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福袋の彼女  作者: 天川ひつじ
第一章 平太、福袋彼女を買う
9/23

一緒

購入した古着が入った袋を平太が持とうと思ったら、彼女は荷物と平太を交互に見て、

「私、持つわ」

と言った。

「え? 良いけど」

自ら荷物を持つというのが不思議な気分がして、平太がキョトンと返事をする。

平太の返事に笑みを浮かべたところを見ると、本当に持ちたいらしい。


古着2着はそれほど重くない。

「はい」

渡すと、彼女はどこか嬉しそうにビニール袋を手からぶら下げた。ちなみに中古品の安い服なので、スーパーのレジ袋みたいなのに入っている。

「ふふ」

彼女は笑って、空いている方の手を平太の腕に沿えた。


こんなに喜んでもらえるなら買ってよかったと平太は思った。

同時に、中古でごめんねと思ってしまった。


彼女に眺めの良い景色を見せたい、とふと思った。

ご希望のお店の超リッチなアイスクリームはダメだったけど、安価で低階層なら案内できる。


「このまま散歩してみない?」

「散歩? どこに行くつもりなの?」

興味深そうに彼女が尋ねてくる。

そういえば彼女と外をブラブラするのは今日が初めてだ。


「俺のお気に入りの場所。街並みが良く見えるんだ」

「期待しても良いのかしら」

彼女は少しからかうように言って笑んだ。


「んー・・・きみの期待に沿えるかはさっぱり分からないけど、ちょっと良い眺めだと思うよ」

平太が言うと、抑えきれずに彼女がフフと笑った。


喜んでくれるといいな。


***


電車を乗り継いで、平太は数年前までの自分の居住区に移動した。ちなみに、今の区域に移ったのは、以前住んでいた家を手狭に感じるようになったから。

でも、共同でなく独立で暮らせるようになって初めて住んだ場所だから、思い入れと愛着も強い。


平太は慣れた様子で図書館に向かった。

球形の大きな建物は今日も銀色に輝いている。

「ここは何?」

「図書館だよ。ここの地区の」


「初めて来た。図書館」

知識で知っているだろうけれど、来るのは初めてなのだ。彼女が嬉しそうで、平太は今まで彼女にお留守番ばかりさせて悪かったな、と思った。これから色々一緒にでかけるのも悪くない。


「手続きするからちょっと待ってて」

「え? えぇ」

違う居住区にうつってしまったので、窓口で申請が必要だ。

彼女もいっしょについてきた。腕に沿えた手もそのままだ。

待っていてと言ったのに、と何の気に無しに見やると、彼女も不思議そうにした。なぜ平太が見たのか分からない様子だ。

まぁいいや。

窓口で並んで申請手続きをする。


『ご利用はお二人ですか?』

「えーと。佐野平太が一人と、その彼女なのですが、二人扱いですか?」

『いえ、お一人です。失礼いたしました。容姿と声紋とお名前から特定完了いたしましたので、このままどうぞご利用ください』


謝られた事に少しだけ違和感を持ったが、利用許可が降りたのでまぁいいやと思う。


「行こう」

「えぇ。ねぇ、私の分のはないの?」

ちょっと残念そうに、彼女が窓口から出てきた1枚のカードを見て眉を下げた。

持ってみたいのかな、と平太は思った。古着も持ちたいぐらいなのだから。


「俺ときみの二人の分だよ。持ってみる?」

「・・・良いの?」

彼女の目が輝いている。

子どもみたいだな、と平太は思った。ちょっと笑顔が眩しい。そんな顔見れて嬉しい。


「良いよ。落とさないでね。落としたら色々面倒なんだ」

「落とすわけないじゃない!」

口を尖らせた彼女に、透明な薄青緑色のカードを渡す。

渡すと、彼女はじっとカードを見つめてから平太を見て、

「ふふ」

と笑った。


館内は静かなざわめきで満ちている。

彼女をちらとみる人もいれば、じっとしばらく見つめてくる人もいる。それでもそのうち興味を失ってまた移動したり、データを探したり。


各所でカードを彼女に使わせつつ、最上階まで行くエレベータに向かう。


外から見ると銀色の球体だったこの図書館は、内部に入ると、半分は柔らかい色調の壁だけれど、半分は壁などないみたいに透明で外の光を取り入れている。図書館の外に植えられている樹木がよく見える。


