第一話 うっかりヒーローにされた日 ―B part―
翌日は朝からかなり眠かった。
結局家に帰ったのは十二時半。急がせたがこれが精いっぱいだった。当然の如く両親に叱られ、その後もバースの講義がいくらかあって、寝たのは深夜の三時を回っていた。
「お前も牧原もそろって寝むそうだな。…は!? もしかしてお前ら―――おがっ!?」
康祐が何を言いたかったのかはわからないが、とりあえずしょう子の耳に入る前に殴っておいた。
朝から頭の重い日だが――――今日は今日とて、また驚くことがあった。前触れなしに転校生の登場である。
「五月二十美です。よろしくお願いします」
男子からも女子からも「おおお」と感嘆の声が上がる。それもそのはず、半端ないスペックだ。
清楚というか、純真無垢というか。化粧っ気はまるでないのに肌は透き通るように奇麗だ。何でも外国人の血が八分の一ほど混じっているらしい。顔立ちは驚くほど整っていて、表情にはほんの少しあどけなさが残り、目元や口元に嫌味を感じない。そのくせ立ち居振るまいがどこか大人っぽくて、トドメに声がいい……俺好みの、高過ぎない落ち着いた声だ。完璧な美少女だった。
とりあえず安心した。学級委員の野原がおもむろに「盾林。お前の席、邪魔だよ」とか言い出すから、新手のいじめが始まったのかとちょっとビビっていた。結局は俺の机を横にずらして、彼女の机が新たに配置されただけ―――ということはつまり、彼女は俺の隣に座るわけで。休み時間になると当然人だかりで溢れる。俺はクラスメートの波に巻き込まれる前にとっとと自陣から退散する。そこに康祐が寄ってきた。
「お前羨ましすぎだろ。あんな可愛いコが隣に座ってたら、牧原も気が気じゃないだろうなあ」
「俺はお前がそろそろしょう子に殴り殺されるんじゃないかと不安でたまんねぇよ」
「何? 私の話?」
背筋が凍る。今の声のトーン、絶対聞こえていた。しかし康祐は喋るのをやめない。
「牧原は五月さん、可愛いと思わない?」
「そうね、可愛い。武人、ちゃんと親切にしてあげなさいよ」
「俺は親切だぞ、基本的に。お前こそ殴んなよ」
あ、やべぇ。しょう子の右手が硬い拳に……。
「そっ、それで? 何だよ?」
「何って、何が?」
「用があったんじゃないのか?」
「別に。用がなかったらいけなかった?」
「いや……俺のほうは用があった。今日、帰りにちょっと時間いいか?」
「え……な、何よ」
何故しょう子は動揺する? あ、康祐がいるからか。そういえば待ち合わせの話をするときはいつも二人きりだからな。今さら勘違いもないが。
「まあちょっとしたことだよ………バースの件で」
「……ああ、バースね。わかった」
しょう子は自分の席に戻っていく。十分に離れたのを確認して康祐が囁いてきた。
「用がないのに来たってのは、牽制かもな」
「牽制?」
「そんでもって『親切にしてやれ』ってのは、見栄か余裕か」
「何のだよ」
「そりゃーお前、転校生に対してであり、お前に対してであり」
「…………」
そういう発想はなかった。なかったが…。
「はっ、しょう子がそんな細かいジャブ打てるか? そして俺としょう子はそんな関係じゃねぇっての、しつこい―――」
「『バース』ってどんなエロい隠語?」
「………康祐、お前今日はマジでウザいな。可愛い転校生のとこでも行って来いよ!」
「うわおうっ!?」
背中を押して転校生を囲む壁に突っ込ませると、康祐はそのまま輪に加わって戻ってこない。どうやら隣の席の俺を介して近づく算段だったらしい。自然なアプローチを試みてるつもりだろうが、超不自然だよ。
それにしても急な転校だ。制服も前の学校のものか、ちょっと洒落たセーラーだし。前はお嬢様学校だったのか? 何だかいろんなことが気になり始めて、何となく聞き耳を立ててしまう。
すると―――取り囲むクラスメートの隙間から転校生と目が合った。ほんの一瞬だったが、彼女は俺に向かって微笑みかけてきた。思わぬ出来事に俺はガラにもなく緊張し、微妙な表情で返しただけだった。
「盾林くん…?」
放課後、部活上がりのしょう子を待っていると、転校生―――五月二十美が声をかけてきた。近づかれるまで気づかなくて驚いたが、微笑みに警戒心を解かれてしまう。
「帰るところ?」
「ああ、まあ…。五月さんこそ、遅いね」
「急に転校したから、やらなきゃいけない手続きが残ってて」
「ふうん、そうなんだ」
何か事情があったのか。昼間は親の都合と言っていたが。
「盾林くんは何部に入ってるの?」
「え? 俺は部活やってないよ。今日は委員会。図書委員なんて無駄に忙しいよ。図書室を実際に利用している人間なんて少ないのに、放課後はきっちり当番しなくちゃなんないし」
「私も前の学校でやってたよ、図書委員」
「そうなの?」
「本を読むのは結構好き。部活はテニスだったんだけど、当番の日はずっと本読んでた」
「へえ。でもテニスやってたんだ。ここはテニス部ないんだよな、ラグビー部とかはあるのに」
「だけど図書室はあるし。週一くらいで盾林くんもいるんでしょ?」
「水曜日は…」
何だ、この流れ。もしかして俺目当てに図書室に来るとか……
「じゃあ水曜以外の日に図書室行くことにするね」
「え」
あれ?
