6 魔王
翌日。
この日はいつもとは少し違っていた。
今日は牢屋から出されるといつもの採掘に向かうグループとは別にもう一つ、十数人の奴隷が集まっている所に連れて行かれた。
なんだと思っていると先頭がオークに続いて歩き始めたので僕もそれについて行く。
一向が向かった先はどうやらこの砦に唯一存在している屋敷のようだ。
三階建ての屋敷で門と広い庭も付いているかなりの豪邸で、正直砦の中にあるにしては似つかわしくない。
そしてこの屋敷の最も目を引く特徴はその色だろう。
門、壁、屋根。その全てが黒一色で塗り潰されている。
その何もかもを飲み込んでしまいそうな異様な雰囲気の屋敷に周りの奴隷たちは尻込みしている。
そしてこの屋敷の主が魔王、もしくはこの城砦を任されている指揮官なのだろう。
それを思えば彼らが尻込みする気持ちもわかる。ここの魔物を使役するのは一体どんな化け物なのか。
僕達は心の準備をする暇も与えてもらえずオークについて門を潜り中に進んで行く。
門を抜けて草木の一本も生えていない庭を通り両開きの扉に到着する。
オークは躊躇いなくその扉を開けて中に入っていく。僕達も恐る恐るそれに続き扉を潜る。全員が入った所で扉は独りでに閉まった。
扉が閉まる音に肩を震わせている奴隷がいるがもう後戻りは出来ない。いや、僕達には最初から選択肢など無いのだ。
玄関ホールに入るとここでも真っ黒な絨毯と、奥に上階へ続く階段が見えた。
まっすぐ階段に向かって進み二階に上がる。
二階に上がると正面に奥へ続く廊下が伸びており、その突き当りに天井まで届く巨大な扉がある。
――何かがいる。
何故か僕はそれが理解できた。そして今まで心が擦り減り鈍くなっていた様々な感情が一斉に目覚め警鐘を鳴らす。
あの部屋に近づくなと脳が叫んでいる。だが後退は許されない。
一行が扉の前に到着すると僕達を連れてきたオークが扉をノックする。よく見るとオークの扉を叩く手も震えている。
ノックしてから数秒後、中から返事が返って来た。
「入れ」
それは地の底から亡者共が生贄を求めて怨嗟を撒き散らすような重苦しい声だった。
オークは扉を開けて中に入ると、僕達にも入る様に顎を抉り促す。
中に入るとそこは体育館の半分程の広さを持つ何かの儀式場のような部屋だった。
周りの壁には等間隔に火の燈った燭台がいくつも置かれ十数体のオークが斧を持って並んでいた。僕達を連れてきたオークもそこに加わり微動だにしなくなる。
部屋の真ん中には複雑で何が描かれているかわからない魔方陣の様な物があり、その中央にある高さ一メートル程の円柱形の台にビー玉位の大きさの黒く輝く宝玉が乗っている。
そしてさらに奥。そこには一段高くなった祭壇があり――――そこに奴はいた。
その姿を目にした瞬間、身体中から汗が吹き出し衣類をぐっしょりと濡らす。湿った布が肌に張り付いて気持ち悪いが、そんなことを気にしている場合じゃない。
失ったのではないかと思っていた残りの感情を強制的に呼び起こされ体を恐怖で支配される。喉はからからに渇き水を求めて喘いでいる。圧倒的な存在感から視線を逸らしたいが身体の一部たりとも言う事を聞いてくれない。
その存在は僕達が全員部屋に入ったのを確認すると、玉座の如く座っていた椅子から立ち上がりこちらに近づいて来る。
それは異様な姿をしていた。
身長は百八十センチ程か。その身体は全身を所々が金の刺繍で縫われた漆黒のローブに覆われて、首からは様々な宝石が連なったネックレスを下げ、右手にはこれまた様々な宝石で装飾がなされた二メートル程の杖を握っている。
ここまでなら御伽話に出て来るような魔王や魔術師をイメージ出来るが、そいつの異様さは別のところにある。
ローブから外に出ている顔と両手、その左手と顔の左半分だけが肉も皮も付いていない白骨なのだ。肉のある顔と白骨の顔の境界面は黒く覆われており時々黒いオーラの様な物が揺らめいている。
