Another chapter4
この章はAnother chapter1から3までの続きになっています。未読の方はぜひそちらからよろしくお願いします。
1
今日もまた外では雨が降っている。
そういう季節だからしょうがないとはいえ、天気予報が一週間雨で埋まっていると、流石に面倒だなと思う。
今日は日曜日。当然学校はないはずなのに、いつも平日に起きる時間に目が覚めてしまった。
「……ふう」
何となくシャワーを浴びて、眠気が飛んだのはいいけれど、やることが無い。
いや、本当はあるはずなんだろうけど、何をどうしたらいいのかわたしには思いつかなかった。
「あっ……」
冷蔵庫を開けようとして、昨日中身が空っぽになったことを思い出した。
面倒だけど、いい加減買い物に行かないといけない。
雨の中、わたしは外に出た。
ぱらぱらと傘を叩く雨の音を聞きながら、最寄りの駅に向かっている途中、突然携帯が鳴る。
「もしもし」
「あっ百合、起きてたんだ珍しい」
「……どうかしたの」
電話は真央からだった。
「今日、雨降ってるけど一緒にどこか行かない?」
「どこかって?」
「うーん、映画とか見て甘いものとか食べたいなーって思ってるんだけど」
「まあ、買い物行くつもりだったから別にいいけど」
「本当? じゃあ今から百合の家行くから、準備出来たら出てきて」
「……あーえっといいや、いつも乗る駅で待ち合わせでいい?」
話しながら歩いていたので、もう駅が目の前だ。
「え、うんいいけど」
「わたしもう着いたから出来るだけ急いで来て」
そう言ってわたしは電話を切った。
「どうしてここにそんな早く着いてたの?」
電車に並んで座ったところで、真央が聞いてきた。
「ああ、ちょうど買い物行こうと思ってたとこだったの」
「そうなんだ。……誘ってくれればよかったのに」
呟くように真央は言うけど、別に一人で行くのも二人で行くのも変わらないと思う。
「で、映画見に行くとか言ってたけど、見たいのは決まってるの」
「百合は何か見たいのある?」
「別に、今日映画見る予定じゃなかったし」
「うーん」
「行ってから決めればいいじゃん」
わたしの言葉に真央は何か言いたげな顔をする。だけど、結局その前電車は目的の駅に着いてしまった。
「あっ、これ今テレビでCMやってるやつだ」
そう言いながら真央は、恋愛映画のポスターを指さす。
「ああ、そういえば見たような」
この前見たサメ映画はもうやっていないみたいだ。あれ、もう一回見ても良かったけど。
「百合は何か見たいのあった?」
「うーん、特になかった。真央は?」
「さっきのあれぐらいかなあ」
さっきのあれ、ということはあの恋愛映画か。
「……やっぱり映画やめとかない?」
正直に言うとああいうジャンルの映画は気が進まない。
「えーせっかく来たのに」
「そんなに見たいなら一人で見てきたらいいじゃん」
「もう、すぐそういうこと言うんだから」
真央は小さくため息をつく。
「あれ、桜井さんと朝倉さんだー」
後ろから投げかけられた声に、わたしと真央はほとんど同時に振り返った。
「やっぱりデート?」
「遊びに来ただけだよー」
どうやら真央とは知り合いみたいだけど、誰だろうこの人。
「……ねえ、真央この人知り合い?」
わたしの言葉に真央は一瞬フリーズした。
「知り合いも何も、橘さんだよ、同じクラスの」
真央は信じられない、といった顔をする。
「橘、さん」
そう言われるとそういう苗字の人がいたような気がする。
「あっはは、しょうがないよ。あたし朝倉さんとこうやって話したことないし」
橘さんはわたしの方に向き直った。
「えっと、あたし橘綾子。実は3年間ずっと朝倉さんとクラス一緒なんだよ」
快活そうに笑う橘さんを見て、どうして名前を覚えていなかったのか、少し不思議に思った。どちらかというと、印象に残りそうな感じの人なのに。
「えっと、朝倉百合……です」
「あはは、知ってるよ。というか朝倉さんのこと知らない人の方が少ないと思うよ」
「?」
別に有名になった覚えはないけど、そうなのだろうか。
「あれ、そういえば橘さんはどうしてここに?」
「あっ」
真央の問いかけに橘さんは声をあげた。
「もうそろそろ始まる時間なんだよ。桜井さんと朝倉さんは時間大丈夫?」
「まだ見る映画決まってなくて」
真央の答えに橘さんはにやりと笑う。
「じゃあ一緒に見る? ホラー映画だけど」
「……私は怖いの苦手だから遠慮しとく」
「そっかあ残念。じゃあ、また今度一緒に映画でも見に行こうよ」
「うん、また誘ってね」
頷きながら真央は答える。
「じゃあたしはこれで、また明日学校で」
「うん。また明日」
手を振る橘さんに真央も手を振る。
「朝倉さんも、だよ」
「あ……うん。また明日」
わたしもぎこちなく手を振り返すと、橘さんは明るく笑って、受付の方に走っていった。
「で、わたし達はどうするの」
橘さんにおいていかれて、結局わたしたちはまたさっきの場所に戻ってきていた。
「でも、百合はあれ嫌なんでしょ」
「嫌」
「うーん近い時間の映画で良さそうなの他にないし、どうしよう」
「……ねえ、真央」
考え込む真央の横顔を見て、いいことを思いついた。
「んー?」
「ちょっとお腹空かない?」
わたしの言葉に真央はぱちぱちと瞬きをした。
「……そう言われたらちょっと空いたかも」
