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White Hero  作者: 夢見無終(ムッシュ)
3/15

第二話 バード・ストライク ―A part―

 追い、追われていた―――。

「くそっ、どこ行った!?」

『落ち着けタケト! 追いかけるより待ち構えて捕獲するほうが確実だ』

「待ってたらアイツ逃げるだろうが! すぐ他のに混ざってわかんなくなるし…!」

『モニターにマーキングしているだろう? それを追えばいい』

「今お前、追うなっつったじゃん!?」

『目で追う、つまり捕捉するということだ』

「だったらそう言え!」

『……作戦を変えよう。ACシステムを』

 上空から降り、様子を見守っていた衆目を無視し、コンビニ前の空き缶入れに手を突っ込む。

『右腕の装甲に内蔵する形で銃を取り付けることを提案する』

「何!?」

『あくまでエアガンだが、飛ばすのは金属弾だ』

「お前それ、違法改造銃だよ……普通に捕まるぞ」

『捕獲が無理なら、狙撃するしか手はない。照準は私が補正する』

「そうは言っても、他のに当たったら……」

『そこは上手くやろう』

「なんでそこだけ曖昧なんだよ!」

 とはいえ、ここで喚いていても周りからスマホのカメラを向けられるだけだ。ごみ箱に手を突っ込んでいる絵はヒーローからほど遠い。

「……さっさと飛ぶぞ」

 再び敵の待つ空へ戻る。右腕が少し重くなっている。さっきの会話、周りに聞かれてないだろうな。

「もうダラダラしてらんねぇ。ちゃちゃっと片付けて終わらせるぞ!」

 形振りかまわず右腕の銃口を目標に向けた途端―――

「うっわ…!」

『感づかれたか。しかし問題ない、確実に狙撃する―――』

「百パーなんてありえないだろ! 止めだ…!」

 下降し、民衆を盾にする敵を見逃すことしかできない―――。


『…あああっ、くそッ!!』

 通信越しに怒鳴り声を聞いて、しょう子は持っていたハンディカメラを下した。これで三度目の敗退……。





「なあなあ、ついにあのホワイトヒーローが間近で激写されたらしいぜ」

 教室に入った途端に康祐が興奮して話しかけてくるのが癪に障ったが、あくまで知らぬ存ぜぬを貫き通す。

「何か知らんが、空から降りてきて空き缶入れに手を突っ込んでたんだってよ。マヌケだよなー」

 それは資源ゴミの入ったごみ箱だとACシステムで金属を取り込みやすいのと、元がゴミだから後始末もあまり考えなくていいという利点があってのことだ。マヌケじゃなくて、リサイクル上手と褒め称えるべきだ。

「でさ、何か知らんが、目の部分と、その横の小さなライトが時々光るんだってさ」

 そういう仕様だ。俺が喋ると黄色いデュアルアイが、バースが喋るとこめかみ部分にある緑のサブアイが光る。プロテクトスキンのマイクON・OFFに関わらず光るが、バース曰く、ウィンカーのような安全に準拠した規格のものらしい。詳しい理由は俺も知らねぇ。

「そしてまた空に上がったホワイトヒーローは鳥の群れを追いかけまわして、何か知らんが途中で帰ったんだと」

 群れを追ってたんじゃねーよ、つーか……!

「何にも知んないならもういいだろ!? ほっとけよ、そんな役にも立たないクズヒーロー!」

「何で怒ってるんだ? あ、あれか。お前もフンをかけられたか」

 ケラケラ笑う康祐だが、これがなかなかバカにならない。空を飛びまわる鳥の大群から雨のように降ってくるフン。おかげで晴れの日なのに傘をさしたり雨ガッパを着たりと、ありえない事態になっている。しかもこの珍事は謎の「ホワイトヒーロー」が―――つまり俺が原因なのではないかともっぱらの話題なのだ。冗談じゃない、異文化探求システムを追い回しつつ、警察なんかの国家権力から逃げまわる俺。諸外国からはホワイトヒーローは日本が極秘開発した新兵器だと非難轟々だから、政府が捕まえようと躍起になるのも当然だった。しかも探究システムの出現地域は俺の地元限定だもんなぁ…。バースのステルスは抜群とはいえ、正体がバレるのも時間の問題ではなかろうか。

