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White Hero  作者: 夢見無終(ムッシュ)
8/15

第四話 未確認ヒーロー ―B part―

 翌日。バースのメディカルチェックで身体がほぼ復調したことを確認して、俺はいつも通り登校した。やられた次の日に平気な顔して現れるって、俺って超人だなーとか思ったり―――

「盾林ぃ、昨日のホワイトヒーローは瞬殺だったよなぁ」

 話にならないよ、と肩を竦める康祐を瞬殺してやろうかと思った。どうして学期末の大掃除までコイツと同じ班なんだ。

「あの『青の二号』とホワイトヒーローは仲間じゃないのかな? ホワイトヒーローのほうは様子を窺うそぶりを見せてただろ?」

「いい奴だからな」

「弱いけどな」

「………」

 いかんいかん、ほうきを振り上げそうになった。

「それにしても『青の二号』はどうしてラブホを守ってるんだろうな?」

「守ってるわけじゃないだろ…」

「でも、ほら」

 康祐のスマホの画面を見て思わず笑った。ラブホテルの屋上にあるよくわからん女神像と腕組みした未確認ヒーローが並んで朝日を浴びている。斜め下からの煽りの構図のせいか、神々しくすらある。ダサすぎてむしろカッコいい。

「何だよこれ?」

「ネットに流れてた最新画像。あまりに画がアレでさ、囲んでいる警察も思わず失笑だってよ。これがヒーローかぁ?」

 確かに。うっかりホワイトヒーローの株まで下がりそうだ。

「直に見に行きたいんだけどさぁ、あの辺は教職員とかが見回りしてるらしいんだよ」

「そりゃそうだろ、十八歳未満がホテル街に行くなよ」

「はあ? 現実的にはお前………そういえば、牧原とはどこまでいってるんだ?」

「は?」

 何がそういえば……と、視線を感じて見返すと、掃除をさぼっているんじゃないかと睨んでいたであろう、学級委員女子の皆川さんが慌てて目を逸らす。さりげなく周囲を見回すと、皆聞き耳を立てているらしい。少人数の音楽室は音が響くからな……。

「ぶっちゃけ……絶対内緒にするぞ? ヤっちゃった?」

「アホか!」

「いいじゃん、防音だから外には聞こえないって」

「窓全開だぞ!? お前……俺が休んでるときもしょう子に似たようなこといってボコられたんだろ。次はマジで死ぬぞ―――って言ってる間に後ろ!」

「うそっ!?」

 ビクリと後ろを振り向く康祐。背後には……誰もいない。

「なんだよ、脅かすな盾林―――」

「武人」

「「うおぁっ!!?」」

 って俺の後ろかよ! いつの間に!?

 しょう子は固まった俺と康祐を交互に見て、おもむろに拳を握った。

「とりあえず、殴っといたほうがいい?」

「殴んな! なんだよお前、外の掃除だったろうが!」

「終わった、サボる人いないから」

 しょう子が皮肉る。俺じゃなくて康祐が悪いんだけどな……あ、また皆川さんのキツい視線を感じる……。

「後で話がある。それを言いに来ただけ」

「今言うことか?」

「なんとなく、黙ってさっさと帰りそうだから」

 くそ、勘がいいな…。

 午前だけの授業が終わって、腹も減ってきた時間にしょう子が中庭で仁王立ち。いい加減に気が滅入る。

「なあ、腹減ってるんだけど」

「購買行ってこれば」

「家帰って食う予定なんだよ。余分な金は持ってない。奢って」

「百円くらいあるでしょうが。じゃあ、ほら…」

 昼から部活のしょう子が弁当のおにぎりを一つくれた。ラップの包みを解いて一口頬張ると、しょう子が黙ってじっとこっちを見ている。何だろうと思って……ああ、わかった。

「お前が作ったのか?」

「まあ…」

「ふうん」

「えと……一応、感想とかない?」

「強く握りすぎだよ。どんだけの米を凝縮しようとしてんだよ」

「! うるさいわね、文句言うなら食べないでよ!」

「食べる。腹もちはよさそうだから」

 実際、1.5個分食った感じ。

「ごちそうさま。で? 話は何?」

「あの未確認ヒーローのこと、どうするの?」

「さあ」

「真面目に答えて。二十美が言った通り戦うの? バースを捨てる? それとも……どこかにいなくなったり、しないわよね?」

 右手を口元にあてて不安そうに、上目づかいに見つめてくる。しょう子はいたって真剣だが、でもこれって、客観的にはあざといおねだりポーズにも見えるよな? 遠目から見たらまた誤解を生むんじゃ……とか考えていると見知った顔が。しょう子と一緒にいることが多い空手部の下級生だ。しょう子は気づいていないが、向こうはもうはっきりと「目撃してしまった」って表情をしている……。

