平太、福袋彼女を買う
この星では、生命体は性別を持たない。
しかし、他所の星を観測する中で、『彼氏』『彼女』への憧れが広まった。
そんな中、己を『彼氏』と位置づけ、『彼女』を提供する会社が現れた。
利用者を『核』に、精神的サポートをしてくれる『思考と行動』が人の姿として現れる。生涯の連れ。それが『彼女』。
それはこの星で支持を受け、元からの文化であるかのように定着した。
ちなみに『彼女』はデパートで売っている。庶民には高値の花である。
***
平太は、2時間の列を並んで凍える寒さにじっと耐えた。
今日は、いつもなら手の届かない『彼女』が入手できる、年に一回のチャンス。
ただし、福引制。どんな彼女になるかは、運次第。
でも良い。どんな彼女だって大切にしてみせる。
ずっとずっと憧れていたのだ。
この十九年間、彼女なんて夢の夢だった。
アルバイトして生活を切り詰めてやっと作った1万マ(※注:『マ』とはお金の単位である)で、平太は憧れの店の『彼女』の福袋を手に入れた。
真っ黒で『福・彼女』と刺繍されたその袋に、夢と希望が詰まっている。
気の早い連中が廊下で袋を開けようとしているのを、平太は視界に入れないようにして急いで帰宅する事にした。他の彼女を目にして現実にガッカリしたくもないし、万が一自分の彼女よりそっちの方が理想だったら嫌だ。
自分はこの彼女しかいないのだ。
***
大切に抱え込むようにして家に帰り着いた平太は、帰るなり玄関で小袋を開けようとして少し動揺した。
この小袋の中には夢と希望が詰まっているが、開けたが最後、変えられない現実が現れる。
アルバイト先のゴツイ先輩方で、『結構ガッカリした』という話も聞いた。
自分はどうなるだろうか。
動揺して、無意味に便所に行き手を洗い自分のたるんだ顔と無精ひげを撫でてみてから、
いや、どんな彼女だろうが自分は絶対大切にする、
と決意を新たに居間に戻った。
よし、いざ開けん!
平太は黒い小袋の紐を引っ張り開けて、中を覗いた。
「あ」
「え」
パチリ、と目があった。と思った瞬間、平太の彼女は人のサイズになった。
美人だ。
ただし、気が思いのほか強そうだ。釣り目だし、来ている服装も流行を意識した様子だ。
つまり、平太には近づきがたいタイプだった。話題に困るし気後れしてしまう系の。
平太は本能でわずかにビビリ、たじろいだ。
一方、彼女の方は、平太を見て眉をしかめた。
平太の様子をジロジロみて、どんどん不機嫌になっている。
平太は胡坐を慌てて正座に切り替えて、挨拶した。
「あ、あの、あの、よろしく、お願いします」
「いやだ、馴れ馴れしい」
いきなり拒否られた平太はザックリ心に傷を負った。
さらに彼女はチラリと平太を見て、追撃した。
「あー、ヤダヤダ。なんなの、私を誰だと思ってるの、ウェステリア系の私が、どうしてこんなムサイのの傍にいないといけないの!」
「え、あ、ごめん、ずっと、憧れてて、ウェステリア系・・・俺でもいけるかなって・・・」
心優しい環境で育ってきた平太は泣きそうになった。
なにこれ、『彼女』。結構キツイ。
癒しを求めたはずだった、自分は当たりが良くなかったようだ。
平太はチラリと涙目で顔も性格もキツイ様子の彼女を見て、睨みに怯えてまた目を伏せた。
どうしよう。
彼女。
どう扱えばいいのだろう。
「あーあ、私って運が無いわ! 良い? ウェステリア系って、身体のバランスの取れた人を対象にデザインされてるわけよ。なのに、何あなた、何を血迷ってそんな系統に手を出したワケ? あんたの体系ぽっちゃりアンパンじゃない、無理、絶対無理ね、あーあ、なにこれ、最悪!」
好き放題に言葉を放ってくる彼女に、平太は言葉を返せなかった。
惨めで辛い。
それでも、まだ頑張ろうという気持ちは残っていた。
平太は会話を試みた。
「あ、あの、ごめん、なさい。憧れてたんだ。ウェステリア系って、すごく、その、キレイで、知的だから、良いなって、ごめん、支えてくれたら嬉しいって夢見てて」
「ふん」
彼女は鼻を鳴らして平太を見る。
「で? どうすんの。あんた、私を返品して、もっと他の、あんたに必要なもの買った方が良いわよ」
「え。福袋だから、できないよ」
「えっ」
彼女は驚いた。
平太は不思議に思った。
「えっ、福袋、私がっ」
「え、うん、そうだけど・・・」
平太は、恐る恐る、彼女が入っていた黒い小袋をつまんで、彼女に見せた。『福・彼女』と書かれた、一目見れば企画品と分かる袋だ。
彼女はあっけにとられたように平太のつまんだ袋を見つめた。
それから、カァっと赤面して、プィっとそっぽを向いた。
あ。
と、平太は相手が傷ついてしまったのが分かった。
福袋にて提供されるのは、人気が無かったり、流行が少しずれたものだったりするものが多い。
つまりは、そういう事だった。
それで、この彼女は、とてもプライドが高いのかもしれない。
ごめんねと言うのもおかしい気がして、平太は困ってしまった。
彼女は顔を真っ赤にして、そっぽを向いて、それから三時間、平太が恐る恐る声をかけても全く返事をしなかった。