表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

Zhang Wei: 1969

作者: 宮沢弘

 私は喧騒に誘われ、路地を曲った。そこでは紅衛兵が家族と思しき人々を取り囲み口々に声を張り上げていた。

「自己批判せよ!」

「労働者こそ真の人間である!」

「資本家のつもりか!」

「知的階級のつもりか!」

 それらの声に、子供は泣き、夫婦であろう二人は、おそらくは弁明を試みようとしていた。

 だが、私にはそれらはどうでもいいことがらだった。路地を曲ったのには、もう一つ理由があった。燃える匂い。紙が燃える匂い。本が燃える匂い。それが、その理由だった。地面に両膝を着く四人からすこしばかり離れたところで、本が燃やされていた。


 祖母から聞いていた、私の家系の家業。それは長い歴史を持っていた。だが、私がその家業を継ぐことになるとは、幼いころには思いもしなかった。私の家系に伝わる、ただのおとぎ話だと思っていた。

 何年も前、祖母はベッドに横たわり、私の手を取った。

「お前に役目が周って来たんだねぇ」

 その声は弱かったが、祖母の目はしっかりと私を見据えていた。

「誓ってくれるかい? 家業を継いでくれるかい?」

「おとぎ話だと思っていました」

 祖母は笑みを浮かべた。

「そうだろうねぇ。実を言うとね、あたしも子供のころはそう思っていたもんさ」

 祖母は左手を私の手から離し、首にかけていたものを取った。それは紐が通された一つの鍵だった。祖母との思い出とともにある、一つの鍵だった。

「さぁ、誓っておくれでないかい? 家業を継いでくれるかい? 誓ってくれたら、この鍵はお前に譲ろうね。誓ってくれたら、裏の洞窟の扉をこれで開けて、ちゃんと見ておくれでないかい?」

 私は右手で鍵とともに祖母の左手を包んだ。

「誓います。どうやればいいのか、それもわかりませんが。それでも誓います」

 岩に不似合いな、あるいは似合った堅牢な扉を思いながら、私は答えた。

 祖母はまた微笑んだ。

「では、お前に譲ろうね。いいかい、洞窟をちゃんと見るんだよ」

 祖母は鍵を私の手に残し、彼女の手をベッドの上に戻した。


 私は護書者。護書者ヂャン・ウェイ。本が燃える匂いを嗅ぎながら、心の中で何回めかの名乗りを挙げた。それは、救えなかった本への、私の誓いでもあった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] これ、長編に続くのです? 話が気になります 文革時代でこのファンタジーはちょっとおもしろいですな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