エピソード0 とあるイタリア料理屋で働く俺。
新タイトルです。
よろしくお願いします。
「一番卓のアンティパスト出たか!?ほら、三番卓のセコンドピアット上がったぞ、持ってけ!!」
白いシェフコートを着た男達が厨房の中を慌ただしく動く。フライパンを振る腕はリズミカルで、その中ではエビやアサリといった海鮮料理がトマトのソースと情熱的なタンゴを踊るように混ざり合っていった。
出来上がった料理達は美しく磨かれた皿に盛られ、繊細な盛り付けによってその一品を完成させる。
「おい、神楽!!神楽ジン!!手が遅えぞ!!」
「シー、セニョール!!」
日本語で「はい、分かりました」と言ったところか。
俺が初めに習ったイタリア語だ。俺はこのイタリアンレストラン『Te Amo』の厨房を取り仕切る料理長、黒澤ディエゴにそう返事をした。
「もっとパッパッパッと動いて、シャッシャッシャッとやれ!!」
彼はこういった擬音を多用する。
やはり一流のシェフというのは、感覚が研ぎ澄まされていくのだろう。右脳の働きが良くなり直感的な言葉でしか、その動作を言語化出来ないのかもしれない。
「違う!!もっとシュッて切れ。じゃないと素材の繊維がキュッとならない!!」
「そうじゃない、フワッとだ、ヒュッとやってフワッ。こう、こうだ!!」
俺はセニョールディエゴが不在時はメイン料理、つまりセコンドピアットを任される三人居る料理長補佐の一人だ。この店で10年勤めているのだが、彼のあの芸術的な俊敏さと繊細さを見せられる度に「あぁ、この人には永遠に到達できない」と毎回思い知らされるのだ。
○
8時台の忙しい時間が終わり、俺らはふぅ、と一息入れた。
その時隣でパスタ場、プリモピアットを担当していた男が俺に声をかけた。
「おい、ジン。今日飲みに行かない?美味いカルパッチョを食わせる店を見つけたんだ」
こいつは草苅シュージ。
俺と同じ料理長補佐。
俺よりも4年も後に入ったが同い年という事もあり、互いに切磋琢磨し励まし合ってきた良きライバルだ。
入った当時は、料理学校を首席で出た優等生で、高卒で皿洗いから初めた俺とは期待度も毛並みも、性格までもが丸っきり違った。最初はまさに水と油。奴は技術と知識を、俺は経験と感覚を武器に、毎日取っ組み合いの喧嘩をしていた。
しかしそれを見ても、セニョールディエゴは腹を抱えながら「気がすむまでやらせろ」と止めようとする周りを制していた。
逆にそれが良かったのだろう。
或る日突然、俺らは互いを認め合えた。
奴は広い知識の必要な魚料理を、俺は感覚勝負の肉料理をそれぞれ研究し、今のポジションに同時に着いたのだ。
「行きましょうよ、ジンさん!!今日の疲れは今日のうちっていうじゃないですか?」
聞いた事もないような都合の良い謳い文句をさらりと舌の上に載せ、軽口を叩くこの青年は俺の後輩。名は我聞セイタロウ。
生クリームの入ったボールとホイッパーを手に持ち、別の持ち場からヒョコッと身を乗り出し、俺らの会話に参加する。
ドルチェ担当、大理石の前敷かれたヒンヤリとした空間が彼の戦場だ。
実家がお菓子屋という事もあり、若いながらも情熱とセンスは同世代よりも研磨されたお菓子職人の駆け出しだ。
「よく喋る奴は、仕事が遅い」というのは世の常だが、どうやらあいつは口と手が同時に動かせるらしい。
仕事中のくだらない冗談や馬鹿げた話を暇を見つけては披露しながら、繊細な作業を次々にこなす。
まぁ、ある意味天才かもしれない。言っておくが、これは褒め言葉ではない。
「良し、じゃあ行くか!?」
忙しい時間を乗り切れば、もうこちらのものだ。
俺らは残りの数時間をこなし片付けを終えると、ロッカールで私服に着替えてその日の仕事を終えた。
「此処、ココ♪」
それは駅を一つ越えたところにあった。
店は、駅前の大通りから一本入った小道に入る。
人気の少ない路地ながらも、その店からだけは人の笑い声が聞こえ活気付いていた。
看板を見ると『イタ飯屋ベラルーシ』と書かれていた。
「ベラルーシ?って、あのポーランドの横にある?」
「あぁ、東ヨーロッパにある国だ。イタリアとは一切関係ない。でも旨いぞ」
「そうそう!!旨ければベラルーシでもバシルーラでも何でもオッケーっす!!行きましょう!!」
シュージとセイタロウは俺の肩を叩いて店の中に入っていった。
次回は、異世界に行きます!