一緒
購入した古着が入った袋を平太が持とうと思ったら、彼女は荷物と平太を交互に見て、
「私、持つわ」
と言った。
「え? 良いけど」
自ら荷物を持つというのが不思議な気分がして、平太がキョトンと返事をする。
平太の返事に笑みを浮かべたところを見ると、本当に持ちたいらしい。
古着2着はそれほど重くない。
「はい」
渡すと、彼女はどこか嬉しそうにビニール袋を手からぶら下げた。ちなみに中古品の安い服なので、スーパーのレジ袋みたいなのに入っている。
「ふふ」
彼女は笑って、空いている方の手を平太の腕に沿えた。
こんなに喜んでもらえるなら買ってよかったと平太は思った。
同時に、中古でごめんねと思ってしまった。
彼女に眺めの良い景色を見せたい、とふと思った。
ご希望のお店の超リッチなアイスクリームはダメだったけど、安価で低階層なら案内できる。
「このまま散歩してみない?」
「散歩? どこに行くつもりなの?」
興味深そうに彼女が尋ねてくる。
そういえば彼女と外をブラブラするのは今日が初めてだ。
「俺のお気に入りの場所。街並みが良く見えるんだ」
「期待しても良いのかしら」
彼女は少しからかうように言って笑んだ。
「んー・・・きみの期待に沿えるかはさっぱり分からないけど、ちょっと良い眺めだと思うよ」
平太が言うと、抑えきれずに彼女がフフと笑った。
喜んでくれるといいな。
***
電車を乗り継いで、平太は数年前までの自分の居住区に移動した。ちなみに、今の区域に移ったのは、以前住んでいた家を手狭に感じるようになったから。
でも、共同でなく独立で暮らせるようになって初めて住んだ場所だから、思い入れと愛着も強い。
平太は慣れた様子で図書館に向かった。
球形の大きな建物は今日も銀色に輝いている。
「ここは何?」
「図書館だよ。ここの地区の」
「初めて来た。図書館」
知識で知っているだろうけれど、来るのは初めてなのだ。彼女が嬉しそうで、平太は今まで彼女にお留守番ばかりさせて悪かったな、と思った。これから色々一緒にでかけるのも悪くない。
「手続きするからちょっと待ってて」
「え? えぇ」
違う居住区にうつってしまったので、窓口で申請が必要だ。
彼女もいっしょについてきた。腕に沿えた手もそのままだ。
待っていてと言ったのに、と何の気に無しに見やると、彼女も不思議そうにした。なぜ平太が見たのか分からない様子だ。
まぁいいや。
窓口で並んで申請手続きをする。
『ご利用はお二人ですか?』
「えーと。佐野平太が一人と、その彼女なのですが、二人扱いですか?」
『いえ、お一人です。失礼いたしました。容姿と声紋とお名前から特定完了いたしましたので、このままどうぞご利用ください』
謝られた事に少しだけ違和感を持ったが、利用許可が降りたのでまぁいいやと思う。
「行こう」
「えぇ。ねぇ、私の分のはないの?」
ちょっと残念そうに、彼女が窓口から出てきた1枚のカードを見て眉を下げた。
持ってみたいのかな、と平太は思った。古着も持ちたいぐらいなのだから。
「俺ときみの二人の分だよ。持ってみる?」
「・・・良いの?」
彼女の目が輝いている。
子どもみたいだな、と平太は思った。ちょっと笑顔が眩しい。そんな顔見れて嬉しい。
「良いよ。落とさないでね。落としたら色々面倒なんだ」
「落とすわけないじゃない!」
口を尖らせた彼女に、透明な薄青緑色のカードを渡す。
渡すと、彼女はじっとカードを見つめてから平太を見て、
「ふふ」
と笑った。
館内は静かなざわめきで満ちている。
彼女をちらとみる人もいれば、じっとしばらく見つめてくる人もいる。それでもそのうち興味を失ってまた移動したり、データを探したり。
各所でカードを彼女に使わせつつ、最上階まで行くエレベータに向かう。
外から見ると銀色の球体だったこの図書館は、内部に入ると、半分は柔らかい色調の壁だけれど、半分は壁などないみたいに透明で外の光を取り入れている。図書館の外に植えられている樹木がよく見える。
エレベーターに乗り込み、上昇する間に、平太は提供されるドリンクを二つ手に持った。
