ハズレな彼女
「ねぇ、お腹減ったんだけど!」
黙って怒っていた彼女が、急に平太の方を向いてこう言った。
「え。『彼女』って、ご飯食べるんだ」
平太は驚いた。
彼女というのは、精神的なサポートをするものだから、食べたりはしないのだと思っていた。
「!! 食べるわよ! 何、そんな事も知らないの!? 常識じゃないっ!」
彼女は目をむいた。迫力が増した。
「ご、ごめん。なにを、食べるの? えっと、今、作り置きのカレーはあるけど・・・」
平太は動揺しながら答えて、そういえば、その前に自己紹介とか全然してない、と気が付いた。しかし彼女は自己紹介などに興味はなさそうだ。
「あ、あの、ところで、俺、『平太』っていうんだ。きみは、何て名前・・・」
「はぁ!? どうしてあなたに私の名前を教えないといけないのよ!」
えっ、名前も教えてくれないのか。
平太はビクビクしながら、食べるというから彼女のためにカレーを盛り付けて出してやった。
「何これ、辛い!」
「カレーだし・・・」
「馬鹿、カレーが辛いって言ってくれなきゃ!」
「え、カレーは辛いよ・・・」
「そんなの、私が知るわけないじゃないっ! 大体私は、スコーンとか食べるのっ、パンケーキとかっ! ウェステリア系だから!」
「・・・そんなの俺食べたこと無いし、どこで買うかもわかんないよ」
「もうっ!」
名前も名乗らない彼女はキィっと怒って、辛いと文句を言いながら、カレーを食べた。他には何もないと平太が告げたからだ。
食べ終わってから、彼女はチラと平太を見た。
「あなたは食べないの?」
「え、うん・・・今から食べる」
「どうせなら一緒に食べればよかったのに!」
「え・・・」
一緒に食べて良かったんだ、と平太は驚いたが、言うとまた何か怒りだしそうだと思って無言で自分の分のカレーを盛った。
***
「先輩・・・俺の彼女、ものすごく性格キツイんです・・・」
平太は、アルバイト先の職場で先輩に愚痴った。
ちなみに、彼女はお留守番だ。
『アルバイト行ってくるから、待ってて』と言ったら『フン』と冷たい眼差しで一瞥された。
でも『いってらっしゃい』と投げ捨てるように言って貰えたのは喜ぶべきところなんだろうか。
平太が状況を話すと、先輩は頷いて平太にガシっと肩組みをしてきた。
「ハズレを引いたな。お前」
「え。ハズレ、ですか」
やっぱり。と、平太は青ざめた。
「ウェステリア系って、可愛いの多いはずなんだけどな」
「よりによってキツイの来ちまったんだな」
「どうすれば良いんですか!」
平太は先輩たちに訴えた。
先輩たちは首を横に振った。
「諦めろ」
「でも」
「言ったろ、運だって。まぁ、そのうち慣れるさ。俺のサティみたいにな」
「サティちゃんは、顔が先輩の好みじゃなかっただけで性格は良いって言ってたじゃないですか!! 俺なんか名前も教えてもらえないんですよ!」
「それ、酷いよなぁ。特殊仕様か?」
「購入会社に問い合わせて聞いてみろよ」
「それ、やったら彼女の信頼一気にダウンするって岩尾先輩言ってたじゃないですか・・・」
「でも欠陥品かもしれないだろ」
「え・・・」
「本当だな。欠陥なら、福袋でも変えてもらえるぞ、喜べ平太」
***
「ただいま」
「・・・遅い」
帰宅後、平太を迎えたのは、侮蔑の眼差しだった。
柔らかな平太の心に穴が空きそうだ。
「ご、めんね、遅くて・・・」
「ふん」
プイと彼女はそっぽを向く。
しかし・・・暗い。光量的に。
平太は、電灯の紐を引っ張った。カチリと明かりが灯った。
彼女は眩しそうに目を細めた。
変なヤツ、と平太は思った。それとも、彼女は、視覚的な明るさや暗さは気にしないものなのだろうか?
「あのさ、晩御飯、買ってきた」
「え」
彼女が驚いて平太を見た。
平太も驚いて、白いスーパーのビニール袋を掲げてみせた。
「あの、パンケーキは分からなかったからさ、ピザにしたんだけど」
「え」
彼女は瞬いた。長いまつげが動くのを見つめて、平太はこの部屋に彼女がいる事を実感した。
「カレーじゃ、無かったの」
と彼女が呟いた。
平太は戸惑った。
「え、辛いの、ダメ、みたいだったから。俺はカレーだけど・・・」
「あ、そう」
彼女はなぜか拗ねたようだ。よく分からない。やっぱり欠陥品なのかもしれない。
平太はテレビの電源をプチっと入れた。
途端、部屋に賑やかさが溢れた。ちょっとホッとする。
彼女が来てから、平太は自分の部屋だというのに緊張しっぱなしだ。
皿を用意しながら、平太は若干落ち込んだ。
折角、一生懸命アルバイトして、お金を溜めて、念願の『彼女』を買ったのに。
全然、期待していたのと違う。
彼女にはピザを、自分にはカレーを盛って居間に行くと、彼女が戸惑ったようにテレビを見ていた。
平太が来たのに気付いて、平太を見上げて、それから平太の持つ料理を見て、それから机の上を見る。
よく分からないながら、平太はテーブルの上に料理を置く。
「どうぞ」
「あ、ありがとう」
どこか言い慣れない言葉のように、彼女が言った。
平太は首を傾げた。
言葉も滑らかに、話せないみたいだ。まだ『彼女』が出てきて1日しか経っていないからだろうか。
「きみ、店に戻れたら、戻りたい?」
平太は恐る恐る尋ねた。
「え」
彼女はピザをじっと見つめていたが、不思議そうに平太を見た。
「・・・返品できないって、言ったじゃないの」
「うん、そうなんだけど。でも、もしかしたら」
彼女はじっと平太を見つめて、言った。
「私、あなたとは、うまくやっていける気がしないわ」
「うん、そうだよね。・・・俺もだ」
正直に平太が答えたら、彼女は驚いたように目を見開いた。
何か言いかけて、けれど彼女は何も言わなかった。
平太がテレビを見てワハハ、と笑っていたら、彼女の声がポツリとした。
「馬鹿」
平太がチラと彼女を見たら、冷たい顔でテレビを見ていた。
きっとお笑い番組は嫌だったんだろう。
「・・・別のに、変える?」
「・・・変えなくて良いわ」
平太はため息をついた。
『彼女』って、人気があるからもっと扱いやすい、楽しい存在だと思っていた。
なのに、全然違う。
気ばかり使って、疲れる。
テレビの声は賑やかなのに、部屋は無言で、息苦しい。
ピッと平太はテレビを切った。
「きみ、欠陥品なのかな」
「えっ!」
「店に問い合わせてみる。そしたら、返品できるって聞いたし」
「馬鹿っ! 私が欠陥品なんて、そんな事無いっ、酷い侮辱だわ!」
「でも、名前も教えてくれない。精神的サポートって存在に思えない」
平太はポケットから折りたたみ携帯電話を取り出した。
「まって、止めてよ!」
彼女が立ち上がって訴えた。
「何よ、私はこういう存在よ、出来損ないだっていうの!? 冗談じゃないわっ!!」