彼女の説明書は高級品
残された平太は、彼女に凍り付くような視線で見つめられる。
「私。許さないから」
「え。なにを」
「この私を欠陥品だなんて」
「まだ分からないだろ、調べてもらうんだから」
「ねぇ、一億光年ほど譲って、私が欠陥品だとして、もし私が欠陥品じゃなかったら、どうしてくださるのかしら?」
心から欠陥品だと祈るばかりだ、と平太は思ったが、状況の不味さは感じている。
彼女が詰め寄ってきた。
「私のお願い、聞いてくださいます? ねぇ、平太様」
「う」
平太は目を泳がせた。
周囲で、展示中の他の彼女たちが、少し不思議そうに、あるものは心配そうに平太たちの様子を見ている。
あぁ、本当に、なんで俺の彼女はこんなのなんだろう。
「もぅ!」
胸倉を掴まれた。
***
平太への圧迫は、戻ってきた店員によって解かれた。
店員はじっと彼女を見つめてから、
「少し、あなたの彼氏にお話がありますので、店内にてお待ちください」
などと言った。
製品相手に嫌に丁寧な口調だと思ったが、そういうスタイルの店なのかもしれない。
平太は店員に、少し離れたソファーに案内された。
「福袋でご購入という事で、本来は詳細仕様書などはつかないのですが、有料でご提供が可能です」
と店員が言った。
「へ?」
「佐野様の彼女は、希少で、特注用でございます。オーダーがあり、そのために彼女を製造いたしますが、例え1体を作るためでも型などから作りますから、結果として最小ロットで15体が生まれます」
「・・・はぁ」
「こちらの型は3体、正規ご購入に至りました。なお、ご安心いただきたいのですが、15体全て個性が少しずつ違います。15体は、家族や親せきのような間柄と捕えていただくのが宜しいかと」
「はぁ・・・」
「なお、本来は平均300万マの商品でございます」
「さ、300万・・・!? 良いんですかそんなの福袋に入れちゃってて!?」
福袋は1万マ! それだって平太には大金だった。 その300倍!?
「廃棄や在庫にするよりはと、福袋の目玉として用いたのです。おめでとうございます、佐野様」
「いや、いやいやいや、でも、あの・・・」
「確かに、特殊オーダーでございましたので、扱いが難しいかと存じます。汎用品とは異なりまして、親しみにくさを売りにした製品でございます」
なんだよそれ、どんな客だよ! と平太は罵りたくなった。
「そこで、こちらの仕様書を、30万マでご提供しております」
「さ、30万マ・・・!?」
「はい。いかがされますか? 本来の製品の価格が300万マでございますので、仕様書としてはお手頃価格でございますが・・・」
本当にそれ、俺に買えると思って言ってる?
俺、1万マだって必死に溜めたのに。
平太は泣きたくなった。
***
夢破れて、平太は購入店を去った。
もちろん、ものすごく態度の冷えた彼女を連れて。
隙あるごとに、睨んでくるばかりか、目が合うと口の動きで「馬鹿」と伝えてくる始末だ。
本気で泣いてしまいそうだ。
デパートを出ると、彼女が平太に高飛車に言った。
「自分の過ちを認めたらどうかしら」
「・・・すみませんでした・・・」
なんで俺は、大金を払ってこんな惨めなものを手に入れてしまったのだろう。
「罰に、私の指示を、1週間聞いて貰います。絶対に」
「え」
彼女にそんな強制力はないはずだ。
「嫌なの?」
「え、いや、ううん・・・」
平太は口ごもった。
これからずっといる彼女だ。ここは従い、また先輩に相談しよう・・・。そうしよう。
「じゃあ。まず、私にアイスクリームをごちそうなさい!」
「は?」
「アイス!」
「アイス」
「ごちそう!」
「ごちそう」
「分かった!? 聞いてるの!?」
「うん、聞いてるよ」
「じゃあ良い」
彼女は真顔になって平太を見た。
「で、奢ってくれるの、くれないの」
「・・・奢る」
「ふん。当然よね」
「・・・ねぇ、きみ」
「・・・何」
つっけんどんに彼女が答えた。
「きみ、怒ってるのに、求めてるものが子どもっぽいね」
平太の発言に、彼女がカッと目を見開いて平太を睨んだ。
何かを言おうと口を開きかけたので、平太は慌てて言った。
「いや、全然、良いんだけど、可愛い脅しで驚いただけだ」
彼女の口の動きが止まって、パクリと閉じた。
無言でじっと平太を見た。
「・・・もう一度言って」
「は? 何を。え、『いや、全然良いんだけど』?」
「そう。その後、言ったでしょ。なんて言ったの」
「え、えーと。『可愛い脅しで驚いただけだ』」
「・・・」
ふへ、と、彼女の頬が少し緩んだ。
その表情の変化を見て平太は驚愕した。
この子・・・! この彼女!
褒められたいのか! この性格で! 『可愛い』と!!
「あ、あの。きみ、キレイな顔立ち、してるよね」
「ま、そうよね」
あれ、普通の反応だった。
「可愛いよね」
「え、やだ、うそ」
彼女が慌てた。
「可愛い」
「やだ、ちょっと止めてよ」
頬が染まった。
おぉ。と、平太は思った。
30万マ出さなくても、一つ彼女の事が分かった気がした。