5 削られる希望
初めて拷問を目にした日から二日が経ち、ここに来てから一週間になった。 段々体に力が入らなくなってきている。身体を見下ろしてみれば骨が浮き出て肉など殆どない。
一日中重労働を課せられてるのにあれだけ質素な食事を繰り返して来たのだから当然だ。むしろあんな食事ばかりでここまで耐えたことを称賛してほしい。
でももう限界が近づいているのが自分でもわかる。
これから先、近い内に僕の身体は動かなくなるだろう。
少し前から作業道具もまともに振ることが出来ないときがある。
そしてその肉体の衰弱は作業にも影響した。
僕は遂にミスを犯してしまった。
砕いた鉱石を運ぶ途中足腰に力が入らなくなり、バランスを崩した拍子に荷車を倒し集積した鉱石をぶちまけてしまったのだ。
その瞬間、奴隷を監視していたオーク達が僕の周りに集まってくる。
僕はこれから起こる事を想像し恐怖に顔を青褪めさせ逃げるために立ち上がろうとするが、立ち上がる瞬間オークが振り下ろした巨大な足が僕の両足を踏みつけ骨を砕かれる。
「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ⁈」
想像を絶する痛みに悲鳴が迸る。だがオークがそんなことを気に留めるはずはなくすぐに次に移る。
今度は鞭を取り出しそれを二匹のオークが交互に僕の背中に振り下ろして来た。
「痛い⁈ いだいぃぃぃ⁈ お願いです、やめでぐだざいいぃぃぃぃ!」
僕は泣き叫ぶもオークが手を止める気配はない。ならばと周りの奴隷達に助けを懇願する眼差しを向けるが、誰も彼もが目を逸らし助けに動く気配はない。
それを見た僕は絶望し、そして気付いた。
ああ、彼らは数日前の僕なんだと。
彼らは今拷問を受けているのが自分ではないことに安堵している。
誰かが拷問を受ければ少なくともその間は自分が拷問を受けることはなくなる。
僕は彼らの生贄なのだ。
それを理解した瞬間、僕の目からは光が消えた。
そして頭上を仰ぎ見た僕の目に映ったのは更なる苦痛を与えるべく振り上げられた二本の鞭だった。
初めての拷問を体験してから更に一週間が経った。
その間にまたもミスを犯し三回も拷問を受ける羽目になった。その度に全身に渡る苦痛を味合わされ絶叫と共に死を願った。
もう僕の身体ではまともに作業をこなすことは不可能な程に衰弱し、このままでは近い内にまたも何かしらの失敗をするだろう。
でも肉体以上に精神が限界かもしれない。
僕は拷問を受ける度に段々意思をなくした人形の様に、淡々と作業をするようになった。
今日に至るまで僕は自分だけでなく他の奴隷が拷問を受ける様を何度も見て来た。そして鞭打ちなどまだましな方なのだと思い知る。
一日中火炙りにされた者や、腕を千切られてそれを自分で食べさせられた者がいた。そして女の奴隷は僕達の目の前でオークやゴブリンに犯されてどこかに連れて行かれた。
もう涙を流すことはなかった。他の奴隷が拷問を受けているのを目にしても何も感じない。
心に浮かぶのは「ああ、今回はあの人が生贄なんだ……」と、それだけである。
ここに来て初めて知ることになった恐怖と絶望、そして異世界の理不尽さ。優しい世界しか知らなかった僕には余計に辛い現実だった。
隷属の首輪の効果で何とか精神は保たれているが、僕にとってはむしろ壊れてしまった方が幸せだった。
リザンさんとの会話も少なくなっていった。僕が言葉を発さなくともリザンさんは話し続けたが何を言っていたかは覚えていない。
元の世界に残して来た孤児院の皆の顔を思い出すことも日に日に減っていった。
僕の心はこれ以上ない程にボロボロだった。
次の話でラスボスになる……予定のキャラが登場します。