そいつが祭壇を下りて魔方陣の近くまで来ると、壁際に立っていた他のオークより質のいい鎧を着こんだオークが一歩前に進み出て床に膝を着き声を上げる。
「フォービス様。こやつらが今回の分になります」
オークが人の言葉を喋った事に驚き、目を丸くする。今までのオークはどいつもこいつもブヒブヒ言うだけで意思の疎通など望めなかった。
そういえば何時だったかにリザンさんが同じ種類の魔物でも進化した個体はより高い知恵を持つと言っていた。こいつも見た目は普通のオークだけど進化した個体なんだろう。
「ああ、ご苦労」
フォービスと呼ばれた存在はオークの方を一瞥すらせずに労うと片方しか無い眼をこちらに向ける。
「初めまして諸君。我がこの砦の主にして魔王、フォービスだ」
魔王と名乗った者は自己紹介をすると僕達に向かってお辞儀をした。
高圧的な態度を取って来るとばかり思っていたため、意外と丁寧な対応に面食らう。さらについさっきまで感じていた威圧感が消えていることに気付いた。それは他の奴隷達も同じ様で、皆一様に戸惑いを露わにしている。
そして次の言葉でそれはさらに大きくなる。
「さて諸君、日々の労働ご苦労であった。本日を持って君たちを奴隷から解放しようと思う」
思いもよらぬ言葉に周囲がざわつく。
それも当然だ。毎日毎日質素な食事で過酷な労働を強いられ、少しの失敗で拷問を受ける日々だ。そしてついに砦の主の住処に連れて行かれ、自分の命運が尽きたと思った矢先にまさかの解放宣言。
事態に追いつけずオロオロと周囲の様子を窺っている者もいる。
「うん? 信用できないかね? ならばその首輪を外そうではないか」
そういうと、フォービスは杖を持った右手を一振りする。
すると、周りからカシャンカシャンと金属が床に落ちる音がする。そしてそれは僕の足元からも聞こえた。
恐る恐る足元に視線をやれば一部が外れた輪っか状の物体が落ちていた。
次に首元に手をやるとあれ程忌々しいと思っていた感触が消えていた。
そこでようやく確信した。もう自分を縛り付ける物は無いのだと。
その事実に身体の奥から込み上げて来る物を感じていると周りから歓声が上がった。見回してみると、そこには先程まで死人同然だった目に確かな光を灯し喜びに打ち震える者や、中には涙を流し神に感謝の祈りを捧げている者までいた。
首輪を外した本人であるフォービスはその様子に満足そうに頷くと、魔王に似つかわしくないどこまでも優しげな声音で声を掛けてきた。
「さあ君たちはもう自由の身だ」
その言葉を合図に壁に控えていたオークが扉を開ける。
「行きたまえ」
その言葉を皮切りに奴隷から解放された者達が、希望が待っていると信じて疑わない扉に向かって走り出す。
そして僕も、心に確かな希望の熱が灯るのを感じながら彼らに遅れないように足を踏み出す。
だが踏み出した足が地に着く瞬間。
「待て、お前ら! 行くな!」
少し離れた場所に立っている男が上げた叫び声が部屋に響き渡った。
その声にどこか聞き覚えのあった僕は反射的に足を止めるが、先頭を走っていた男は既に部屋を出る寸前だった。
そして部屋と外との境界線を越える瞬間、その男の背中から大量の血飛沫が舞う。
「えっ?」
それは誰の声だったのか。僕のだった気もするし、もしくはここに連れて来られた全員の声だったのかもしれない。
皆の視線は一点、背中から夥しい量の血を流し倒れ伏している男に集まっている。そしてその視線は次にそれを引き起こした張本人――オークに向かう。
(何故?)
僕達の思考は同じ疑問に占められていた。
「続けろ」
僕達が動けずに固まっていると、背後から先程の優しげな声音が幻だったかと思うほどの暗く、悪意に満ちたフォービスの声が響く。
その瞬間。
ザンッ!