「冗談。フフフ……キョトンとしてるし」
「あはは…」
大人しそうな雰囲気に反して、結構冗談も言えるらしい。意外だが、悪くない感じ。何となくリードされているようで、ちょっと引き込まれてしまった。
彼女に興味がわいてきたところにしょう子がやってきた。しょう子はなぜか憮然としていたが、五月さんのほうから話しかける。
「牧原さんは部活終わり?」
「うん、まあ…」
「ぷっ」
「?」
五月さんが噴いて、しょう子は眉根を寄せる。
「フフ、盾林くんと同じ答え方したのがおかしくって。あなたたち二人ってよく似てる……あ、ごめんね。変なこと言っちゃって」
「……別に」
「じゃあ私、帰るね。さよなら牧原さん、盾林くん。また明日」
五月さんに手を振って見送る俺達は、少しの間ポカンとしていた。
「………私とアンタが似てるって、ありえなくない?」
しょう子が苦々しく漏らす。
「初対面の人間が分かるくらい腐れ縁ってことだろ。そんな刺々しくなることか?」
「刺々しくなんてなってない」
「ふう…」
頭を掻く。そうは言ってもさっきから表情が硬い。しょう子は体育会系なこともあって、割と誰とでも付き合えるタイプのはずだ。五月さんがしょう子の気に入らないことをしたとも思えないけどな……。
約束通り、しょう子を連れて近くの榊神社に寄り道する。榊神社は広い敷地の割に小さな社が建っているだけの無人の神社だ。長い階段を登らなければならないこともあって、参拝客はほとんどいない。せいぜいがお年寄りの散歩コースといったところだ。
俺たちが何か秘密の相談をするときはいつもここだった。自宅だと電話だろうがなんだろうが筒抜けで、すぐに互いの家に届いてしまう。ご近所過ぎるのも考えものだ。それでも最近は聞き耳を気にするようなこともなくなって、この神社にはすっかりご無沙汰していた。
小学生のころでもなければ共有するような秘密もなかった。互いに話せることは大体ほかの人間にも話しているし、話せないことは誰にも言わない。聞かれて困るようなことでも、ちょっと場所を変えてヒソヒソすればいいだけだ。その辺、いつの間にか子供でなくなっている…。
俺たちは社の裏にひっそりと置いてあるベンチに腰を下した。一般客向けではなく、管理人のおばちゃんの休憩用だ。普通なら無人の神社で雨ざらしになっているベンチなど汚くて座れないが、実は管理人が毎朝拭いて使っていることを俺たちは知っている。
「それで何なの、バースの話って」
しょう子が襟元を摘まんでパタパタと風を送る。ちょうど六月に入って衣替えしたばかり。加えてしょう子は髪をポニーテールにして纏めて、すっかり夏の装いだ。すっきり流れるような首筋に思わず目がいって、さりげなく逸らす。
「あっと………まず、お前に渡すものがあるんだ」
バックから取り出したものを見て、しょう子は小首を傾げた。
「何それ…?」
「…指輪?」
自分で疑問形なのもどうなのかという話だが。
「え……えっ…?」
しょう子が戸惑う。それはそうだ、いきなり指輪渡すってなあ……しかも見た目はすごくチープだし。遠目からはキーホルダーのリングみたいだ。
「指に合うはずだから。手、出してみ」
「あっ…うん……」
出された手を取ると、しょう子が小さく震えたようだった。なんだかこういうのって緊張するな。ただはめるだけなのに………って、
「…どの指にはめればいいんだ?」
「は?」
「だってお前、左手出すし……」
するとしょう子の顔が燃えるように赤くなった。
「なっ、そんっ……アンタ、指に合うって言ったじゃない! どの指にはめるつもりだったのよ!?」
「いや、サイズは関係ないって話だったから」
「何言ってんの!?」
「だから…はめてみりゃわかるって!」
中指に通してやる。すると金属の輪がキュッと締まって、ピッタリと落ち着いた。
『……うむ、繋がった。ショウコ、私の声が聞こえるか?』
「これ……バース!?」
