備蓄倉庫、夕焼け、別れ
前回に引き続き、gdgdで進展がないです。すみません。
そして相変わらず、ゾンビ要素が少ないです。
ただ何となく、この話で長すぎるプロローグが終わった気がします。
何袋かの食糧と飲み物を持って、私達はコンビニを出た。
消費期限が長いものが案外少なかったため、食糧は大した量にはならなかった。
そういった事情もあり、コンビニから徒歩5分程度の場所にある公園の、備蓄倉庫にも行ってみる事にした。
*
さきより4m程前に出て、露払いをしながら進む。
「ァ、アァア…ア」
前方には、当て所なく町を徘徊する死者の群れ。
…私達への迎えだったら、楽になれるのかな。
駅で拾ったモップをゾンビ達の肩から首にかけて打ち下ろし、蹴倒し、柄で頭蓋を何度も打ち据えて潰す。
なるべく、彼らが攻撃されたと気づかない内に。
黒い血が跳ねる。
「ァ、ア…ギッ、ァ」
彼らにとって、恐らく二度目の断末魔。
最早そこに、彼らに対する悪意はなく、ただ機械的に、片付けていく。
悪意というよりはむしろ、ゾンビ達への罪悪感や遣る瀬無さが込み上げてくる程だった。
仕方ないと、割り切ってはいた。
しかし、倒しても、倒しても、それに慣れはしない。
「………………。」
どうしようもなく、心苦しい。
彼らは、以前、そして今も、私の同胞であり、このパンデミックの犠牲者なのだから。
今、この状況は、憎くて堪らなかったが…
胸が塞がる思いで、しかし、時折確認するさきの無事にほっ、とし。
矛盾した思いと共に歩む。
*
「さき、もうちょっとこっち来ても平気そう」
やや小さめの声で、たまは私を呼ぶ。
私は、たまのために何も出来ていない。
戦う事も、何にも。
彼女に汚れ仕事を押し付け、自分はただ、後をついて行くばかりで。
狡いなぁ。
情けない。今現在における、自分の無力さが恥ずかしい。
そして、怖い。
…彼女がいなくなったら?
そうしたら、私はどうなるのだろうか。
死ぬのだろうか。それとも、空っぽになって生きるのだろうか。
そもそも、たまとの別れそれ自体が、恐くて仕方ない。
…私が彼女の立場だったら、あんな風に戦えただろうか。
たまがゾンビ達を倒していく様は、決して漫画みたいに派手ではない。
一体ずつ相手をして、無茶な動き方はしない。
先程、我を忘れて飛び出したような真似はせず、進むスピードはゆっくりとしている。
一見すると、非常に冷静だ。
しかし、それでも少なからず思うところはある筈だ。
元々人間だった彼らを殺しながら、彼女は何を考えているのだろう。
その胸の内には、どんな思いが渦巻いているのだろうか。
たまから目を背けて、道の両側を見る。
視線の先の、荒らされた店内の薄暗がりが、ぽっかりと開いた死者の眼窩のようだった。
*
それから程なくして、目的の公園に着いた。
パンデミックが起きた時間が時間だったので、誰もいなかった。
近寄って開けようとしたが、備蓄倉庫には、簡易的な鍵が掛かっていた。
…嗚呼、すっかり失念していた。
本当に私って駄目だな。
倉庫自体は、如何にも脆そうな感じがしたが、モップで突いて歪ませる訳にもいかない。
音に反応して、ゾンビ達が来てしまうかも知れないからだ。
それは、さきを危険に晒す事にも繋がる。
…何より、私は余り殺したくなかった。
幸い、倉庫の鍵の置き場所なら、心当たりがあった。
公園から程近い、商店街組合の事務所だ。
"何時も"なら、大抵何処かの店のおじさんだかおばさんだかが居た筈なので、鍵も掛かってないだろう。
今から取りに行けばいい。
とは言っても、つい取手をガチャガチャやってしまうのが、鍵を忘れた人の性である。
私も例に漏れず、倉庫の扉に手をかけ、力を込めた。
ミシミシ、と音を立て、扉が軋む。
「えっ」
思わず間抜けな声を漏らしつつ、もしかして、と更に力を強める。
バキッ。
続いて、何かが折れるような音。
恐る恐る横に引くと、扉はガタガタ、と音を立て、不恰好に開いた。
「…嘘でしょ?」
私は別に、元々怪力でも何でもなかった。
これは、どういう事だ?
…考えるまでもないか。
右腕の傷を見つめる。力を込めた時から、不思議な熱を持ち始めたそれを。
原理は分からないが、ゾンビと怪力には、何らかの関係があるのだろう。
これだって、よく考えればフィクションの常識じゃないか。
俯瞰しているかのような、第三者視点からの自嘲。
今や、私がフィクションの化け物だよ!何て。
何にせよ、いい事ばかりじゃない。
でも今は、怪力の恩恵を受けておこうと思う。
それに、過ぎた事を悔やんでも、仕方ないじゃないか。勿論、楽観視は出来ないけれど。
備蓄倉庫の中は多少埃っぽかったが、特に荒らされた様子もなかった。
さきは、持っていたスポーツバッグの中身を捨て、代わりに、倉庫の非常食を有りっ丈詰め込んでいった。
「何か、寂しいな」
「数学とか、やりたくないやりたくないって、いっつも思ってたのに、いざ捨てるとなるとさぁ」
「ちょっと、ね…」
「うん、わかるわかる」
切ないような、可笑しいような、複雑な気持ちで相槌を打つ。
「や、しょうがないって知ってるし、割り切ってはいるよ」
「命に代わるものなんかないし」
さきはハハ、と困り眉で笑い、纏めた教科書類と、部活のユニフォームを床の片隅に置いた。
その時、一番上の教科書の表紙が目に留まる。地理の教科書だった。
「あ、今日地理Bだったんだ」
「地図帳は一応捨てないどいてー」
「ん、あぁそうだな」
「…でもまさか、たまから地図を読もう!なんて発想が出るとは」
悪戯っぽくさきが笑う。
「ちょっ、それどういう意味」
「だって、たまって社会苦手だったじゃん」
「何時だったっけ、テストで30点台とったの」
「小5ー6じゃない、多分」
「っていうか、まだそんな事憶えてたの…?」
恥ずかしさと、呆れが込み上げてくる。
それと同時に、泣きたくなる程の懐かしさも。
それから少しだけ、取り留めのない話をした。
学校の事だとか、大半は思い出話だ。
*
その内に物資を纏め終え、日が傾きつつある公園に出た。
何時だって懐かしい夕暮れ時。
淡い水色に、少しずつ溶けてゆく金色。
浴衣の帯のようにたなびく雲。
寒くないのに、何処かひんやりとした空気。
物寂しい。
何があっても、ずっと変わらない黄金色の空が、こんなにも辛い。
多分、友人も同じように思っていたのだろう。
何方ともなく二人顔を見合わせる。
それから、郊外に向けて歩き出す。
郊外から縦に伸びる、大きめの道路を真っ直ぐ行けば、海沿いの街に出る。
まだ先は長い。
心を決めて。
私達の故郷に、お別れを言ってあげよう。
「さよなら」
そうして私達は、この町を発った。
読み返したら、似たような言い回しばかりでびっくり。
切実に語彙力が欲しいです…