今後の不安と
日が落ちてすっかり暗くなっていた。平太は彼女と二人、家路をのんびり歩いている。
晩御飯は何を食べよう。モヤシ丼。肉の切れ端も入れて。
でもミーニャはまた文句を言うかな。
チラと平太が彼女を見ると、彼女もチラと平太を見上げた。お互い無言だ。
「・・・何?」
と彼女が尋ねた。
「今日の晩御飯、きみ、どう思うかなって思ってた」
「・・・メニューは?」
「モヤシ丼。ご飯の上にモヤシと肉をちょっと入れて炒めたのをのせて、ソースで食べる」
「えぇええ・・・」
案の定、彼女の顔が険しくなった。
でも今日は文句を言わない。ちょっと俯いたら、彼女が持つ袋が揺れてカサッと音を出した。
思うところがあって、平太が言った。
「あの、不満は我慢しないで、言ってくれていいよ。自分でもちょっとどうかなと思うメニューだし」
「でも・・・今日、私のお願いで服を買ってくれたから、そんな寂しいご飯なのでしょう?」
「大丈夫、今日の服の事とか関係なく、前からこういうの食べてたから。それこそ、前の家に住んでた時も」
「・・・そう。じゃあ・・・そんなの食べてたら、栄養バランスが悪いと思うの! それにご飯が楽しみじゃなくなってしまうわ!」
「うん」
その通りなので平太は頷いた。
「・・・ねぇ、本当に、私、平太の傍にいてても、迷惑じゃない?」
口調が弱くなったので、驚いて平太は隣の彼女を見た。
表情を確認しようと思ったのに俯いているから、平太は立ち止った。彼女は顔を見られたくない様子だったが、どうしても確認したくなってしまって、平太は彼女の肩を抑えて動きを止めて、顔を覗き込んだ。
泣きそうな手前の顔をしていた。
平太は、ゆっくりと彼女に言った。
「俺も、きみが、こんな俺みたいなところにきて、嫌じゃないのかなって、思ってしまう。実際、本当のところを教えてほしい」
「本当のところを話したって、私はもう返品不可なんでしょう?」
「うん。でも、他に方法だって、あるかもしれない」
そういうと、彼女は平太を見上げた。じっと見つめる。
「平太は、嫌? 私みたいなのがきて、困ってるでしょ。ご飯も食べない彼女が、欲しかったのよね」
「・・・でも、来てくれたのは、きみだし」
「そういう話じゃないの、分かってるくせに」
彼女の顔が歪む。
話が長引きそうだ。
平太は、さきに促した。
「とにかく、家に入ろう」
動きを止めてしまった彼女を連れて行こうとするが、彼女は足を動かさない。
「ねぇ。・・・お姫様だっこして、家に連れて帰るよ」
それが嫌ならちゃんと動いて、とそういう意味で言い聞かせるように言うと、彼女はフっと鼻で笑った。
「置いてってもいいのよ? 平太は、きっと、知らないと思うから教えてあげる。いらないんだったら、捨てちゃえばいいのよ。そしたら、いつか、平太との繋がりが切れちゃって、それで、もう、動かなくなる」
「・・・そんな事考えたこと無いし、望んだことなかった」
「でも今、そういうのもアリって、知ったでしょ?」
彼女が笑う。雨なんて降ってないけれど、まるで雨に濡れて途方に暮れたみたいにして、でも、笑ってる。
「俺は、そういうのは、嫌だな」
と平太は思ったから、そのまま言った。
「きみが動かなくなるのって、それは嫌だなぁ」
「馬鹿」
「うん。はい」
平太は、てんで動かない彼女を抱き上げた。
「きゃ」
と彼女が慌てて、支える場所を求めて平太の腕を、それから困って首に腕をかける。
「家でゆっくり話そうよ。とりあえず、モヤシ丼食べて、それから、今日買った服を見てさ。それで、考えよう。お金はまぁ、本当にちょっと困ってるから」
「・・・馬鹿ぁ」