そう、これは昨晩俺に講釈垂れた後、バースが生み出し、変形した分身体である。とはいえ機能は会話ができる程度、プロテクトスキンを装着することはできない。まあ電話の子機のようなものらしい。そのことを説明すると、しょう子はイラついたように俺と指のバースを交互に睨む。
「どうして私にこんなの渡すわけ!?」
『私の運用には、現地において操縦者以外の第三者による一定の理解と使用要請が可能な限り必要になる。私が助けを求められているか、私が必要なのかということの確認なのだが、その第三者の役割をショウコに担ってもらおうと―――』
「そうじゃなくて、どうして指輪なのって聞いてんの!」
『この形状を選択した理由か? 指輪なら私と接触回線が開けるし、常に装着していても邪魔にならないだろう』
「え?」
今、聞き捨てならないことを聞いた気が。
「なあバース、これっていつも指にはめてなきゃなんないのか!?」
俺が手の中からもう一つの指輪(本体)を出すと、
「ペアリングなの!?」
しょう子は絶叫した。
『この世界の風習では、仲のいい二人がペアリングを着けているのが普通なのだろう?』
「ふざけんなバース。お前の世界の感覚では俺らがペアリング着ける仲に見えんのか?」
『しかし、朝の時点では素直に受け取ったではないか』
「ただ持ってりゃいいと思っていたからだ。家の鍵にでも付けておこうかと」
『紛失しないためには身に着けているのが望ましい。それに、いつ出動する事態になるかわからない。接触回線は常に開いておくべきだ』
「だけどお前……校則違反だしなぁ」
『コウソクイハン?』
「学校には着けていけないんだよ」
『宗教上の理由だと言えばいい』
「この日本じゃそんな戯言は通じねぇよ! つーかどっからそんなダメ知識を得た!?」
昨日の夜―――いや、一昨日の夜かららしいが、パソコンのネット回線からデータを収集して文化を学んでいるらしい。しかし一体何を調べていたんだ、コイツは。
「…頭が痛いけど、事情はわかったわ」
しょう子は俺とバースの一連のやり取りに溜息を吐いて、一つ案を出した。
「見つからずに身につけなきゃいけないっていうんなら、ブレスレットにしたら?」
「腕に?」
外した指輪をしょう子が叩くと、了解したバースが輪を広げる。右腕を通し、再び締まったバース(子機)の上に、しょう子は赤いリストバンドを被せる。
「これなら、制服でも体操服でも付けっぱなしで大丈夫なんじゃない?」
「なるほど……。でもお前、道着のときはどうすんだよ」
しょう子が目を点にする。考えていなかったようだ。
「……誤魔化すしかないでしょ。お祖父ちゃんには最新のリストウェイトとか言って」
「あー…」
牧原道場の師範であり、しょう子の祖父である重蔵さんは、御歳七十七にして未だに血気盛ん。その負けず嫌いの性分ゆえに「最新の~」とか言うと、「ああ、あれな」と知ったかぶりをする、かわいい熱血ジジイだ。
「組み手のときは危ないから外すけど、別にいいでしょ?」
「仕方ないよな。それが現地文化ってことなら、当然理解してもらえるんだろ?」
『止むを得ないな。無理強いして異文化探究システムと等しく見られても困る』
バースの調子は機械的だったが、不機嫌そうに聞こえた。一端にプライドがあるのか。
「しかし、リストバンドは持ってないな。買ってこないと」
「……ちょっと待って」
しょう子がスポーツバッグから、まだ封の開いていない紺色のリストバンドを差し出してきた。
「あげるわ」
「いいよ、これ新品だろ? くれるんだったら、今着けてるお古のほうでいい」
「これ? あ…汗かいて、汚れてるし……」
「洗って使えばいいじゃん?」
「でも……これって、服みたいなもんでしょ。今着けてるのをあげるのは、ちょっと……」
「はあ? 何言ってんだよ、スポーツ用のリストバンドなんてタオルの延長だろ。何わけわかんないことで悩んでんだよ。穿いてるパンツくれって言ってるわけじゃあるまいし」
「ばっ…バカじゃないの!!?」
振り下ろした拳が俺の腹に刺さる。
「お前…っ」
俺が反応して少しでも腹筋張ってなかったら内臓が大変なことになってたぞ……結局悶絶してるけど!
