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エピソード1 異世界トラットリア『ルニアス』。カメリエーレと俺。

俺は目が醒めると、ベッドの上に寝ていた。

そのベッドは見知った感触では無く、寝ぼけ眼で見上げる天井も知らない景色だ。確かに泥酔した時の勢いで、女性を口説き、朝起きたら知らない部屋で起きた経験が無い訳ではない。俺だって十分に若いし、副料理長セコンド・カポクオーコという自信も自尊心プライドもある。


イタ飯屋というノリと料理に対する熱い思いを語り、熱気に押された娘と一晩の甘い夜を過ごす事だってあるわけだ。

料理長カポクオーコのセニョールディエゴこと黒澤ディエゴも、「若い時は十分に遊べ。後で後悔しないようにな」と口癖のように言っていた。


まあ、当の本人は、良い歳してまだまだ現役バリバリの独身貴族だったが。

店にも彼と親しげに抱擁やキスをする女性が来店するのだが、その数たるや両手では足りない程だった。そういう時は決まって、「後は任せた」と俺やシュージにメインを任せて、その来店客とどこかに消えていってしまうのだ。あの歳にして、爛々とした目、肌の色艶、を可能にしてるのはきっとその女性たちなのだろう。

確かに彼の業火のような情熱と、たまに見せる屈託の無い少年のような笑顔には、コロッといってしまう女性も少なくは無いのだろう。


恋愛に年端は関係しないと、存分に思い知らされる。


とにかく、そういった師匠の下、十年の修行をしていたら、嫌でもその系譜を継いでしまう。

酔った勢いを借りなければならないのは情けないかもしれないが、あまり良く知らない女性が横で寝息を立てるベッドで、朝を目覚める事もある訳だ。


しかし、今このベッドの横には、誰もいない。


しかも昨夜は、仲間たちと「ベラルーシ」という店で飲んだ後、家に帰ったはずだ。

と、そこで俺は思い出す。

その帰り際に、渦巻きに遭遇した事を。


渦巻き。


それは、時空の歪みといっても過言ではない。

子供じみた事をいっているのは重々承知だが、目の前のそれは、空間がねじれ、螺旋状に歪んでいたのだ。


それに俺は、興味本位で突入し。

今に至る。


「あ、起きたのですね?」


その声に振り向くと様子を見に来たのであろうか、女性がドアを開けながら、俺にそう声をかけた。


その女性。

顔立ちは、西洋風の彫りの深い目と高い鼻が特徴的で、目の色は緑。

金色の細くて美しい髪を束ねていた。そこまでは、きっと外国人さんが親切に俺を介抱してくれたのだと思ったが、彼女の耳を見た途端、俺はその予想を改め直した。


彼女の耳。

尖っているのだ。

しかも長い。


ははーん。エルフだな。


異世界モノの小説やアニメを見た事はあり、主人公が何故こうも世界観を理解出来るのかと毎回不思議に思っていたものだが。実際自分の目で見てしまうと、案外簡単にすんなりと受け入れてしまうモノだ。


