コンビニ
読んでいる方がいれば…
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
更に今回は、かなり冗長です(殆どがgdgdな心理描写)。すみません。
私は眺めている。
友人が、ただ只管にゾンビ共を蹴散らしてゆく姿を。
いや、一方的に攻撃している訳ではなかった。
時々、数を伴って押し寄せる彼らに、傷つけられてはいる。
その姿は傍目から見れば、余りに痛々しく、正視に堪えないものだったが、彼女自身はさして気にする様子もない。
何処か、死に急いでいるようにも、罪悪感に苛まれているようにも見える。
そんなもの、必要ないのに。私は、少し悲しい気持ちになる。
ゾンビ達は、理性を持たない筈なのに──少なくとも、私が見てきたのはそうだった──規則的で合理的な動きをしていた。
ただ、動作が鈍いので、彼女に翻弄されているだけで。
あれが、人間と同程度の早さで動いたならば…
考えるだに恐ろしい。
*
怖かった。
ゾンビ集団も、自分も、何もかもが。
何もかも信用出来なかった。
兎に角必死だった。それしかなかった。
別に、崇高な精神何かがあった訳ではない。
少しでもゾンビ共の数を減らさなければ、と考えただけだった。
それだけで飛び出した。
今の私は、余りに愚かで、短絡的だと思う。少し急ぎ過ぎだとも、分かっている。
ああ、でもどうしようもないじゃないか!
私がやらなければ、誰が露払いをするというのか。
さきにやらせては、本末転倒だ。
もう、この事──さきの安全に関しては、馬鹿な行動をとらない。
動く死体は、一人残らず殺さなければ。
頼れる誰か何て、いやしない。
自分を過信しているのではない。
むしろ、今の自分こそ最も信用ならない存在だ。何時理性を掬われるか分からない。
ただ、こういう役回りが出来る者が、偶然にも、私しかいなかった。そう、私しか……
戦わなくては。…戦わなくては。
幸い、平日昼間のホームタウンには、大した数の人間はいなかったらしい。
この町のゾンビは全て、という訳にはいかずとも、半径20mはさきを連れて歩ける位に、彼らを減らす事が出来た。
なるべく油断せず、モップを固く握りしめたまま、さきを呼びに行く。
*
二人連れ立って、無言で歩く。
静かだ。町も、流れる空気も。横たわる未来も。
まずは、食糧の確保が第一だ。
そう話した通りに、彼女達は駅の目の前のコンビニへ向かう。
店内は暗く、蒸し暑く、荒れていた。
割れたガラスケースが散乱し、一歩踏み出す度にシャリシャリと音を立てる。
誰もいない、今は。
先程、たまが殴り倒したゾンビの中には、コンビニの制服を着ている者もいた。
しかし、それで、何かが変わる訳じゃない。
「余り、手はつけられてないね」
「そうだな」
少女らは、二言三言交わしつつ、散らばったガラスを足で軽く払い退ける。
「適当なの見繕っといてー」
「私、レジ袋取ってくるから」
「ん、おっけー」
声のトーンは、普段通りだ。
音声だけならば、或る日常の一頁。
そう思わせる程、両者とも妙に落ち着いていた。いや、落ち着いている振りをしていたのだ。
*
カウンターから身を乗り出し、大きめのレジ袋を掴み取る。
一瞬、レジから現金を抜いていこうかとも考えたが、余り役に立たないだろうと思い直し、止めた。
私にも勿論、盗みに対する罪悪感はある。
現金を取ろうとしていたのを誤魔化すように視線を上へ彷徨わせ、私は踵を返す。
*
たまに商品の選別を頼まれ、適当に棚から棚へと歩き回る。
袋入りのパンや、「そのままでも美味しい!」と銘打たれたレトルト食品を引っ掻き集める。
それから、割れたガラスケースの破片で手を切らないよう気をつけて、ペットボトルも数本抜き取った。
そうして腕が一杯になった辺りで、丁度たまが戻ってきた。
「ただいまー」
「…随分、沢山集めたね?」
「二人分となると、これ位要るだろ…多分」
「それに入り切らないんだったら、私、バッグの中身捨ててくし」
たまの左手に握られたレジ袋を指差して、私は言う。
「…私も、鞄持ってけば良かったなぁ」
彼女は、溜め息を吐く。
「状況が状況だし、持ち出せなくても仕方ないって」
私は教室に籠城していたからバッグを持ち出せたが、たまは状況的にそうもいかなかっただろう。
それから、二人で食糧を選別し、レジ袋に詰めていった。
黙々と、缶詰め等を下に、規則的に。こうすると、パン何かは潰れない。重くなり過ぎた袋は二重にして。
生活の知恵、というものは、こんな時でも役に立つものか。
「………。」
生活の知恵、ね。
…駄目だな、家族の事を思い出しては。
脳裏に浮かぶのは、私をここまで育ててくれた、愛すべき両親の顔。
本当に、本当に生きていて欲しいが、生きてもう一度会いたいが──両親共に、勤め先は都会のど真ん中だった。
人が多いという事、それが何を意味するか。
…これ以上は、考えるまい。
*
食糧を詰めるのに夢中だった私は、ふと、さきの頬に雫が伝うのを見、手を止めた。
彼女の輪郭に合わせ伝う玉滴が、日光を受けて、淡く輝いている。
…泣いている?