腹を押さえる俺に、しょう子はさらに腕から抜いたリストバンドを投げつけてきた。
「そんなに欲しけりゃあげるわよ! 何がパンツよ、この変態……帰る!」
オマケとばかりにバッグを俺の頭にぶつけ、しょう子は走って帰ってしまった。
「くっそアイツ……今のはそんなに怒ることか?」
『譬えが上品でなかったのではないか?』
「品が理解できるならグーで殴らねぇよ……」
少し湿っていたリストバンドをバッグのサイドポケットに突っ込み、俺も榊神社を後にした。
暗いガレージの一角で、男はひたすら車体をいじっていた。
男の名は柳本正二。三十三歳。柳本カーサービスの経営者にして唯一の従業員である。
柳本カーサービスは柳本が二十二のときに始めた、チューンナップ専門店だ。柳本はマッド・カーマニアと呼ばれるほどに、究極の車を目指すことに余念がなかった。繰り返される改造、改造、また改造。まるで子供がミニ四駆をゴテゴテに改造するように切り貼りし、足りないパーツは自作する。その精度は天才的で、「最速にしてくれ」と頼まれれば、一心不乱にエンジンから組み上げた。しかし飛びぬけた性能は交通法規など考えておらず、違法改造で店が摘発されることもしばしばだった。加えて柳本には商才がまるでなく、経営は成り立っていない。依頼があればパーツを作り、金を得る。そしてまた車いじりに没頭する。その繰り返しだった。
そんな柳本の元に、不思議な車が現れた。パーツを取るための廃車置場に、いつの間にか大破した軽トラックが紛れ込んでいたのである。辛うじて車輪が付いているだけの軽トラックは柳本には覚えがない。おそらく誰かが捨てていったものだろうと、それ以上気に留めなかった。しかし二日後に再び軽トラックの前を通りかかったとき、目を剥いた。トラックがいくらか直っていたのだ。そしてその手前にあったはずのカローラの前半分がない―――。
このとき、柳本は直感的に悟った。この軽トラが、カローラを「喰った」のだと。
それから柳本はこの軽トラックに夢中になった。隅々まで調べても通常の車と何一つ変わらないが、「何か」がある。そしてこの「何か」を持つ軽トラを軸にすれば、きっと最速の車が作れる。軽トラベースなんて、誰もが鼻で笑うだろう。しかし柳本は己の直感を信じる。いや、直感が裏切ったことなど一度もない。ただ証明できていないだけなのだ。
軽トラックのフレームを改造し、エンジンルームを拡張し、コンピューターを内蔵する。まるでF‐1カーを作るように緻密な設計をしながら、柳本は興奮を抑えきれない。ボディの形は後回し、運転席の位置も関係ない。とにかく速く走れれば、それでいい――――。
転校生が来て五日後、月曜日の朝。さて今週も学校だとバッグを背負って―――
『異文化探究システムの反応を感知』
「えー…」
リストバンドの下のリングが直接訴えてきて、俺は肩を落とす。
『体調でも悪いのか?』
「体調っつーか、学校どうするよ」
『目標の動き次第だが、避難勧告で休校になることも有りうる』
「そう上手くいかないのが世の中だ」
『そうなのか?』
「そうなんだよ……いや行くけどさ!」
玄関を出た瞬間にスキンを装着、同時にステルス起動。上空―――とりあえず人がごま粒くらいに見える高さまで飛ぶ。
『脳波コントロールシステムは正常だ。タイムラグもなく、タケトの動きもスムーズだ。なかなかイケてる感じだと思う』
「機械のくせに曖昧な評価するなよ。それに言うほどスムーズでもないぞ。感覚で操作できるっつったって、人間は普段飛ばねぇんだから……正直怖い」
『心配はいらない。私が動作不良にならない限りサポートする』
「それはサポートに関係なく落ちるだろ!? 不安になるようなこと言うなって!」
どうもこいつはフォローが下手だ。良くも悪くも機械だな。
「さっさと行って終わらせるぞ! 最悪でも一時限目の途中には入るからな!」
『了解した』
モニターが方向を矢印で指し示す。そこに意識を向け、空を滑るイメージをして飛ぶ。自転車以上の物には乗ったことがないから今何キロでているのかわからないが、少なくとも下を走る車の三倍は早いようだ。車が流れる道路を見ていると、一昨日のことを思い出す。
「…なあバース。この前の軽トラが自己修復したとして、どういう風になる?」
『というと?』
「文明を破壊し尽くすまで動き続けるんだろ? でも一度やられて、また同じ形態で来るかな?」
『鋭い考察だ。異文化探究システムにも学習機能はある。いくらかパワーアップしていると考えるべきだろう。また、進化することそのものがシステムの目的の一つでもある。現状の世界から予測される未来での形へ進化を試みることはあるだろう』
「ふうん……とにかく強化されてくるってことだよな。じゃあ次は空飛ぶこっちに対抗して飛行機になってんじゃね?」
『それは不明だ。しかし擬態した対象物の定義から外れれば、もはやそれは別物だ。今回の目標が車というカテゴリーでデータを収集しているのなら、車であり続ける。飛行機を「空飛ぶ車」と認識していれば別だが』
「こだわるんだな。要はマニアってことか」
話している間にかなり距離を稼いでいたが、まだ軽トラは見えない。所々にパトカーが止まっているのが確認できて、赤いパトランプが軽トラの暴走したポイントを表している。
「一昨日のことがあるからか、今日は警察の展開が早いな」
『しかし止められていない。相対速度と道路マップを照合してみたところ、時速三百キロ以上で走行している』
