2日目・朝
ストーリー自体は、全くと言っていい程進みません。
白い光の中、ふわふわと漂っていた意識が、浮上する。
朝日の眩しさに思わずきゅっ、と目を瞑ってから、ゆっくり瞼を持ち上げる。
朝だ。
今日も一日が始まる。
そう、それは変わらない。
何だか不思議な気分だ。
体を起こし、伸びをする。
少しぼんやりしてから周囲を見回すと、大分前に起きていたらしい、さきと目が合った。
「おはよう」
レジ袋の中身を右手で掻き回しながら、さきが言う。
「んー、おはよ」
「…起きんの早いね」
「あぁ、まあ」
「何時もは朝練があるからな」
「つい癖で」
レジ袋からいちごデニッシュを取り出して、さきは笑う。
デニッシュの袋をバリバリと豪快に破くと、彼女はそのままかぶりついた。
「はは」
「なんふぁ、わるい事ひてる気分ら」
モグモグと咀嚼しつつ、さきは喋り続ける。
私はそれを咎める気分にもなれず、そっか、と曖昧に返事して、簡易ベッドから降りた。
それから、自分も適当な菓子パンを選んで食べた。
あからさまに着色料な色合いも、柔らか過ぎる歯触りも、若干ぼやけた甘さも、何だか心地良かった。
「うま」
「まー、あんまり食べないもんな、こういうの」
「そういうのって、やけに美味しく感じたりするよね」
「ジャンクフードとか正にそれ」
「あー…」
「久々にハンバーガーとか食べたいわ」
「分かる」
そんな、取り留めのない会話と共に、朝のひと時は過ぎていった。
その後、店の厨房で歯を磨いた。
コンビニから失敬した歯ブラシと、天然水で。
ああ全く、現代社会様々だな、と思いながら、私はシンクに映る自分の眠たげな顔を眺めた。
*
静かな朝だった。
何時もなら、やれ食パンが切れている、教科書がない、電車に遅れる、などと大騒ぎしている筈なのに、今朝はそれがない。
温く、沈殿した空気を掻き混ぜる事なく身を起こしても、「もうこんな時間だけど!遅刻するよ!」などと叫び捲られる事もない。
朝練もないし、そもそも学校がない。
何も無い。平日であるにも関わらず、今朝の私には何もなかった。
何だか、時間を適当に切り貼りしたかのようにちぐはぐな気分だ。
そうして、切り口の合わない隙間だらけの時間のつなぎ目に、今が成り立っているのではないかと思ってしまう。
危うい。
こんな事で、平日も休日もなくなってしまうんだな。
まぁ、でも、今までは今まででこんな風に、予定がなければ崩れてしまうし、今は今で、やるべき事は朧だし、何方も危ういのだから、相違はない。
何て、現実味がなくて、他人事のような感想を抱いてしまう。
それから、欠伸をして目を擦り、薄暗い店内に差し込む朝日を眺めた。
ずっと前から相も変わらず、眩しい。
それは、何よりも確かだった。
それで少し満足して、テーブルに腰掛け、足が地面に付かないまま、椅子に置いてあったスポーツバッグを引き寄せて、地図帳を取り出した。
暇を持て余し、足をプラプラと揺らしながら、地図帳のページを捲る。
流石に、沿道の建物一つ一つについてまでは載っていなかったが、此処から天原港への道のりは、それ程複雑ではない、という事が分かった。
何とも言えない気持ちで地図帳を閉じ、私のすぐ側で、まだ眠りの中にいる友人を見遣る。
何処にでもいる少女の、変わったところもない寝顔だった。
それが確かである事を希うばかりだ。
そう思うと、余計に心が騒ついた。
何か食べて気を紛らわせようと、テーブルから降りて靴を履き、レジ袋の近くにしゃがむ。
「出来れば甘いもの!」
「無理なら、あー、肉食べたいな」
などと一人呟きながらレジ袋を漁っていると、少し上の方から伸びをする、呑気な声が聞こえてきた。
「おはよう」
目線を上げて挨拶すると、たまはにへら、と笑って返してくる。
「んー、おはよ」
「…起きんの早いね」
何時もは朝練があるからな、と返事しつつ、潰れかけたいちごデニッシュを、レジ袋から取り出す。
そのまま何も考えず、パッケージを破って噛み付いた。
薄い層を噛み切っていく、サクサクという音が心地良い。
それから、甘酸っぱく、香ばしい匂いがした。
何時もなら滅多に食べないし、何だか、悪い事している気分だ。
咀嚼しながら笑うと、たまは苦笑した。多分、呆れられただろう。
*
それから身支度をして、私達は建物を出た。
今日も変わらず、空は広かった。