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White Hero  作者: 夢見無終(ムッシュ)
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第一話 うっかりヒーローにされた日 ―A part―

 アルタナシリーズを読んでくださってる方、そして読んだことのない大多数の方(笑)こんにちは。4/9現在週一で週末に更新している「アルタナ外伝 ―朱に染まる―」ですが、今回お休みし、こちらの作品を掲載します。短期集中連載予定です。ちなみにSFとラブとコメディーと幼馴染は2:3:2:3くらいです。

 入院したのがきっかけで、サッカー部を辞めた過去がある。

 入院したのは中学一年生から二年生になる間、ちょうど春休みのことだった。おかげで授業が遅れることはほぼなかったのだが、宿題のない春休みという絶好期を入院病棟で過ごした毎日は、ただただ退屈だったのを覚えている。入院したのは怪我ではなく病気のせいで、血管が腫瘍のように固まる病気だった。

 普段は風邪もひかない身体のくせに、要所要所で大きいのをもらってしまう性質らしい。とはいえ命にかかわるものではなく、急を要したわけでもなかったから春休みを待って入院という流れになる。そう、ハッキリ言って大病というほどのものではなかった。入院の手続きをとりました、次の日の朝に手術、三~四日は麻酔のせいか血が足りなかったのかどうにも身動きが取れなかったものの、とりあえずナースのお姉さま方にしびんを持ってもらう事態は避けることができた。食欲も徐々に旺盛になり、病院食の合間のお菓子が増え、順調に回復したのだが、それでもベッドの上で過ごした一カ月というのは致命的な時間だったと後になって気付かされた。入院前とまるで体力が違ったのだ。まあ部活に青春を懸けていたわけではなし、運動系の部活で一番できそうなものを選んだのがサッカー、というのが正直なところだった。それだけに、一年間鍛えた身体があっという間に鈍ってしまったのがショックではあった。足は遅いが、体力と反射神経の良さは密かな自慢だったのだ。何十分とピッチの上で走り続けなければならないサッカー。また一年かけて元の体力を取り戻すほどの情熱は、自分にはなかったのだ―――……。



 ………で、だ。

 体力は全盛期より衰えてしまった俺だが、反射神経はまだそこそこイケていた。元々運動神経は並よりやや上。高校の体育の授業もソツなくこなせたし、自分でも信じられない反応速度で頭上から落ちてきた花瓶をかわしたこともある。

 そう――――今みたいに。

「………ふぅむ…」

 俺は改めて唸り、改めて状況を確認した。

 靴ひもを結びなおそうと屈んだ瞬間だった。背後からの脅威に対して神経が働いたとは我ながら一体どういう神業なのか、もはや奇跡と絶賛してもいいのだが、その脅威を具体的に認識すると、血の気が引いたまま唖然とするしかなかった。

 銀色の……ビー玉くらいの大きさのパチンコ玉?が、アスファルトの地面を砕いてめり込んでいる。相当スピンしていたようで、摩擦のせいかしばらく煙を吹いていた。どう見ても……誰かが落としたというわけではなさそうだった。

 一応、周囲を見回してみる。人の気配のない工業団地。といっても、大きな工場(こうじょう)が立ち並んでいるのではなく、民家サイズの小さな工場(こうば)が立ち並んでいる地域だ。しかしそこから部品が飛んできたとは考えにくい。折しもこの不況で開店休業っぽくて、最近はあまり機械の動作音が聞こえてこない。というか、そもそもこの角度で部品が飛んでくるのは物理的に不可能だ。しかも道を挟んで反対側には田畑が広がる。この一帯は長閑で平穏そのもの。身の危険を感じる要素は何一つない。田んぼに顔面から突っ込んで窒息死するくらいか。

 ひょっとして隕石だろうかとも考えたが、落ち着いてみて、それはない。こんな大きさだったら大気圏で燃え尽きているだろうし、さもなきゃ風に煽られて、こんな派手なめり込み方をするはずもない……と思う。

「何だろうなクソ……いてっ」

 ポタリと赤い滴が落ちる。どこかジンジンすると思ったら、右耳が切れていたらしい。首を捻ってかわさなかったら頭に穴が開いていただろうから不幸中の幸いか。だけど耳の傷は結構深いようで、手で押さえてもなかなか血が止まらない。

 血の付いていない左手でズボンのポケットからハンカチを出そうとして、危うく命を奪ってくれそうだった銀の玉になんとなく手を伸ばしてみた。指先で突いてみるが、もう熱をもっていない……むしろ冷たいくらいだ。軽く押すだけで、めり込んだ穴からポコリと転がり出てきた。

