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A国から逃げ隊  作者: 瓜
34/35

脱獄

 さきは、部屋の外に出て辺りを見渡すと、記憶の中の道筋を辿って、出口へと歩き始めた。

 彼女の心臓は、極度の緊張から、バクバクと高鳴っている。


 見つからないかな。見つかったらどうしよう。


 そればかりを考えながら、さきは、淀んだ廊下を進んでいく。

 建物内は、厭になる程静まり返っている。規則的に並んだ扉の向こうから、時折、ドンという音が聞こえてくるが、誰も見に来ない。音は静寂に呑み込まれて、虚しく消えていく。


 きっと、私達と同じような境遇の人が暴れているのだろうな。


 そんな風に思いつつ、さきは堅牢な扉の前を通り過ぎる。

 そこから少し歩くと、上下に伸びる階段が現れた。今のところ、誰かが上り下りする音は聞こえないようだ。

 さきは、内側の壁に沿って、そろそろと階段を下りていった。

 階段には窓がついていたが、全て金属板で塞がれていた。塞ぎ方は乱雑で、恐らく、急遽行われた事なのだろうと推測出来る。


「ほんっと、何なんだよ此処は……?」


 さきは首を傾げる。丁度その時──


 ヴー!ヴー!


「は!?」


 突如として、辺りに不快なサイレンの音が鳴り響く。

 さきは、困惑を露わにして、その場にしゃがみ込んだ。しかし、すぐ気を取り直して、緊急放送の内容に耳をそばだてる。


「緊急事態発生。サイト〜〜にて、ゾンビが発生した模様。〜〜は、直ちに〜〜〜〜〜」


 母語でないため、所々聞き取れない部分もあったが、さきには概ねこのように聞こえた。


「…ゾンビ?」

「今、そう言った、よな?」


 ますます訳が分からない。この街には、ゾンビが居ないんじゃなかったのか?

 …いや、ただの憶測を前提にするのは、良くないな。きっと、何処かにゾンビが居たんだろう。


 彼女は思い直し、草叢に潜む獣のように、注意深く辺りを見回す。


 …静かだな。ゾンビどころか、人っ子一人居やしない。

 その、「サイトなんちゃら」とやらは、此処から離れた場所にあるのだろうか?


 取り敢えず、先に進むか。

 何かあったら、その時に考えよう。


 さきは、周囲に異変のない事を確認すると、再び階段を下り始めた。


 所変わって、たまの方はといえば。


「ヴ…グ、ゥアぁあアあ」

「〜〜〜〜〜〜!!ぁ、う…やめ……!」


 鉄臭い。声が遠い。まるで、何処か別の世界を見ているようだ。

 クラっとする。


「……………。」

「ギ、ぅ、アぁ……あ」


 咆哮。怒号。銃声。罵倒。断末魔。沈黙。辺り一面夥しい量の血、血、血。

 その間を縫うようにして、彼女は進んでいた。


 思っていたよりも上手くいったな。


 そんな事を考えながら、たまは、口元に付いた血を拭った。

 彼女の顎から滴り落ちた血が、シャツの胸元にまで赤黒い染みを作っている。これまで何度も血を拭った袖口は、じっとりと鉄錆の臭いを立ち上らせている。

 たまは、腕に、殺した兵士から奪った自動小銃を抱えている。照準の合わせ方や弾の込め方なぞは分からなかったが、あった方がいいと判断したようだ。


 たまの生み出したゾンビ兵士が、一人で見回っている兵士を襲って食べる。

 食べられた兵士はゾンビとなり、たまの軍勢に加わって、また別の兵士を襲う。

 襲われた兵士は、持てる火力の全てを用いて死者の群れに抵抗する。が、最終的には餌食となる。その際、ゾンビとなる兵士の数は、行動不能となるゾンビの数よりも多い。

 そうして仲間を増やしたゾンビの大群が、やがて大きな部隊に挑みかかり、その多くを消耗しながらも、人間を喰らい尽くしていく。

 ゾンビ達は、数を減らせど、それ以上の復元力を以って、爆発的に増えていく。彼らは多少ダメージを負っても、頭部や、頭部との接続を傷つけられない限りは動き続けるため、人間よりも頑丈と言える。