「……バカだな、お前」

 二重の意味を含んで俺は半笑いになってしまった。当然、しょう子は怒る。

「武人!」

「そんな深刻になるなよ。順序立てて、状況に対応していくだけだ。そう―――今から」

 午後0時になった瞬間。一斉に、ありとあらゆる場所で電話が鳴りだした。もちろん俺としょう子のも。

「今日は一人で行ってくる。俺のために部活さぼったりしたら、ますますからかわれるだけだぞ」

 飛んできた右ストレートをかわしたが、得意満面なところに左ボディが刺さった。危うく、食べたばかりのおにぎりを吐き出すところだった……。




 さて―――

「周囲の状況はどうなっている?」

『警察車両に対する退避命令、並びに民間人に避難勧告が出た。こちらの要求通り、半径一キロは無人となっている。上空にドローンを含めた航空機が確認できるが、想定の範囲内だ。作戦の第一段階は成功した』

「インパクト抜群だったろうからな」

 電話回線とネット回線をジャックし、日本中のありとあらゆる機器にメールとファックスで文書を同時送信。内容は大まかに「私はホワイトヒーローと呼ばれるものだ。現在、貴方がたが包囲している我々の同胞は、なんらかの異常をきたしている。彼に交戦の意思はないが、迎撃の準備はある。決して刺激してはならない。彼は我々で処理するが、場合によっては周囲に被害が及ぶ可能性がある。直ちに退避されたし」――だ。これを英文で送信した。一通ならどこに送ってもデマだが、これだけの一斉送信なら技術的・組織的な力を直接実感できるだろう。事実、ホワイトヒーローは空も飛んでいる。

 結果―――脅威を感じた政府によって勧告が出されたが、世間の注目も一身に浴びることとなった。失敗できないわけだが、いいプレッシャーにできれば…。

「未確認ヒ―ローはどうだ?」

『相変わらずだ。腕組みをしたまま、周囲の動きに目も向けていないようだ』

「いよいよもって、予想通りになりそうだな……。じゃあ、行くぞ!!」

 空気も薄い高々度、積乱雲の中から急降下―――飛び交う報道ヘリの間を亜音速で抜け、ラブホテルの屋上に陣取る未確認ヒ―ローを正面に空中停止する!

「時刻は昼の二時。お昼のワイドショーで生放送ってわけだ! 手早く行こうぜ!」

 気合いを入れつつ、静かに息を吐き出して呼吸を整える。今日の俺は……正体不明の、正義のヒーローにならなければならない。それが全てをクリアするための条件だ。

「まずは確認作業だ。未確認ヒーローに再度メッセージを送信」

『了解』

 返答は―――ない。

「一応だが…」

 未確認ヒーローの後ろへゆっくりと回り、誰が捨てたのか、屋上に転がっていた空き缶を山なりに投げつける。空き缶はふわりと弧を描き、あわや当たるかという寸前で、振り返った未確認ヒーローの拳に弾かれる。しばらく構えをとっていた未確認ヒーローだったが………また元の腕組みに戻った。デュアルアイは沈黙したまま―――。

『やはりか』

「うし、いよいよ直に接触といくか」

『繰り返すが、相手の能力とはかなりの開きがある。加えて武装が充実していることも忘れるな』

「つーかアレを使われたら失敗だ。一発で決める!」

 空き缶は反射速度と反応する範囲を見るための布石―――とはいえ、反射速度の数値を見てもよくわからない。攻撃態勢で二メートル以内に入ればまず一発はボコられると覚悟しておく。

 ボコられる……昨日の痛みを思い出す。

「ちっ……んのぉ!」

 恐れを振りきるように、一気に反重力のスロットルを上げて突っ込む! すかさず反応した未確認ヒーローの迎撃パンチ―――かわした! 急制動で未確認ヒーローの頭上を抜けた俺は、後ろをとることに成功する。が、こちらが仕掛ける前に、反転した未確認ヒ―ローの回し蹴りが空中の俺を襲う。まだ遠い、身体を捻れば避けられる……しかし勢いは削がれた。続けて構える未確認ヒーローの右拳からは、マンガのようなトゲが……!

