平太、状況確認する
翌朝。
平太が起きると、先に彼女が起きていた。
「おはよう」
と声をかけると、
「おはよう」
と素っ気ない返事が来た。
いつも通りの彼女な気がする。
でも、平太は昨晩それなりに考えたのだ。だから今日はちゃんと話してみよう。
「あのさ、朝ご飯、希望ある?」
「え?」
「パンか、ご飯か、どっちが良い?」
「・・・平太はどっちにするの」
「んー。俺は面倒だからパンにしようかな」
「じゃあ、一緒で良いわ」
あれ。もっと色々希望を言ってくると思ってた。
「じゃあ、コーヒーと牛乳と水、どれが良い?」
「・・・平太は?」
「コーヒー。ブラック」
「・・・苦いのは嫌よ。コーヒーに、ミルク入れてほしい」
平太は首を傾げながら答えた。
「うん、いいよ」
「なんでそんな顔してるのよ」
彼女に訝しがられた。
「あのさ、今日、学校のテストがあるんだ」
「ふぅん」
「だから午前中3時間、俺に声かけないで。隣の部屋行ってるから、好きにテレビ見てていいよ」
「・・・分かったわ」
平太は首を傾げた。
「ねぇ、本当は、何かしたいことあったりする? ゲームとか本読みたいとか、出かけたいとか」
「え?」
驚いたように彼女は平太を見上げた。それから、ふっと目線を外して下をむいた。
「別に何でもいいわ。邪魔にならないようにしてるから気にしなくて良い」
「アイスでも食べてる?」
「え? アイス?」
「きみが食べたかった店には連れて行けないけど、この前コンビニで買ったのあるだろ。あれも案外いけるよ。ちょっと食べてみる?」
「平太も、一緒に食べる?」
「んー、俺はテストの後に食べようかな」
「じゃあ、私も一緒の時が良い」
あれ。と、平太は気づいた。
この彼女、平太と一緒が良いと答えることが多い気がする。
あれ。可愛い。
というか。
「ごめん、もしかしてものすごく寂しい思いさせてた?」
「え。う」
立ちっぱなしだった平太が彼女の隣にしゃがみこむと、彼女は驚いたように平太を見た。
じっと様子を見てみれば、カァっと彼女が赤面した。うろたえている。
やっぱり。平太は反省した。
「ごめん。俺も彼女ってよく分かって無くて、嫌な思いもいっぱいさせてて、本当にごめん」
「え、あ、うん、でも仕方ないわ、平太だから」
「えっと、こんな俺のところに来てくれて、ありがとう」
「えっ」
彼女は驚いて平太を見つめた。
信じられないように確認してきた。
「本当に、本当に、そう、思ってる? 迷惑だと思ってるんでしょう? 食費だってかかっちゃうし」
食費の事を言われると頭が痛いのは事実なんだけど。
「でも、俺が彼女に憧れてて、それで来てくれたのがきみなんだよね」
彼女がもの言いたげに、不安そうに平太を見ていた。
「むしろ、俺のところでごめんって、思ってる」
彼女は瞬いて、目を伏せた。
「馬鹿」
と呟いた。
その言葉、きみの口癖かもしれないけど、結構痛いんだけどな。
彼女は上目づかいで平太を見つめた。困ったような迷ったような顔をしている。
「あの、平太の迷惑になりたくないって、思ってる」
と彼女は言った。
それからしょんぼりとした。
「えっと」
平太はどういっていいのか困った。実は昨晩まで、超迷惑だと思っていた。とっさに嘘なんてつけない。
今も扱いに困っているのは事実だ。でもそんな事は言いたくなかった。
「あのさ、これからいろいろ、頑張ってやっていこうよ」
「・・・」
拗ねたような顔のままの彼女は、じっと平太を見上げて、コクリと頷いた。
「良いわ。どうぞよろしくね」
「やっぱり名前は教えてもらえない?」
「・・・恥ずかしいから、言いたくないの」
と彼女はほんのり頬を染めて言った。どうやら真実のようだ。
「そっか」
「でも、平太だから教えてあげる。絶対人前で言っちゃ嫌だからね。約束できる?」
「う、うん」
一体どんな名前なんだろう。
「ミーニャ」
「ミーニャ?」
可愛い名前じゃないか、と、平太はキョトンとした。
彼女は恥ずかしそうに、平太の反応を伺っていた。
「ネコみたいで、嫌でしょ・・・?」
「え? 全然。可愛い名前だと思うけど」
「えっ、嘘っ! だって嫌よ、猫みたい、私みたいなのに、ミーニャなんて!」
彼女・・・お名前ミーニャさんは恥ずかしさのあまり混乱している。
「えー。可愛いのに。呼んじゃダメなんだ。ミーニャ」
「止めてー!! 呼ばせるために教えたんじゃないのよっ!!」
ミーニャは涙目で、「名前ってどうして自分で選べないのよっ!」と文句を早口で言っている。
本当に恥ずかしいらしい。
とりあえず、人前では名前を呼ばない事を約束させられた。
でも、呼びたいときはどうしたら良いんだろうな。答えは行方不明中。