「ぎゃああああああああぁぁぁ⁈」
先頭の男を切り殺したオークが一番近くにいた別の男に血に塗れた斧を振り下ろした。
肩口から腰の辺りまで深く切り込まれた男は血を吹き出しながら背中から倒れる。
即死だ。
この時になって僕達はようやく理解した。即ち――
(騙された⁈)
他の者も気付いた様で、部屋の中にはついさっきまであった希望に満ちた歓声とは真逆の絶望に満ちた悲鳴が響き渡っている。
希望への入り口だと思っていた扉が一転、死の門へと変貌したことで、扉に向かっていた者達は悲鳴を上げながらこっちに引き返して来た。
だがこっちに逃げて来たところで更なる絶望が口を開けて待っているだけだった。
「取り押さえろ」
次の命令をフォービスが発っすると壁際に佇んでいた他のオーク達が動きだし、僕も含めて生き残っている者達を次々と捕えて床に組み伏せる。
無様に組み伏せられている僕達を眺めながらフォービスは半分しか無い唇を吊り上げ嘲笑に満ちた声を上げる。
「クックッ、クハハハハハハ! やはり人というのは愚かな生き物よ! ほんの少しの希望を見せただけで蝿の如く群がって行くとは」
呆然と見上げて来る僕達を睥睨し、フォービスはさらに続ける。
「わざわざ我に捧げさせる供物として連れて来たというのに解放などするわけがなかろう。だが喜ぶがいい。そこいらの家畜と同等かそれ以下の価値しかない貴様らの命を我が悲願を成就するために有効利用してやるのだ。嬉しいだろう?」
そこまで言うとフォービスは背を見せてどこかに歩いて行く。
あまりにも身勝手な言い草に怒りが湧いて来る。でのそれはほんの僅かなものですぐに消え去り、代わりにそれよりも遙かに大きい諦めの感情に僕の心は支配される。
(やっぱり……ここから出るなんて僕達には無理だったんだ……)
希望を目の前にぶら下げられただけに、それを失った絶望は大きく、より深く暗い失意の底に沈んでいく。
最早、思考することも面倒になりこれ以上ないほどに濁った眼でフォービスの行動をただ眺めていると、フォービスは魔方陣の中央にある円柱形の台に乗った黒い宝玉の元まで行き足を止める。
「さて、始めよう」
そう言うと、フォービスは宝玉に手を翳し聞き取れないほどの小さな声で何かを囁いた。
すると宝玉の内部が突然輝きだす。
次の変化はこの部屋の入り口付近から起きた。
先程オークによって斬殺された男達の死体から黒い靄の様な物が立ち上り、死体の上で段々と何かの形を象り始めた。
全てが黒い靄で出来ているため輪郭からしか判断できないが、人の形をしているようだ。
黒い靄が形を取り終わると宝玉の輝きが一際強くなる。
すると人型の靄が急に頭を両手で抱えるような仕草をしながらその身を捩りだした。
まるで何かに苦しみ、耐えようとしているように見える。
だが十秒程でその動きは止まり両腕をだらんと下げたかと思うといきなり死体の元を離れた後、僕達の上空を漂い宝玉の元に向かった。
人型の靄はそのまま宝玉の中に吸い込まれる様に消えていった。
その一連の流れを僕達が唖然とした顔で見ているとフォービスが満足気な様子で呟いた。
「ふむ。やはり、より深い絶望を経験した魂は質がいい」
何か重要な事を喋っている気がするけど僕にとってはどうせここで死ぬのだから今更どうでもよかった。
「さて待たせたな。次は貴様らの番だ」
(ああ、やっと終われる。今度こそこの地獄から解放されるんだ)
苦しかった日々がようやく幕を下ろすことに安堵を覚える。
周りで捕まっている奴隷の中にはフォービスに許しを請うたり、死にたくないと泣き喚いている者がいるが、そんな彼らを見て僕は不思議に思った。
(何故悲しむんだろう? ここで死ななくてもまた労働と拷問の日々に戻るだけじゃないか)
結局彼らの気持ちを理解できず見ていることにも飽き、目を伏せて最後の瞬間が訪れるのを待つ。
「クハハハハ! よいぞ。もっと絶望に染まるがいい! その方がより上質な魂が手に入る。……さて時間も惜しい、早速始めようか」
フォービスがこちらに向けて杖を掲げ死へと導く魔の手が振られる――
「おおおおおおお!」