「三百!? 新幹線か!? スピードあげるぞ!」
『目標は峠に入るようだ。山中での接触を提案する』
「そりゃそうだ! 人気が少ないに限る!」
スピードをさらに倍にして、一気に山岳地帯へ。補足したその姿は、はたして――
「何だありゃ……」
上空から見下ろすそれは、見慣れた軽トラではない。荷台一杯にエンジンを積んで前後をひっくり返した感じ。車体は二倍のボリューム。もはや元の形状を残していない。あまりにアッパー過ぎるセンスだ。威圧感は軍用車でもあったというアメリカのゴツい四駆・ハマーを超える。
「バカかよ!? エンジンたくさん積めば速くなると思ってんのか!? ミニ四駆でもあんな改造しねぇよ! 何を探究してんだ!?」
『単にシステムのチョイスというわけではないようだ』
バースが望遠の倍率を上げて運転席にピントを合わせる。
「人が乗っているぞ!?」
『音声は拾えない』
「表情は嬉々としているな…。ノリノリで乗ってる感じだ。あ、今のはシャレでもなんでもないぞ」
『シャレ? ノリノリとは何か特異な状態を示すのか?』
「気にするな。とにかく、乗ってるやつは普通の人間だよな?」
『身元が判明した。おそらく柳本正二という男だ』
「あん? どうしてわかる」
『警察の運転免許データベースにアクセスして身元照会を―――』
「それハッキングだろぉ!? 恐ろしいことしてんじゃねぇよ! つーかお前無線通信できるじゃん!?」
『この星の通信システムを理解したので自身の機能に追加した。今は衛星回線の一部を占有して―――』
「聞きたくねぇ! それより先に倫理とか法律とか学べよ!」
いつか国家権力が家に押し寄せてくるのではないだろうか。ぞっとしない。
「どっちにしろ……その柳本がどういう意図で乗ってんのか知らないけど、こっちにとっちゃ人質だ。降ろさなきゃ破壊できない。昨日設定した武器はもう使えるんだろ?」
昨晩、家族が寝静まってから起こされた俺は部屋でまたスキンを装着させられ、オプション機器の設定をさせられた。一つは腕に仕込まれた特殊波動照射システム……長すぎるのでマンガっぽく波動衝と命名。異文化探究システムの結晶核を破壊するためのもので、これは固定武装だ。他にもいくつか武装があるらしいのだが、全てを使用するにはバースの本国の認証を得なければならないらしく、現状では一つしか選択できない。その中から俺が選んだのは、山が融解するようなビームキャノンでもなく、最大攻撃半径七百メートルの高プラズマソードでもなく―――触れた物体を原子レベルで分解・再構築して形状を変化させる原子操作システムだった。
あらゆる物質を取り込んで何でも作れる便利機能、というわけではない。俺の思考をバースが読み取るのにタイムラグがあり、そして実際に作り上げるのにまた時間がかかる。さらに現地文化の技術レベル以上のものは作れないという制約もある。
時間のロスを無くすために、あらかじめいくつかのパターンをバースに記憶させておくこともできる。実際の戦闘中ではわずかな隙が危険を呼ぶし、俺の脳波が正常に保たれていなければ思い描いた武器を作ること自体が難しくなってしまう……そもそも戦闘向きではないのだ。それでも俺がこれを選んだのは、軽トラの次に現れるであろう異文化探求システムの形態が予測不可能だということと、強力な武器を誤射しない自信がなかったからだ。スキン自体に十分なパワーがあるのだから武器はあくまで補助。どうにかして剥き出しにしたコアに波動衝をぶち当てる、これが俺の考えた戦術―――。
『被害を最小単位で留めたいタケトの考えは理解できるが、ACシステムでの戦闘は非効率的であり、何より君が危険だ。本当にいいのか?』
「くどいな。つーか今更聞き直すってことはまだ設定してないのか? 深夜に起こしておいてそりゃねぇよ」
『了解した……武装設定を完了した。作戦はどうする?』
「前の軽トラのままなら車体持ち上げてひっくり返すとか考えたんだが……あれって、柳本が改造したんじゃないよな?」
『一般車に比べると明らかに異質で、自動車が普及している世界のセンスとは考えにくい。しかしスムーズに走行できているところからして、おそらく異文化探究システムが車体を制御しているのだろう。柳本のハンドル捌きと実際の車の動きにズレがあるのも確認できる』
「運転してる気分だけか…。しかし、あれが未来形なのか? あんなに排ガスモリモリ出すのは時代に逆行しているだろ」
『だから異文化探究システムは壊れているのだ。速さだけを追求し、多大な被害を出しながら延々と暴走する。それによって交通機能はマヒし、流通はストップ、都市は死に、文明は破壊される』
「極端なシミュレーションすんな――――と、昨日までなら言ってたかもな」
『なぜだ?』
「なんとなく、だ」
探究システムと同じ世界で作られたバースの武装の威力を知ったから、とは言わないでおく。
「まず柳本を降ろす。そんで車体をひっくり返して止める。あとはひん剥いてコアに波動衝だ」
『順当な流れだ』
降下し、爆走する元軽トラに並んで飛ぶ。狭っ苦しい運転席に陣取っていた柳本は狂喜の表情だったが、さすがに空飛ぶヒーローのような俺の姿を見て固まった。
「何だオマエ…!?」
「その車は危険だ! 今からアンタを降ろす」
「ああん!? ふざけるな、これは俺の車だぞ!」
『警察のデータベースでは、その軽トラックには盗難届が出ている』