 掌にのせてみる。結構な速度で落ちてきたはずだが、形は奇麗な球体で傷一つない。さらに転がしてみると、

「ん……?」

 小さく、赤いガラスのようなものが埋め込まれている。ただのパチンコ玉じゃないのだろうか? 右手で摘まむと血がついて、あわててハンカチを出した。

 とりあえず病院に行くのが先だ。ハンカチの代わりに銀球をポケットに突っ込み、その場を後にしたのだった。






 翌朝。登校してきた俺にクラスの視線が集まる。

「うわっ、盾林お前どうしたんだよその耳!」

 ガーゼでギャグみたいに大きく見える右耳を見て、俺のことを心配……

「ピアス開けようとして失敗したのか? ダセェ!」

 ……してくれる近しい友人は、俺にはいなかったようだ。

 馬鹿笑いする悪友・小島康祐はさておき、クラスの面々は素直に俺のことを心配してくれた。ただ、そこで俺は「いや、大したことないから」と答えることしかできないのがよろしくない。格好つけてそういう言い方をすると逆に疑心が要らぬ噂を膨らませることになる。それは入院した時の経験で分かっている。だが、だからといって「空から何か、撃たれたっぽい」で、誰が納得する? その論議は昨日両親と声が嗄れるまでやったから、理解を得るのはもう諦めた。

 しかし―――その両親並みに、いや、ある意味それ以上に厄介な存在がクラスに一人いる。そして頭に浮かべたのがまずかったのか、なんとなく教室のドアに目を向けた瞬間にそいつは現れた。

「おは…」

 クラスメートに挨拶しかけたところで俺を見て固まったその女子は、しばらく眉根を寄せて微妙な表情で睨み、しかし何も言わずに自分の席に着いた。

「あれ…牧原、意外に冷たいな。幼馴染なのにな?」

 康祐がこれ見よがしにからかってくるが、俺は気が気ではない。声をかけてこないことがいつものことだとわかっているからだ。

「あれは……後がしつこいぞ」

 その予感は授業後、すぐに現実になった。

「ちょっと武人(たけと)、来なさいよ」

 呼び出しだ…。周りは俺と牧原しょう子が腐れ縁の幼馴染だと知っているから「またかよー」「仲いいのねぇウフフ」と生暖かい視線で見守っているのだが、知らない人間が見たら苛めのように見えないかとたまに思う。なんせ、しょう子は家が合気道の道場で、今日まで鍛錬を怠ったことがなく、さらに貪欲に強さを求める武道の体現者のような奴だ。俺の名前が「武人」というのが申し訳なくさえ思う。もちろん…といってはなんだが、性格は強気で俺より男前。背丈も割とあるから、康祐曰く「美人だけどちょっと距離を縮めづらい、草食男子には中々の難物」らしい。小学校以前からの付き合いの俺はさして測るような距離感も持ち合わせておらず、そもそも向こうから詰め寄られたら逃げようもない――――ちょうど、今のように。

「何やったの、その耳」

「切れた」

「んなことわかってるっての。何でかって聞いてんの」

「空から球が降ってきて…?」

「………」

 思いっきり睨まれた。慣れたしょう子だからまだいいが、女子に正面切ってこんな表情されるとかなりキツい。適当に答えている俺が悪いのだが。

「アンタねぇ…」

「ウソなんて言ってねぇって、誤魔化すとお前しつこいし。なんならその球、今度見せてやるよ」

「……今日は病院行くの?」

「学校帰りにな。出血はそれほどでもないけど結構痛いし。あー、あんまりぐちぐち言われると傷に響くなあ――ぐほっ!?」

 ボディに一発かましてきやがった! けが人に対して!

「ぐちぐち言ってんのはどっちよ、心配してんのに…! 部活終わったら行くから!」

「は? 家に来んのか?」

「アンタ、たまにとんでもないこと隠すから」

「別に何も隠してねぇって…」

 ……エロ本以外は。

 全くこの幼馴染はお節介にもほどがある。高校生にもなってこんなに付きまとわれたらちょっと引くぞ? 付き合ってるってわけでもないのに………まあそれもコイツに言わせれば俺のせいらしいのだが。




 「待ってなさいよ」と言われて素直に待つかよ――。

 午後の診療は午前に比べれば空いているし、俺の耳たぶは先数ミリが見事に裂けていたものの、消毒してガーゼを張りなおされて終わりだ。病院の先生も怪我の原因については首を捻っていたが、とりあえず治療はこれだけらしい。大事なくて良かった、ということではある。

 それで家に帰ってきたのは五時過ぎ。しょう子が家に来ると思われる予想時刻より一時間ちょっと早い。ここは先んじて、逆にしょう子の家に乗り込んでやろう。

 銀色の球を手に取ろうと机に目をやる。

「あれ…?」

 見つからない? 探すと、机の隣の棚に置いてあるパソコンの前に転がっていた。昨日は確かに机の上に置いたはずだが……?