 小さく溜息を吐いていると、登校してきた五月さんが声をかけてきた。

「おはよう。どうしたの盾林くん?」

「あ、いや…」

「昨日のホワイトヒーローの話したら機嫌悪くなったんだよ」

 康祐は五月さんと話せるってことでノリノリだ。確かに、この柔らかい笑顔には癒されるものがある。

「盾林くん、あれのファンだったんだ」

「ファンっていうか……」

「私は結構カッコいいと思うんだけど」

 まっすぐ見つめられながらそう言われて、うっかりトキメキそうになる。いや、あくまでホワイトヒーローとやらで、決して俺に対して言ったのではなく……。

「さ…五月さんはああいうのに興味があんの?」

「一生懸命なご当地ヒーローって応援したくならない?」

「ご当地ヒーローって……」

 テレビヒーローですらねぇのかよ。空飛んだりしてんのに……。

 あー、いっそただの高校生だって言えたらなぁ。でも正体を明かしたら、黒スーツ着てサングラスかけたおっちゃんらに連れてかれるんだろうな――……。




『さて―――』

「第三回、作戦会議~…」

「…………」

 時刻は午後六時半、場所は俺の部屋。腕環のバースはともかく、俺としょう子はテンションだだ下がり。それもそのはず、敗北の傷はもはや心に深く刻まれている。

 相手は、鳥。鳥に擬態した異文化探究システム―――

『その捉えかたは正確ではない。鳥類のペットに擬態している、とするのが正しい』

「どーでもいいよ」

『よくはないぞ。ショウコの協力で生態が判明してきた』

「あれって意味あったんだ」

 しょう子は自宅のハンディカメラでひたすら鳥を撮っていただけだが……。

 バースがしょう子のブレスレッドからコードを伸ばす。いつもながら前触れなく、俺たちは驚いて一瞬固まった。

『見てくれ』

 テレビと接続し、バースが画像を映し出す。空を埋める鳥の群れの静止画だ。その中の一羽にバースが赤くマーキングする。

『これが目標だ。この国でメジロと呼称されている鳥類。追跡の末、この目標は捌子町四丁目のキナシミツオ|(七十三)の飼っている鳥と確認され――』

「あー、だから?」

『………』

「ちょっと、バースが真面目に話してんだから聞きなさいよ」

 珍しくバースが黙り込んで、しょう子が口を出してくる。

「…ああ、悪い。続けてくれ」

『敵の能力は知ってのとおり、他の鳥を操ることだ。これは鳥類が発する一種の波長を用いているのだが、通常の鳥より強く、拡散するために妨害するのが難しい。現状では『メジロ』を破壊することが唯一の打開策だが、大多数の鳥の群れに混ざり、動きも素早いために捕獲が難しい。それに問題もある』

「見てくれの問題だろ」

『そうだ。正義のヒーローが動物を殺すという絵は、一般民衆に多大なインパクトを与えるだろう。正体を明かせない以上、世間が持つ印象は大事だ』

「わかってるよ。だから底引き網みたいに鳥の群れを丸ごと獲る方法もボツになった。それで? 打開策となる新情報を仕入れたんだろ?」

『目標の生態が推察できた……いや、目的というべきか。今回の異文化探究システムの目的は、おそらくすべての鳥のペット化だと予想される』

「………はあ?」

 つい間抜けな声を出してしまったが、脇のしょう子も間抜け顔だ。

「なんか平和だなぁ…。それって俺らに害あるの?」

『何を言っているタケト。今回の鳥による被害はなんだ?』

「騒音? あとフン」

「それだけじゃないわ……。田んぼの稲が結構やられてるって、お祖父ちゃん言ってた」

「え、そうなの?」

 しょう子の家は農業やってなかったはずだけど。あ、道場やってて人が集まる家だから、ご近所さんの話か?

「イナゴの大群と同じってことじゃない?」

『イナゴの大群…?』

「要はバーっと来て、バーっと食い荒らして、バーっと去っていくってことさ」

『よくわからない』

 しょう子の譬えを解説してやるが、バースは要領を得ないらしい。まあ俺も実際に見たことないけどな。

『今のも含めて後で検索しておこう。とにかく、ショウコの指摘が的を得ている。『メジロ』とそれに操られている鳥は、総じて人間の生産したものしか食べていない。栽培された穀物や果樹から加工食品に至るまで、見境なくだ。人の手によるエサを食べることがペットとしての定義らしい』