「くぉ…っ!」

 正拳突きが左わき腹をかすめる。折れた肋骨を撫でられたようで背筋が凍る。だが――

『肩口のポイントを狙え!』

「おおっ!!」

 パンチを放った腕を左脇で挟み込み、逆に未確認ヒーローのスキンの亀裂に右手を伸ばした。手首から飛び出した長い針が肩のひび割れの隙間に刺さり、バースと未確認ヒーローを繋ぐ。

『スキャン開始―――』

 バースがデータ収集を開始する。俺は針が折れないようにさらに差し込みながら未確認ヒーローの右肩を掴み、空中から重力負荷を加えて抑え込む。苦痛を感じている様子もない。動じていないようだ……いや!

『タケト、波動衝だ!』

 フリーの左拳がエネルギーを集中する。右が駄目なら左ということか!

「舐めんな!!」

 右足で左肩を踏みつける。振り上げられた拳は寸でのところで届かない。しかしエネルギーの余波がチリチリと足の装甲を焼いていく。

「まだか!」

『…離脱してくれ!』

 蹴り飛ばす勢いで、ラブホテルの屋上の端まで飛ぶ。十メートルほどの距離だが、未確認ヒーローは構えるだけで追ってこない。それを確認して、俺は肩の力を抜いた。

「ふはっ…ものすごく冷や汗をかいたぞ」

『よくやったタケト。日頃からショウコを相手にしているだけのことはある』

「比較にならんが……まあ、アイツもそろそろ人体破壊技を会得しそうだよな」

『………』

「何だ、その意味深な沈黙は?」

『いや、なんでもない…。解析だが、推測通りの結果が出た。未確認ヒーローの装着者は、やはり死亡している』

 死亡―――。どういう理由かは知らないが、俺と同じ装着者が死んでいる。一つの結末を目の当たりにして、俺は苦虫を噛み潰す思いだった。

「………ふぅ…。死んでるなら、どうして動いている」

『システムは緊急モードになっている。装着者が重傷を負った場合などにA.Ⅰが判断し、安全地帯へ退避するのだが、そのA.Ⅰにもやはり異常があるらしい。およそ知能と呼べる部分が働いていない。こちらの呼びかけに応答しないのもそのためだ』

「中の装着者だけでなく、システムも脳死状態ということか」

『その譬えは的を得ている。反撃行動は反射行動というわけだ』

「…………」

『これからだが……どうする?』

「…どうもしねぇよ。周囲に人はいないな?」

『……問題ない』

「作戦通りいくぞ」

 右腕に仕込んだニードルガンを未確認ヒーローに向けて発射する。今度は鉄芯を弾丸のように飛ばす。マシンガンのように連射すればさすがにパンチで弾くわけにもいかず、両腕で亀のようにガードして堪えた。針の雨を浴びる未確認ヒーローの顔が腕の隙間から覗き見え―――そのこめかみのサブアイが赤く点滅する。無機質な攻撃の意思を感じ取った俺が屋上から飛び降りるのと、未確認ヒーローが突進してくるのは同時だった。

「はっ……ご立腹だよ!」

『真面目にやれタケト、スペックの差を忘れるな!』

「だから怖くてやせ我慢してんだろ!!」

 危害を加える対象、つまり俺を狙って未確認ヒーローが迫る! 左右のパンチを距離をとってかわし、三発、四発目…!? 

「もう本気モードかよ!」

 肩から生えたサブアームだ! 

 まさしく阿修羅のごとく、四本の剛腕を無慈悲に振り下ろしてくる! 路上に降り、反重力フロートで後ろ向きに滑走する俺をしつこく追走しながら怒涛のラッシュ! どの腕のパンチかもわからないまま突き出てきた拳を避け、同時に飛んできた二発も辛うじてガードする――が、直後に頭を豪快に殴られた。モニターの映像と一緒に飛びそうになる意識。地面で二度跳ねた身体をバースが立て直す。

『大丈夫かタケト!?』

「うっ…くそっ! 防御効いてんのか!?」

 モニターの画面が元に戻っても視界がぐらつく。

『あちらの装甲は通常の二倍の強度だ。特に腕部は念入りに強化されている』

「ちっ、何でも二倍二倍…!」

 曲がり角でもぎ取ったカーブミラーの金属支柱を右腕に直接接続し、ACシステムで弾丸に変えてニードルガンを乱射。しかし今度はガードもせず、勢いも衰えない。

 差が縮まってくる……!

