地下のプラットホームにて
一瞬だけ、しかし、確かに、光が瞬いた。
それを見た途端、言いようもない興奮が背を走り抜けて、気付くと私達は駆け出していた。
相変わらず、辺りは真っ暗で、自分の事さえも見えない程だったが、先程の僅かな光が、導いてくれる気がした。
時折躓いて、友人にぶつかって、危うく足を踏み外しそうになりながらも、自分に出来る限りの最も速いスピードで、エスカレーターを駆け下りる。
地下のホームへ近づくにつれ、期待は段々と高まっていく。
多分、エスカレーターの半ばまで来た頃だっただろう。
私達から向かって左側の通路に、微かな、薄ぼけた明かりが見えた。チラチラと動いている。
此方を窺っているようだ。
「誰か居る」という期待は確信に変わる。少しだけ緊張が解れて、思わず頬が緩む。暗がりに隠されて顔は見えないが、友人もそんな表情をしているだろう。
ハァハァと、息を切らしてプラットホームに雪崩れ込む。
エスカレーターの終着点に倒れ、顔だけを上に向ける。
そこには、予想した通り、人の姿があった。
但しその顔には、予期せぬ侵入者への警戒心と、嫌な疑り深さが貼り付けられている。少なくとも、此方を歓迎する表情ではなかった。
スマホのライトを翳し、私達を眺め回している。スマホを持つ手元は振れ、もう片方の手は、しきりに顎に当てられている。突然に現れた闖入者をどう扱うものか、決めあぐねているようだ。
此方も此方で、何か言えばいいものか迷う。取り敢えず「沈黙は金」という言葉に則って黙りこくる始末。
特に何の言葉も交わされずに時が経つ。
しかし、流石に痺れを切らしたのか、私達を見つめていた大人しそうな男性は、誰かを呼びに行った。
大声で飛び交う会話が、地下深いドームに木霊する。
「──さん!さっきそこのエスカレーターから人間が!」
「それは本当ですか?この辺りの生き残りは私達だけかと」
「ええ、二人居ましたよ」
「まさか、ゾンビじゃありませんよね…?」
「ぱっと見は」
「取り敢えず、此方に連れて来ましょう!それから身体検査を!」
「分かりました、おい!誰か一緒に来てくれ!万が一感染者だったら困る!」
「あ、はい!私、今行けますよ!」
「あぁ、■■さん!5号車4番降車口の近くにあるエスカレーターです!」
そして、此方に向かって駆けて来る、二人分の足音。
少しして、先程私達を観察していた男性と、もう一人、別の女性が現れる。
まだ混乱の抜けない様子の男性を余所に、いかにも快活そうな女性は、自然な調子で私達に話し掛けてきた。
「ええと…初めまして」
「貴女達は、何処から?」
ややぎこちなくはあったが、此方を安心させようという、気遣いが取れる声だった。
一先ず、直ぐに攻撃はされないようで、安心した。
私は答える。
「高校から、山城線の線路を通って来ました」
そして、相手の警戒心を解くよう、自分の目的を付け加える。
「私達は、天原港という所を目指しています」
「此処の皆さんに危害を加える気は、全然ありません…」
「ただ、そこの線路を通らせて欲しいんです」
と、そこで、黙りこくっていた男性が口を挟む。
「とは言っても、君達、ウイルスに感染してるんじゃないの?」
「あいつらに噛まれたら感染する奴…知ってるでしょ?此処に来るまでに実際見てきただろうし」
「感染してたら、こっちの安全の為にも、生かしておく訳にはいかないんだけど…」
「少し、調べさせて貰えないか?」
私は慌てて否定する。
私は慌てて嘘を吐く。
「「感染なんてしていません!」」
「まぁまぁ…ちゃんと女性にやって貰うから、ね?」
やや口調を柔らかくしながらも、男性は言う。
断固として、それは譲らないという姿勢が見て取れた。
*
仕方のない事だと分かってる。
私が彼らの立場でも、そうした事だろう。
でも、違うから。
私は彼らじゃあないから。
そして、この命は私一人のものではないから。
さきの命も懸かっているんだ。
私がゾンビだと知れたら、きっと、さきも危険視されてしまうだろう。
そして、このような状況下では「疑い」すらも暴力の動機へと変わるのだ。
ここで始末される訳にはいかない。
少しずつ、この手を離れ行かんとする理性の欠片をかき集める。
何とかしなきゃ、何とかしなきゃ、何とかしなきゃ。
*
私達は、さっきの二人に挟まれて、薄暗いプラットホームを歩いている。
恐らく、私達がウイルスに感染していた場合、迅速に始末するためだろう。
道中、かなりの人数の息遣いが聞こえてきて、安心感(と絶望感)が込み上げてくる。
そうして、ホームの端まで来て、身体検査が始まった。