二つとも持ったのは、彼女の手はすでにいっぱいだからである。片方は古着とカードを持って、片方は平太の腕に添えられたまま。
「・・・ずっと手を添えてるけど、どうして?」
と平太はここに来てふと尋ねてみた。いつの間にかずっとこれで歩いている。
彼女はふっと平太を見上げた。
「・・・え。ダメなの」
「え。良いけど」
「じゃあ良いじゃない」
「うん。良いよ」
彼女がなぜか拗ねてしまった。聞かない方が良かったみたいだ。
リン、と音が鳴って、平太が目指す最上階への扉が開いた。
***
最上階は、休憩スペースだ。お昼ご飯とかをここに持ち込んで良いのだけれど、一方でこの階にはデータ関係が全くないから、時間を外すとあまり人はいない。
今は数人、ドリンクを手に少し休憩をしている程度だった。
「小声で話そう」
「えぇ。図書館で私語は慎むようにっていうのは常識よ」
真面目に彼女は頷いて小声で返した。
休憩している他の人の妨げにならないように、平太はそっと彼女を連れて移動して、景色のよく見える方の壁に行く。
「ここ、カードかざして」
「え? ここに?」
「うん。ここ」
平太が指示した透明な壁に彼女がカードをかざすと、音もなくなめらかに透明な壁が横に滑る。
外にバルコニーがある。
風が入ってくるので、平太は急ぐように外に出る。彼女も後からついてきた。
バルコニーは少し通路のように伸び、その先で幅が広くなる。
「はい。ついた。ここは外だから、声も普通で良いよ」
「え。そうなの」
「風が強い事が多いから、荷物とか飛ばされないように気をつけて。カード、俺が持ってようか」
「え・・・えぇ。落としたら困るから平太に渡しておくわ」
平太の両手は未だにドリンクでふさがっている。
「あ、お腹についてるポケットに入れて」
今日の平太の着ている服には、腹部に大きなポケットが付いている。
「・・・ダサイけど便利ね・・・ダサいけど・・・」
彼女が服に文句を言いながら、カードを入れる。
「便利なのが一番だよ」
「違うわよ。素敵な服が良いわ」
「きっときみの言う素敵な服にはこんなポケットないと思う。俺はポケットがある方が良い。鞄持たなくても良いし、これが理想的な服だと思ってる」
「むしろ鞄を持つべきだと思う!」
「えー」
意見がやっぱり合わないなぁ。
文句をまだ言い足りない様子の彼女に、平太は片方の手にあるドリンクを渡した。
「はい。これ、きみの」
「え。あ、ありがとう」
「脳処理をサポートする栄養ドリンクなんだけど」
「えぇ? 何それ!?」
「でもまぁ、ちょっと甘くて、結構俺は気に入ってるよ」
彼女は様子を探るような目で平太を見あげる。
「見て。この景色を見せたいと思ったんだよ。ちょっと良くない? 昔、よくここに来たんだ」
「・・・へぇ・・・」
平太が外の景色に目を向ける。彼女もつられたように景色を見る。
「どのあたりに住んでたの?」
「ちょっと遠いんだけど、この先の、黄色い尖った三角の見えるの分かる?」
「あったわ」
「そこをちょっと左にずらした、灰色の・・・」
「ほとんど全部灰色に見えるわよ」
「そうだろうね」
「目印は?」
「特にないよ。でも、あの灰色の中の一つだよ」
「ふぅん・・・」
平太はドリンクを飲んだ。甘い。懐かしい。図書館によって微妙に味が違うのだ。
彼女もドリンクを飲んだ。
「変な甘さね?」
と彼女は首を傾げる。
「合わなかった?」
と少し心配になって平太は尋ねた。
「・・・良いわ。平太がすごく懐かしそうだから」
と彼女は言った。
それから彼女は、また平太の腕に手を沿えた。
「でも、ここにいるときの平太は、私の事を全然しらない平太だったのね」
「・・・。きみ、なんだか、すごい事を言うんだな」
彼女は少し困った様子だ。
その様子に少し考えてみて、平太は言った。
「今ここにいる俺は、もうミーニャの事知ってるよ」
「・・・もぅ名前! わざとでしょ!」
「うん」
「意地悪!」
「へへー」
笑ってドリンクを飲んだら、彼女はなんだか仕方なさそうに可愛くにらんで、口に合わないらしいドリンクを一緒に飲んだ。