腑に落ちないが、とにかく球をズボンのポケットに入れ、家を出る。信号を一つ、二つ越え、三つ目で赤信号に引っ掛かって止まる。この交差点を渡れば、牧原家はすぐだ。

 さて、その牧原家だが、勝手知ったるご近所さんである。自宅の隣に道場も併設してあるから結構広い。武家の流れを汲む、昔からの土着の家柄らしい。土地持ちなのは見てわかるが、お金持ちかは知らない。暮らしぶりは質素である。

 そんなしょう子の家族とは、それこそ生まれたときからの仲で、家族ぐるみの付き合いである。ウチの母親なんかはしょう子を娘同然と公言するし、逆もまた然り。年一でしか顔を合わせない親戚より深い仲である。

 ただ一つ、気をつけねばならないことがある。訪問時には一通りの勉強道具を持ち、必ず「一緒に宿題する約束をした」と言わなければならない。暇を持て余しているのをしょう子の祖父の重蔵さんに見つかると、道場に引き込まれてしまう。あのしょう子を鍛えた道場主は、見知った顔の俺に少しも手加減してくれない。「勉強してますよ、邪魔しないで」なオーラを出しておかないと、問答無用で技を仕込まれる。結果的に鍛えられているのかもしれないが……。

「…いろいろ考えたら、だんだん行くのが面倒になってきたな」

 耳にこんなガーゼをつけていたら牧原家の人間に遭遇するたびに「あれ、どうしたのそれ!?」と心配されるに決まっている。ありがたいが、鬱陶しいって気持ちがないこともないんだよな。「栄養つけるために食べなさい」とか言って、お歳暮の残り―――つまりは牧原家で処理できなかった余りもの(あくまでしょう子の言葉)などを頂いたら、それのお返しにと、自宅と牧原家を往復することになる。怪我の程度の問題じゃなくてあくまで口実だからまた困る。その辺、ご近所付き合いの仕方ないところだ。

 と、ポケットのスマホが突然震えた。しょう子か? もしかしてあいつの方が早かったか……


『後方に気をつけろ』


「は…?」

 思わず後ろを振り向いてしまった。

 ………何もない。馬鹿だな、俺。

 知っているメールアドレスじゃない……というか、表示がバグっている。スパムか? 今どき珍しいな。

 さらにもう一通―――

『即時避難を!』

「何…? なんだ、誰か、どこからか見てるのか?」

 周囲を見回す。二車線の交差点とはいえ、ここは基本的に人通りが少ない。歩いている人の顔は既知無知入り混じっているが、今、この瞬間に携帯電話やスマホを持っている人はいない。

「間違いメールか? 気持ち悪いな……大体、避難って何から、どこに?」

 苦笑交じりでメールに文句を言った瞬間だった。突如、「後方」のワンブロック先の曲がり角から甲高いスリップ音を立てて現れた軽トラックが、スピードを落とさずにまっすぐ走ってくる! 

「何っ…うおぁっ!?」

 どっち逃げる!?どっち逃げる!?って、勢いあまって歩道の俺の方にまっすぐ突っ込んでくるし!

 しかも―――

「誰も乗ってねぇ!?」

 コンマ何秒かで確認した運転席は無人!? しかし車はむしろスピードを上げている!

 反応はした――が、ビビって足が動かない。横へ、跳べ……跳べ!

 ――ドンッッ!!

「がっ……」

 視界が失われた、意識がとんだ、平衡感覚を失った、重力から解き放たれた――――轢かれた痛みを感じる暇は、なかった。思い出したように衝撃を感じたのは、地面にたたきつけられてしばらくしてからだった。

「いってっ……」

 かなり宙を舞ったらしい。昨日の耳の比じゃないのだが、さらに異常は続いていた。感覚がおかしい。どこか、触覚がおかしい――

「……あ?」

 自分の手を見て言葉を失った。血みどろで形を失っていた………ほうが、まだ現実的だっただろう。なんだが、白い………未来的なデザインのグローブがはまっている。いや、グローブというか、腕から足から胴から、全身をパワードスーツとか呼称できそうな装備で覆われている! 