だがフォービスが腕を振り切る直前、捕まった奴隷の中から雄叫びを上げる男がいた。
いきなり上がった雄叫びにビクッと身体が反応して反射的に顔を上げる。
それは先程皆が扉に向かう中、ただ一人制止の声を上げた男だった。
その男はオークの拘束を強引に抜けだし、立ち上がり様に自分を拘束していたオークの豚面に強烈な右ストレートを叩き込む。
まさか攻撃してくるとは思っていなかったのだろう、油断していたオークは回避も間に合わず顔面に直撃を受け吹き飛ばされる。
オークを吹き飛ばした男は唖然としている周りには目もくれず一目散にフォービスを目指して走り出す。
彼我の距離は五メートル程しかない。ほんの一瞬で埋められる距離だ。
だが異変に気付き掲げた杖を下げ、既に己に向かって駆け出している男に視線を向けたフォービスには全く焦りが感じられない。
既に両者の距離は二メートルを切り、男が拳を振り上げる。振り上げられた拳は薄らと光を纏っている。
男が拳を振り上げたのを見てもフォービスは動きを見せない。ついに男の拳がフォービスに向かって突き出された。
(当たる!)
誰もがそう思った。
――だが男の拳はフォービスに叩きつけられるほんの数センチ手前で急に動きを止めていた。
男は目を見開き信じられないといった表情で動きを止めた己の拳を見つめている。
「馬鹿め。貴様のような下等生物が我に触れようなど、身の程を知れ」
フォービスは嘲りを含んだ声でそう言うと腕を軽く一振りする。
「ぐがあ⁈」
ただそれだけの動作で動きを止めていた男はまるで途轍もない質量を持った何かに弾き飛ばされたかの様に後方にある壁に向かって吹き飛んだ。
激しい衝突音を響かせながら壁に激突した男は、そのままズルズルと背中を壁に預け崩れ落ちていく。
吹き飛ばされた男は意識はあるようだがダメージは大きかったようで呻くばかりで起き上がる気配は無い。
フォービスは自分が吹き飛ばした男の傍まで行くと杖の持ってない掌を上に向け、人差し指をクイッと上に曲げる。
すると見えない何かに引き上げられるかのように男の身体が持ち上がりそのまま空中で固定された。
「ぐっ……、ごほっ! この化け物が!」
動きを封じられた男は両目に怒りと殺意を宿し、せめてもの抵抗とばかりにフォービスを睨み付ける。
だが、その視線を正面から受けるフォービスは何も感じていない様に悠然と話し出す。
「少しは身の程を思い知ったかね? まあ人間の分際にしてはよく頑張ったと言っておこうか」
圧倒的力を持つ上位者の威厳と態度を持って拘束した男を見下ろす。
「ふん。魔物なんぞに褒められても嬉しくないな」
フォービスの視線が物理的な圧力を持って押し寄せてくるのではと錯覚するほどのプレッシャーの中でも男は怯んだ様子を見せず毅然と言い返す。
僕はさっきから男の声を聞くたびにどこか懐かしい思いを抱いていた。
この世界で知り合いなんていないはずなのに何故だろうか。あと少しで思い出せそうなのだが、その少しが中々出てこなくてもどかしさを感じる。
男の言いようにフォービスは若干不快そうに半分だけしか無い顔の眉を顰める。
「我とそこいらの魔物を同一としか捉えられんとは……、やはり人間は愚かだな。それにしても……貴様、先程は武技を使用していたな?」
「……それがどうした」
男が聞き返すとフォービスは顎に骨しかない手をやり思案する素振りを見せる。
「ふむ、最近ネズミがこそこそとこの砦を嗅ぎ回っていると思ったが……貴様もその一匹だったようだな」
その言葉に男の眉が僅かにピクリと動く。
「……なんのことだ」
「我に対して誤魔化しが通用するとでも思っているのか? まあよい。貴様の肉体はここで死に、他のネズミ共もじきに見つかる」
男は苦虫を噛み潰したような表情になるがそこで何かに気付いたかのようにその顔に疑問が浮かぶ。
「肉体?」
男の呟きが聞こえていたようで、それを聞いたフォービスの顔にここに来て一番の醜悪な愉悦に満ちた笑みが浮かぶ。
「クク、そうだ、貴様らは確かにここで死ぬ。だがそれはあくまで肉体のみの話だ」
(どういうことだ?)
