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福袋の彼女  作者: 天川ひつじ
第一章 平太、福袋彼女を買う
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特殊規格な彼女

「おかえりなさい」

アルバイトから帰ると、彼女が迎えてくれる。表情はあまり動かない。

「ただいま」

「お土産は?」


「えっと、無い」

「・・・」


毎回このパターンになる。いい加減お土産なんてないと覚えてほしい。


「今日のご飯は?」

と彼女が尋ねる。

「えっと、ラーメン」

「やだー、ずっとラーメン! だからそんなポヨンポヨン体形なのよ!」


平太はムッとした。

「金井先輩だってラーメン三昧だけど、痩せてるから! 俺の体形はラーメンのせいじゃない!」

「良いから他の食べればって話でしょ!」


平太は言い返した。

「俺が何食べようと勝手だろ! それに、彼女って食事しないって聞いたけど! どうしてきみ毎食食べるの?」

「え?」

彼女は驚いて瞬きを返した。

「何言ってるの。食べるに決まってるでしょ。こっちもエネルギー体なんだから」


「岩尾先輩のとこの彼女、食べないよ。おやつとか、先輩が進めたら一緒に食べるぐらいだって」

「知らないわよ」

彼女は思いっきり眉をひそめた。

「他のコがどうかとか関係ないわ。私は食べるのよ! もう! 早くしてよ!」


「あぁもう、食費のかかる・・・」

平太が頭を両手でかき乱すと、彼女がギョッと動揺したのが分かった。

そうなんだぞ、きみが食べる分、食費が倍になる。必要なら仕方ないかもだけど、彼女の食費で困る話なんて聞いたこと無かったのに。


「え、平太、ますます貧乏・・・」

彼女の表情が強張っている。

その言いようにムっと彼女を見てから、平太は眉を下げた。

身分不相応に、高級仕様の彼女を手に入れてしまった方が悪いのだ。彼女だって運が無い。

多分、この彼女は、贅沢を一緒に楽しむために作られている。お金を湯水のように使える人がオーダーしたに違いないと思う。


「・・・ううん、俺こうみえても専門職だから、時給良いから。大丈夫」

妙なプライドが平太にこんな事を言わせた。

無言になった彼女を背にして、平太はラーメンをゆで始めた。


***


平太は情報パネルで学生らしく勉強している。

彼女は音量を下げたテレビの前で、膝をかかえてテレビを見ている。


チラ、と平太が様子を気にかけると、彼女は全く元気が無かった。

どうしよう、少し心配だ。

たぶん、こんなところに来てしまって、彼女も彼女らしく振る舞えないんだろう。


「えっと、俺、となりの部屋いくから、テレビもっと大きな声で聞いたら良いよ」

「え」

彼女が顔を上げて平太を見る。

「そんな近くで見たら、視力も落ちちゃうよ。ここに座って、のんびり見てて」

「え。や、でも平太は」

「俺、だから隣の部屋で勉強してるから」

「うん・・・」


平太はテレビの音量調節ボタンで音量を上げてから、情報パネルを持って隣の部屋に移動した。


「馬鹿」

と隣室から彼女の声が聞こえた。

なんだろう。馬鹿な映像が流れてたんだろうな。


***


うっかり遅くまで集中してしまって、気が付けばいつもの就寝時間を過ぎていた。

隣の部屋からは変わらずテレビの音声が流れて来るし、明かりも漏れている。彼女もまだ起きている様子だ。


様子を見ようとして平太が居間に戻ると、彼女は平太の指定した場所で膝を抱えたまま眠っていた。

テレビはつきっぱなしだし、明かりもつきっぱなしで。

「・・・」

なんとも言えない微妙な気持ちになって、平太はため息をついてテレビを消した。

消してから、あれ、と思った。

そういえば、彼女自ら、テレビをつけたり消したり、音量を調節したことがない。


平太はぐるりと部屋を見回した。

そういえば、空調も平太の設定したまま、何の変更も加えられていないし、電気もそのまま。


「もしかして・・・自分で環境を変えられない・・・?」

え。そんな仕様なの?


改めて彼女を見る。眠っているから平太は近寄って見てよく顔を眺めてみた。

凄く寂しそう。悲しそう。

「あれ。泣いてた?」


驚いて平太は彼女の瞼の下を指で拭った。水がつく。

「泣いてるな、これ・・・」

まずい。

彼女とはいえ、自分とは違う存在を、多分自分が原因で悲しませている。


「ごめん。俺のくじ運が悪かったばっかりに」


涙を拭って、体温が気になった平太は、彼女が膝を抱えている腕を触った。

冷たい。

『彼女』の体温は、自分たちと同じ、または少しだけ冷たい温度に設定されている事は知っている。

なのに、やたら冷たい。冷えすぎだ。


「やっぱり、寒かったんだ・・・空調、好きに変えてくれていいんだよ。・・・もしかしてやり方知らないとかかな」

そういえば、初めてアルバイトから帰ってきた日も、明かりもつけずに待ってたんだっけ。

テレビもなんだか驚いていた。まさかテレビを知らないはずはないけど・・・。

あれ、もしかして俺のうちの設備が旧式ばかりだから使い方が分からないとか。それとも、やっぱり遠慮してる?


やりきれなくなって平太はため息をまたついた。

なんでこんなことになったんだろう。貧乏人が買うに違いない福袋に、こんな彼女を入れておいたのがそもそも悪い気がするんだけど。


空調を調節して、平太は彼女をヨイショとお姫様だっこして彼女の寝床に運んだ。

これ以上冷えないようにと、いつもの上掛けにもう一枚自分の上着をかけておいた。上着にしたのは、他に丁度いいものが無いからだ。


それから彼女が使っていたコップを台所に運んで、平太は自分の分と合わせて洗う。

やれやれ、これからどうなってしまうんだろう。

そもそも、本当に経済的に大丈夫だろうか。

居間を軽く片付けて、平太は部屋の隅を見た。


彼女が入っていた福袋が落ちていた。棚の上に置いていたはずだが、落ちてしまったのだろう。

平太はそれをつまみあげた。

黒地で刺繍が入った小さな袋。


これ買うのに、寒い中を2時間並んだっけ。並ぶために、すごく早起きした。

それで・・・。念願の彼女がこれで買える、福袋だから運次第だけど、どんな彼女だって絶対大切にするって・・・。


平太は震えた。


あんなに決意したのに、俺、ちゃんと彼女を大切にできてない。

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