「ちょっ、えっ…はあっ!??」

「わっ……何!?」

 浴びせられた声に顔を上げて、俺はまた絶句した。動揺する俺を目の当たりにして立ち尽くすのは、絶妙のタイミングで帰ってきたらしいしょう子だったのだ。

「いや、これは違うっつーか、よくわかんねぇんだよ俺も!!」

「は!? ……もしかして武人?」

「え? 見えてないの?」

 頭に手をやってようやく気付いた。まるでそんな感じは全くないのだが、どうやらヘルメットのようなものを被っているのだ! 今見えているのは、実はヘルメットのモニター越しの景色らしい。ということは、全身くまなくスーツに覆われているのか?

『…聞こえるか、タテバヤシタケト。理解できるだろうか、私の言葉が』

「あん?」

 目の前のしょう子ではない、第三者の声が聞こえてくる。しかもサラウンドで。

『言葉が通じているか、タテバヤシタケト』

「誰だ?」

『私のことを十分に説明するには時間が必要だ。しかしまず君には、今装備している私を運用し、先ほどの暴走車を排除してもらいたい』

「……言ってることがわからない」

『インプットした日本語に誤りがあったか? 意味が通じないはずはないのだが。それとも君に理解力が足りないのか?』

「なんだとこの野郎……。お前は何だ!? 俺はどうなっている!? 状況を説明しろ!」

『私は、今君が着ている戦闘ジャケット……で、認識として合っているだろうか?』

「聞くなよ! つーかコレ!? コレが喋ってんのか!?」

 頭をコンコンと叩くと、戦闘ジャケット(?)は「そうだ」と答えた。

『本当はちゃんと君に説明してから装着させるはずだったが、私が現地の言語を解析するのに時間がかかったことと、目標の強襲によって君に危機が迫ったため緊急措置を取った』

「目標……あの車のことか? で、お前は何……」

『時間がない、目標までこちらで自動操縦する。目標の回収、もしくは破壊を依頼したい!』

「だから…おわっ!?」

 地面が揺れた!? 違う、宙に浮いている! 今度は弾き飛ばされたのではなく、俺自身が飛んでいる! ポカンと見上げるしょう子がどんどん小さくなっていく。

「えっ……と?」

『反重力フロートだ。今の状態では………この世界でいう音速の域には到達できないが、目標には十分追い付ける』

 電柱の先よりさらに上、四~五階ほどの高さまで上昇して、横へのGがかかる。あまり下を見ていると落ちそうな気がして怖いのだが、どうやら自動車より速いらしい。

 しかし今、サラッと「この世界」と言ったか。反重力云々がすでにこの世のものではないのはわかっているが、いや、だとすると……?

「目標って、さっきの暴走車だよな? あれはこの世界のものじゃないってことか?」

『その通りだ。認識が早くて助かる。先ほどの自動車は異文化探究システムと称される機械が擬態している』

「異文化探究……? およそ兵器の呼称じゃないな」

 と、急ブレーキの音と重い衝突音が連続して聞こえてきた。

『目標によって事故が発生している』

「あの車、すでに俺で人身事故起こしてるくせに! ……そういえば、俺って無事だよな? 即死でもおかしくなかったのに」

『あの程度の衝撃ならば問題ないが、全くダメージがないというわけではない。君に合わせた設定が済んでいないため、物理防御の適切な値がわからない。あてにし過ぎないでほしい』

「最大防御すればいいだろ!」

『そういうわけには…』

「今の俺はあの暴走車を止められるものすごいパワーと防御力を持っている、そう理解していいんだな?」

『…概ねは』

「よし、わかった。とりあえず俺を轢いた車は野放しにできねぇよ。急げ!」

『了解した』

 戦闘ジャケット(仮)がスピードを上げる。

 ……我ながらすごいと思う、この異常への適応能力に。「別の世界」から「戦闘ジャケット」が俺にくっついて、「異文化探究システム」をどうにかしろという。おかしいだろ……どうしてこんなに冷静なんだ俺は。映画やマンガの見過ぎか? ゲーム脳? それともアドレナリンが回ってるから平気なのか? もう何でもでもいいか…。

 真下の道路は渋滞していて、その先では三台の車がまた派手に衝突事故を起こしていた。

「おい、ちょっと待て。助けに降りるぞ」

『賛同できない』

「何!?」

『ここの現地民には事故を処理する機構があるというデータを得ている。しかし目標である異文化探究システムのような異物に即時対処できる組織はない。この『日本』という地域では警察が総出で出動しなければ目標を止めるのは難しいだろう。それには時間がかかる。同様に君が救助に手を取られれば、その間に目標が再び事故を起こし、結果的には被害が大きくなってしまう』

「役割を果たせってことか……大人の意見だな」

 つぶれた車の中から人が引きずり出されているのが見えて、歯噛みする。かなりの惨事だが、それを引き起こしているのがこの世界と全く関係のない機械の仕業だと思うと、無性に腹が立ってきた。

「あの軽トラの前に出ろ!」

『それでは衝突されてしまうぞ』

「耐えられるだろ、さっきだって無事だったんだから!」

『しかし……』

「さっさと降ろせ! アイツをスクラップにしてやる!」

 捕捉した軽トラは三車線の広い道路を猛スピードで走り抜けて、まだ工事中の高架へと侵入していく。しめた、ここなら誰もいない…!

