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7話 大物の器を感じて

 部屋の中で、黒っぽい通学鞄に国語と理科の教科書を詰め込む。

 数週間ぶりに、ヴァイオリンを弾いてみたら。2弦が少し低くなっていたのでチューナーで調弦した。

 1日休めば、数日前に戻るという人がいる。だけど、本当にそうなのか?

 体は、弾き方を覚えている。

 耳は、調弦された音を覚えていた。

 机に置かれたヴァイオリンケースを垣間見る。一瞬で昨夜のことが鮮明に思い浮かんだ。

 昨日の余波を、演奏で紛らわすことは結果として失敗だった。

 

 音に感情乗せ過ぎ。

 テンポ速くし過ぎ。


 壁時計を見ると【7時28分】だ。

 忘れ物が無いか、最終確認を済ませ。

 学生服を身に着けた体で、部屋を飛び出した。

 


 ◇◇◇◇◇



 歩行者用信号が青に変わるのを、同じ中学の制服を着た。

 2年生と思われる女子2人の、数メートル後ろで待っていた。

 その内の1人が、明らかな校則違反だった。

 可愛い熊のキーホルダーやらが、鞄に取り付いていた。

 キーホルダー等は、鞄に取り付けてはいけないと校則にちゃんと書いてある。

 思うだけ無駄。そんなことを思っても、特に何も言う気は無い。

 俺がどうこういって、どうにかなるなら。最初から、キーホルダーなんて鞄に取り付けないはずだ。

 そこにどんな感情があるかなんて、本当に理解できない。

 心理学が少し分かっても、俺は心理学者では無い。

 赤の目盛りが全て消え、青い光が点った。


 重い鞄を右肩に掛け直し、足を進めた。

 

 学校に近づくほどに、学校的な雰囲気が形成されていく。

 そこでやっと感じる。今日も、学校が始まるんだなって。

 

 

 校門付近で翔悟しょうごと会った俺は、校舎を見上げた。

 昨日はなかった、垂れ幕が校舎に掛けられてあった。


【――ピアノコンクール 2位入賞 伊藤 志帆心】


 伊藤さんが、ピアノコンクールで2位に入賞したことは知っていた。

 その話以降。学校に楽譜を持ってくるようになった、前より熱が入ったように思える。

 1日の練習時間を訊いてみたら、6時間だったのを7時間以上に増やしたらしい。

 すでに、プロを目指すレベルの練習量を更に増やしたのかと心の中で俺は驚いた。

 才能もあると思うし、若しかしたらがあるかもしれない。

 音楽の世界を中途半端に知ってしまったから、気になるのかもな。

 もっと上手くなった演奏を、いつか聴いてみたい。

 

「早く校舎に入ろうぜ、伊藤がすげえのは分かったから」

 

 歩くのを再開する。壮大な夢に触れ心を、揺さぶられながら。足を進め続けた。

 

 

 ◇◇◇◇◇



 挨拶の後。教室の中に入って最初に気づいたことは、黒板が綺麗だったこと。

 入って直ぐの右側にある黒板をなぜ見たのかは、なんとなくとしか言いようが無い。

 綺麗だったから、逆に気になってしまっただけだ。

 

 今日は珍しく、遅刻魔の池川さんが教室にいて佐枝さんと話していた。

 自分の机に向かいながら、何を話しているんだろうと思いつつ。机に鞄を置く。

 

 教科書とノートを机の中に仕舞おうとしたら、何かが入っていることに気づいた。

 手にとって見ると、空色のレターだった。

 直ぐに、佐枝さんからだと気づく。

 いつの間に入れられたのだろうか。

 左右に振り返って見るが、誰にも気づかれてはいないようだ。

 

 こっそりと、教科書とノートの間にレターを隠した。

 少しだけ気づかれて欲しいと思ったことは、佐枝さんにも内緒だ。

 初めて女子から貰ったレターは、ちょっぴりどころか。かなり嬉しかった。

 かなり嬉しいのは、佐枝さんから頂いたからかもしれない。



 ◇◇◇◇◇



 伊藤さんが教室の中に入ってきた瞬間。入り口そばに人波ができた。

 コンクールで上位入賞は、それだけ。分かりやすい凄さだからだろう。

 良く見るとなんだか、伊藤さんは少し疲れているように見えた。

 練習のし過ぎ。

 経験者的に言わせて貰うと、数時間の演奏でも体力は消耗する。

 演奏家に美食家が多いのは、たぶん。食べないとやっていられないからだ。

 俺のどうでもいい話は置いといて。

 伊藤さんは、少しお疲れ気がした。

 周りは容赦なく、質問攻めにする。それに何とか答えようとする伊藤さんも伊藤さんで……。

 

 どうすればいい。

 こういうときの対処法は、何か無いか。

 人波を解散させる方法が、どこかに。

 

 俺が何もせずにいたら、佐枝さんは勇敢にも人波に割って入った。


「ねぇ、みんな。志帆ちゃんは、コンクールで上位に入賞するために頑張って。

 本当に疲れてるから、そっとしてあげて。お願い」


 佐枝さんは、少ない言葉で人の良心に呼び掛ける。喋りの上手さがあった。

 そういったものが天性か努力なのかは、分かり得ないことだけど。

 大物の器を具えている。そんな凄さをまじまじと感じた。


 


 

 授業中、ずっと色んなことのせいで浮ついた気持ちでいたためか。授業が全然、頭に入らなかった。

 男子トイレの鏡。その前で洗い終わった両手を、モダン柄のハンカチで拭いていた。

 今日の国語、絶対テストで重要なやつって先生も言ってたのに……。

 溜め息がうっすら零れる。

 授業の合間に、こっそりレターを読んだ。

 丁寧な字で書かれた手紙には、メールアドレスと電話番号を記入し音楽室の前でレターを持って待つように。

 と、書かれてあった。

 もう、昼休みは始まっている。

 手紙には、時間指定がされてあったが遅れることもありますと丁寧な文で書かれてもいた。

 予定の時間まで、教室で確認したとき。20分以上あった。

 今からいっても早いぐらいだが、俺は待ち合わせ場所の音楽室前にいくと決意した。

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