Ex.2
EX1より数年後の話です。EX1と同様にこの章はぜひEDまで読んでから読んで頂けると幸いです。
「あれ……寝ちゃってた」
机に突っ伏した状態でどうやら私は眠ってしまっていたみたいだ。起き上がったところで、体にタオルケットがかけられていたことに気づく、百合がかけてくれたんだろう。
机の上を見て、さっきまで二人でお酒を飲んでいたこと思い出した。
「……もう、幸せそうに寝ちゃって」
百合は何も被らず、ソファーの上で寝息をたてている。
「うふふ……やっぱりかわいいなぁ」
最近の百合は中学や高校のときと比べて表情が柔らかくなったと思う。まあ、めんどくさいとか、だるいとか言う頻度はあんまり変わってないんだけど。
「えい」
頬を軽くつついてみると、柔らかい感触が返ってくる。
私は前からこうやって寝顔を見るのが好きだった。百合とこういう関係になって、一緒にいる時間が増えたけれど、一番嬉しかったことはこうやって寝顔を遠慮なく見れるようになったことかもしれない。
「……ねえ」
「ひゃっ! びっくりした。……ごめん起こしちゃった?」
「もし寝てたとしても、ずっとほっぺたをつつかれたら目が覚めるでしょ普通」
「ごめん」
「別にいいよ、正直まだ飲みたい気分だったし」
百合は起き上がると、グラスを二つ持ってきた。
「えーさっき片付けたのに、それに明日大学あるのに……」
「いいからいいから」
「もう、しょうがないなあ」
「……百合ってお酒強いよね」
「そんなことないよ」
「私すぐ眠くなっちゃうからちょっと羨ましいなあ」
「まあ、一人で飲むのも嫌いじゃないから別にいいよ」
「むう、なにそれ」
そんなふうに言われるとちょっとムッとしてしまう。
「……ふう」
グラスの中で氷がからんと音をたてる。百合はかなり早いペースでさっきからウイスキーを飲んでいた。
「飲みすぎじゃない?」
「大丈夫大丈夫、もし何かあっても真央が介抱してくれるでしょ」
「もう」
「冗談だよ」
少し赤らんだ顔で、百合は私をじっと見てくる。
「どうしたの急にじろじろ見て」
「なんか不思議だなって思うんだよね」
「何が?」
「……想像できなかっただろうなって思うんだよね、今こうしていると」
ウイスキーをグラスに注ぎ、同じぐらいの量の水を注いで軽くマドラーで混ぜる。私はウイスキーを飲まないからよく分からないけど、百合はこの飲み方が好きらしい。
「一番辛かったときのわたしに、今のわたしのことを言ったら驚くんだろうなって」
「……ふうん」
百合が何を言いたいのか私にはよく分からなかった。
「ねえ、どうして真央はわたしと一緒にいてくれるの?」
「もう、どうしたの急に恥ずかしいよ」
百合は何も言わずに立ち上がって、わたしの方にゆっくりと歩いてきた。
「もう、ふらふらしてるよそろそろ……ちょっとどうしたの」
「……真央の体と、心に聞いていい?」
「百合どうしてそんな顔……」
おどけたような口調とはうらはらに、百合は今にも泣きそうな顔で私にキスしてきた。
「ごめん、嫌だったら言って」
私は何も言わなかった。百合らしくない強引さといつもと違う唇の味が本当はちょっと嫌だったけど、何も言えなかった。
「……わたし、今でも不安なんだ」
百合はぽつりと呟いて、手を繋いだまま私の胸に顔を埋めた。
「……」
「たまに今みたいな時間が突然終わっちゃうんじゃないかって不安になるの。贅沢だよね、高校生のときよりずっと色々満たされてるはずなのに」
「……私だって」
突然百合がいなくなっちゃうんじゃないかって、今でも不安になってしまう。
「……うん。そうだよね。だからこうやって一緒にいようって決めたんだ」
百合はふっと笑顔になった。
「だから、手を離しちゃダメだよ。わたしが死ぬまで」
「……そんなこと言わないの」
お返しに私も百合の頬にキスをした。
「もう、結局寝過ごしちゃったじゃん」
「真央が離してくれなかったからね」
「もう、またそんなこと言う……このままじゃ単位落としちゃうよ」
「大丈夫だって、なんとかなるよ」
「もう」
少し悪い笑みを浮かべる百合の横顔を見て、私は短くため息をついた。
また私は百合にこうやって振り回されるんだろうな。でも、それが嫌だとは少しも思わない。
結局私は百合に勝てないみたいだ。