 軽トラの数十メートル手前で降りた俺は、両腕を体の前でクロスさせて身構える。

「防御しろ!」

『これでは止められないぞ?』

「やってみなけりゃわかんねぇだろ!」

『しかし、先ほど―――』

 ガシャン―――!!

 一瞬の重い衝撃の後、今日何度目かわからない浮遊感。赤い太陽が逆さに沈む…。

『先ほどもこうして吹き飛ばされた。受け止めるには重量と足裏の摩擦係数が足りない』

「それならそうと言え!」

 文句を垂れたものの、よくよく考えればわかることだ。何だかんだ言って俺は事態に混乱しているのか?

 腕をクロスしたまま道路に転がる。体がガチンと固まっているのは、「最大防御」で硬化したかららしい。しかしマンガみたいにはいかないな!

「戦闘ジャケットなんだろ!? 武器は!?」

『初期設定を完了しなければ使えない』

「戦闘する気あんのか!? じゃあしゃあねぇ……もう一回軽トラの前に回れ。今度は最大防御で突っ込む」

『危険だ。装甲は衝撃を完全に防げるわけではない』

「スペック上無理なのか!?」

『……瞬間的に前面に集中して防御すれば、十分に可能ではある』

「なら、それで!」

 再び飛ぶ。軽トラはかなり進んでいる―――工事区間の終わり、高架出口まであと少しだ。ここで止めないと再び公道に出てしまう!

「くそっ、回り込んでたら逃がしちまう! 重力制御なんだろ!? 急制動かけて仕掛けられないか!」

『それでは君に相当のGがかかる上、防御姿勢をとれないぞ』

「何とかするから何とかしろ!」

『…了解した』

 軽トラを猛追し、三十メートルほど追い越したところで壁にぶち当たったような衝撃を受ける―――急速反転したのだ。脳が揺さぶられて気が遠くなるが、呻く前に何とか身体をトラックへ…!

『最大防御!』

 戦闘ジャケットがそう言った瞬間だった。酷い破壊音を直に聞き、いくらか記憶が飛びそうになる。が、空は見えていない……今度は弾き飛ばされていない! ボンネットから運転席まで俺がめり込んで、軽トラは動きを停止させていたのだ。

「なんっとか……止まった!」

『作戦はうまくいったようだ』

 戦闘ジャケットが身体の硬化を解き、めり込んだ車体から身体を出す。腕で押し広げると、ウソみたいに鉄のボディが裂けた。

「あはは……なんだ、スゲェじゃねぇの…ん?」

 剥き出しになったバッテリーから火花が出て、漏れ出ていたガソリンに――…!

「やべ――――」

 視界が炎に塗りつぶされたのを最後に、俺は意識を失った―――。





 気がつくと、覚えのある薄紫のカーテンが見えた。自分の部屋ではない。しょう子の部屋だ。

 俺はどうしてここにいるんだっけ……。何か大した用事もなかった気がする。あ、そういえば、バローナのCDを最近棚に見てなかったような……。

「しょう子……CD返せ…」

「え? …CDなら返したわよ、先週」

「そうだっけ…? じゃあどうしてお前の部屋にいるんだ?」

「さあ、どうしてかしらね」

 何か怒ってるな…。こういうとぼけかたするときは拗ねてるんだよな……俺、何かしたっけ? 

 今日は確か…………

「あ――!? 軽トラは!?」

『意識が回復したようだ』

「何っ…うわっ!」

 身体を起こして確認すれば、全身白く、頭にはヘルメット―――まだ戦闘ジャケット着たままだよ! つーか、何がどうなって今ここにいるんだ?