「んのやろぅ!」

 半分になった支柱を鉄棒に変え、長く伸ばしながら突き出す。すばやく反応した未確認ヒーローは自慢の腕で振り払う……つもりだったのだろうが、それを読んだ俺は奴に届く直前で先端をカーブさせてガードを抜け、ガラ空きの胴体に直撃させた。未確認ヒーローはバランスを崩し、脇に立っていたポストに激突する。

『上出来だ!』

「必死だっての! ポイント行くぞ!」

 センサーで未確認ヒーローが追ってきていることを確認しつつ、目的地へ――。

到着した場所は繁華街最大の大通り、3×4車線のスクランブル交差点! その中心で身構えると、追いついてきた未確認ヒーローも距離を置いて止まり、筋肉を引き絞るような独特の構えをとる。

「いいか…?」

『いつでもいい』

「タイミング、間違えんなよ! 決めるぞ!」

『了解。重力波エネルギー、チャージ開始!』

 バースのエネルギーチャージを時間遅延機能の予備動作だと察知した未確認ヒーローは……

『『未確認ヒーロー』の重力波を確認!』

 青いボディはわずか一呼吸でチャージを完了させ、矢のように迫る! 遮蔽物のないここでは逃げ場がない……のは、お前のほうだ!!

「いけえぇっ―――!!」

『サンダーレイディエイション!!』

 轟音とともに全てが白く埋め尽くされ―――ブツンと真っ暗になった。

「何だ!? バース!!」

『衝撃で一時的にシステムダウンした。すぐに復旧する』

「ってお前っ…向こうはどうなった!?」

『電磁波の影響もあってセンサーが機能しない。少し待ってくれ』

 おいおい、視界を奪われて棒立ちだぞ!? いや……攻撃を受けていないということは、奴は倒れたのか。猛スピードで突進してきてまだ届かないなんてわけないもんな…。

 計器類が表示され、映像が出る――

「上手くいっ――た!!??」

 赤紫に光る拳が視界いっぱいに―――!!

「うおおおぉ―――!!?」

 首を捻ってかわし――腕を取って引き寄せ――巻き込むように身体を回し――足を引いて重心を落とす。しょう子の祖父で合気道の達人・重蔵に仕込まれた技だった。

 アスファルトにめり込むほど叩きつけられた未確認ヒーローは、黒く焦げた身体から派手に火花を散らせ、糸の切れた人形のように沈黙した。

『よ……よくやったタケト、私の処理速度では反応できなかった…!』

「ふぅぃー…! 重蔵さん、マジさんきゅう……」

 腰が抜けた……。

 俺はヒーローであることを忘れて、ペタリと座り込んだのだった。




 前夜―――。

「装着者が死んでいるとした上で、奴を止めるならどうすればいい? バースからあっちのプロテクトスキンに接続して機能停止させるとかできないのか?」

『戦闘中では不可能だ。直接接触した上で数々の処理をこなさねばならない。また、アクセス権限の問題もある。初期設定同然である私の権限は最下位だ。カスタム機のプロテクトを破るのも難しいだろう。物理攻撃で破壊するのが現実的だ』

「どこが現実的だよ……。相手はこっち以上の装備なんだろ? およそ考え付く対人武器じゃ歯が立たねぇよ」

『装甲の隙間を狙う』

「隙間? 隙間なんてあるのか?」

『破損している箇所だ。推論ではあるが、緊急モードは装着者の生命を守るために現状維持を最優先にする。重篤になるほどのダメージを負った状況をメモリーしているのならば、装甲も破損している状態で維持されているのかもしれない。もっとも、これは正常であるとはいえないが』

「壊れているゆえに壊れたまま、か。でもなぁ、中の人が死んでるなら、隙間にチマチマダメージを与えても意味なくないか?」

『弾頭に爆薬を搭載したピアッシング弾を撃ち込めば内部から破壊できる。一定距離に近づかなければ反応しない未確認ヒーローの特性を踏まえれば、先手をとれる上に不利な肉弾戦を避けられる。非常に有効で、成功の確率も高い』