エレベーターに乗り込み、上昇する間に、平太は提供されるドリンクを二つ手に持った。

二つとも持ったのは、彼女の手はすでにいっぱいだからである。片方は古着とカードを持って、片方は平太の腕に添えられたまま。

「・・・ずっと手を添えてるけど、どうして?」

と平太はここに来てふと尋ねてみた。いつの間にかずっとこれで歩いている。


彼女はふっと平太を見上げた。

「・・・え。ダメなの」

「え。良いけど」


「じゃあ良いじゃない」

「うん。良いよ」

彼女がなぜか拗ねてしまった。聞かない方が良かったみたいだ。


リン、と音が鳴って、平太が目指す最上階への扉が開いた。


***


最上階は、休憩スペースだ。お昼ご飯とかをここに持ち込んで良いのだけれど、一方でこの階にはデータ関係が全くないから、時間を外すとあまり人はいない。

今は数人、ドリンクを手に少し休憩をしている程度だった。


「小声で話そう」

「えぇ。図書館で私語は慎むようにっていうのは常識よ」

真面目に彼女は頷いて小声で返した。


休憩している他の人の妨げにならないように、平太はそっと彼女を連れて移動して、景色のよく見える方の壁に行く。

「ここ、カードかざして」

「え? ここに?」

「うん。ここ」

平太が指示した透明な壁に彼女がカードをかざすと、音もなくなめらかに透明な壁が横に滑る。

外にバルコニーがある。


風が入ってくるので、平太は急ぐように外に出る。彼女も後からついてきた。

バルコニーは少し通路のように伸び、その先で幅が広くなる。

「はい。ついた。ここは外だから、声も普通で良いよ」

「え。そうなの」

「風が強い事が多いから、荷物とか飛ばされないように気をつけて。カード、俺が持ってようか」

「え・・・えぇ。落としたら困るから平太に渡しておくわ」


平太の両手は未だにドリンクでふさがっている。

「あ、お腹についてるポケットに入れて」

今日の平太の着ている服には、腹部に大きなポケットが付いている。


「・・・ダサイけど便利ね・・・ダサいけど・・・」

彼女が服に文句を言いながら、カードを入れる。

「便利なのが一番だよ」

「違うわよ。素敵な服が良いわ」


「きっときみの言う素敵な服にはこんなポケットないと思う。俺はポケットがある方が良い。鞄持たなくても良いし、これが理想的な服だと思ってる」

「むしろ鞄を持つべきだと思う!」

「えー」

意見がやっぱり合わないなぁ。


文句をまだ言い足りない様子の彼女に、平太は片方の手にあるドリンクを渡した。

「はい。これ、きみの」

「え。あ、ありがとう」


「脳処理をサポートする栄養ドリンクなんだけど」

「えぇ? 何それ!?」


「でもまぁ、ちょっと甘くて、結構俺は気に入ってるよ」

彼女は様子を探るような目で平太を見あげる。


「見て。この景色を見せたいと思ったんだよ。ちょっと良くない? 昔、よくここに来たんだ」

「・・・へぇ・・・」

平太が外の景色に目を向ける。彼女もつられたように景色を見る。


「どのあたりに住んでたの?」

「ちょっと遠いんだけど、この先の、黄色い尖った三角の見えるの分かる?」


「あったわ」

「そこをちょっと左にずらした、灰色の・・・」


「ほとんど全部灰色に見えるわよ」

「そうだろうね」


「目印は?」

「特にないよ。でも、あの灰色の中の一つだよ」


「ふぅん・・・」


平太はドリンクを飲んだ。甘い。懐かしい。図書館によって微妙に味が違うのだ。

彼女もドリンクを飲んだ。

「変な甘さね?」

と彼女は首を傾げる。


「合わなかった?」

と少し心配になって平太は尋ねた。


「・・・良いわ。平太がすごく懐かしそうだから」

と彼女は言った。

それから彼女は、また平太の腕に手を沿えた。


「でも、ここにいるときの平太は、私の事を全然しらない平太だったのね」

「・・・。きみ、なんだか、すごい事を言うんだな」


彼女は少し困った様子だ。

その様子に少し考えてみて、平太は言った。

「今ここにいる俺は、もうミーニャの事知ってるよ」

「・・・もぅ名前! わざとでしょ!」

「うん」

「意地悪!」

「へへー」

笑ってドリンクを飲んだら、彼女はなんだか仕方なさそうに可愛くにらんで、口に合わないらしいドリンクを一緒に飲んだ。

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