告白
大分更新が遅れました。
読んでいる人がもしいれば、申し訳ない。
自己嫌悪に陥る私の頭を、暗闇から伸びた手がゆったりと撫でる。温かい。
手は、頭を滑り、首へ至り、更にその下にある背中を軽くさする。
「慌てなくていい」
「話せるところから話せばいい」
「別に、それで軽蔑したりはしない」
言葉少なに、ごく穏やかに、さきの声が語りかける。
「…驚きはしたけども」
彼女の苦笑が、見える気がする。
「私は…」
「私が、何で感染したかっていうと」
「教室で、噛まれたから、なんだけどね」
ゆっくり、なるべく心を落ち着かせながら話す。
「その、パンデミックがいきなり過ぎて、訳わかんなくて、それで」
「ぼーっとしちゃって」
「我に返る頃には、噛まれてたんだ」
「そっから、慌ててトイレに隠れて」
思い出すと、心臓が痛い。
きっと、何れ腐ってゆく心臓が。
「でも、隠れても意味ないよなぁ、って気づいて」
「多分、あの時ゾンビになりかかってたんだと思う」
「それで意識が朦朧としてきて、廊下に出て、フラフラしてたんだけど…」
「さきの居た教室に、ゾンビが集ってるのを見つけて」
「あぁ、誰かまだ、生きてるんだなって」
「そしたら、いきなり…何だろう?なんというか、人間っぽい感情が湧いてきて」
目を固く瞑り、首をぶんぶんと振る。
上手い言い回しが見つからない。
「助けなきゃ、って」
「気がついたら、消化器振り回してた」
「それで…さきと一緒に学校を出て」
「言うタイミングを逃したし…ううん、違うんだ」
「…言いたくなかった」
「さきと、出来るだけ長く居たかった」
ああ、言ってしまった。
絶対に叶わない、自分勝手な欲望を。
「そうか」
「…感染を隠してた事については、まあ、文句の一つも言いたいけどさぁ」
冗談めかした口調で、さきは私に言う。
「…身勝手でごめん」
「本当に、ごめんなさい」
泣きたい、けれど、涙が出ない。
「んー、別に…」
彼女の声が、少し間延びする。
何か、掛ける言葉を探すように。
「あぁそうだ、改めて、ありがとな」
「助けてくれて」
それから、顎に手を当てて、呟く。
何処までも優しげに。
「…うん」
「もう、いいや」
フッ、とやけに爽やかな笑い声。
「もう、感染がどうとか、気にしなくていい」
「終わった事だ」
「それで、しがらみも何もなし」
「私達はまだ幼いから、何もかも割り切る事なんて出来ないし、都合の悪い話は隠してしまう」
「ある程度は、しょうがないんだよ、きっと」
「それに、別れは、もう少し先だと思う」
「まあ私の願望なんだけどさ」
「ゲームみたいに、ワクチンとか見つかるかも知れないしな?」
ニシシ、とさきは笑う。
「まぁ…」
「そう、都合よくはいかないかも知れないけどな」
僅かな間を開けて、さきは目を伏せた。
そして、淋しそうに、呟く。
「でもたまは、ここまで正気を保ってきた」
「それに、私の命を助けてもくれた」
「今更、恐れたりはしないよ」
「それで痛い目みても、構わない、その時はその時だ」
「ね、行けるところまで、一緒に行こう」
「…うん」
「ありがとう……」
…酷い事を言わせてしまった、と思う。
やはり、さきは優しい。
昔からそうだ。本当に変わらない。
だから私は…
どうあっても、彼女の側から去らなければならない。
さきは、優し過ぎる。
彼女に甘えていては、私は駄目になってしまう。何時か、彼女に危害を加えてしまう。
それだけは、嫌だ。絶対に。
嗚呼、もう。
身勝手は止めなくては。
この世に、私の意思があってはいけない。
そうだ、私は化け物だ。
何かの気まぐれで、たまたま自我を保っているだけの、化け物。
本来、此岸に居てはならないモノ。
生者が、死者のために道を譲る謂れはない。
私自身が、さっき思っていた事だ。
行こう、行こう、逝こう。
何もかも、手遅れになる前に。
「もう、いいんだよね、うん…」
「それじゃ、行こっか」
「ああ、そうだな」
線路内の石を踏みしめて、立ち上がる。
ゆっくりと、右手でさきの手を取って。
少しだけ、ギクシャクした手の動きが、私の理性を、正気を守ってくれる。
私は、彼女を守るためだけに存在する、化け物。
それさえも、何時までもつか分からない。
彼女を守れなくなった時、私は私でなくなる。そうなったら、私は今度こそこの世に別れなければならない。
操られているように不恰好な死者の動作は、それを、きちんと胸に刻み込んでくれる。私への縛を。
*
午後2時を過ぎた頃。
真夏に照りつける強烈な光は、少女の心の内までもを、照らす事はないのだ。
話の途中に作者用のメモ書きが残っていました(修正済み)。
すみません。