「いいや、それは止めよう」

『なぜだ? 直接殴りかかるよりは恐怖が少ないだろう』

「あ? どうしてそんなことを言う?」

『いや……すまない、余計な気遣いだった』

「別に余計ってことはないけど……。なんというか……結局は同じことなんだろうけどな、中の人を無視して木端微塵にするようなことはしたくないんだよ。たぶん、戦った末にああなったんだろ? きちんと埋葬されて然るべきだ。同じ装着者としてそう思う……」

『…その意思は尊重しよう。しかし、ならばどうする? 決定打になるような手段が他にあるのか?』

「…Dシステムを使って、その間にジャケットのコアに波動衝を当てるってのはどうだ? あ、これでいいじゃん! 完璧だろ!」

『それはおそらく無理だろう。こちらがシステムを作動させるために必要なエネルギーをチャージするのに数十秒から数百秒かかるのに対し、あちらはわずか五秒だ。効果範囲は自身から半径約二メートル。持続時間は重力波の放射量から、体感時間にしておそらく三秒ほどだ』

「自分から接近して敵を巻き込み、一瞬で全力攻撃するための四本腕……それが必殺技か。つーかチャージ五秒って何だ! 萎えるわ! 後出しで十分間に合うし!」

『その通りだ。加えて、一度システムを使用すると空間が安定するまで使用することはできない。実際には戦闘中にどちらかが一度しか使えないと考えるべきだろう』

「カードは常に向こうが持ってるってことか。ああーくそ! 如何せんし難いなぁ性能差は! 決定的な戦力差だ!」

『タケトに差を埋められるだけの実力があればよいのだが』

「俺のせいか!? んー……」

『何か妙手はないだろうか。『メジロ』に使用したガスのように』

「メジロのとき………ん? そういえばDシステムでどれくらい遅くできるんだ? フルパワーなら時間止められたりするのか?」

『止めることはできない。時間が止まるのは重力の井戸の底、つまりブラックホールの底だ。空間が耐えられるギリギリまでシステムを展開したとして………およそ千分の一の速度が限界点だ』

「で………こっちが時間遅延を仕掛けようとすると、向こうが打って出ると」

『おそらくはそうなる』

「……狙い撃ちできるじゃん」



 そうして立てた作戦が電撃攻撃だった。積乱雲の中で蓄電した電気エネルギーを一気に放出する。雷はスーパースローカメラでも一瞬だ。いくらDシステムを使っても、数メートル前から放たれた電撃をかわせるわけがない。そしてニードルガンの針は避雷針代わりであり、絶縁処理を施された装甲の隙間から内部に威力を伝える役割を持つという二段構え。

 ただし、いくつか条件があった。一つは、時間制限があること。バックパックに背負った蓄電器はバースの設計で高性能だが、自然放電は避けられないらしい。スキンに対して十分な威力のある内に放たなければならない。もう一つは、こちらの意図しないタイミングでDシステムを使われてはならないこと。エネルギーチャージという前触れがあるからカウンターで電撃を放つのは簡単だが、周囲に障害物あれば威力が拡散してしまう。だから広い交差点に誘い出す必要があったのだ。

 結果は上々。中の人がどうなっているのかは想像もつかないが、スーツが人の形を保っているし、たぶん人間の形は残しているだろう……それは今バースがやっている精密スキャニングが終わればわかることだ。右腕から伸びたコードが未確認ヒーローと繋がってデータをとっている。

 しかし、さすがに時間がかかりすぎだな……。

「おい、もう十分は経つぞ? 半径一キロ離れているとはいえ、上空のヘリの映像なんかで決着がついたことは知れ渡ってるだろ」

『その通りだ』

 モニターの端にバースが画面を開く。映ったのはテレビのワイドショーで、「ホワイトヒーロー、同胞を制裁!?」という字幕スーパー。その正体は、目的は何だとあーだこーだ、元防衛官僚からUFO専門家までが支離滅裂な論議を展開し……あ、ヘリからのライブ映像で俺が出た。