『目標の爆発に巻き込まれ、君は気絶した。気が緩んだところに食らったのが原因だろう』

「油断してるからよ」

 しょう子が折り畳みテーブルに顎肘立ててフンと鼻を鳴らす。どうも、気絶していた間にあらましを聞いていたらしい。

『肉体の異常は見られなかったが、念のためにメディカルチェックを行った。骨も筋肉も内臓も皮膚も問題ないが、右下の奥歯が少し虫歯になっているな』

「そこまでわかんのかよ…。とりあえず、このジャケット脱ぎたいんだけど。どうすりゃいいの?」

『今は駄目だ。初期設定と君のフィジカルに合わせた調整を行っている』

「はぁ!?」

 がくりと肩を落とす。

「何だよそれ! 調整なんていらねぇよ、もう着るつもりもないし!」

『しかし目標―――君の言う軽トラは、まだ完全に破壊されていない』

「? さっき爆発したって言っただろ?」

『コアである結晶核が健在だ。すぐに自己修復するだろう。この機会に一から説明しよう。まず私は、こことは別の宇宙から飛来した、個人装備型驚異排除武装システムだ』

 勝手に説明を始めやがった……。

「名称、長いな」

『この国の言語で通じるように言葉を組み合わせたが、間違っているだろうか? それよりも私が別宇宙の存在だということに驚かないのか?』

「驚いてるよ、だって今の地球じゃまだフィクションレベルの技術だし。だけどまあ言葉も通じるし、いいんじゃないか?」

「気楽過ぎない? アンタ、あの暴走車ともう一回戦えって言われてんのよ!?」

 しょう子が口を挟む。どうも本当に機嫌が悪いらしい。

「止むなしだ、とりあえずは。だって放っておけねぇだろ、あんなのを」

「…あっそ」

 ブスっと膨れた。いつものことではある。

「でも確かに、俺である必要はないんじゃないのって疑問はあるな。なぜだ、ジャケット」

『本来は現地住民の理解を得た上で協力を募るのだが、今回の場合は事故が起きた。次元跳躍(ディメンション・リープ)直後の私が君と接触し、不可抗力で君の遺伝子情報を取得してしまった』

 接触? 不可抗力?

「………そんなこと、いつあった?」

『昨日、君の耳を―――』

「お前あの銀の球か!!」

 あのパチンコ玉かビー玉かのアレが、コレ? 今のが一番驚いた!

「ほら見なさいよ! とんでもないことになってんじゃない!」

「そんなこと言っても、お前っ……こんなことあるか普通!?」

 責められるのは理不尽というものだ。

『意思の疎通を図る前に契約の第一段階を済ませてしまった私は、この世界を知るために情報端末からこのようにしてデータを収集・分析していたのだが―――』

 ジャケットの左腕からコードがにゅっと伸びてきて、テーブルの上に置いてあったしょう子のケータイのコネクターに接続される。なるほど、インターネットから情報を得ていたのか。しかし、ウネウネ動くコードはちょっと気味悪い。

『ようやく君と交渉しようという矢先に、目標が現れてしまった次第だ』

「迷惑甚だしいな……」

『それについては謝罪するが、受け入れてほしい。この世界のこの星に落ちた異文化探究システム、そこから分裂した結晶核はおそらく数えるほどだが、最終段階になるとこの星の文明レベルでは壊滅的な損害を被る可能性が高い』

「その異文化探究システムっていうのがよくわからない。つまり敵ってことになるんだろうが、その名称でどうしてあんな暴走をする?」

『異文化探究システムに悪意のあるプログラムが入力されているからだ。システムは次元跳躍して漂着した先の文明の一部に擬態し、データを収集する。本来ならそれだけだったはずなのだが、イレギュラーが起きた。最終段階に入ると現地での文明レベルで可能な限りの進化を模索するのだが、人間が生活するための健全な環境維持を無視してしまう。システムが破壊されるか、現地の文明が破壊され尽くすまで止まらない』

「一気に世界の危機ね」

 しょう子は皮肉交じりに言ったのかもしれないが、俺は笑えなかった。無人の軽トラが人間や自動車を蹴散らして暴走したのを目の当たりにしたのだ。

 このジャケットの言う通りだとすると、車の走行速度の限界にチャレンジしていたということになるのだろうか。それでどうして軽トラ? いや、元々軽トラに擬態していて、最終段階に入ったばかりだったと……あー、わかんねぇ。とりあえず止めればいいか。

「……ま、わかった。でも一つ、確認。探究システムとお前って、出自は同じだよな?」

『…その通りだ』

 少し目眩がした。予想はできたことだが、詰まるところ、このジャケットは異文化探究システムのアンチプログラムなのだ。

「だったらなおさら武人が協力する必要なんてないじゃない。アンタたちが責任もって回収でも破壊でもやりなさいよ」

 しょう子はジャケットを睨んでいるつもりだろうが、実際は着ている俺が睨まれているような気分になって嫌な感じ。

『我々システムは単体では動けない。操作する人間が必要だ』

「それならアンタたちの製作者がジャケット着て来るのが筋でしょうが! 手段は用意しましたから後はお任せしますってこと!? 無責任過ぎない!?」

『そうではない。異世界からの訪問者と現地人の遭遇は、接触、交流に時間がかかり、やがては政治的な問題も絡んでくる。危機に迅速に対処するためには、私のようなアイテムのみの方が都合がいいと判断された。さらに異文化探究システムの特性上、目標の発見と対処には現地人のほうが有利であり――――』

