貧富の差
朝食後、平太は試験のために隣の部屋に移動する事にした。
ちなみに、やっぱり彼女は平太の家の設備が旧式で使い方が分からなかったことが判明した。
彼女の知識と平太の家との貧富の差が酷いのだ。
「飲み物とかも、好きに入れて良いからね。テレビもチャンネル好きに変えて。切っても良いから。本も好きなの読んでていいよ」
「えぇ、分かったわ。ありがとう、そうする」
彼女が上機嫌になって、元気が出てきた気がする。
良かった。
***
3時間後。
無事に試験をクリアして、晴れ晴れとした気分で居間に戻った平太は驚いた。
彼女が落ち込んで、テーブルを前に項垂れていた。
「えっ、ちょっと、ミーニャ、どうしたの!」
ガバっと彼女は顔を上げて、泣きそうな顔でにらんだ。
「名前呼ばないでって言ったでしょ!」
「二人の時でも駄目なの?」
平太は首を傾げた。
彼女はムっとした。
「二人の時なら、名前を呼ばなくても分かるじゃない!」
確かにそうかも。じゃあ、名前を呼ぶ機会って本当に無いな。
まぁ良いけどちょっと残念。
「で、本当にどうしたんだよ」
「平太ぁ」
と、彼女の方は平太の名前を呼んで、悲しそうな顔をみせた。
「コーヒー飲みたいのに、フィルターが無いの・・・?」
ん? と平太はテーブルの上を見て、ついでに台所の方を見た。
色々探してみたような形跡がある。上の棚も開けたようだ。
平太は答えた。
「・・・うちのコーヒーには、フィルターは要らないよ」
「えっ、嘘よっ!」
彼女は豆を煎る本格的な知識しか持っていなかった。
平太がインスタントコーヒーを淹れてみせたら、まるで手品のように驚いていた。
***
「ところで、言い忘れてたんだけど。来週木曜日、先輩たちとバーベキューをすることになったんだ。先輩たち彼女連れて来るから、きみも一緒に行こう」
お昼ご飯に今日は、ソーメンを食べてから、平太は思い出して言った。
「え。分かった、良いわよ」
コクリと彼女は頷いた。
「じゃあ、平太、お願いがあるんだけど」
「え。何。言ってみてよ」
こんな風に言われたのは初めてなので、平太は少し姿勢を正した。
「服、買って欲しいの。パーティ用の服」
「パーティ・・・。待って、きみ、バーベキューが何か分かってる?」
「分かってるわ。だからパーティ用の服が欲しいの。そもそも、私、これ1着しか持ってないわ」
彼女は平太の至らなさを責めるような表情をしている。
「ちょっと待って。落ち着こう」
「落ち着いてるわよ」
「バーベキューは、まず、パーティでは無い」
「え? 意味が分からないわ」
「分かった。アルバム見せてあげる」
平太は、プライベートで使う記憶パネルをポケットから取り出して、テーブルの上に置いて映像を展開した。
「えーと。去年の今頃のが良いかな。服も分かるし」
平太の言葉を受けて、選ばれた映像の候補が並ぶ。
「バーベキュー、去年河原で足利先輩の車で行ったやつ。短めの映像」
展開された映像を、彼女が目を丸くして眺めている。
「バーベキュー・・・」
「バーベキュー」
と平太が同じ単語を教え込むように繰り返す。
それから、登場する人々の服装を指さす。
「ほら、パーティって感じじゃないだろ? むしろラフな感じ。汚れても良いような作業着の方が向いてるよ」
「バーベキュー? バーベキューパーティー?」
彼女が壊れたように単語を繰り返して平太を見た。
平太は頷いてみてから、首を横に振った。
「これが、バーベキュー。バーベキューパーティって、多分きみが知ってるのとは違う」
彼女はじっとまた映像を見てから、頷いた。
「そうね」
「うん」
「でもね」
「うん?」
彼女は平太を見上げた。
「服、そろそろ、買って?」
***
なんということだろう。
彼女には、服の替えが必要らしい。
そんな話、先輩から聞いたこと無かったんだけど・・・やっぱり特殊仕様なんだろう。
とりあえず、希望はできるだけ沿いたいので、平太は彼女と午後に出かけてみることにした。
「ねぇ、知ってると思うけど、俺、貧乏だから」
自分で貧乏って言うのって切ないな、と平太は思った。
学生なんて皆こんな暮らしだと思うんだけど。
そうか、俺は貧乏だったんだ、と判明してしまった気分だ。
「うん・・・だから遠慮してたの。でも、どうしても必需品でしょ、服って! 平太だって毎日着替えてるじゃない! ダサイけど!」
「そこでフツーに俺の服を否定してこないで」
「だって本当だもの。ね、平太の服も買いましょう! 私が選んであげる! ね、一緒に服買いましょうよ!」
「えー・・・」
お金があったら良いんだけどなぁ。無いからなぁ。
平太はちょっと遠くを眺めた。
そんな平太のプヨプヨの腕に、彼女がぎゅっと抱き付いて来て服を買ってと訴えている。
「えー・・・」
道行く人たちが、彼女を連れている平太を見て羨ましそうな顔をしていく。
そういえば、少し前まで自分もそうだった。
あれ、おかしいなぁ。
俺、お金の心配ばっかりしてるんだけど・・・。
幸せなのかなぁ?
平太がチロリと腕にまきつく彼女を見下ろすと、平太の考えている事が分かったのか、彼女がムっとした顔で平太を睨んだ。
「えー・・・」
とりあえず、見るだけ・・・。
***
彼女用の服屋さんまでこの世の中にはあったのだ。
だけど、目を輝かせている彼女には申し訳ないけれど、ここで1着でも買ったら、今まで食べてたラーメンもソーメンも我慢しないといけない羽目になる。
虚勢を張っても仕方ないから、正直に彼女に予算オーバーだと打ち明けた。
そもそも予算など0に等しいのだが、そこは黙って詫びておく。
ムッとしながら諦めつつも、未練を残して服を見やる彼女に切なくなった。
欲しがるものを全部買えたらいいのに。きっと喜んでくれるし、自分もそれで幸せになれそうな気がする。
でも平太はそんな暮らしは送れない。
***
リサイクルショップの、彼女向けコーナー。
「気にいるのあったら良いんだけど」
「・・・。平太」
彼女は、新品の店の時のように喜んでいない。
けれど、真剣に品定めしていた。
あれだ、自分がスーパーで、同じ値段でも少しでも多そうな肉を選ぶのと同じ感じ。
「これとこれ。2着買える?」
「・・・俺の服を買わなくて良いなら買える」
「えっ」
彼女は悲しそうになった。
泣きそうな顔で、俯いた顔を上げた。
「平太、私も、アルバイトしたらお金貰える? 平太の服も買いたいわ」
心に突き刺さった。彼女にアルバイトさせるなんて話、聞いたこと無い。
でもこんな状況なのにちょっとそんな事言って貰って嬉しいってどうしてだろう。
とりえあえず、話し合ってお互い1着ずつ古着を購入する事に落ち着いた。