「お前のじゃねぇじゃん! 降りろコラァ!」
ドアに手を伸ばすと車が体当たりしてくるが、バースは当たり負けしない。鉄のドアを剥がして、汚い格好の柳本の襟首を掴んで引き出す。ウソみたいに軽々とこなせた。
「いける―――これならいけんだろおあぁっ!?」
突然横っ腹に衝撃を受けて景色が回る。遠のきそうになる意識をなんとか引き止めて、地面に叩きつけられる前に持ち直すが、気がつくと柳本がいない。
「うおっ…アイツどこだ!?」
『そこの枝に引っ掛かっている』
モニターに斜め後ろの映像が出る。柳本は街路樹の幹と幹の間にきれいに身体がはまっている。
「ケガはないか!?」
声をかけても返事はない。気絶していた。
『外傷は確認できない。内臓のダメージは判断できないが、血圧・心拍数は特に問題なく、命に別状はなさそうだ』
「一応、救急車呼ぶか」
『警察がすぐ後ろを追ってきている。無線に介入して保護を求めよう。我々はすぐに目標を追うべきだ』
「まあ……そうだな。行くか!」
柳本を道路脇に寝かせ、すぐさま飛ぶ。ストップしていたのはほんの数分だが、探求システムの反応から算出する距離は一キロ以上離れている。曲がりくねった峠道をとんでもないスピードで走り抜けているらしい。
「しっかし…さっきはどうなったんだ!? 何か食らったような…」
脇腹を撫でる。衝撃は響いたが直接的なダメージはない。白い装甲は表面が少し欠けていたが、徐々に復元している。
『杭による攻撃だ』
「杭? 何で車から飛び出てくるんだ」
『柳本を降ろしてからまたスピードが上がっている。どうやらまた変形を始めたようだ。こちらが妨害したのも要因の一つだが、柳本を降ろしたことも関係しているのかもしれない』
「アイツが?」
『乗車している人間を死なせないことが自動車の矜持だとすれば、あるいは』
「はあ?」
バースの言うことはわかる。安全性も車に求められることの一つということなのだ。しかしそうすると……
「じゃあ何か、柳本は軽トラにとってリミッターだったってことか? バカ抜かせ、自動車の矜持ってんなら、そもそも事故起こすなって話だろ」
『倫理的な矛盾は関係ない。異文化探究システムにとって目的を達成するかどうかが肝心なことだ。そして目的のための手段は刻々と変わっている。最終的には、車輪で地面を走れば何でもよくなるのかもしれない』
「何でも、なぁ…。戦車とかになってなきゃいいが」
だが。数十秒後に確認した敵の姿に俺は言葉を失った。まさしく何を持って車とするのか、その定義を小一時間ほど語ってもらわなければ納得できない形状だった。
上下にお椀を合わせたような円盤で―――八方から火を噴き―――急カーブでは地面に杭を打ちだして無理やり方向を変え―――道路を滑っている。
バカだ、これは……。
『車輪はキャスターのようになっている。動力は噴出しているバーニアによるものだ。各方向のバーニアの出力によって軌道を変え、それでも曲がりきれない場合は地面や壁にアンカーを打ちだし、反動力によって無理やり方向を変える。それによって車体が回転してしまうが、乗っている人間もおらず前後もないから関係ない』
「いやいやいやちょっと待てよ! あれ車か!? 空を飛べない残念なUFOじゃねぇ!?」
『ゆーふぉー? すまない。語録にはあるが、私にはあれがそうとは認識できない。目標を確認しているし、飛行していない』
「わけわかんないのがUFOだから大まかには合ってるよ! あんなふざけたヤツ、さっさと壊しちまおう」
直上から急降下するが、内心恐怖があった。さっきのモンスターマシンが、少し目を離したスキに全くの別物になっていたのだ。金属とプラスチックの集合体がメタモルフォーゼする瞬間を想像すると、夢に出そうなくらい恐ろしい。これが際限なく進化し続ければどうなるのか? 案外、世界の危機はすぐそこなんじゃないか? そんな不安に駆られる。
『タケト? 心拍数が上がっている』
「ちっ…うっせーよ!」
UFOのルーフに飛び乗った俺は、勢いのまま拳を振り下ろす。が、急制動をかけられてバランスを崩し、パンチは空振りした。
「くそ、暴れやがる…!」
『半球状のボディの上では姿勢の安定を保つのは難しい。別の戦法を推奨する』
「何かあんのか?」
『現状、これといったプランはない』
「無策かよオイ!」
上から取り付くのは難しい、真横はジェット噴射、それより下はアンカーを打ってくる……いや? 真下なら、車体の底ならどうだ?
「バース、コイツを空中に持ち上げられるパワーはあるか?」
『目標の推定重量十二トン。スペック上は問題ない』
「よし!」
進行方向側、つまり前面から(厳密にはこのUFOに前後はないが)素早く車体の下へ潜り込む。バーニアさえ過ぎれば、アンカーの射出口の前に身を晒してもすぐに打たれることはない。このスピードで前面にアンカーを打ちつければ間違いなくつっかえて車体がクラッシュする、だからアンカーはこない―――その予測は合っていたようで、抵抗なく滑り込むことができた。車体と地面の隙間スレスレを浮遊し、底面に張り付くことに成功する。
「バース、出力上げろ! このまま持ち上げて―――」
UFOの八方からアンカーが飛び出し、地面に着かないギリギリの長さまで伸びる。射出口が円盤の底側にあるとはいえ、円周上から斜め外側に向かって伸びる鉄杭が俺に当たるはずもないのだが……?