「そんなの、体のいい言い訳でしょう! 巻き込まれる方の身にもなってみなさいよ!」

「しょう子、もうやめろよ。巻き込まれたのはお前じゃなくて俺だろ。いや、間接的にお前もだけどさ」

 あんまり熱くなると、しょう子は俺ごとジャケットを投げ飛ばしかねない。

「俺はやる。探究システムを潰すのに協力する」

「えっ…何でそうなるのよ!?」

「事情はさておき、実際に被害が出ているのはこの世界、俺達の周囲だ。そして俺は阻止する術を手に入れてしまったわけだ。文句言ったって、やらなきゃいけないのは変わんねぇよ」

「………そういうのは嫌……」

「うん?」

 よく聞き取れなかったが、しょう子はそれ以上何も言わず、テレビを点けて会話から離れた。俺はやれやれと小さく肩を竦めながら、コンコンとヘルメットを叩く。

「ま、数も多くないって話だし、一時のことだと思えば別に大したことじゃない。俺は平気だ」

『協力、感謝する』

「初期設定が終われば使い勝手がよくなるんだろ?」

『プロテクトスキンの脳波コントロールが可能になる』

「プロテクト…何?」

『プロテクトスキンだ。今、装着しているだろう』

「え、ジャケットじゃねぇの?」

『戦闘ジャケットという概念だと説明したつもりだ。名称ではない。現地の言葉で訳せば、プロテクトスキンが一番意味が近い』

「現地語って、それは日本語じゃないぞ」

『カタカナ語は日本語には該当しないのか?』

 面倒くせぇ……。

「あー…もういいや。そのスキンで脳波コントロールができると?」

『手足を動かすように、飛行や防御も頭で思っただけでできる』

「そりゃ便利だ」

 テレビに目をやると、ちょうど軽トラ=異文化探求システムのことがニュースになっていた。しょう子が意図的にチャンネルを変えたらしい。俺も被害状況が気になっていた。

 重軽傷は何人かいるが、死者はゼロか。軽トラの運転手が見つかっていない……そりゃそうだわな。ん? じゃあ行方不明が『二人』ってなんだ?

『……以上、ニュースをお伝えしました。まもなく、十時になります』

「…あぁ!?」

 慌ててタンスの上の時計を見上げる。今、二十一時五十九……二十二時になった!

「やべっ、帰らないと!」

「その恰好で?」

 しょう子のセリフに上げかけた腰が止まる。

「でも、あっ……オイ、まだ設定終わらねぇの!?」

『終了まで、約三時間四分』

「三時間!? ふざけんな! 深夜までお邪魔できるか! 帰るぞ!」

「終わるまで帰らないほうがいいんじゃない?」

「何?」

 部屋の主であるしょう子からそんな意見が出る。俺は呆れた。

「お前なあ、いくら幼馴染だからって限度があるだろ。俺はおじさんやおばさんの心象を悪くしたくないんだよ」

「そこの交差点で撥ねられた人、見つかってないって噂になってんのよ」

「それ俺じゃん!? もしかして、行方不明のもう一人って俺のこと!?」

「それに正体ばれたらまずいんじゃない? ナントカ排除システム」

『その通りだ。今回は問題なかったが、いつカメラに捉えられるかわからない。民衆の前に姿をさらすこともあるだろう。そこで私の所持者が君だとわかれば、技術取得のために私が接収されることも考えられる。しかし私の国では文化・文明への不自然な介入を良しとしない。それでは異文化探究システムとなんら変わらないからだ。情報開示の依頼を受けたなら、本国での審査と正式な手続きが必要になる上―――』

「もうわかった。俺も面倒なことはゴメンだ」

 げんなりする。俺は思っている以上に面倒なものを背負い込んでしまったらしい。

「でもそれと帰らないことは別だろ。そもそもこの時間まで何やってんのってことになってるだろ、すでに」

「勉強。アンタ勉強道具持ってたでしょ」

 しょう子が俺のバッグをテーブルの上にのせる。そういや持ってきてたな……。

「ま、何はなくともここは出る。どっかで時間つぶして帰るし」

 俺はバッグを掴んで引き寄せるが、

「だから! わかんないの!?」

 しょう子が俺のバッグを離さない。

「私の家にいなかったらアンタは行方不明のままでしょ。アンタの家が心配するでしょうが!」

「わかってねぇのはお前だ。いつまでも女の部屋にいられるわけないだろ。幼馴染って枕詞があるから俺がお邪魔しても顔パスだけど、普通ならあり得ないことだぞ! お前はもっと自覚しろよ!」