「はあ……あー、冗談じゃねぇ。ホント冗談じゃねぇわ」

 俺はお手上げのポーズを取った。

「鳥なら何でも呼び寄せて大群で飛び回り、人間様の食料を食いつくして解散。直接襲われることがないから張り切って駆除することもできねぇ」

『群れの中に本物のペットが混ざっているという理由もある。傷つけてしまっては賠償問題になる』

「金の問題かよ!」

『というより、責任の問題だ』

「俺に責任取れるか!?」

『正体がタケトだということはバレていない、そこはクリアできる』

「じゃあまとめて始末しちまえばいいだろう!?」

『それでは世間からの評価が悪くなってしまう――』

「無理なんだよ、八方美人で勝利するなんてのは…!」

 そこで話が途切れる。こんな問答、もう何度目になるのか。分かっている……無理だと言ってしまえば、それまでなのは。情けないことはわかっているが、そう喚かずにはいられないのだ。

「…救いなのは、時間と場所がある程度決まっていることよね」

『ショウコの言う通りだ。おそらく目標が飛ぶ周回コースなのだろう。また、操る力も半径一キロ以内と限定されている。まだ何度もチャンスはある。あきらめずにチャレンジしよう、タケト』

「……言われるまでもねぇよ」

 右腕の腕環を指で弾いた。




『タケトは精神的にまいっているようだ』

 盾林家を出たしょう子に、腕環伝いにバースが話しかけてきた。

「見ればわかる。アイツ、能天気さだけが取り柄なのに」

『単純に目標を捕らえられないということ以上に、世間からの批判が大きいのではないか。『軽トラ』の一件で世間に認知された。噂が噂を呼び、正体不明の事件には必ず『ホワイトヒーロー』が現れるという図式は決して悪いものではないが、それがタケトに過度な期待となって圧し掛かっている』

「それはそうよ。だって武人だし。人類のヒーローになれるほどデカい器じゃないわ」

『……こう言っては何なのだが』

「?」

『難事に立ち向かうにはタケトに利が無さすぎる。もちろん、偶発的に遭遇した私に協力してくれる事は評価に値するのだが……』

「………何が言いたいの?」

『物品の褒賞は出ない。だが異性という目標があれば、発奮できるのではないか?』

「…………」

『違っただろうか?』

「いや……別に。間違いじゃないんじゃない? ただ、私にその役を期待するのは無理ね」

『何故だ?』

「がんばれって言われなくても、アイツは女である私を守るためにすでにがんばっている。かといって私が媚びるようなまねをしたらアイツのプライドが傷つく。だから私がこれ以上できることはないわ」

『私にインプットされている生態データに基づけば、君たちはいわゆる『付き合っている』状態ではないのか? もっとも、そういう心の動静は私には理解できないのだが』

「じゃあなおさらわからない。私と武人は互いに異性として意識している。でも恋愛感情じゃない。線引きしてるだけなのよ。周りからみれば特別な仲に見える私たちの距離は、当人たちにとってみれば自然な、当然なこと。もう限界まで近付いているくらい。だけど残念ながら、アンタが狙うような関係性にはなりえない」

『それが『幼馴染』というものなのか?』

「………あるいは、ね。もう話は終わり、家に着くから。独り(・・・)が多いと周りが変に思うし――」

 しょう子は自宅の門の前で足を止める。そして一度小さくため息をつくと、顔を上げてまっすぐ家に入っていった。




 メジロとの三度目の戦いから三日後の金曜日。男同士で昼食と見せかけて、ちゃっかり俺の席の隣の女子グループ――具体的にはいつもの五月さん狙いで、康祐がちょっかいを出す。俺は一歩離れた位置を保ちつつも、巻き込まれた形になる。

しょう子はなにやら後輩のところに行ったらしく、ちょっと安心する。なんせ話題が、

「ねえねえ、好みのタイプってどんなの?」

 これだ…。俺としょう子のことを茶化しつつ五月さんの腹を探るつもりか、と思っていたら、

「あ、盾林はいいよ。聞くまでもないから」

 ……何だろうな、この小島康祐という男は。とりあえずこめかみにコークスクリューを捻じり込んでやろうかと思ったが、女子の前だから止めておいてやる―――そんな俺の情けに気づきもせず、康祐は積極的にアピールしていく。