『手を振ってみたらどうだ』

 それもそうかも。俺を撮っているのがどのヘリなのかはわからなかったが、とりあえず軽く振ってみる。途端に番組内のコメンテーター達がざわついた。

「面白いな」

『あまりやりすぎるな。コンタクトを試みられてはやっかいだ』

「じゃあ言うなよ」

『だが、その方がヒーローらしい』

「どうしろってんだよ…。そういえば、放電するときにサンダーなんたらって叫んでたよな。あれって…」

『必殺技名だ』

「……普通は俺が言うもんじゃね?」

 というかすっかり被れたな、特撮ヒーローに。

『データ収集が完了した。これからサライルをシステムとともに次元跳躍で転送する』

「さらいる…?」

『装着者の名だ』

「ああ…。そうか、母星へ帰してやるんだな」

『いや、私の本国だ』

「なに? どうして」

『彼の母星は異文化探求システムに滅ぼされた。帰る家はない』

「なっ…!」

 俺が驚いている間にバースは淡々と重力子を放出する。

『私の立場でこういう言い方をするべきではないが、彼の星は運が悪かったらしい。二十八の異文化探求システムが飛来し、それぞれが十の結晶核に分かれた』

「結晶核が……二百八十!?」

『彼が私の本国に認証を得て戻った時にはその全てが覚醒しており、救助を求める時間もなかった。およそ十分の一に減少した人口を防衛するのに必死で戦ったが、全結晶核のおよそ四分の三を破壊したときには彼の星の人間は全滅した。彼もまた瀕死の重傷を負い、そのまま死亡している』

「スキンはそのとき緊急モードになったんだろ? それがどうして地球にくることになった?」

『そこまでは解析不能だ……空間を開くぞ。穴を安定させるためにしばらくは他の機能を使えないから注意してくれ』

 直上三メートルのところに浮かんだ黒い点が広がり、直径二メートル程の穴ができた。

「淵が光ってる…」

『漏れ出たエネルギーだ。別次元の空間エネルギーは世界に中和されて光となり、霧散する』

 抱え上げた未確認ヒーロー―――サライルがふわりと浮きあがり、次元の穴に吸い込まれていく。青い剛腕まで飲み込み、穴は静かに閉じられ、消えた。

「天使の輪のようで、飛び込むのは闇か……」

『……メッセージを添付しておいた。サライルは私の本国で丁重に葬られることだろう』

「そうか。ありがとな」

『何を言う。そのための電撃作戦だったはずだ。このように解決でき、私も感謝している。よくやってくれた』

「……帰るか」

 ホワイトヒーローは無人の交差点から姿を消した。





「なあ、思ったんだけどさ」

 自室で夕方のニュースを見ながらメールを打ちつつ、バースに話しかける。

「スキンにサライルの魂が乗り移ったんじゃないのかな」

『その疑問に解答することは私には不可能だ』

「スキンは脳波で繋がってるんだろ? 感情がA.Ⅰに伝播したとか」

『我々に感情はなく、共感し得ない情報だ。心情は理解するが、それは外的要因からの情報を処理した上での憶測であって…』

「ああもう、わかったよ! じゃあいい」

『怒られても困る……。なぜ、魂が乗り移ったと思った?』

「呼吸だよ」

『呼吸?』

 すうっと鼻から息を吸い込み……ふうっと口から吐き出す。

「奴は痛みを感じていなかったが、攻撃には一定のリズムがあった。特に時間遅延を仕掛けてくるときのあの構えからは、武道家の息吹のようなものを感じた」

 牧原道場の重蔵さんのように―――。

『システムが戦闘パターンを記憶していたからではないか?』

「そもそもどうして戦ったわけだ? 緊急モードなら基本的には逃げるんだろ?」

『その通りだ』

「サライルは壮絶な最期を遂げた。その遺志が強烈な闘争本能となり、A.Ⅰに影響したとしたら?」

『……戦う意識を命令と捉えたとするならば、あるいは。なるほど、すると自ら仕掛けず、しかし逃走しない『未確認ヒーロー』の矛盾が説明できるな。さらに戦闘パターンも受け継いでいれば、魂が宿ったというのも言い得て妙だ』

「でも、あの腕組みは何なんだろうな? 癖? ポーズ?」

『謎だ。今となってはわからない』




 だが―――俺達はその意味を知ることとなる。

 その日の深夜十二時二分。日本とハワイの間の太平洋上に、七十四体もの異文化探求システムが現れたのだった。











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