4話 夜空の前に
わざわざ靴を脱いで滑ってきた。
佐枝さんのために、靴を取ってきた俺は公園のベンチで話し合うことにした。
留め具が、少し錆びている木製のベンチだった。
ところどころに雑草が茂っている公園には、俺たち以外。人が居ないようだ。
「話って、なに?」
行き成り切り出されるが、話す内容はすでに考えていたので問題無かった。
「俺に悩みってほどの悩みは無い。でも、昔は色んなことで悩んでた」
「昔って、いつ頃?」
「11から12歳のとき」
中学に入ってから、小学校のころからの友達を失ったことが頭をよぎる。
公園の中は、無風だった。
話しやすいように、静かにしてくれたのだろうか。
「なんで上手く行かないんだ。思い通りになれよって。馬鹿みたいなことで悩んだ」
苦悩は、人を2分する。
どんな障害でも進める人と。
障害に何度も跳ね返される人に。
とてつもなく頑丈な心を持っていないと生きていけない世界だ。
学校は、世界の縮図でもある。
力と同一の容姿に、知能に、才能に。
何も無い者は、弱いのと同じだ。
その中にあって、良く見せようとしたのが昔の俺。
上手く立ち回れば、その軌道上から逃れることもできる。
でも、そんな簡単な話でも無いことは分かっている。
「早熟なのかな、里咲くんは」
それにそっと頷く。
同意の意味ではなく、話しをしっかりと聞いている意味での行為。
静寂な公園がどんな質問でも、していいのでは?
と思わせる。
無駄な思考を追い出すため、石ころを右足で蹴り飛ばした。
「私ね。理科が好きなんだ」
うん、分かってた。理科がクラストップの成績だって知っている。
隣の席にいるだけで、理科へと思いは伝わって来ていた。
小学校も一緒だったら良かった。
佐枝を見ていたら、急に立ち上がり。目の前に立って両手を広げる。
「まだ、この世界に無いような。凄い科学製品や。
人が宇宙で暮らせるような製品、システムを創りたいって夢」
言葉のひとつひとつに、圧倒された。
夢のスケールが大きくて。
地球を飛び出したとこもなんだか凄い。
「無数の宇宙ごみを片付けたい」
「宇宙と地球を行き来出来るような、輸送システム」
「世界が一生エネルギーに困らないような。核融合炉」
両手を体の前で握った。光を持った瞳が目蓋で一度消える。
「やっぱり、私には夢があった。まだ人生は前半戦。
夢は、叶えられないと分かるまで。叶えたい夢。
だから、私は夢を持ち続ける」
椅子に置いてあった自分の鞄を右肩に掛け、そっと口を開く。
「ありがとね。それだけが、一番言いたかった」
たぶん、家に向かって歩き出した佐枝さんの背中を俺は見守った。
独り、ベンチに座ったまま。考え事をしていた。
右手を握り締める。話を忘れないために。
公園にある時計の針は6時35分を示していた。
理科に対して今までにない知識欲が湧き上がった俺は。
佐枝さんの話しについていける。理科系の知識が欲しい。
決めた。
理科をもっと、好きになろう。
地面を蹴って立ち上がり、家に向かって走り始める。
鞄が暴れるが、そんなことはどうでもいい。
やっぱり、夢はないより。ある方がいいな。
道路に出ようとしたら、右からやって来た白いセダンのヘッドライトの光が鞄に当たり。
付けられてあった反射板が燦めいた。