どうしてここで馬鹿と言われるのか平太には分からない。首を傾げようと思ったけど、先に平太の首に彼女が抱き付いてきたから動かせなくなった。
多分きっと、彼女は、自分が思う以上に色々考えて悩んでしまっているような気がする。
***
モヤシ丼にせめてスープをつけるべきだと彼女が主張するので、薄いコンソメにキノコのスライスを入れたのを作った。こんなもので代わり映えがするのだろうかと平太は疑問だ。モヤシ丼に、水とコンソメをほんの少し、そしてキノコ半分が追加されただけなんだけど。
ちなみに彼女はネギを入れるべきだと主張したけど、ネギは高くて平太のうちにストックしていない。
だったら育てれば良いと彼女は言い出した。前向きに検討してみよう。
「確かに、うちで育てられるものは育てても良いのかなぁ。ちょっとした量だから、栽培資格取らなくても問題ないだろうし」
この世は全て分業で成り立っている。何か変わったことをするならば、資格と申請が必要なのだ。
「ねぇ、それって私でも育てられるわよね」
元気を取り戻したように彼女の声が弾んだ。
「うーん、多分、手順さえ踏んだら大丈夫じゃないかな。とりあえず簡単なものから始めてさ」
「さっそくしましょうよ! ねぇ、早く早く!」
平太と彼女で、情報パネルを使って調べて、とりあえずモヤシのプチ栽培セットの購入をすませた。
明日には手元に来るはずだ。
モヤシがうまくいったら、他のも検討しよう。
ご飯を食べて元気を取り戻した様子の彼女が、今日購入した古着をワクワクしたように袋から出す。
「早速着てみて良いかしら」
「うん、良いけど、一度洗った方が良いよ。古着だから」
「そうなの? でも、私たちの服なら、洗わなくてもいけるのじゃないかしら」
そういうものなのだろうか。
「うーん、分からないから、きみの判断に任せるよ」
「えぇ。とりあえず着てみる」
彼女が古着を着込む。
今着ている衣類をそのままに着込むので平太は驚いた。
シャン、と小さな音がして、彼女の服が変わった。
「あ、ちょっと雰囲気が変わったわ」
彼女が嬉し気に立ち上がり、くるりと回って見せる。
一体どういう仕組みなのか。前の服はどこに行ったのか。
平太は瞬き色々疑問に思ったが、彼女は嬉しそうに平太に尋ねた。
「どう? 似合う?」
疑問を脇に置いてただ見てみれば、今まではどちらかというとお嬢様系の服だったのが、随分フレンドリーなランクに下がっている。
平太は正直なところを告げた。
「前の方が見慣れてたし、なんだかきみらしい気がする。きみが服に合ってない」
「もう! どういう事!?」
「えーと、きみの方が高級に見える、というか、なんていうか」
「・・・」
平太の嘘偽りない感想に彼女は真顔になり、それからなぜか上から目線で「ふふ」と笑った。
「平太。私が来て、嬉しいと思った事、ある?」
「え」
それ、考えたこと無かった、と平太は思った。
彼女は期待したような顔をしている。
正直なところを告げるとマズイ気がしたので、平太は少し考える。
彼女の機嫌が降下してきた。
少しそらせていた視線を彼女に戻して、平太は言った。今新しく思った、本当のところを。
「こうやってやり取りするの、案外楽しいなと、思う」
「・・・『案外』」
「案外」
「・・・『案外』?」
ぷっと平太は笑った。
「『案外』は訂正するよ」
「もう」
彼女は呆れたように平太を睨んだ。それから、少し心配そうに、笑った。
平太は、安心させる言葉を言えなかった。
楽しいかもしれない。
でも、このまま進むことはできない。絶対、いつか生活できなくなる。
でも、泣かせたくないなぁと、平太は思った。
彼女は、平太の彼女なのだから。