「お…?」
UFOの側面が火を噴き、高速回転を始めて、減速…
『いかんがガGa……!』
壊れたようなバースの声が聞こえたのは一瞬。俺はミキサーに投入されたリンゴのようにシェイクされ、はたして地面に打ち付けられたのか、タイヤに轢かれたのか、アンカーに粉砕されたのか、あるいはその全てか―――それがいつ治まっていたのかもはっきりわからないまま、気がつけば道路に転がっていた。
「くっそ…んのヤロ…! パチンコ玉のように弾きだしやがってっ…!」
『動くなタケト! 脳波に乱れを感知した! スキンも中破している! 回復するまで待て!』
確かに身体が動かない。肉体のダメージというより脳が上手くいっていないらしい。その証拠に見上げる空はぐるんぐるん回っている。諦めて踏ん張ろうとしていた身体を投げ出すと、バースがモニターに地図を映す。
『目標の目的地が予測できた。おそらく、向かう先はここだ』
そうしてポインターが指し示した場所とは―――
「原子力発電所…?」
『あの速度を維持し続けるには足りないものがある。燃料だ。あれでは長時間走行することは難しい』
ピンときた。
「まさか、核を積み込むんじゃないだろうな」
『それなら合点がいく』
「核エンジンで走る車なんて聞いたことねぇよ、バカバカしい。いよいよビクザムにでもなんのか?」
『ビクザムが何なのかはわからないが、目標が核設備を積み込むと最大の問題が生じる。目標が速く走行することを第一目的とするならば、安全性は無視される。先に説明した通り、もはや人間という乗用車としてのリミッターを外されているからだ』
「マッハで走るってのか?」
『そうではない。核物質の毒性を無視するだろうということだ。大型化・重量化が速さの妨げになるのなら、通常の原子炉にあるような防護壁は取り付けない。つまりUFOは放射能や中性子をばら撒きながら日本列島を疾走する。さらには爆発の危険性から攻撃を加えることも難しくなり、打つ手はほぼなくなる』
「オイオイ……それじゃウロウロする核ミサイルじゃねぇか! シャレになんねぇよ!」
文明の破壊――――それはハッタリではなかった。異文化探究システムの思考プログラムはまるで常識外れだが、システム自体は非常識を実現させる力を持っている。俺は油断していた……システムがこの世界のものではないことを失念していたのだ。
「ヤバい…ヤバいヤバい! バース、すぐに追うぞ!」
『慌てるな。到着までまだ数十分、原子炉の取り込みにも時間がかかる上、その間は身動きが取れない。あちらも我々を排除しない限りは易々と手を出せないのだ。まずは完全回復し、確実に排除するための作戦を練るべきだ』
「作戦っつったって……」
もはやUFOはかつての軽トラじゃない。最大防御で真正面からぶつかってもはじき返される可能性が高いだろうし、やはり車体を横転させて止めるのが一番だろうが、側面も底部も隙がない。いや、とりあえず原子力発電所に近づけさせないことを優先に考えるべきなんじゃ……ん?
「…バース、地図上の北東のほうにあるの、何だ?」
『湖だ』
「湖…」
そこで俺は閃いた。ひょっとして、難しく考えすぎていたんじゃないか?
「バース。ACシステムでUFOを止める壁を作れないか」
『可能だが、あの速度と重量の物体を止める厚みを生み出すには時間的な余裕がない。ACシステムはまず素材となる対象物を解析し、原子レベルまで分解して再構築する』
「それはわかってる。無機物に限定されることも覚えている」
『処理を完了するまでの時間は、素材と変形後の物体によって差がある。プラスチックから鉄を作ることも不可能ではないが、生成に時間がかかる。また、同物質で形状のみを変化させるのは比較的容易いが、それも質量による』
「結論を言え」
『作戦としては成功の可能性は低い』
「じゃ、無理矢理釣り上げるほうにするか。キャッチアンドリリース作戦だ」
『どういう作戦だ?』
「まんまだよ!」
三たび飛翔する。もう失敗できない。確実にあれを止めなければ!