「五月さんは、タイプとかある?」

「特に考えたことないわね。あ、でも周りに迷惑かける人は嫌かな。他人に気を遣えない人が私を大切にしてくれるとは思えないから」

「へー、なるほど」

 お前のことだよ康祐。女子グループと温度差があることを察しろ。

「うーん、でも尽すタイプなのかも。盾林くんみたいな」

「え…!?」

 急に振られて手が止まる。目が合って、ドキッとする。そのまま何も答えられないでいると、

「あ、私がね」

 五月さんがクスリと笑った。

「あっ……ああ…」

 またからかわれたな…俺のバカ。

「でも俺、別に尽くすタイプじゃないと思うけど」

「えー、でも牧原さんには他の女子にしない気遣いしてるよ? ねえ?」

 「あーわかる」と同席していた面々が、というかその向こうで遠巻きに見ていた連中までうんうんと頷く。しょう子、まだ戻ってきてないよな……。

「――でも何だかんだ言っても、結局は相手次第じゃないかな。付き合い始めてから思ってたのと違うなって感じることは結構ある、友達とか彼氏とか関係なく。だから相手のことを知るのがまず先じゃない? まあそうは言っても、好きになるのは理屈じゃないけど」

 五月さんは大人な意見というか、優等生なコメントだ。誰にも嫌われないよう手堅くまとめた、みたいな……でも最後の一言に少し重みがあるような―――

「盾林くんは、私の中で評価が上がってきてる」

 また五月さんに狙われて、ご飯を喉に詰まらせた。俺を見る康祐の眼が一瞬怖い。

「――でも私たち同じタイプなら、逆に反発して反りが合わないかもね」

 一転、康祐がプッと笑いやがって、もう無視する。しかしこのいじられっぷり、俺は五月さんに好かれてるのか嫌われてるのか……。




 そんな他愛のない話も、ちょっとしたヒントになった。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからず――――なるほど、一理ある。とはいうものの、案外己のことが一番わからないものだから、まずは敵を知ろうという話。学校が休みの土曜日、思い切って擬態メジロを飼っている捌子町四丁目の木梨光雄|(七十三)宅を訪ねてみることにした。ただし全く面識がない人なので、事前に作戦を練っておく。

「ってことで、俺とお前は野鳥研究を志す同級生な」

「私、必要なの?」

 ハンディカメラを持ったしょう子が面倒そうに眉根を寄せる。ちなみに俺もしょう子も一目でまじめな学生とわかるように制服姿だ。

「午前中部活で夕方は道場だし、ちょっと休みたいんだけど」

「昼寝したいのか? 大口開けながら」

「子供のころのこと持ち出さないでよ!」

 足を蹴られた。結構シャレにならない力でふくらはぎを狙うのはタチが悪い。しかもフォームは格闘家のそれだ。

「あんまり乱暴すんな! 女子がいたほうが警戒心を解けるだろうって狙いなんだから、女らしくしろよ」

「はあ? まず自分が男らしくしたら? 地味メンが浮かれて…!」

「地味メンってっ……俺の繊細な心を大きく抉ったぞ!? つーか何の話だ、浮かれてるって…!」

「別に…!」

「わけわかんねぇ…!」

『…話の腰を折ってすまない。到着した』

 腕環のバースからの知らせに足を止めると、割と立派な門構えの家の前だった。

 純和風、広い庭付き一戸建て。敷地面積だけでいえばしょう子の家のほうが広いが、それはあくまで道場を足してのこと。単純に我が盾林家の二倍はありそうなお宅だ。

「あっち系の人が出てきたりしないでしょうね……」

 しょう子がポツリとつぶやく。

『アッチケイ?』

「怖い人だ…」

 インターホンを押すかどうか躊躇してしまう。

『怖いかどうかはわからないが、キナシミツオはかつて紡績会社の重役を務め、退職。妻を三年前に病気で亡くし、現在はこの家に一人暮らしだ』

「……どっからその情報を得た?」

『インターネットで――』

「実は個人情報って駄々漏れなんだ…」

 とはいえ……敵を知れば以下略。解決したわけではないが、心構えができただけでもマシだ。

 インターホンを押すと、結構な間をおいて応答があった。

『どちらさん?』

「あ、突然すみません。僕たち鴻陸高校の学生なんですけども、えっと……野鳥研究同好会をやってるんですけど、こちらでよく鳥のお世話をされていると伺いまして、できれば写真を撮らせていただけないかなあと、お願いにきた次第でして……」