僕がフォービスの言いたいことがわからずにいると、それは男も同じだったようでフォービスに聞き返す。
「何が言いたい?」
フォービスの口角がこれ以上無い程吊り上がる。
「さっきの現象を見ただろう? 死体から出て来たあの黒い物質は死体が持っている魂を具現化したもの。本来魂とはその持ち主の死後もその肉体に留まり、時が経てばいずれ消滅するか生前の記憶を失い新たな生物へと転生を迎える。しかしあの宝玉には具現化した生前の記憶を持った魂を吸収し己の中に転生することなく留まらせる能力を持っている。そして……この世界に存在する魔力とは魂を動力源として生み出される物だ」
フォービスはそこまで言うと「理解したか?」と問うように男の目を覗き込む。
覗き込まれた男は顔を青褪めさせて口を震わせている。
でもそれは僕も同じ。
さっきまではこれで解放されると、死ねることを喜んでいた。でも今の話が本当だとすれば――
「ク、クハハハハ! まさか死ねば解放されるとでも思っていたのか? 残念だったな。貴様らは死した後も苦しみながら、ただ永遠に魔力を生み出すだけの存在となるのだ!」
フォービスは耐えられないといった風に笑い出す。
(なんだよそれ……。死んだ後ですら僕達は苦しまなきゃいけないのか)
最悪と言うにも生ぬるい状況に身体中が震える。
「貴様ぁ……! 俺達をなんだと思っていやがる!」
男は青褪めた顔から一転して今度は憤怒に顔を真っ赤に染めフォービスに怒鳴り散らす。
「家畜と同程度の存在が先程からやかましいぞ」
「黙れ! 貴様はここで殺す!」
(まだ諦めていないのか? なんでそこまで抗おうと思えるんだよ……)
男がフォービスを睨み付けながら叫ぶとそれを聞いたフォービスはまたも笑い出す。
「ククク、殺す? 我を貴様のような雑魚が殺すだと? 本当に笑わせてくれる。手も足も出ないどころか指先一つ動かせないくせに何を言っているのか」
笑いながらフォービスは男に伸ばした指先を先程とは逆に下に向かって曲げる。
その瞬間、空中に固定されていた男は真下の床に叩きつけられる。
「ぐぎっ!」
低い呻き声を漏らしながら男は床に這いつくばる格好になった。
(あいつの言う通りだ。抵抗したところで触れることさえ出来ない……)
だが圧倒的な力の差を見せつけられても男の目は未だ諦めてはいなかった。
「身体が動かせないから何だってんだ……。それでも俺は諦めるわけにはいかない!」
(なんで諦めない。何度も痛めつけられてるのに何故心が折れない?)
敵は強大な力を持った魔王。対してこちらは何も持たない、嬲られ虐げられ奪われるだけの矮小な存在。それなのに抵抗を続けようとする男の行動に僕の心を疑問が支配する。
だがそれと同時に僅かながらに男の行動を眩しく感じている自分がいることに僕は気付いていた。
諦めと憧憬。複雑な感情が沸き起こり戸惑っている中で事態は動き出す。
「俺の役目は民の平和を守り、それを脅かすものを排除すること! 俺の名はアルスタリア王国守護騎士団序列六位リザン・ベクタール! 今! この場で貴様を討ち取る!」
男が宣言すると共にその身を薄らと白く光り輝くオーラが包み込む。そして何らかの力で床に押さえつけられていた体を少しずつ動かし始めた。
フォービスはそれを見ても悠然と立ち続けているが周りのオークは状況の変化に動揺を露わにしている。
その中で僕は男が急に動き出したことよりも別の事、先程の男の名乗りに気を取られていた。
「リザン、さん……?」
僕は顔を上げて男を凝視しながら呆然と呟いた。
なんだかリザンの方が主人公っぽいですね。
もうすぐハイジ君が活躍するときが来るので温かく見守ってあげてください。