不安と理想
「平太。私も、お肉食べていいの?」
こそっと、彼女が尋ねてきた。
「え。良いと思うよ。だって、きみが食べることは皆知ってるから」
「そう・・・」
彼女は呟いて、どこか不安そうに、岩尾先輩の彼女と秋田先輩の彼女の様子を見つめた。
ちなみに、先輩たちの彼女は手ぶらだ。偏に健気に先輩たちを応援しつづけている。可愛い。
「・・・あれ、どうしたの。良いと思うよ。ほら、食べて」
迷った様子の彼女に、平太は一応周囲に確認を取る事にした。どちらかというと、彼女を安心させるためだ。
「先輩、彼女も食べて良いですよね?」
「あ、あぁ。良いよ」
答えた先輩は、珍しそうに平太の彼女を見つめた。
彼女が居心地悪そうにして、ちょっと困ったように平太を見上げて、平太だけに聞こえるようにと気遣ったらしい、小声でなおも聞いてくる。
「本当に、良いの?」
「うん」
「私の分のお金も、払ってるの?」
「えっと、ううん。先輩の奢り」
「奢り?」
「うん。なんていうの、俺は一番下っ端だから、先輩がご馳走してくれることがよくあるんだ」
今回、自分と彼女の二人分を払うと言ったのに、先輩方が今回は良いと一人分にしてくれた。
ただし、それは平太が下っ端だからではなくて、平太の懐事情を先輩方が労わってくれたからだ。
「ほら、平太の彼女さん。これ食べて」
先輩の一人が気を利かせて紙皿に肉と野菜を盛り付けて、割りばしまで彼女に渡してくれた。
「あ、ありがとう、ございます・・・」
彼女は戸惑ったように受け取って、お礼を言った後、平太に少しはにかんだ。
「食べるわよ」
「うん」
「平太は食べないの?」
「うーんと、そろそろ食べる」
「じゃ、一緒に食べましょうよ」
「うん」
どうしたんだろう、と平太は思った。
彼女がどこか不安そうだ。
でも、理由が思い当たらなかった。
***
一時間が過ぎた頃、ヒュンと滑らかに車が来て、スィっと停まった。
「あ、金城さんだ」
と先輩の一人が声を上げた。
見るからに高級車から、一人のスラっとした人が降りてきた。
「やぁ。遅くなってしまって申し訳ない。俺も混ぜてくれないか」
「もちろんです。どうぞ、まだ肉も魚もあります」
金城さんは、職場の次期社長だ。
「素敵」
と平太の隣の彼女が呟いた。
平太は驚いて、彼女をチラと見た。彼女はどこかボゥっと金城さんを見つめている。
平太はムっとした。それで金城さんを見やった。
スタイル抜群。イケメン。そして、間違いなく金持ち。
ムム、と平太は心に不快感が広がるのを感じた。
金城さんは、きっと彼女の理想で、本来は彼氏となるタイプなのだ。
金城さんは良い人だ。知っている。明るくて、お金持ちだから羽振りも良くて、平太たちにも親切にしてくれる。
今日のバーベキューの肉だって、平太たちの計画を知って、参加を申し出るついでに資金をくれた。
だから本来よりもかなり上質な素材ばかりを買う事ができたのだ。
そもそも遡れば、バーベキューセットのうちの何点かは、金城さんが職場にプレゼントしてくれたものだと聞いている。
金城さんは、平太が足利先輩の車で一緒に来た滝さんと挨拶している。
滝さんは職場の人では無いから初対面だったらしい。
気さくで明るい人柄で、金城さんも滝さんも初めて会ったばかりなのに楽しそうに笑いあっている。
「平太も、あぁいう風にオシャレしてほしい」
隣の彼女がこんな事を言った。
「なれないよ。色んなところで、俺は無理だよ」
彼女は平太の答えにチラと平太を見て、また金城さんを見つめた。
「努力が必要なのに努力もしてないじゃない!」
「俺は服装に努力する必要を感じてない。それならまだ分解作法の精巧さを追求する努力をするよ」
「仕事の話は分からないわ」
酷い彼女だ、と平太は思った。
ため息をついてしまった。
***
「平太、平太の彼女ちゃん。鬼ごっこでもやる?」
「行きまーす! きみもする? 鬼ごっこ」
先輩の誘いに、座ってのんびりしていた平太は立ち上がった。
隣の彼女は驚いた顔をした。
「鬼ごっこ? 鬼ごっこなんてするの?」
「うん」
「嘘。鬼ごっこって、小さな子どもがするものでしょう?」
「うーん。でも、バーベキューとか、こういうとこで結構してるよ。他の職場は知らないけど」
「そうなの・・・」
「やる?」
「えぇ、あの、やるわ。でも、他の彼女たち、あの、サティとモアもするのよね?」
「えーと」
平太は周囲を見回した。サティちゃんとモアちゃんは、ほわほわとして、邪魔にならないところに二人で立っていた。
「あれ。しないのかな」
「じゃ、じゃあ、わたしも、しない方が良いのよね・・・?」
「え?」
平太はマジマジと彼女の様子を見つめた。
彼女は不安そうだった。
「どうしたの、きみらしくない。もっと好きにいていいと思うよ」
「っ、だって・・・!」
あれ。なんだろう。やっぱり不安そうだ。でも、なぜなのかさっぱり分からない。
周囲を見れば、先輩方は平太たちの参加を待っている。
「・・・嫌なら止めておけばいいと思うけど、迷ってるなら、一度やってみても良いんじゃないかな。知ってるけどやったことないんだろ、鬼ごっこ」
「え、えぇ・・・」
「じゃあ、行こうよ」
平太は手を差し出してみた。
彼女がどこか驚いたように平太の顔を見て、差し出した手を見た。
「平太がいうなら、じゃあ、そうするわ」
頷いて、彼女が平太の手に手を重ねる。
不安そうなのが心配で安心させようと軽く手を握ると、彼女の雰囲気がふっと和らいだ気がした。
知らない人ばかりで、不安なのかな。
人見知りだと思ってなかったけど、そうだったのかもしれない。
彼女が少し嬉しそうに口角を上げてから、元気を取り戻したようににこやかに顔を上げた。
「行きましょ、やってみたいわ、鬼ごっこ」
「うん」
***
バーベキューももう終わりだ。夕暮れで、片付けだして、それももうすぐ終わる。
念のため、火が完全に消えているか確認している平太のところに、
「お疲れ。平太くん」
金城さんがやってきた。
「お疲れ様です。金城さん、今日も有難うございました。お陰で美味しいお肉が食べられました」
「ははは。喜んでもらえて嬉しいよ。俺も参加できて楽しかったよ」
相変わらず良い人だなぁ、と平太は思う。
確かに憧れる。
けれど同時に知っている。
平太は、金城さんみたいにはなれない。夢とか野望とかそんなのじゃない。分かるのだ。土壌が違うのだと。
金城さんは、平太の年齢の頃には、すでに大金持ちだった。大金持ちの家を継いだ人なのだ。
それでも妬みなど起こらないのは、平太の目指すところがそもそも大金持ちでは無いからなのかもしれない。自分の専門分野で活躍したい。それが平太の夢だ。
「ところで、平太くんの彼女、素敵だね」




