小さな再会
相変わらず文章力はありません。
そして、展開が超特急です。
消火器を噴射し、振り回す。
教室にいる"生き残り"の存在に勇気づけられ、普段からは考えられない程力強く。
生き残っている人を、助けなきゃ。
私がどうにかして助かるより、何故だか、そちらの方がずっと大切な事のように思えた。
筋力にブーストがかかる。
振るわれた鈍器が、辺りを巻く白煙を切り裂いた。
片腕だけで振り回しているとは思えない程の重さと速度が、ゾンビ達に猛威を振るう。
形振り構わず、激しく振り回された消火器は、それに当たったゾンビを霧散させる。
生ける屍者の群れを、本来の物言わぬ肉塊へと還しながら、私は少しずつ、教室に向けて前進する。
私がさっき襲われた時とは少し違った意味で、世界が遅くなる。
突如現れた邪魔者に、ゾンビの集団が殺到する。
足に、腕に、その冷たい手を這わせる。
でも駄目だ。彼らでは遅過ぎる。
足に絡みつく手を蹴飛ばし、腕を掴む指を、体を捻って振り払う。
ついでに、遠心力を利用して、私の周囲のゾンビを消火器で一掃する。
右腕の重みでバランスをとって、体をもう一捻り。そうして、更なる追撃を加えていく。
ゾンビは、私の猛攻の前に徐々にその数を減らしていく。
私自身も、ここまでやれるとは思っていなかった。
戦える、という事実は、今この場に於いてはプラスに働いた(が、しかし、一生知りたくはなかった)。
そして、私は教室の入り口に辿り着く。
扉は丁度、今しがた破壊されたようだった。
そこに溜まり、教室内の人間(まだ、人間であると良いのだが)を脅かすゾンビの、頭を吹き飛ばす。腕を粉砕する。
跳ねる血飛沫と、まごつく死体の群れの先に。
…見えた、生存者だ!
どうやら、まだ無事らしい。
その事実に、更に鼓舞され、残ったゾンビも屠っていく。
ゾンビというのは、かつての知人達、そして私の成れの果てでもある。
当然、それを殺すのは、悲しくも、申し訳なくもあった。
「生存者」の姿をこの目で見るまでは、確かに多少の躊躇もあった。
でも多分、これが唯一の救いなのだ。
残酷ではあるが、私も完全にこうなってしまったら、土に還る事を望むだろう。人間を喰う化け物として、未練がましく此岸に留まるより。
そう、そうだ。生者のためには、死者が現世を去らなければならない。その逆があってはならない。
だから……
「お休みなさい」
私は、覚悟を決めて、最後の一人の頭を叩き潰した。
*
幼馴染は一瞬泣きそうな顔をして、教室に集る最後のゾンビの頭を壊した。
その後、ふっ、と此方に向き直る。
そしてやっと、私が『三雲さき』である事に気付く。
*
ああ。あれは幼馴染だったのか。
私は、半ば反射的に、無数の元友人を殺し、代わりに一人の幼馴染を護ったのだ。
この判断は正しかったと、思う。
いや、思いたい。けど。
この気持ちは何だろう。
今、私が救った彼女も、私が救えなかった友人達も、どちらも等しく大切だった。
死者のために、生者が道を譲る謂れはない。それは絶対だ。
きっと彼らも喜んでいる。
正しく、人としての生を終えられた事を。
それを、希っていた筈だから。そうでなかったにしろ、彼らは『さき』を殺さずに済んだのだ。
分かってる、分かってる。
あぁ、でも、理ない。
*
彼女は、私に向けて笑いかけた。
とても不恰好な笑顔だった。
眉根は寄せられ、頬の上がり方は不自然だ。唇の端からは息が漏れ、目から溢れた涙の雫が、僅かに眼鏡のフレームを濡らしている。
アンデッドを蹴散らしている時の、鬼神のような顔とは丸切り違った、幼く、か弱い少女の表情だ。
「…ありがとう」
「ううん…」
私達は共に余裕なく、ぎこちなく、二言三言交わす。
間も無く。
突然、ピンポンパンポン、と校内放送の合図がかかる。
「何、」「しっ」
時間的に、パンデミックについてだろう。
でも、誰が?
校内に、生存者がまだ居たのか?
確かに、時たま何処かから破壊音はしていたが……
私達があれこれと訝しがるのをよそに、音質の悪いスピーカーはがなり立てる。
「……です!…町の生存者の皆さん……は…国から逃亡…船を……ます。十……日後に天原港を出港し……」
雑音が入って、所々聞き取れなかったが、こんな内容が聞こえてきた。
つまり、何処かの団体が船を用意していて、それでこの国から逃げる。だから、生存者は港に集まるように、という事らしい。
互いに顔を見合わせる。
タイミングが余りにも良くて、胡散臭く思ってしまう。
こんなに都合よく、救いの手が差し伸べられるものか?
しかし、だ。今の放送が本当なら……
*
私は、まだ助かる可能性がある。
折角此処まで生き延びたのだ。港まで行けば、何処に逃れられるかも知れない。
そうして、生きたい。
*
私は、きっと何れゾンビになる。
だけど最期に、彼女を無事に天原港に送って、この国から逃がしたい。
そうして、逝きたい。
*
それに、結局、此処に留まっても助かる訳じゃあない。
ならば、少しでも可能性のある方へ進むべきだ。
そうと決まれば、時間がない。
二人同時に、そう結論づける。
「「それじゃあ」」
「行こうか」
「往こうか」
こうして私達は、壊れ果てた学校を後にした。