 たまと、拷問吏と、拷問吏の友人らしき人物は、このようなプロセスを踏み、自らの勢力を拡大していったのだった。

 とは言っても、拷問吏や友人は、既に何処かで殺されていた筈だ。今も生き残っているのは、たまだけである。


 たまは、柱の陰から顔を覗かせる。


 彼女は、派手に暴れるゾンビ達の影で暗躍してきた。

 二人のゾンビに離れて付いて行き、出会った兵士が彼らに手こずっている隙に、たまが兵士の死角から奇襲をかけ、喰い殺していったのだ。


 たまの横を、一体のゾンビが通り過ぎていく。

 彼は、防弾ベストの下から、柔らかな(はらわた)を零している。彼がぎこちなく歩を進める度に、びちゃん、びちゃん、と赤黒い塊が床に落下する。


 戦いの素人とゾンビによるお粗末な作戦だったが、これが存外上手くいった。

 そして生まれた恐怖が更なる恐怖を呼び、今や御覧の有様である。


 床の血痕は様々だ。

 巨大な蛞蝓が這ったようなのもあれば、何か引き摺って線を引かれたようなのもある。サスペンスドラマのように、血の足跡が沢山付いているところもあるし、単なる血溜まりもあった。

 様々な血痕は、この場の混沌を如実に表していた。


 たまは「此処の軍人達は、ゾンビとの戦いを想定していなかったのではないか」と考えている。だからこそ、彼らは恐慌状態なのだ、と。

 そもそも、数が売りのゾンビを相手取るのに、一人というのは分が悪い。兵士達を一人・少数で見回らせていた上官だか何だかも、こうなる事を考えていなかったのではないか?


 よく分かんないなぁ。

 彼らは、何のために此処に居るんだろう。瑠璃川葵が言っていた、「ベクトル発生装置」とやらのためか?だとしたら、もっとゾンビに詳しくても良さそうなものだけど。


「うァ、な、ェ……?」

「……………。」


 たまの目の前の兵士に、無数のゾンビが群がる。

 密集した死体の隙間から伸ばされた腕が痙攣する。無骨な指は、ワナワナと震えている。

 やがて、満身の力が籠っていた手は、力なくダラリと垂れ下がった。


「あ」


 死んだみたいだ。


「…そろそろ行けるかな?」


 この区画も、粗方ゾンビによって制圧されたようだ。

 それを確認すると、たまは、碌に使った事もない小銃を引き摺って、移動を開始したのだった。


 *

「あ…」


 遠くから、防火シャッターを破って、ゾンビの大群が押し寄せてくる。

 私は咄嗟に、近くにあった受付カウンターのような場所に身を隠す。出口は直ぐそこだったのに、動けなくなってしまった。


「ヴ、ギ、ぃあ、あァああ」

「あ、ェ、ゔ、ぅうぁいヴ」


 背後の空間から、声帯を破壊された者達の重唱が響いてくる。

 彼らの発する音そのものに意味はなかったが、私には、彼らが怨嗟を歌っているように思えてならなかった。


「何であんな多いんだよ……」


 私は、小洒落た木製のカウンターに背を凭せて縮こまり、中に残されていた鋏を手に取る。良くある、工作用の鋏だ。特別大きい訳でも、切れ味が良さそうな訳でもない。

 他に武器はないのか?

 …ないのか。なら仕方ない。かなり心許ないが、それでも素手よりはマシだろう。


「つーかあれ、B国の軍人、だよな…?」


 着ている服からして、そうだと分かる。

 少なくとも、A国の一般人の、標準的な服装には見えない。


 何故?

 なんで彼らが死んでるんだ?


 今さっき、この建物にパンデミックが侵入したのか?

 それとも、元々建物の何処かに閉じ込められていた感染者達が、何らかの切欠で暴れ出したのか?


