好きって言ってくれてもいいんじゃない?」

花恋って、こんな感じだったっけ? 全然普段と違うって思ってたけど、そう思ってたけど、思い出してみるとあのときもこんな感じだったような気がする。

もしかしたらこっちが彼女の素、なのかもしれない。


「……」

どうやら、どうしても言わないと許してもらえないらしい。湧き上がってくる恥ずかしさを押さえつけて、わたしはじっと彼女を見据えた。

「好きじゃない人とこんなこと、わたしは出来ないよ」

そう言って、今度はわたしの方からキスをした。

ただ軽く触れあっただけの軽いものでも、答えにはきっと十分なはずだ。

「ありがとう」

わたしの耳元でそう囁くと、花恋は首筋にキスをしてきた。

執拗にというか、強弱をつけて何か、吸うような感じのキス……しばらくしてからその意図に気づいた。

「えっと、もしかしてキスマーク的なのつけてる?」

「いけない?」

そう言って花恋は首を傾げる。いや、別にいけないという訳じゃないけど。

「誰かに見られたりしたら、ものすごく恥ずかしいんだけど」

「……じゃあ見えないようなところだったらいい?」

「そういう訳でもないんだけど」

どうしても花恋は、そういう痕をわたしの肌につけたいらしい。


「……」

改めて見ても花恋の裸体はすごく綺麗だった。

無駄なものが全くないのに、すごく女性らしいというか。

詳しくはないけど、きっとグラビアアイドル顔負けというか、それ以上のスタイルというか。

「どう?」

少し恥ずかしそうに、だけどちょっと自信ありげな口調で感想を尋ねてくる。

「……羨ましい」

「あの子ほどじゃないかもだけど、スタイルには自信あるの。ねぇ、触って」

わたしの右手をとって、花恋は自分の胸に導いた。

「……」

うわ、すごい。

それ以上の言葉というか感想が出てこない。

柔らかいのに、張りがあってなんとも甘美で不思議だ。

自分のものとは明らかに違いすぎる感触に、嫉妬をもはや通り越して崇拝してしまいそうだ。

「じゃあ今度は、こっちの番」

わたしのお腹だったり、首筋だったり、胸だったり。ほとんど全身をくまなく、舌や指で撫でられた。

「わたしの身体なんてつまんないでしょ」

さっき見た花恋のと比べると、あまりにも幼いというか子どもみたいというか。

とにかく全く釣り合わないと思う。

「ううんつまらなくなんてない」

「……慰めなくていい。余計に悲しくなる」

「胸の大きさだけなんて、価値のあるものじゃないわ」

「ひゃっ!?」

そう言いながら花恋はわたしのへそのすぐ下を撫でた。

「貴女のこのなめらかで、透けるような肌はきっと他の誰よりも奇麗よ。それに、今みたいな顔、すっごく可愛いわ」

「や、やめて……んっ」

花恋はわたしの口を文字通り塞いでから、こう耳元で囁いた。

「ねえ、続きしましょう?」


あのときみたいに、わたしは花恋に覆いかぶさられるような体勢になっていた。

でもあのときと違うのは、わたしの手を握る花恋の指がとても優しかったことで──


「好き。好きよ。貴女のことが心から」

普段だったら、聞くだけで恥ずかしいって気持ちが先に来てしまうような言葉も、こうして身体を重ねていると不思議とただただ心地よくて。満たされる。

もっともっとそういう言葉が欲しくなってしまう。

「もっともっと貴女のこと深く知りたい。他の誰も知らないことも知りたいの。それに、もっともっと私のことも知って欲しい」

「……うん」

身体が暑い。お風呂上がりのあの火照ったような感覚と似てるけど、それよりも、もっとずっと暑い。

下腹部の奥が頭の先から、痺れるような熱が込み上げてくる。

このままどこかに飛んでいってしまうような。今まで感じたことのない大きなものがどんどん近づいてきて、わたしを天に導いてゆく。

「自分が想っているのと同じぐらいの気持ちを、貴女には返して欲しいの。わがままだって言われたってその気持ちは変えられないわ」

花恋は、握っていた指を離したあと、ふっと笑ってわたしの髪を撫でた。

「私のこと、もっともっと好きになってもらうから、覚悟してね」

「……うん、期待してる」

そこからはただ、言葉もなくわたしと花恋の吐息とかすかな声がそこにあるだけで。

やがてわたしたちは空へ昇るような結末を迎えて、そのまま眠りに落ちた。



「んぅ……ん?」

頭を撫でられる感覚で、まどろみの中から現実に引き戻された。

「おはようございます」

「あぁおはよ……」

まだ眠い。というか、なんでそんなに嬉しそうにしてるんだろう。

「百合さんの寝顔、とってもかわいいかったですよ」

自分の寝顔、想像しただけでだらしなそうで嫌になる。

「……恥ずかしいんだけど」

「どうしてですか? 恥ずかしがる必要なんてありませんよ」

「いやいや」

寝顔をまじまじと見られてたって知って、恥ずかしがるなって方が無理だと思う。


「……そういえば百合さん」

「ん?」

淹れてもらった温かい紅茶を飲みながら佇んでいると、花恋が隣に座ってきた。

「愛ってどういうものだと思いますか?」

「え?」

「ごめんなさい、急に変なことを聞いてしまって。でも、少し考えてみてもらえないですか」

愛、良く聞く言葉だけど、どういうものって聞かれると考えたことなかった。

「……うーん」

花恋はわたしの答えを何も言わずにじっと待っている。

「……その人のためだったら、どんなことでも出来るっていうか、してあげたいって思うことかなぁ」

自分の中に愛というものが芽生えていたことが、果たしてあるのかは分からないけど、もしあるとするなら……そういうことを考えてみて思いついた答えがこれだった。

「答えてくれてありがとうございます」

花恋は満足げに微笑むと、目を閉じて紅茶を一口飲んだ。

「……いや、お礼なんていいけど」

自分で言って恥ずかしくなってる。もうちょっとふざけた感じで答えれば良かったかもしれない。

「百合さんの愛とわたくしの愛。それぞれの愛をお互いの一生をかけて、大きく育んでいきましょうね」

「え、うん」

思わず頷いてしまったけど、そうとう重いこと言われた気がする。


でも、そういえば花恋の考える愛ってどういうものなんだろう。

「……それで、花恋さんの思う愛ってなんでしょうか?」

「それはこれから、一緒にいてもらえたら分かると思いますよ」

「聞いておいて自分は教えてくれないのは不公平じゃない?」

「今はまだ、内緒です」

わたしの抗議は、花恋に届かなかったらしい。いたずらっぽく笑われてごまかされてしまった。



──彼女の顔を眺めながら、わたしはふと思っていた。

椿原花恋という人間は、わたしをきっと自分ひとりでは絶対たどり着けないところへ導いてくれる。

それがどういうところか、今はまだ分からなくてもいい。


ただ今は手を引かれるままついて行ってみたい。

そうわたしは思った。

窓の外から見える小さな空には、いくつかの雲がある。

青い空の中に浮ぶ白が、わたしにはどうしてかいつもより鮮やかに見えていた。


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