 ――ガチャリと切られた。

「……何かまずかったかな」

「アポなし仲介なしじゃ、怪しく思われたんじゃない?」

「重蔵さんは誰が訪ねても割と顔出すじゃん」

「アレはちょっと違うの。怪しい奴が来たら自分で返り討ちにしてやろうと思ってるんだから」

「自分の祖父ちゃんをアレ呼ばわりすんなよ…」

 と、門が開いて、眼鏡をかけた細いお爺さんが出てきた。俺たちは全く構えていなかった。

「あっ、の…」

「君たち二人かね?」

 お爺さん――木梨光雄は、俺、そしてしょう子に目を移す。

「はい、そうです」

「家には上げてあげられんが、庭の鳥を写真に撮るだけだったらいいよ」

「あ、ありがとうございます…!」

 かくしてお邪魔し、庭に通される。

本当に広い庭だ。植木もしっかり手入れされていて、その立派な木々の間に背の高い餌台が立っている―――

「あれ…?」

「どうかしたかね?」

「てっきり、鳥籠とか鳥小屋で飼っていらっしゃるのかと…」

「私は鳥が好きというより、鳥がいる庭が好きでね。鳥が鳴いてくれないとどうにも静かすぎて……」

 そこで言葉が止まる。ああ、奥さんが亡くなって寂しいのか。察したが、変に反応しても不自然なので気付かないフリをしておく。

「それでも一羽だけ鳥籠で飼ってるよ。怪我してたのを見つけてね。ちょっと待ってなさい」

 縁側から屋内に入った木梨氏はすぐに戻ってきた。鳥籠の中には……

『目標だ』

しょう子にも同時に伝わっていたらしく、カメラを向ける。目的の擬態メジロだ。

普通の鳥にしか見えない……のだが、キョロキョロしていた目線が合った瞬間、何か意思のようなものを感じてぞっとする。

「どうしたね?」

「あ、いえ……メジロ、ですね」

「そうなんだよ。怪我も治ったし、自然に還そうとするんだけど、馴れてしまったのか、どうしても戻ってくるんだよ」

「! じゃあ、いつも鳥籠の中に入れてるわけじゃないんですね?」

「むしろ出そうとしているんだよ。放してもいつの間にか縁側の窓を叩いてきてね、部屋に入れると籠の周りで落ち着く。こんな狭っ苦しい籠が居心地いいとも思えないんだけどねぇ」

 苦笑しながらも、木梨氏はまんざらでもないようだ。懐かれまくっているわけだから、悪い気はしないだろう。しかし、それも正体を知らないからだ。この擬態メジロは自らをペットと定義づけている。必ず飼い主の元へ戻らなければならないルールがあるのだ。

 そこで、ふと思いついた―――。

「そんなに馴れているんだったら、放すことを諦めてずっと世話してしまったらどうでしょう?」

「ふむ……そうしようと、少しは思うんだが……」

 木梨氏は眉根を寄せて苦悶の表情を浮かべた。

「…やはり難しいな。最後まで世話をしても死んでしまったら辛いし、もし私のほうが先に死んだら誰が世話をするのか、ということもあるし……」

「そんな……考え過ぎですよ」

「……そうかな。しかしやはり、私はこの鳥が元の空に帰ることが一番だと思う。いや、そうあってほしい」

 願いの籠った言葉に、俺もしょう子も何も言えなかった。



 なんともやりきれない気持ちのままの帰り道、バースが訊ねてきた。

『なぜ世話をするように勧めたのだ?』

「ああ……籠から出さなけりゃ何もできないだろうなって考えた」

「なるほどね。言われてみれば、それだけのことかも」

 しょう子も右手の指を口に当てて頷く。考えるときのしょう子のクセだ。

『しかしいつかキナシミツオが死亡すれば、あの擬態メジロはまた別の飼い主の元へ行く。事態が解決するわけではない』

「メジロってそんな長生きする鳥なのか?」

『あれは鳥ではなく、鳥を模倣した別物だ。生物ですらない。ボディは有機的に見せかけた無機物で構成されている』

「あれがロボット?」

『正確にはハイブリッドメタルロイド……スキンの装甲と根本的には同じだ。心臓部である結晶核を失わない限り、半永久的な稼働が可能である』

「きちんと叩かないと未来に禍根を残してしまうわけか。面倒な…」

 思わずため息が漏れる。

「…で、どうするの? まさかあのお爺さんから取り上げるわけにもいかないでしょ?」

「そうだな……うーん」

『キナシミツオによると、いつも午前中にメジロを放している。しかし実際に目標が事を起こすのは夕方四時半ごろから六時過ぎまでのおよそ二時間。大体三~四日に一回のペースで、場所は駅前付近が多い』

「その後はあの家に帰るんでしょ? そこを狙ったら?」

 しょう子の提案は合理的だ。それなら一羽になったところを狙い撃てる。

だが……

「いや―――今まで通りでいこう。違うことをしてメジロの動きが変わったら困る。今回は街中だしな。それに……あの爺さんの前でメジロを撃つとこ、見せらんねぇよ」










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