「いや」


 何故かを考えるよりも前に、まず、生き延びなくては。

 早く此処を出て、『旅団』の保護下に入ろう。


 私は両手で鋏の持ち手を握り締めて、そろそろと、カウンターから少し離れた壁の所にある消火器の元にいざり出ていった。


「怖いから」と此処に居たって、何も状況は変わらない。

 それどころか、悪化する可能性すらある。立ち止まっている暇はない。


 軍人ゾンビの動きは未知数である。

 ただでさえ、知性が残っているなどしたら厄介なのに、数も多い。まともに戦いたくはない。

 だから、消火器の噴射で撹乱して、その隙に全力で向かいの建物へと走るのが良いだろうと思ったのだ。怖いけど、逃げなくては。何が何でも。


「気づくなよ……」


 私は、背後の声に気を張りながら、丁度「はいはい」の要領で消火器へと接近していく。鋏は、右の手指に引っ掛けたままだ。

 軍人ゾンビの声音に変化はない。彼らは全方位に敵意を向けているが、特別此方を意識している風ではなかった。


 …よし、あとちょっと。あとちょっとで届く。


「ねぇ」


 その時、不意に頭上から声を掛けられる。

「あと少しで消火器に届く」という事で、周囲への警戒が疎かになっていたのだ。


 私はビクリと身体を震わせる。

 声の主は、ふふ、と控え目な笑い声を上げた。


「さき、私だよ」


 私は恐る恐る顔を上げる。


 背中で一本の三つ編みにされた黒髪。

 細い銀縁の眼鏡。

 黄昏時の空のような、紫色の瞳。

 地色の白い、少し赤らんだ肌。

 それから、どうしようもなく纏わりついた死の臭い。血染めのシャツ。手に馴染んだ小銃。


 見慣れた、『瑞穂たま』の姿がそこにあった。


「あ……」

「たま、か……」


 私は、譫言のように呟く。

 頭の中で「なんか、たまは随分変わったな」という声が反響した。


 たまは、私のすぐ側にしゃがみ込んで、こう囁いた。


「私が足止めしとくから、さきは逃げなよ」

「私は、後から行くからさ」


「足止めって、どうするんだよ?」


「銃も消火器もあるもん。ゾンビを混乱させるだけなら、どうとでもなるよ」


 そう言うと、たまは、私と違い、いとも容易く消火器の隣に歩いていった。

 それにも、ゾンビ達は、何の反応も示さない。


「…たまは、銃とか使えるのか?」


 私は尋ねる。自分でも、少し声が震えているのが分かった。


「あは、そんな訳ないでしょ」


 たまは、無造作に小銃を支えながら笑った。

 血塗れで、銃を持って、壁に凭れて立つ、華奢な少女。何とも不可思議な光景だ。「少女」が自分の幼馴染なら、尚更である。


「でも、大丈夫だと思うよ。あの人達も、銃は使えないみたいだから」


 言いつつ、たまはしゃんと立ち直した。

 言葉を結ぶ彼女の唇も、地を踏み締める足も、彼ら軍人の命を吸ったように赤く染まっている。


「…そっか」

「じゃあ、頼むよ」


 私は、相変わらずカウンターの側で縮こまりながら、たまを見上げた。


 …先に逃げよう。

 どうしようもない。


「うん」

「じゃあ」

「逃げて」


 たまは最後にそう言うと、消火器の安全栓を引き抜き、中身を軍人ゾンビの群れ目掛けて噴射した。

 途端、白い粉塵が辺りを巻いた。ゾンビ達はたじろぐ。


 私は、一瞬たまに目配せをし、正面玄関へと駆け出す。

 鋏は投げ捨てた。背後で激しい銃声が聞こえる。


「はぁっ、はぁっ、はっ……」


 外だ!外だ!外だ!


 外界の光が近づいてくる。

 ほんの数十メートルが、遥か彼方に感じられた。

 でも近づいている。確かに近づいている!


 きっと、解放された人質はこんな気持ちなのだろう。

 たかだか数時間振りの外が、眩しくて、嬉しくて堪らないのだ。


 玄関扉を潜り抜け、そして、私はアスファルトの地面に立った。


 *

 銃を一旦カウンターに置き、私は徐に消火器の安全栓を引き抜いた。

 ノズルをゾンビ達の方へ向け、レバーを強く握り締めると、真っ白な消火剤が撒き散らされる。

 ブシュウ、という噴射音の中、私はさきにアイコンタクトを取る。


 逃げて。


 彼女は弾けるように立ち上がると、出口に向かって駆け出した。

 恐らく、このまま逃げ切るだろう。


 足速いな。運動部だからかな。

 私はぼんやりとそんな事を考えつつ、噴射の弱まった消火器を放り捨て、武器を手に取った。


 銃口を白煙の中ちらつく軍人ゾンビに向け、引き金を引く。

 一発、二発。途中で、引き金を引いている間はずっと弾が発射され続けると気づき、そうする。

 弾が切れたタイミングで、銃も捨てて、私は玄関に走り出す。

 視界が悪いからか、数が然程いないからか、そもそも私を敵だと認識していなかったからなのか、余りしつこく追いかけられる事はなかった。


 そうして、私も明るい太陽の下に出る。

 さきと二人で後ろを気にしながら歩いていると、直ぐ側に、瑠璃川葵の仲間と思しきワンボックスカーが止まった。

無理のない展開って難しいですね。

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