事実は小説より奇也。

言い得て妙である。


「良かった。街の端で倒れていて、ビックリしちゃいました」

「あ、ありがとう。実は変なグルグルしたモノに入って行ったら、記憶が無くなっちゃって」

「え?!珍しい、時空の歪みからいらしたのですね?って事は、異世界人さんですか?」


突然彼女の顔が、初めて雪を見た子供のように、興味津々といったモノに変わり「えー、すごーい」と嬉々とした目で俺を見始めた。


その時俺の腹がぐぅ、と鳴った。


「あ、お腹空いてますよね?!ウチ、食堂を営んでるんで、良かったら食べて行ってください」


食堂トラットリアかぁ。

そういえば、昨日もカルパッチョとニンニクのアヒージョで、ワインを3本も空けちまったからな。

胃の中は空っぽだし、それが二日酔いに拍車が掛かっているのだろう。

俺はせっかくの誘いに、頭を掻きながらベッドを抜け、


「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて」


と俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに飛び跳ねた。


「イザベラです。よろしく♪異世界人さんのお名前は?」

「俺はジンです」

「よろしくお願いします、ジンさん♪」


イザベラはもう一度小さく飛び跳ねてから、「こっちです」と部屋を出た。







廊下をしばらく進むと、肉の焼ける香ばしい匂いが俺の嗅覚を刺激した。


食欲を啜る、この香り。

この香りは牛だな。

味付けは、、、塩に、コショウだな。余計な風味がしない。


俺は仕事仲間の草苅シュージと我聞セイタロウと、とあるゲームをした経験を生かして予想を立てた。

それは「香り当てゲーム」。

飲みに行った店の漂ってくる香りで、その店で何がオススメか当てる嗅覚を使った遊びだ。例に漏れず料理学校を首席で出た同期の草苅シュージは知識を頼りに、高卒で下積みを積んだ俺は感覚を頼りに、飲みに行って、店員が来るまでの間にそれぞれ予想を立て、注文を取りに来たらオススメを聞いて答え合わせをする。お互い五分五分の争いだったが、最近になって後輩のセイタロウが、ぐんぐんとポイントを稼いできた。


あいつ、自分じゃ気付いてないが、センスは良いからな。


セイタロウは、実家が菓子屋で、俺たちが務めるイタ飯屋『Te Amo』のドルチェ担当だ。

あのお喋りを無くせば、あっという間に天才 菓子職人パスティッチェーレと呼ばれるだろうが、天は才能あるものにこそ高い壁を用意するようだ。

奴が自分の才能に気づいて、悪い癖を直すのには、まだまだ月日が掛かるだろう。

よく喋るのに手も早い。


黒澤ディエゴに我聞セイタロウ。

やはり才能とは恐ろしいモノだ。


俺はイザベラの後をくっついて行く。

しばらくすると、鉄板と肉を焼くジュウジュウという耳障りの良い音と、人が賑わう声が聞こえた。


「5番、10番、16番。上がったよー」

「はーい、今行きます!」


俺の知っている料理人クオーコ給仕カメリエーレのやり取りだ。


俺は店の中を駆け回る彼らに、長い間、厳しい態度を取っていた記憶がフと蘇った。






数年前のことである。


「料理を作るのは俺らなのに、彼奴カメリエーレらは運ぶだけじゃねえか」


幸い誰も聞いていなかったが、俺は仕事終わりにロッカーでそう吐き捨てたことがあった。


それぞれがそれぞれの理由で苛立ち出す忙しい時間帯の厨房。給仕カメリエーレはそこにヘラっとした態度で現れ、「○○番のテーブルのメインまだですか?」と注文の催促に来るのだ。


そのセリフを聞く度に、俺の感情の炎にさらなる油を注ぐ。

手元が狂い、塩の加減や盛り付けが乱される。


セニョールディエゴは、そんな彼らの注文催促にも大らかに接していた。


しかし俺がメイン料理セコンドピアットを任されている時は、彼らの無神経なその突っつきに、怒りの炎をたぎらせて「すぐ出来るから待ってろ!!」とピシャリと跳ね返していたのだ。


そんなある時、俺は指を怪我してしまった。


俺はそれでも厨房に立てると主張したが、セニョールディエゴは、俺を給仕に回したのだ。「見方を変える好い機会だ」。そう一言俺に言って、背中をバシッと叩いた事を今でも覚えている。


俺はシェフコート脱いで、ネクタイを締めベストを着た。


給仕長カーポカメリエーレの布施さんは、スラリとした長身のメガネを掛けた中年の男性で、男の俺でも気を抜くとドキッとしてしまう程の大人の色気が、首筋のあたりから漂っているのがとても印象的だった。


