それぞれの役割
戦闘って難しいですね。
今回も変わらず心理描写過多です。
やっとキャラクターの方向性が固まって
きました。
やる事は昨日とさして変わらない。
朝の丁度良い気温の中、地図帳と目の前の道を交互に眺めつつ、幹線道路を歩いていく。単純だ。
「地図帳じゃ、ちょっと分かり辛いなぁ…」
「まぁ、細かい道までは載ってないもんねー」
「それでも名前が載ってるって、この道路、かなり大きいんだな」
「そうだね…今どの辺か分かる?」
「多分、この辺り」
「って事は、多分明日の夜頃には都心部に出るかな?」
「だといいけど…うはー、まだ遠いな〜」
何て、言葉を交わす。
私達の間に流れる空気は何時もと変わらないもので、昨夜の微妙な気まずさは緩和されていた。
「それにしても、こんなに大雑把だと本当迷いそうだね」
地図帳を見つめながら、さきが呟く。
彼女に頼んで持って来て貰った地図帳には、各地方の中心部しか載っておらず、天原港に向かう上で不都合な途切れ方をしている部分も多い。
商業・業務地やビル街が色分けされているのは、物資の調達や、ゾンビの数の予測のために役立つが…
さきには悪いが、何処かでもっと詳細な地図を見つける必要がありそうだ。
「そうだね…」
溜め息混じりに返答し、それから、一瞬で気持ちを切り替えて前方を見据える。
ゾンビだ。20m程先に、5体いる。
見た目から察するに、家族だったのだろう。
ただそれは、残念ながら過去の話だ。
さきに視線を送り、荷物を置いてモップを両手で握り締める。
昨日は「ゾンビを倒すのに罪悪感がある」何て弱音を吐いてしまったが、もう大丈夫だ。
さきは手を突き出して何かを言いかけたが、私が笑って歩を進めると、突き出した手を彷徨わせて押し黙った。
そう、それでいいんだよ、さき。
ゾンビ達に向かって、最初は早歩きで、徐々に速度を上げて走っていく。脇構えに近い姿勢から、モップを高く振りかぶって、集団の内の一体に体重と勢いを乗せた一撃を叩き込む。
左手に、硬い物を殴りつけた時特有のジンジンとした痺れが走る。頭蓋を叩き割られたゾンビはよろめいて私の足元に倒れ込み、二度と動かなかった。
何の感慨も抱く暇なく、右脇に居たもう一体に足払いをかけて転ばせ、晒された首を乱打する。数回の後に何かが折れる感触。
それから私は顔を上げて、モップを握り直し、左斜め後ろで蠢いているゾンビの鎖骨の間の窪みにその柄を突き立てる。柄は薄い喉元の皮膚を貫通し、息を吐こうと喘ぐようなヒュ、という音と共に、動く死体はただの遺体に戻る。
柄を引き抜くと、風穴の開いた喉元から腐敗してどろけた血を垂らし、骸が倒れ込んでくる。
何もせずに転ばせておくのも忍びなく、左腕でそっと受け止めて地面に寝かせる。
「それじゃあ」
軽く腰を落とした状態からモップを横に薙ぎ、更に一体の首を折る。
「貴方も」
それから立ち上がる時の勢いを乗せ、最後の一体の顎を突き上げる。しかし足りなかったらしく、後ろにのめりながら、ゾンビは何処か苦しげに腕を此方に突き出してくる。「あぁ、やってしまった」と思いつつ、仰向けに倒れたゾンビの正面に立ち、今度こそ終わらせる。
「すみません、苦しい思いをさせちゃって」
お休みなさい。
全員に、訪れるべき眠りが訪れた事を確認して、さきの元へと戻る。
儚いものだ。
*
昨日の事もあり、少し遠回りするか、私が代わろうか、と提案しようとしたが、たまの微笑みに押しとどめられる。具体的な言葉はなかったものの、「大丈夫だよ」と言われた気がしたのだ。
結局私は、それ以上何もしなかった。
そうやって何もせずにただ守られている自分が、情けない。
しかし、きっと私はあんな風にはなれないのだろう。
たまは駆け出す。
それからは一瞬だった。
ゾンビ達に肉薄したたまは、瞬く間に彼らをただの遺骸へと変えていった。
彼女は頭や首、ゾンビの急所を的確に狙い、殆ど数秒の内に全て終わらせてしまった。それは、死者に無用な苦しみを味わわせたくないという、彼女の慈悲なのだろう。
更に、たまは本来の姿へと戻った遺体に、敬意を払うような振る舞いさえした。
月並みな言葉だが、格好良かった。
本当に、ずるい。私には、とてもそこまで出来ない。
でもさ、たま。
貴方は、そうやってどんどん強くなっていくな。
そうして私が追いつけない位強くなって、何時か、私を置いて逝ってしまうつもりなのか?
そんな事になったら、本当に、格好良くて、ずるくて、許せない。それこそ、私には付いていけない。
それはとても恐い事だ。
「はぁ」
「いや、いや」
…いや、こんな弱気になっていては駄目だな。私達は、二人でこの国を出るのだから。
ただ、貴方の覚悟がそんな風に見えてしまったから。
だから、本当に無理だと思ったら頼って欲しい。
「お疲れ…あんまり無理はするなよ?」
「うん、大丈夫」
でもたまは、そんな事はしないのだろう。
「…さきもさ、そんなに気遣わなくていいから」
此方に戻って来たたまと共に、改めて歩き出す。
これでも、彼女のそういう性格は知っているつもりだ。
「じゃあ、今は甘えておこうかな」
自己満足の献身よりは、別にそれでもいいのかも知れない。
*
ゾンビ達を倒して暫く行くと、交番が見えてきた。
それからふと、思い出す。
そう言えば、交番には周辺の詳細な地図があった筈だ。
さきにそう伝えると、一瞬無表情になった後、クスリと笑われた。
「じゃあ、地図借りてくか」
「あは、まさか、お巡りさんの所から何かを拝借する日が来るとは思わなかったなー」
確かにそうだ。
この状況なら犯罪にはならないだろうが、今までだったら間違いなく窃盗罪だ。
そんな当たり前の事が、昨日今日ですっかり抜け落ちていた。余りに容易に。
「さきは…」
何というか、しっかりしている。
私が忘れているものだとか、落としてしまいそうな事だとかを、さきは全て拾い集めてくれる。
教室で駄弁っているような、何でもない愚痴を吐き合うような、そんなコミカルな調子で、私に思い出させてくれる。
「何?」
「大した事じゃないよ」
「さ、地図探すぞー!」
私はこんな風にはなれないのだろう、と思いつつ、交番の引き戸の前に立つ。
ただ、それでもいいのだろう。
そんな貴方だからこそ、私は守りたいと思うのだから。