限界の、限りなく音速に近い速度で飛行し、武器を手にUFOに肉薄する。手にした武器は鋼鉄製の極太ワイヤー八束。道路脇の岩肌からACシステムで生成した。その先端に作った鉤ヅメを車体側面のバーニア口に素早く引っ掛けて、俺は叫ぶ。
「いくぞぉ! 気合い入れろぉ!」
『……出力を上げればいいのか?』
「さっさとしろ…!」
ワイヤーを体に巻きつけ、反重力システムのパワーを上げて一気に上昇する。一度車体を浮かせればこっちのものだ。慌てたようにバーニアを噴かせて暴れるUFOだったが、すぐに大人しくなった。
『おそらく燃料切れだ』
「それだけじゃねぇんじゃねぇの?」
『どういうことだ?』
「空を飛ぶのは飛行機だろ」
大きく進路を変え、やがて現れた静かな湖にUFOを逆さに投げ入れた。
「そんでもって水面を行くのは船だ。車じゃない…!」
『なるほど、目標があくまで車であることを逆手に取ったのか! 車は道がなければ走ることはできない――そして走れない車はもはや車ではない!』
「おそらくそういうことなんだろ。この探究システム、ここまでキテレツに変形しながらあくまで車輪で走っている。『地面』を『車輪で走る』のが車の矜持ってんなら、させなきゃいい話だ。あとは―――!」
ワイヤーの束を変形させて身の丈ほどの鑿をつくり、湖面に浮かぶUFOに突き立てた。そして亀裂の入った板金の隙間に手を入れ、ひっぺ返す。
『それが目標の結晶核だ』
内臓のように密に組み込まれたエンジンやラジエターの奥の隙間で明滅する赤い光……。卵のような赤い結晶がモニター上でマーキングされる。宝石さながらの美しさだったが、不気味な輝きは鼓動しているように、生きているように見えた。
『波動衝を!』
「わかってる…!」
結晶核を右手で鷲掴みにすると同時に波動衝を繰り出す。青白い電光が右拳に走って数秒……。抜き出した手の中には黒い煤しか残っていなかった。
「すげぇなコレ……。つーか、これでUFO破壊できたんじゃね?」
『特殊波動照射システム――すなわち君の言う波動衝は、簡単に言えば物体に固有振動を与えるものだ。対象となる物体の詳細なデータが必要であるし、単一純正の組織で構成されていなければ十分な効果を望めない。結晶核を破壊できるのはあらかじめこちらにデータがあるからだ……と、昨日の晩に講義したはずだが』
「あー、そうだったかな……もうその話にいったときは半分寝てたな。さて、抜け殻になったUFOはどうする?」
と、静かだった湖畔にバタバタと忙しない音が近づいてきた。ヘリだ。
『報道ヘリだな』
「げ、マズくないか?」
『いや、この際だ』
バースが勝手にスキンを動かし、俺にポーズをとらせる。
「オイ…何やってんだ!?」
『世間的に味方であるという認知がなければこの先不都合なことも出てくると予想されるし、私自身にも正しく使用されているという認識が必要だ。この際、正義のヒーローになっておこう』
「ええっ!? 嫌だよ! 今からでもステルス使って…」
『もはや手遅れだ。どのみちオービスに撮影されている』
「止めろよおぅ…!」
何度もポーズを変えるバース。俺はマリオネットのごとく、ただただされるがままだった……。
「盾林、コレ見ろよ!」
昼休み、康祐が興奮して俺の前にスマホの画面を突きつけた。そこには……ああ、もうニュースになったのか。まだ五時間しか経ってないのに。
「暴走車をまっ白なヒーローが潰した?ってよ!」
「何だそのゴシップ記事」
俺はだるそうに机に突っ伏して――実際にダルかったが――適当に相手するが、康祐はしつこく食いついてくる。あるいは隣の五月さんを意識しているのかもしれない。
「でも本当らしいぜ。朝に変な車が走ってたのは俺も見たし。記事によると、運転してたヤツは空を飛んできたそのヒーローに降ろされた」
「空を飛ぶ? アホか」
「でも暴走車のタイヤ痕は途中で途切れて、離れた湖でヒーローが踏みつけてたんだぞ? 空を飛んで運んだんじゃなかったら、理屈に合わないだろ?」
「理屈って言うんなら、運転手のいない軽トラがどうして走り続けられたんだよ。それこそおかしいだろ」
「どうして軽トラって知ってるんだ…?」
「あ……」
UFOはACシステムで軽トラに戻しておいた。そうじゃないとややこしいし、それが本来あるべき姿だからだ。しかし、しまったな……。
「あー…ほら、俺遅れてきたじゃん? そのときチラッと街頭のテレビで見てさ。バカじゃねえの?って思ってたから」
「そんなに早く報道されてたかぁ? ま、どうでもいーけどさー」
「そうね…どうでもいいわ、そんなことは」
低い声音に怖気が走る。後ろから唐突に聞こえてきたのは、やはりしょう子の声だ。しかも静かなようで、明らかに怒っていらっしゃる! 怒られる理由はないはずだけど…。
「あれ? 今気がついたけど、それ……」
今度は隣の五月さんが前触れなく割り込んでくる。
「盾林くんがつけてるリストバンド、牧原さんも同じのをつけてなかったっけ? 牧原さんは紺色のつけてるし……お揃い?」
鋭い! もうバレた!
「お、おそろいとかじゃなくて、武人が欲しいっていうから、仕方なく……!」
しょう子が慌ててバカな釈明をする。偶然同じの買ったって言えば済んだのに……!
「身に着けてる物をプレゼントする関係なんだ。ちょっとドキドキしちゃうなあ」
「いやいや五月さん、コイツらはもう公認のカップルだし」
康祐の「カップル」という言葉に反応したのか、しょう子は耳まで真っ赤にして首を振り――
「違うわよ! 武人はタオルの延長だって……パンツくれとか言いだすのよ!?」
「言ってねぇよ!? お前何混乱してんだよ! ちょっと黙れ!」
クラスの視線が集まる中、なんてこと吹聴しやがる!? 俺の株大暴落だよ!
俺はリストバンドを外してしょう子に叩きつけようとしたのだが、
『しょう子のパンツはサイズが合わないのではないか?』
バースの声が手首から響いてきて、情けなくもその場を逃げ出すしかなかったのだった。