「わたしはドーナツとか食べたい気分だけど真央は?」
「うん。何だかそんな気分になってきちゃった」
真央はそう言って嬉しそうな顔をする。
ずっとここで迷っているよりも、甘いドーナツに癒やされた方が、きっとわたしも真央も楽しめると思う。
映画はとりあえず置いておいて、駅の出口のところにあるドーナツショップにわたしたちは向かうことにした。
2
「百合っていつも同じの選んでるよね。そのドーナツとパイ」
注文と会計を終えて席についたときに、真央は少し可笑しそうな顔をしてこう言ってきた。
「そうかな?」
「そうだよ。お茶だったり水や、ココアだってずっと同じのを選んでる」
自分では特に意識して選んでるつもりは無かったんだけど、そうかもしれない。
「……もしかしてわたしのファン?」
「ふふっ、そうかもね」
なぜかちょっと誇らしそうに真央は笑う。
「否定しないんだ」
「しないよ」
真央は笑ったまま即答してきた。冗談で言ったつもりなのに、真面目な顔をして返されると反応に困る。
「……そういえば、百合って進路どうするか決めた?」
しばらく無言の時間があった後、真央はおもむろにこう聞いてきた。
「どうしたの急に」
「ママと昨日そういう話をしたんだよね」
「真琴さんは何て言ったの?」
「ママが卒業した女子大とかどうなのって」
「ふうん」
真琴さんが通ってたのって、確かわたし達の家から結構近いところにあった大学だったような気がする。
「家から近いし、ママの出身校だしいいんじゃないって」
そう言いながらも、真央はどこか浮かない顔をしている。その理由がわたしにはわからなかった。
「ねえ、百合はどう思う?」
「どうって、それは真央次第じゃないの」
「そうじゃなくって……百合はどう思う? あそこの女子大にわたしが行きたいって言ったら」
「……どういうこと?」
アイスミルクを一口飲んで、わたしは真央の目をじっと見る。
「百合はどう思うのかって、単純に意見を聞きたいなあってだけ」
「……わたしがどうこう言うことじゃないと思し、別にいいとんじゃないの」
「そっか」
真央はそれ以上何も聞いてこなかった。
結局ドーナツを食べた後、駅前のスーパーでそれぞれ買い物をして、わたしたちは家に帰ることにした。
「今度はちゃんと映画見に行こうね」
「……うん」
電車の窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めながら答える。
「百合ってどういう映画が好きなの?」
「どういう映画って?」
「例えば……ジャンルとか」
「うーん。別にそこまで映画見てるわけじゃないしどうだろ」
少し考えてみても、はっきりと思いつくものは無かった。
「割と何でも見るけど、今日のあれみたいなのは好きじゃないかな」
「どうして?」
「感情移入しにくそうじゃんああいうの。なんか、恋愛ものって感情移入しにくいじゃん?」
「ふーん」
真央は納得したのか、してないのか分からない微妙な反応をした。
「そういえば、百合に聞くの忘れてた」
最寄り駅から歩いて帰る途中で、真央は突然聞いてきた。
「何を?」
「百合はどうするの? 進路。やっぱり進学?」
さっきの話、まだ終わってなかったのか。
「さあ、わたしにも分からない」
「……分からないって大丈夫なの?」
「だって、今日こうしたいってのがあったとしても、何かあったら明日には変わってるかもしれないじゃん?」
「……それはそうだけど」
「だから、本当に何も決まってない」
そうはっきりと言ってみせても、真央は浮かない顔をしていた。
「……そう」
それから家に着くまで、わたしたちの間に会話はなかった。
「じゃあまた明日」
「うん」
「寝坊しちゃダメだよ」
「はいはい」
わたしは真央と別れて家に入った。
「ん?」
そろそろ寝ようかと思って、ソファーで横になっていたときだった。
電話だ、誰からだろう。そう思って携帯を開いてみると、画面には椿原花恋と表示されていた。
「もしもし」
「夜遅くにすみません。今大丈夫ですか?」
「……大丈夫だけど」
どうしたんだろう、わざわざ電話かけてくるような用があるんだろうか。
「ごめんなさい、大した用事はないんです。本当だったら、明日にでもすれば良かったんですけど、つい貴女の声が聞きたくなってしまって……迷惑でしたか?」
椿原はどこか冗談っぽい口調でこんなことを言ってきた。
「別に迷惑じゃないけど……何かあったの?」
「ふふっ、半分は冗談ですけど、もう半分の貴女の声が聞きたかった、というのは本当ですよ」
「……そうなの?」
電話越しなのに、なぜか直接話しかけられているみたいに、耳元がくすぐったい感じがする口調で椿原は話しかけてくる。
「ええ、ところでもしよろしければ、なんですが明日のお昼二人きりで一緒に食べませんか?」
「いいけど」
わざわざ二人きり、という部分を強調してきたのが気になったけど、別にいいか。
「では、四時間目が終わったら生徒会室の前に来てくださいね。……それじゃあ楽しみにしてますね」
そう言うと、わたしの返事を待たずに電話は切れてしまった。
「……」
明日葉の方はそんなことないんだけど、彼女と話すと、いつもペースを握られているような気がする。
なんだろうこの感じ、誰かと似ている気がする。
そんなことを考えているうちに、いつの間にかわたしは眠りに落ちていた。




