安全な旅の終着駅
書き溜めのラストです。
今回は、何時もに増してラノベっぽい気がします。
とても静かだ。
辺りには、死んでも死に切れない死者の群れ。
ゆらゆら、ふらふら、立ち上がり、彷徨う。
すえた臭いが漂い、何処を見ても荒廃している。
街は灰色の空気に包まれ、生物の息遣いは聞こえない。
濃厚な、濁ったスープのような霧が、終焉の気配を伴って周囲に降り立つ。
霞んで見えない遠方から、肌に纏わりつく潮風が吹いてくる──
私は、彼女と共に海を目指している。
それは、すぐそこだ。
もう少し、あと少し…
──しかし、彼女達が港に辿り着く事はない。
…この声は、何だ?
何故、辿り着けないのかって?
五月蝿い。
それはねぇ…
黙れ。
s0そ1ni使…W……♡
…黙れ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!
…まぁ、いいよ?黙っても。
*
声が聞こえなくなる。
そして私は気づく。
此処は、さっきの荒廃した街ではないと。
不思議な匂いがする。
汗と、洗濯用洗剤の混ざったような、甘酸っぱい香り。
決して、嫌な臭いではない。
私の身体は、宙に浮かんでいる。
規則的に揺れて、上下に動いている。
瞼の肌色に、明るい光が当たっているのか、視界はオレンジ一色だ。
今は何故か、寒くもなく、心地よい。
私は、そっと目を開ける。
「良かった、目、覚めたんだな」
暫し、呆然とする。
私はどうやら、さきに背負われていたらしい。
そうだ、歩いている途中で倒れたのだった。
少しずつ、意識を失う前の記憶が蘇ってくる。
「いきなり倒れたから、驚いたよ!熱中症?」
「あぁ、ごめん…どうだろう?」
本当に、熱中症かどうか、分からなかった。余りに急だったものだから。
「んー」
「何か私、迷惑かけてばっかりだね…」
自分自身に落胆して、呟く。
「そんな事もあるでしょ」
「人間なんだから」
さき。
その言葉を、口にしないで。
私は違う。
「…ありがとう」
「どういたしまして」
不器用に、最低限の礼を言う位しか出来ない。
自分がひどく、情けない。
「次で目的地に到着だ」
「それまでは、休んでていいよ」
優しい声に、哀しくなる。
とても、彼女に申し訳ない。
「ごめん」
「謝る事じゃない」
そして、力の抜けた全身を揺られて、私達の終着駅に運ばれていく。
遠くに、白いホームの壁が見える。
さきが、一歩踏み出す。私の身体は上に上がる。踏み出した足が地面に付く。私の身体は下に下がる…
動作自体は、それの繰り返し。
しかし、確実に目的の駅は近づいてくる。
この状態は情けないから、早く着いて欲しいと思う一方、あと少し、このままでいたいとも思っている。我儘は言わないけれども。
相手に触れる事が出来るのは、まだ、私が人間性を保っている証拠だからだ。だからか、落ち着く。
一歩近づく、また一歩…
駅の全容が目の前に浮かぶ。
白い壁。ホームの地面は、薄汚れた灰色。壁に嵌め込まれたガラス窓。止まったエスカレーター、エレベーター。唯の箱と化した待合室。冷たい、コンクリートの階段。無骨な天井。
毎日毎日、通った駅。
そして恐らく、もう二度と通う事はない駅。
また、最後が訪れる。
プラットホームで降ろして貰って、ズルズルと、滑稽な動きで這い登る。
あゝ、無情だ。
登って、服をはたいて、さきに続いて止まったエスカレーターを降りる。
…薄暗い。
エスカレーターを下り切って、二人で改札口へと向かう。
誰もいない。血の痕だけが、ただ、広がっている。
コツコツ、と床に足音が響く。
構内は静かだった。
改札の外に、よろめき、ふらつくゾンビ達が見える。
改札は壊れ、酷く汚れている。
ゾンビがさきに気づいたら、容易に襲える事だろう。
眉を顰め、壁に立て掛けてあったモップを手に取る。
気休めだろうが、ないよりはマシだ。どうせ、私自身に失うものは何もない。
さきに、改札口で待つように伝えて、一人、外へと足を踏み出す。
「さっき倒れたばっかりなのに、大丈夫なのか?」
あんな事があったばかりなのに、彼女は私の身を案じてくれる。
「うん、全然大丈夫…」
若干クラッとしたが、大丈夫だと答える。
この程度、屁でもない。
奴らを、壊さなくては。
さきのために、私が出来る事は、それ位しかない。
モップの柄を、ぐっ、と握る。
不恰好でも構わない。
それしか、私には残っていないのだから。