Another chapter1
※このAnother chapter1はすでに完結済のルートとは別ルートとなります。
内容は独立していますので、お好きな方から読んで頂いて大丈夫ですが、どちらかというとchapter1〜の方から読んで頂いた方が、色々はかどると思います。
1
「……」
何か夢を見ていた気がする。
それが白昼夢なのか、本当に眠りに落ちて見た夢なのかは分からない。
ただ何か夢を見たという感覚だけが残っている。
その内容は……よく思い出せなかった。
「えー、この状況から──」
間延びした教師の声で、今が授業中だということに気がついた。
別に寝てたって起きてたって、たいして変わらないからいいけれど。
「んっ……」
軽く体を伸ばして教室の前方に視線を向ける。
今日最後の授業が終わるまであと少し、早く学校から開放されたい。
そんなことを考えながらぼんやり窓の外を見る。
そういえば最近は雨が多い気がする。まだ梅雨には早いはずなのに。
窓の外に降りしきる雨を眺めているうちに授業は終わった。
雨が好きとまでは言わないけど、今のわたしの気分には青空よりも灰色の空の方が落ち着く。
「……」
電車に一人で揺られていると、ときおりもの悲しい気分になる。
どうしてわたしは今、ここにただ一人でいるのだろう。
ふとしたきっかけで、どうしようもないことをこうやって考えてしまう自分がどうしようもなく情けなくて、惨めだ。
もうさんざん考えてきて、どうしようもないって分かっているはずなのに、ああすれば違ったのかもしれないっていう後悔が襲ってくる。
「……」
電車を降りると、雨がさっきよりも激しくなっていた。
「いいか……もう」
折りたたみ傘を鞄にしまったまま、わたしは駅の外に出る。
雨音の中をただ家に向かって歩く。
本当だったら鼻歌でも歌いながら、スキップで帰ったほうがそれらしいだろうけど、わたしはそこまで能天気じゃない。
「さむ……」
家に着いたときには体の芯まで冷えていた。玄関で靴を脱いでから急いでシャワーを浴びる。
かえって体が温まった気がするし、風邪はひかないだろう。
「ん?」
ソファーの上で横になっているとチャイムが鳴らされた。何かネットで注文した覚えはないけれど、いったい誰だろう。
めんどくさいから居留守をしようと思ったところで、今度はケータイが鳴った。
「もしもし」
「あっ、百合今家にいる?」
「……ひょっとして今チャイム鳴らしたの真央?」
「うん」
桜井真央、それが彼女の名前。
わたしのほとんど唯一と言っていいほどの、大切な友達だ。
「開けるからちょっと待ってて」
ソファーから起きて玄関に向かう。
「どうかしたの」
「うん、ちょっとね」
こんな雨の中隣とはいえ、わざわざ直接来るのだから何か用があるのだろう。
「雨降ってるし入ったら」
「あっ、うん。お邪魔します」
「……それで?」
「ああうん、相談ってほどじゃないんだけど」
どこか歯切れが悪い真央にわたしは違和感を感じた。
「……ねえ百合、急にどこかに行ったりしない?」
予想してなかった言葉に、思わずわたしは真央の目を見つめていた。
「どうしてそんなこと聞くの?」
「どうしてって、そんなの」
突き放すような言い方をしたのがまずかった。怒ったようなな真央の声のトーンと表情で、わたしはようやく気がついた。
「……ごめん、わたしが悪かった」
「うん、いいの。……あっそうだ、明日の午後のホームルームは文化祭についてみんなで話し合うって先生が言ってたから、百合もちゃんと参加しないとダメだよ」
「……分かった」
「じゃあ、また明日ね」
真央は笑顔でわたしに手を振ってくる。
「うん」
ドアが閉じられるのと同時に、思わずため息をついてしまった。
自分の間違いに気づいたときには、どんなこともたいてい取り返しがつかない。
分かっていても、どうして上手く出来なかったんだろう。
いつも以上の自己嫌悪に襲われながら、わたしはソファーに倒れ込んだ。
2
風の音が聞こえる。
気がついたらわたしは見知らぬ公園のベンチに座っていた。
わたしは元から一人でここにいるはずなのに、隣で佇んでいる人がいるような気がする。
誰だろう、と辺りを見回してもそこには誰もいない。
ただ、いたはずの誰かがいないような感覚が残っている。
きっとその誰かがいたときは、いなくなったらこんなことを考えるなんて想像もしなかっただろう。
