また、歩いてゆく
真っ暗なトンネルから、出口の光に向かって少し歩くと、私達は外へと出た。
かなりの長時間、暗い所にいた私達にとって、屋外の日差しは、目に痛い程眩しかった。
線路の両側は、灰白色の高い壁に囲まれ、更に、線路自体が地下から柱に支えられて傾斜し、空中に設置されているため、ゾンビ達は入ってこれそうになかった。
先程の人々が、この辺りに避難しているのも納得出来る。
彼処に居れば、食糧等が尽きるまでは恐らく安全だろう。建物も頑丈に造られているし。
それで助かる見込みがあるかは、疑問だけれど。
此処から私達の家の最寄り駅までは、かなり歩く事になる。
しかし、駅に着けば、非常用の食糧や、自転車も手に入るかも知れない。
そうすれば、移動のスピードがぐっ、と上がるし、生存率も、きっと高くなる。
その場凌ぎでなく、生き延びたいのなら、行動が必要だと思う。余り偉そうな事は言えないが。
*
額から吹き出す熱い汗を拭いながら、私は思う。
*
右腕の芯から凍る寒さに耐えながら、私は思う。
*
そして歩く。
赤錆びた線路の上を。真っ赤な太陽を浴びて。
下から伸びる呻き声を、私達が気に留める事はない。
そうしたところで何になる?
真っ直ぐな意思を以って、二人は進み続ける。
歩く、歩く。
カラフルな真夏の昼下がりを。
歩く、歩く。
モノクロな悲劇の舞台を。
それだけ。ただ、それだけだ。
幾つもの、似たような駅たちを通り過ぎ、次は目的地かな、などと期待を抱きつつ。
陽光に光る駅名を見ては、ほんの少しだけがっかりして。
何度もそれを繰り返す。
「…あと、何駅だ?」
「さぁ…多分、えーっと、3駅位じゃないかなぁ」
「3駅か、まだ遠いな」
「…着いてからの方が遠いよ」
「分かってる!気分の問題だよ」
「ぁー、暑い!」
気を紛らわすように、騒いだかと思えば。
「気が滅入るねぇ…」
「………………」
時に、すっかり黙りこくって。
「はぁ、あぁ…」
「っ!」
「おー」
「次のホーム見えてきたな〜」
ゆるり、相手と喜び合って。
私達は、先へ行く。
真っ白な熱、空気が揺らめきそうに熱せられた枕木。
それらを越えて、先に、先に。
「あと、二駅か」
「そうだね」
「もうすぐだ」
線路の上は、余りに静かで。
今日という日を忘れてしまいそうになる。
忘れてしまえたら、どんなに楽な事か。
今、こうして歩いているのを、ちょっとした冒険、という事にしてしまえたなら──
*
駄目だ。
私はもう、誤魔化したり、隠しだてしたりするのは止めた。
それは、自分に対してもだ。
夢を見ては、いけない。
隣の彼女を、天原港へ送り届ける事だけが、私の使命。
そうでなくては。
*
きっと、たまは思い詰めている。
私に隠し事をしてしまったから。
少しずつであっても、別れが近づいてくるだろうから。
そうならなければ、一番良いのだけど。
しかし、腕が擦れる度、血の滲んでゆくたまのパーカーを見て思う。
きっと、それは叶わない。
無理だ、って。
*
カラカラに乾いた喉と、重く疲れた足を引きずって、只管に歩く。
暑さで回り始めた視界に、ある駅のプラットホームが映る。
もう少しだ。
私達の目指す駅は、目前に迫っている。
嗚呼、暑い。でも。
もう少し、あと少し──
*
その時、プツリと私の意識が切れた。