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奴隷の王  作者: 木ノ下
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7 リザン・ベクタールという男

 リザン・ベクタールが王国の守護騎士団に籍を置くようになったのは今から二年前のことだった。

 当時二十四歳の彼は国に仕える騎士団の正騎士にすら勝るとも劣らぬ剣の腕を持っていた。だが彼は生まれが平民だったために確かな実力を備えつつも、選民思想を持った貴族達の圧力がかかり騎士団の採用試験で明らかな合格基準を超えているにも関わらず採用されることはなく王都の治安を守る警備兵に甘んじるしか無かった。

 だがそんな彼に転機が訪れる。

 普段は首都を囲む外壁の内側を見回っているのだがその日は外壁の外を見回る警備兵に欠員が出たためリザンがそこに加わることになった。

 最初は何事もなく終わるかと思われたが見回りを始めて数時間、突如として首都付近に存在する森の方から地響きが響いてきた。

 何事かと思い遠くに見える森の入り口を一緒にいた警備兵と共に注視していると、森の木々を突き破って魔物の群れが飛び出て来た。その数は約五十。しかもその群れは真っ直ぐこちらに向かっている。

 森と王都の距離や魔物の足の速さを考えれば群れが門に辿り着くまで殆ど猶予はない。だが今すぐ門に走り状況を知らせ門を閉じれば何とか街への侵入を防ぎ被害は最小限に抑えられる筈だった。

 しかし、運の悪いことに今日はこの国を訪れた商人や旅人が入国審査を受けるため門の前に大量に列を作っていた。

 このままでは全員避難させる前に魔物の群れがその列に突っ込んでしまい途轍もない被害が出る。最悪そのまま街への侵入を許してしまうだろう。

 リザンはすぐに仲間の警備兵を門に走らせ自分は囮になり時間を稼ぐことを決めた。

 仲間を門に向かわせた後、自分は正面から魔物の群れに突っ込み戦闘が始まる。

 それからどれ程時間が経ったのか、リザンが動きを止めたのは周りから魔物の動く気配が無くなった時だった。

 自分の周りを見回して見ればそこには身体を切り刻まれた大量の魔物の死体が転がっている。

 この時リザンはたった一人で五十匹もの魔物の群れを全滅させてみせた。

 そして報告を聞き現場に駆け付けた正騎士団のさらに上に位置する守護騎士団、当時序列二位の男にその腕を見込まれ正騎士団に推薦されることになった。

 その男は反発する貴族を黙らせリザンを正騎士として迎え入れる。

 それからリザンは血の滲むような訓練を繰り返し、元々の剣の腕もあったため正騎士に採用されてから僅か数ヶ月という異例の早さで守護騎士団の一人に昇格した。

 その後約一年、特訓を続け数々の危険な任務をこなしていくことで遂に王国守護騎士団序列六位まで上り詰めた。

 だが序列六位にまで上り詰めた数か月後、王国に不穏な報告が届く。

 王国の南、馬車で五日の距離にある都市カロン。そこから更に街道に沿って南西に三日程進んだ所に存在する広大な草原の先にある大森林を抜けた場所に、切り立った巨大な岩が連なる山脈を背にして魔物が砦を築いているという情報だ。

 しかも更なる調査で分かったことは周辺の街や村から人間や亜人を問わず人々が魔物に連れ去らわれ、それを指揮しているのが魔王の可能性が高いという。

 すぐに討伐隊を向かわせる案が出るがあまり大きな戦力の分散は王国と敵対している周辺国家に隙を晒すことになる。さらに自分の利益しか考えられない馬鹿な貴族達の反対のため中々意見が纏まらない。そのため更なる情報を集め少数精鋭の極秘裏による魔王討伐が検討された。

 そして最初に行うべき敵の砦に潜入しての情報収集。この任務にリザンが就くことになった。

 かつてリザンを騎士団に推薦し現在は守護騎士団団長にして序列一位オリバー・ミリアデスは最初その人選に反対したのだが、リザンの熱心な説得により渋々ながら承諾する。

 リザンはこのかつてない程の危険を伴う任務を成し遂げることで、かつて自分を取り立てて光の当たる舞台へと連れ出してくれたオリバーの恩に報いることが出来ると思っていた。

 そして情報の伝達手段など諸々の段取りを決め、ついに任務を決行する日が来た。






 砦に奴隷として侵入してから数か月、リザンは何度も心が折れそうになった。

守護騎士団の任務は主に一般兵では歯が立たない強力な魔物の討伐や王の身辺警護である。だがそれ以外にも、時には人の闇を暴き、醜く欲望に塗れた現場を何度も見て来た。

 だがここに来てそんなものは所詮、矮小な人間が考え付く些事に過ぎないのだと知った。

 鞭を打つなど当たり前。時には一日中火に炙られ、四肢の骨を砕き、回復した途端また砕く。さらに四肢を引き千切り痛みに呻く本人に千切った四肢を無理やり食べさせる。奴隷がモンスターの餌になる日もあった。女は更に悲惨だ。突然オークやゴブリンに取り押さえられ無理やり犯され奴らの苗床にされる者もいた。

 そして一番辛いのが、無辜の民の守護騎士でありながら捕まった奴隷達が泣き叫び助けを求めようとも見ていることしか出来ないことだった。

 隷属の首輪があろうと何度も助けるために飛び出そうとした。だがその度に己の任務を思い出し唇を噛み締め、拳を握り締めて耐え続けた。

 唯一の救いは隣の牢屋の奴隷との会話である。

 リザンの入れられた牢屋の壁には一部穴が開いて隣の牢屋と繋がっていたため会話が可能だった。

それは任務とはいえあまりにも辛い日々に差し込む一筋の光だった。

 だがそれもほんの一時的な物に過ぎない。

 隣の牢屋に入れられる奴隷達はリザンのように日頃から心身共に鍛えているわけではない一般人だ。そのため最初は返事を返してくれてもすぐにこの環境に絶望し疲れ果てて話してくれなくなる。

 だがリザンは隣の牢屋に入る奴隷が変わる度に話しかけ続けた。

 そうしなければたとえ首輪の効果があろうと狂ってしまう気がした。いやむしろリザンは狂うことを望んでいた。そして解放されたかった。だが任務に対する責任感とオリバーへ恩を返すという思いがリザンを正気へと繋ぎ止める。

 そんな日々が続くある日、空っぽだった隣の牢屋に新たな奴隷が入って来た。

 いつも通りリザンは隣の奴隷に声を掛ける。

 帰って来た返事は酷く驚いている様子だった。声の感じからまだ年端もいかない子供の様だと当たりを付ける。

 その少年は自分の名をミカミハイジと名乗った。


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