どうしてだろうか。
こんな状況で泣きたくなるのも分かるが、何故、今?
何か、嫌な事でも思い出してしまったのか?
「…さき、泣いてるの?」
私は首を傾げ、小声で尋ねる。
「…あぁ、うん」
彼女の声は静かで、何処か、心ここに在らずといった様子だった。
「あ、えと、どうして──や、違、駄目そう?その、私が原因?」
どもりながら、さきに質問をする。
彼女に不快な思いをさせていないか、やけに気になってしまうな。
何でだろう。さっきの今だからだろうか?
「たまが原因では、ないよ」
「や、少し、家族が心配でさ」
そう言うさきの口許は笑っていたが、やや鼻声で、無理をしているのはばればれだった。
「そっか」
「さきのお母さんとお父さん、いい人達だもんね」
言ってから、止めておけば良かったと思った。
今、こんな、徒らに不安を煽るような事を言うんじゃなかった。
「うん、あの…」
「…多分、また会えるよ」
余りにも拙い慰めだ。
ああ。私は、無力なんだな。
「そう、だと、いいな……」
絞り出すような声。
案の定、私の言葉は、さきに気を遣わせただけだった。
それっきり、二人俯いて、作業に戻った。
これは要る、これは要らない、これとこれは要る、こっちは要らない。
パッケージに書かれた消費期限や、カロリーや、その他様々な情報を元に、商品を選り分けていく。
そして、機械的に詰め込んでいく。
…私はどうなんだろう。
私の消費期限は何時までだろうか。
私は、要るものだろうか。
ポッ、と頭に浮かんだ問いに、答えは出ない。
考えたって仕方ない。
*
作業が終わった後、私達はガラス片を除けた床に座り込み、棚に残っていたサラダなどを貪り食った。
何時もなら手に取ろうとも思わなかっただろうが、この国で生の食品を食べられるのも、これが最後な気がしたのだ。
電気が止まって間もないから、温くとも腐ってはいなかったものの、生鮮食品は、直ぐに悪くなってしまうだろうから。
そう考えると、今日まで苦手だったものが、途端に惜しくなった。
シャク、シャクと小気味のいい咀嚼音。
真新しい香りと、僅かな苦味。
噛み潰した時の瑞々しさ。
喉を滑る、やや固めの感触。
そして、その鮮やかな見た目。
…何もかもが最後だ。
今まで当たり前だった事、当たり前だったもの、厭わしくさえあったものに、一つずつ別れてゆく実感。
徐々に込み上げてくる過去への憧憬。
「…しょっぱい」
「…うん」
本当に、私達は弱い。
*
少女達が口元を拭って立ち上がったのは、もう暫く後の事だった。
冒頭の戦闘描写について補足を。
・最寄り駅は、中途半端な都会をイメージしています。
・たまが一度に相手しているゾンビの数は大体2〜3体程度で、多くとも5体を超える事はなかった筈。
・ゾンビの動きが合理的とはいっても、"よろめく"とか、無駄な動作がない程度です。訓練された軍人のような動き方はしていません。