蜃気楼に魅せられて
さらっと、キャラの名前を出せる人って何なんでしょうか。凄い。
線路上を早足で歩く。
真夏の、むっとした風が線路沿いに植えられた木々を揺らす度、熱された地面に影が踊る。
白日の下、万緑は何処までも力強く、その青々とした葉を広げている。
私達は、レールに敷設された枕木を一歩一歩踏みしめて行く。
一つ、また一つ、枕木を踏み越えて行く毎に、生へと向かう誇らしげな気持ちと、危険に迫る焦燥感が満ちていく。
頭頂部を、真上から照りつける太陽がジリジリと焼く。
今は正午を少し過ぎた頃、最も気怠くて、気温の高い時間帯だ。
額から、頬、首筋を伝って汗が流れ落ちる。汗の雫が、白いシャツに落ちて、陰のような染みを作る。
ちらり、と傍に目をやれば、線路と道を隔てる青緑色のフェンスの向こうにゾンビが行き過ぎるのが見える。
暑さなど、全く感じていないといった様子だ。
べたつく肌の感触に顔を顰めながらも、ああはなりたくないと思う。
また視線を前に戻し、歩き続ける。
丁度、一駅分歩いたところか。
運良く、此処らに居たであろうゾンビ達は、何処かへ移動したようだ。
あと一駅行って、今までだったら電車の乗り換えである。
ただ、今となっては電車なんて動いている筈もないので、また暫らく徒歩で行く事になる。
さて、此処で一つ問題が発生する。
それは、乗り換える先の線路が地下にある、という事だ。
そこに行くまでに、ゾンビ達が群れをなして襲って来たら、どうしようか。
暗闇の中を進むのに、彼らの奇襲も警戒しなければいけないのか?
私達には、互い以外に味方がいない。
背中は相手に任せられるにしても、ゾンビには、正面から立ち向かわなければならない。
失敗出来ないのだ。
慎重に、慎重に──
そのため、道路に出て歩くのと、どちらがいいのか考えた。
私の命の恩人であり、友人である『瑞穂たま』にも、意見を訊いてみた。
そうして結局、ゾンビの絶対数が少ないという理由で、地下道を行く事にした。
もう一駅先の、地下鉄に思いを馳せ、歩く。歩く。
普段の通学なら、件の駅は、今しがた通り過ぎた駅の目と鼻の先なのだが…歩くと、思っていたよりもずっと遠い。
あと暑い。物凄く暑い。
あぁ、私達って恵まれてたんだなぁ、としみじみ思う。
まあ、それは、きっと今もそうだ。
偶然、線路上に立ち入ったゾンビを、二人掛かりで引き倒し、頭を踏みつけにする。
そうして、足下に、濃密な死臭を纏って、先へ進む。
目的の駅は、すぐそこだ。
*
着いたはいいが、大きな駅という事もあって、ゾンビの数は多かった。
私は、『さき』に待機するよう伝え、一人プラットホームに上る。
アクション映画なら、ここで恰好良く無双を始めるところなのだが。
生憎、私は武器も持っていないし、能力、何て言ったら、ゾンビに狙われない事位しかない。
しかも、それを能力と言ってられるのも今のうちだけだ。
ゾンビに狙われないという事は即ち、ゾンビである、という事なのだから。
私に興味すら示さない彼らを前に、苦々しく自嘲する。
*
『たま』は、私に待つよう伝えると、何の躊躇も無くプラットホームの縁に手を掛けた。
身軽で、人間らしい動きだったが、不思議と、ゾンビ達は誰一人として反応しなかった。
ほんの些細な切欠。
何だか嫌な予感がした。
それからたまは、当てなく彷徨う不死者の集団を、片っ端から線路に突き落としていった。
私達が歩いて来たのとは反対側、今日まで、補修工事が進められていた方だ。
その後で彼女は、剥き出しの鉄筋コンクリートに被せられた、青い網を払いのけ、その隙間からゾンビを蹴落とし始めた。
彼らは無抵抗で、自らが何をされているのかも、気に留めていないようだった。
赤茶けた鉄筋の隙間に、何度も、ゾンビの姿がちらついては、私の視界から消えていく。
彼らの漏らす「あ、ぁ…」という声が、何度も、小さく、遠ざかっていく。
その度に、たまは下を見遣りながら、少し辛そうに目を細めていた。
一面に広がる都会の風景。それを一望する無骨でモダンな空中庭園。
工事現場特有の、原色たっぷりの色遣いに、赤錆びたインクをブチ撒ける。真夏の蒸し暑さに、冷たい殺戮のコントラスト。
この国の終焉を象徴する、或る夏の一頁。
厭だが、どこかその光景は絵になった。
ホームから、一切のアンデッドが消えた後で、彼女は弱々しく私を呼んだ。
最後の描写は要らなかったかも知れない…
<補足>
ゾンビ達には、攻撃されなければ攻撃しない(但したまに限り)という性質がありますが、何を以って攻撃とするかは、作者の中でかなり曖昧です。
そのため、今回のような描写が今後もあるやも知れません。ご了承ください。