「何その言い方……もしかして彼氏気取りなわけ?」

「違うからって言ってんだろ!」

「こっちだって幼馴染じゃなかったら変な恰好したアンタをここに入れたりしないわよ!」

『幼馴染とは、何かの契約なのか?』

「「黙ってろ!」」

 二人同時になんたらシステムに文句を言って、余計に気まずい。学校でこういうことになると「やっぱり仲いいんじゃん」みたいに周囲から生暖かい目で見守られるのだが、それは違う。波長が合う=意見が合うというわけじゃない。

「…大体、俺がケータイで家に連絡すればいいだけの話じゃん。ほら、バッグ離せよ」

 するとしょう子は俺のバッグのファスナーを開けて逆さに振る。テーブルの上にぶちまけられたノート、教科書……

「ああっ!? スマホ壊れてんじゃん!」

 しょう子が乱暴に落としたからではない。真ん中から大きく亀裂が入って中の基盤が隙間から見えている。

「軽トラに轢かれたときか!? うおお……ふざけんなよチクショウ。シャレになんねぇ」

「かわいそうな武人。笑っちゃうわ」

「お前な…ちょっとお前のスマホ貸せ――」

 と、部屋のドアがノックされる。

「しょう子ぉ?」

 おばさんだ! 

「やばい、この格好のままじゃ…」

『ステルス起動』

 ガチャリとドアが開き――

「アンタたち、ご飯はどうするの……あれ、タケちゃんは? 今、声しなかった?」

 俺は固まっていたが、おばさんからは見えていないらしい。しょう子が驚かないところを見ると、俺が気絶していた間はこの方法でやり過ごしていたのか。

「武人は夜食買いにコンビニ行った」

「どうしてぇ? ご飯あるって言ったんでしょ?」

「そんなつもりはなかったし、悪いからって」

「今さら遠慮しなくてもいいのにねぇ」

「…ねぇ、お母さん。もうちょっと掛かりそうだから、お母さんのほうから武人の家に電話しといてくれない?」

「もうちょっとって、どれくらい…」

「三時間くらい」

「三時間…!?」

(あ、このバカ…!)

 俺は思わず舌打ちしてしまった。おばさんは少し考えたが、はっと心得た様子で頷いた。

「あ……ああ、ああ……うーん、まあ武人くんだし……ん、わかった。お母さん、連絡しておくから」

 急によそよそしい態度になって一旦ドアを閉めたおばさんだが、すぐに戻ってきて、絞り出すようにぼそりと漏らした。

「お父さんにもお祖父ちゃんにも部屋に近づかないように釘を刺しておくけど……まだ高校生なんだからね? 先走っちゃダメよ?」

 そしておばさんは逃げるように出て行った……。

『先走ることとは、何だ?』

「さあな…」

「何かしらね…」

 ステルスを解除したシステムの質問を二人して無視した。

「だから言っただろ……今の、絶対何か誤解されてるぞ」

「トラブルを持ち込んだアンタがそもそも悪いんでしょうが」

『なぜ二人とも目を合わせない? 私が原因で誤解を招いたのか? 何を誤解されているのだ?』

「…お前さ、名前ないの?」

『ふむ? 個人装備型驚異排除武装システム―――』

「じゃなくて、個別の名称だよ」

『私は道具だ。一個体当たりの名は持たない。エイチティー11026という識別番号ならあるが』

「11026(いいおふろ)…で、HTか。よし、今からお前はバースな」

『バース?』

「かつてこの国にやってきて、ある軍団を勝利に導いた英雄の名だ」

『それは……光栄だ。マキハラショウコはどう感じる? 私には過分ではないだろうか』

「いや、いいんじゃない?」

 しょう子は野球特集を始めたテレビを消した。ちなみに重蔵さんは大の阪神ファン、いわゆるトラキチで、「かの有名な三連続アーチ」を耳にタコができるほど聞かされている。学校では野球部の連中以外には通じないが。

『そうか。私には感情設定がされていないが、これが感動するということなのかもしれない。君たちとの関係が良好なのだと理解する。それはさておき、先ほどは何を誤解されたのだ?』

「何でもねぇよ、バース」

「そうね、バース」

『そうか…』

 「バース」を黙らせたところで、俺としょう子は黙々とノートを広げ始める。こうなっては宿題以外にやることがない…。いざ始めようとペンケースを開けると、中に入っていたペンも残らずバキバキに折れていた。

「……しょう子、ペン貸して」

 無言で投げつけられた。バースを装着していたせいで平気だった。









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