不機嫌な彼女
怒れる彼女を前にして、平太は携帯電話を鳴らした。
彼女は顔色を変えて平太を見つめている。
『こちらは、お客様センターです。ご購入をご希望の方は・・・』
繋がった電話で、その他問い合わせの番号を選択して、オペーレータに繋いでもらう。
「あの、福袋で彼女を購入した者なのですが、ひょっとして欠陥品かもしれなくて」
『お客様、それでは、製品番号をお聞かせいただけますでしょうか?』
「製品番号?」
『彼女の手首にブレスレットがございます。そちらに刻印されている番号です』
平太がチラと目をやると、彼女が平太の視線に気づいて、パッと腕を後ろに回してブレスレットを隠した。
「えーと、ちょっと見るのが難しそうなのですが・・・」
『さようでございますか。どちらにせよ、一度お買い求めいただいた店舗にてチェックをさせていただければと存じます。このままご来店のご予約を承る事が可能ですが、いかがいたしましょうか』
平太は、チラと彼女を見た。受話器を押さえた。
「ねぇ、お互いのために、店で見てもらった方が良いと思う。予約入れるよ」
「馬鹿っ! 良いわよ、そっちが悪かったって分かるだけなんだから!」
平太はそのまま、来店予約を完了した。
***
超絶不機嫌になった彼女を促して、平太は翌日、購入した店舗に行くことになった。
「ねぇ、その恰好で行くの? 嫌だ、私の隣に並ぶのにダッサイ、私に合ってない! せめてそのジャージは止めて頂戴!」
「うるさいな」
「やだ、やだやだやだ、お願い、ちょっと、じゃあせめてシャツはこっちにしてよ! これならまだちょっとマシだから!」
「・・・」
平太が、勝手に抜き出されたシャツを受け取って無言でいると、受け取ってもらえたことにチャンスを見出したらしく、彼女は他の洋服もあさりだした。
「ねぇ、ズボンはこっちが良いの。色がそのままじゃ変だもん。それで、ねぇ、せめてベルトはこっちにして! ねぇどうして碌な服を持ってないの!? ちゃんと買ってよ! 私の彼氏なんでしょう!?」
平太はため息をついた。
「きみは俺の彼女で、俺のサポートをしてくれるはずだけど、俺がきみに合わせるのは変だと思う」
「そんなこと無いっ!」
勝手に選ばれていく服をどうしてやろうかと思ったが、自分はファッションセンスに全く自信はない。
彼女が選んだ服は、全て平太の数少ないオシャレ着を組み合わせてある。
面倒くさいけど、なんだか断って連れて行く方が面倒くさい気がして、平太は交渉する事にした。
「ねぇ、俺がこれ着たら、きみはちゃんと店までついてきてね」
「う、うん。分かったわよ! じゃあ着てよね!」
***
平太は彼女にそろえてもらった服を着て、デパートの通常店舗に足を運んだ。
デパートに踏み込んだ瞬間、彼女に服を選んでもらってて良かったと平太は思った。
客層が違うからだ。
その客層が、平太が連れている彼女にチラと目を留める。彼女は見た目はキレイである。
彼女をチラと見た者が、次に平太に視線を戻して、どこか不可解な顔をするので、平太は傷ついた。
「ほら」
その視線に気づいたらしい彼女が、不満そうに呟いた。
「・・・」
平太は無言で、居心地が悪いと思った。
それから、自分はこの彼女に相応しくないというのは本当なんだろうなと思ってしまった。
そう思うと、気が滅入った。
ドン、と衝撃が脇腹に走った。
何かと驚けば、隣の彼女が肘で平太の脇を突いたのだと分かった。
彼女を見れば、彼女が睨んでいる。
「なんなんだよ、もう」
平太が文句を言うと、彼女の機嫌がさらに悪くなった。
***
「いらっしゃいませ~」
『彼女』を販売する店の中で、彼女の福袋を購入したメーカーの店舗に入る。
優しい柔らかい色使いで統一された店舗だ。癒される。
店舗には、彼女の見本が何体も展示されている。
なぜだか、平太の彼女とは似ていない。全てがふわふわした雰囲気の、可愛かったり大人しそうだったりする彼女ばかりだ。
そんな店舗に足を踏み入れて、平太はうわぁ、と夢を見るような気分なったが、同時に世の中の無常も味わった。なぜこのメーカーの福袋を購入したのに、これら展示中の彼女とは全く違うタイプの彼女を手に入れてしまったのだろう。不運だ。
「いらっしゃいませ、はじめましてー」
にこにこふわふわ笑顔を自分に向けてくれる中で思わずゆるんだ面で歩いていたが、
「お待ちしておりました。佐野平太様」
正規店員の男性に丁寧に礼をされて平太は慌てた。自分とは住む世界が違うと感じざるを得ないイケメンだ。
「あの、この彼女、名前も教えてくれないんです。それで、周りに相談したら、欠陥品じゃ無いかって」
「なるほど。品番を確認させていただきます」
平太と店員のやり取りを、彼女がブスっと機嫌を損ねて聞いている。
平太だけなら絶対罵りの言葉を口にするだろうに、店員がいると黙っているのはどういう事だ。
平太がチラと彼女を見ると、彼女にギンッと睨まれた。
超怖い。
あぁ、欠陥品でありますように、と平太は祈った。
ここに来て、万が一欠陥品でないとしたら、信頼と機嫌を最大限に損ねた状態で、この返品不可な彼女と暮らすことになるのだ。
彼女の手のブレスレットを確認し、店員が笑顔で平太に声をかけた。
「お客様、おめでとうございます、くじ運が強かったのですね」
「え?」
「詳しい仕様を調べますので、少々お待ちください」
「はぁ・・・」
イケメン店員が、眩しい笑顔でカウンターへ戻っていく。