8話 付き合いで求められるもの
音楽室の前で、手紙を何度も読んだ。
少しの時間経過ですら、待つという行為が加わると終わりの見えない洞窟みたいに感じた。
全体的に白い上履きで床を軽く蹴りつける。
右足に痺れが走り、軽い痛み。
なんとなく、退屈だった。
◇◇◇◇◇
里咲は独り、音楽室の前で待ち続ける。音楽室に近い階段から、複数の生徒が教室に向かって走っていく足音と叫び声を聞いていたとしても。
待ち続けていた。
あと数10分で昼休みが終了する時間。
人生は、長いようで数えてみたら短い。と思っている里咲は、本でも持ってくれば良かったと後悔していた。
「なにが観えます、そこからは?」
佐枝に顔を向けない。
色色と言いたいことがあった里咲だったが、全て押さえ込んだ。
「人生の分岐点」
「ふっ、なんですかそれ」
佐枝は、里咲の右側に歩いて向かう。2人が並び、佐枝も外を眺める。
うっすらと流れてくる、バニラのようなほんのり甘い制汗剤の香り。
ここ最近で佐枝に近づかれることには、慣れていると思っていた里咲の脈拍が上がった。
気を紛らわそうと外の風景に、意識を向けた。里咲に対して佐枝は小さな唇を開く。
「学生の恋愛で、失敗する理由のひとつに。友達に話したことがあると思うんだ」
意味を訊ねようとした里咲の口元に、佐枝の右手が迫った。
「はい」
「えっと」
意味が分からず、少し困惑する。
「レター」
持っていたレターを、佐枝に手渡す。
「内容は大体、分かってるね」
「まあ……」
うっすらと笑みを浮かべ、良かったと佐枝は呟いた。
彼にとってその笑顔より、大切なことがあった。訊ねていいものなのか、レターに書かれてあった言葉に思いを巡らせ。
結論を出した。
「早い話、付き合いを隠したいってことだろ」
「そっ」
窓ガラスを透過した光が2人の顔を微かに照らす。
「学生で異性と付き合うときに、相手とずっと居たいと思って付き合うのかな」
「ずっと。一生そばに居たいの意味?」
「ううん」
少しだけ首を振って佐枝は訂正する。
「結婚の方。ただ、彼氏や彼女が欲しい気持ちだけで。人は付き合うんじゃないかなって」
結婚の言葉で里咲は、思考が追いつかなくなった。
中学生がこの状況で使う言葉では、まずなく。高校生でもほぼ皆無と言うよりは、無縁の言葉。
里咲の思考を止めるには十分過ぎた。
「……さあ、さあさあ。どうだろ」
自分でも同じ言葉を発したことに気づくが今となっては、どうすることもできない。
結婚という言葉の奇襲から、立ち直るべく。
ゆっくりと目蓋を閉じ、大きく空気を吸い込む。間髪入れず、強く息を吐き出した。
「大丈夫?」
「まぁ、なんとか。まあ」
今ひとつ立ち直れずにいた里咲の身長は168cmで。その右にいる佐枝は、6cm低い162cmだ。
中学2年生としては、平均的にも思えるがクラスの中では2人とも少し成長がいい方である。
「じゃあさ。付き合った2人は、どうするんだろうね」
「……どうって、それは……。あえて言うなら」
艶やかで長い黒髪を佐枝は左手で耳に掛け、復唱する。
「あえて言うなら」
「親友より深い関係でも、ショッピングモールのフードコートで2人で勉強。
ジャンクなファーストフードを一緒に食べたり。
コンビニや書店に一緒に行って買い物する」
あとは、色色だろ」
「そんなところだろうね」
持っていたレターをスカートのポケットに入れ口を開く。
「幼くも 甘い恋かな 青春」
里咲は言葉を発した本人へと顔を向けた。
「五七五、それで。来るのが遅くなって」
いないよな。と言うはずだった里咲の唇に、白いレターが当てられた。
「はい。で、まずは、聞いてよ」
白いレターを里咲が掴むと佐枝はレターから、右手を離す。
「例え話なんだけど。
異性から行為を女子はその人と親友以上の関係になってもいいのかな?
って悩んでる。
もしかしたら、付き合うという行為に理想を抱きすぎているのかもしれない」
例え話でも、ここまで分かり易いと続きを聞くべきでない。と里咲は感じる。
「そろそろ、昼休み終わるから。教室に戻る」
里咲教室へと向かって走り始めた。
一体この道を何度走ったのだろうか、と思いながら。
自然と顔が緩んでいく。恥ずかしさからではなく、今後の展望にポケットに隠したレターとともに想いを馳せたことで――。