「じゃあ、ミスターには、お客様ゲストの帰ったテーブルの片付けをお願いしましょう」


布施さんは、俺にニッコリと笑った。

イタリア語じゃなくて英語を混じらせる感じが、俺には何だかむず痒かった。


布施ノリヒロ。

一年前に総支配人ディレットリーチェで皆に「姉御」で親しまれている兵藤さんが、ヘッドハンティングして来た人だ。


その時は、スゴい人だとは思った。

なぜなら、その一週間後には、全カメリエーレが彼に付き従っていたからだ。確かにオーダーを受け取る料理人こちらとしても、売りたいものや旬のものを敏感に感じ取って良い波を作ってくれるのは有難かった。

でもそれだけ、だ。


シェフコートを着て厨房に立っている時は、その程度にしか感じなかった。


しかし俺が給仕に回され懐疑的な目で見ていても、布施さんに訝しむどころか威圧的な素振りが一切無い。

どんな相手に愛と敬意を最大限に払っているのを感じる。

布施さんほどのキャリアから見れば下っ端も良いトコの俺にも、彼は敬意を払ってくれたのだ。

俺は自分がネクタイを締めて、彼が超一流の給仕カメリエーレだと、その時初めて痛感した。


そして営業時間が過ぎた。


お客様が嬉しそうにパスタを頬張り、メインを食すのを実際に目の当たりにして、俺はとても嬉しかった。


しかしそれよりも俺の心を打ったのは、彼らカメリエーレの心配りだった。


絶えずお客様を観察し、しかし着心地の悪さを出さないように気付かれず。

着席時にはそっと椅子を引き、帰宅時にはコートに袖を通す。

料理の説明は、的確で分かりやすく。そして、何より美味そうに聞こえた。

俺ら料理人がどのように作っているかまでを冗談交じりに話す彼らに、お客様は料理を見ながら頷いている。




最高の時間を、彼らは演出していた。




確かに料理を作るのは俺らだ。

しかしそれを更に良いものにする為に、彼らも俺らと同じくらいそれ以上に、繊細で卓越した技術に心血を注いでいるのだ。


車のエンジンが俺らだとしたら、シャフトがカメリエーレだ。

シャフトが無ければ、それを料理タイヤに伝達させられず、運転手おきゃくさまを笑顔という目的地に届ける事は出来ない。


決して、だ。


そして彼らは決してヘラヘラしているのではなく、ニコニコしていたのだ。

それすらも見抜けない無神経な俺に、塩の摘みの繊細さなどに行き着ける訳がなかったのだ。


それから数週間が経ち。

厨房に戻った俺に、布施さんが声を掛けた。


「こっちの若い奴らが言っています。『最近、神楽の前に立つと緊張する』って。『セニョール神楽には迷惑を掛けられないから身が引き締まる』という子も居ますね」


俺は相変わらず厳しい態度を取っているのか、セニョールというのも威圧感から来ているのだろうと溜息をついたら、布施さんは「ノーノー」と首を振って、それは全くの逆だ、と教えてくれた。


「今まで若い子は、メインを張ってると言ってもミスター神楽に対してはなんとも思っていませんでしたよ。横柄だってね。私から見ても、貴方がメインのバーナーに立っている時は、少し厨房キッチンでのコミュニケーションに不安がありました。しかし最近の貴方は……、ご自分で感じませんか?」


俺はメイン料理を担当する時、彼らから注文催促が来ても、あの時の動きを思い出し、彼らに敬意を払うようになっていたのだ。


気がつかなかった、俺がそう漏らすと、


「エクセレントです、ミスター神楽」


そう言った後に「でも教えなければ良かったですかね」と、舌を出し肩を竦めながら厨房を去っていったのだ。


そんな数年前の出来事を思い浮かべながら、俺はエルフの女の子、イザベラの後に着いて行く。

と、彼女は振り返って告げた。




「ようこそ食堂『ルニアス』へ♪」

料理モノから少しずれた気がする(汗

次回こそ、料理回に行きます。多分

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