「……っ」
突然の寒気で目が覚める。
気持ち悪く感じるぐらい、身体中じっとりと汗をかいていた。たぶん寒気の原因はこれだろう。
「はぁ……」
シャワーを浴びて汗を流すと、少しは気分がましになってきた。
髪を乾かしたあとでリビングに戻る。
いつもより一時間以上早いけど、制服に着替えたし学校に行くことにした。
「あ」
どうせいつもより早く家を出たのだから、いつも寄るコンビニじゃなくて、昔からある個人がやってるコンビ二に行けばよかった。
まだ時間に余裕はあるけど、引き返すのもめんどくさい。結局いつも行くコンビニに寄ってから学校に向かった。
あと30分もすれば、人が増え始めるであろう校門もわたし以外誰もいない。
「ふう」
校舎の近くの木陰のベンチに座って、さっきコンビニで買ったアイスココアを飲む。
「ふわぁ……」
何をするでもなくぼんやりしていると、突然背後から声をかけられた。
「隣、よろしいですか?」
声の主のほうに視線を向けたところでまず、風になびく黒髪に目を奪われた。
それから、顔を見て思わずうわ、美人って言いそうになってしまった。
容姿端麗、という言葉がぴったりの今まで出会ったことのないぐらいの顔立ちと、長く伸びた手足が高級ブランドのアンバサダーモデルだって言われてもそうだろうな、って頷いてしまうほどの説得力がある。
それに、まっすぐに切りそろえられた前髪の下にある目元が、あまりに大人びていて、同じ高校生だとは思えないぐらいの存在感があるし。
なんだろう、わたしとは住む世界が違う住人な気がする。
「……どうぞ」
わたしは急いで脇に置いていたビニール袋を自分の左側に移動して、スペースを開けた。
……別に構わないけれど、どうしてわざわざわたしの隣に座って来たのだろう。ベンチはこれ以外にもいくつもあるのに。
「貴女が朝倉百合さんですよね」
その女子生徒は、笑顔でわたしにこう話しかけてきた。
向こうはどうしてわたしの名前を知ってるのだろう。もしかしてわたしが忘れてるだけで、初対面じゃないのか。
「……そうですけど」
そういえばどこかで見たことのある顔な気がする。生徒会長かなんかの、名前は確か椿原とか言ったような。
「はじめましてですよね。わたくし、椿原花恋と言います」
そう言って微笑みながら、すっと、椿原は距離を詰めてくる。
「朝倉さん……いえ、百合さんは今日、桜井さんと一緒ではないのですか?」
「そうだけど」
どうして急に真央の名前が出てくるんだろう。
「珍しいですね、特に3年生になってからはいつも桜井さんと一緒にいるって噂になっていましたから」
「……別に噂になった覚えはないんですけど」
「では、実際のところはどうなんですか?」
椿原は笑顔を浮かべながら、さらに距離を詰めてくる。
「どうなんですかって何が」
いや近い近い。いったいどういうつもりなんだ。
「例えば、桜井さんとお付き合いされてるとか」
「……は? いやいや付き合ってない付き合ってない!」
いったい誰がそんなことを……。
「本当ですか?」
椿原はじっとわたしの目を見つめてくる。
「本当ですって……」
わたしと真央は周りから見たらそういうふうに見られていると思うと、少し心配になってきた。
「でも、いつも一緒にいて、ときおり周りの目も気にせずに校内でいちゃついているって聞いたら。そういう関係なのかって勘繰ってしまいますでしょう?」
「だから付き合ってないですって……」
いや別に嫌だってわけじゃなくて、わたしなんかとそんな噂話を流されることで、真央が可哀想だと思う。
「うふふ、ごめんなさい。思っていたよりも百合さんの表情が豊かでつい少しからかいたくなってしまいました」
「からかいたくなったって……」
どうして初対面の同級生に弄ばれてるんだ、わたしは。
「それでは、わたくしはこれで。今度はぜひ生徒会室に遊びに来てくださいね」
椿原は立ち去って行く前に、わざわざわたしに向かって微笑みかけてきた。
「……」
なんだろう、きっとああいうのを魔性の女って言うんだ。
椿原の後ろ姿を見ながら、わたしはそんなことを思っていた。
3
「ふわぁ……」
思わずあくびが出てしまうぐらいには午後のホームルームはいつにも増して退屈だ。
黒板には、クラス展示、夏祭りの屋台、お化け屋敷、喫茶店と、今の時点で挙げられた案が書かれている。
それにしてもこれに参加しろって言われても、どうすればいいのだろうか。
「じゃあ、この中から多数決で決めようと思います。自分が一番やりたいと思ったもののところで一人一回手を挙げてください」
「ねむ……」
机に突っ伏してこの時間が終わるのを待つ。
「……」
今日は早く活動し始めたせいか、いつもよりまぶたが重い。
「……ん」
「もう、また寝てたんでしょ」
目が覚めると真央が前の席に座ってわたしの顔を覗き込んでいた。
「途中までは聞いてた」
「それじゃ意味ないじゃん。もう、今年は私達がしっかりしないといけないんだからね。それに……」
「で、結局どうなったの?」
お説教が始まりそうな予感がしたから、さほど興味はなかったけど、話題を変えるために、話し合いがどうなったのか聞いてみる。
「……あーうん。うちのクラスは喫茶店やることになったよ、服装とか細かいコンセプトとかはまだ決まらなかったけど」
「ふうん」
「今年はちゃんと参加しないとダメだからね」
「はいはい」
そのときちょうどチャイムが鳴って、真央は自分の席に戻っていった。
「やっと終わった……」
最後の授業が終わり、やっと学校から解放される。わたしは足早に教室を出た。
家に急いで帰って、今日は寝よう。
「……」
しかし、電車に揺られているとどうにも眠たくなる。……どうにも今日はいつもよりも眠たくて仕方ない。
「……あ」
ぼーっとしているうちに、ずいぶん乗り過ごしてしまった。というかもう次が終点じゃないか。
街中まで来てしまったし、買い物でもして帰るか。とりあえず近くのショッピングモールに向かって歩く。
「あっ」
そういえばここ、映画館あったな。今、何がやってるんだろ。
買い物をする前に少し見ていくことにした。
「うーん」
改めてチラシやポスターを眺めてみると、想像していたよりも多くの作品がある。
でも、今の時間から近い時間は、恋愛映画とかコメディ映画ばっかりであまり興味がないものしかない。
仕方ない帰るか、そう思って振り返ったときだった。
「ねえ、そこのアナタ」
さっきから金髪ツインテールの目立つ少女が、視界の端に見えて気になってはいたけれど、まさか声をかけてくるとは思わなかった。
見るからに、いいところの子っぽい雰囲気と、それには似つかわしくないぐらいの快活そうな顔が、アンバランスで可愛いかった。
「誰かと来てなくて……その、一人だったらさ、アタシと一緒に映画見ない? チケットたまたま二枚あるんだけど」
平均よりも背が低めのわたしよりも、まあまあ小さいし、きっと年下だろう。着ている制服がこの辺りの有名私立中のものだし。
……それなのに、どうしてこんな上から目線な口調なんだろう。
「ね、ねえ。黙ってないで何か言いなさいよ」
今までずっと得意げな顔をしていたのに、急に不安そうに上目遣いでわたしを見てくる。
「……どうしてわたしなの?」
「それはほら、その、アタシと釣り合いそうなの今はアナタぐらいしかいないし」
なんというか、おかしな子だ。あえて言葉にするなら彼女はわがままお嬢様って感じだろうか。
「ふうん……まあ別にいいけど」
「本当!? じゃあ早く行こっ!」
なんか、一瞬犬が尻尾を振る姿とこの少女の姿が重なってなんか可愛らしく思えてしまった。
「……」
何の映画か聞かなかったわたしが悪いけど、まさかサメ映画だとは思わなかった。
脚本はめちゃくちゃで正直なんというか、いわゆるB級感がすごかったけれど、意外と面白い。
巨大なサメがビル群をなぎ倒しながら人間達に襲いかかり、人間達はサメから車で逃げたりチェーンソーで立ち向かったりと、絵面がとにかく派手で、退屈しなかった。
「あー面白かった!」
「まさかサメ映画を見せられるとは思わなかったけど、結構面白かったね」
「あっ……やっぱり嫌だった?」
「別に、意外と面白かったし」
「じゃあさ、またアタシと遊んでよ。なかなか今日みたいに時間はないけど」
そう言いながら、その少女はメモを差し出してきた。
「はいこれ、よかったら登録しといて」
電話番号とこれはメールアドレスだろうか。
「あ、うん」
「アタシ、車待たせてるから。じゃね」
そう言うとツインテールを揺らしながら、走って行ってしまった。
「あっ」
渡されたメモに書いてあった名前をみて思わず声が出る。
椿原明日葉って言うんだあの子。
同じ名字だし、もしかしたらあの生徒会長様と姉妹だったりすのかな、とわたしはふと考えていた。