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奴隷の王  作者: 木ノ下
43/43

40 気付くと多い、会話の中のフラグ……

 カロンの西門を出て約二十分。目の前にはデミル鉱山の入口まで続く巨大な森が広がっている。

 木々が鬱蒼と生茂った森の中は奥に進む程薄暗闇が広がっており、不気味な雰囲気を放っている。

 今まで修行で行っていた東側の森は、それなりに木漏れ日も差し込んでいたのでそれ程陰鬱さは感じなかったのだが……目の前の森の雰囲気は魔王の砦の前に広がっていた森に近いかもしれない。

 まあ、いまさら森の雰囲気位で足踏みする程軟弱な精神はしていないのでさくさく進んで行く。それでも警戒は怠らない。

 この森は奥に進む程魔物の強さが上がり、最高でCランクの魔物が発見されている。

 ただし、それはこの森が普段通りだった場合で、今は普通ではない……異常が起きている真っ最中だ。

クレアさんの話では森の入口付近で本来は奥地に生息する魔物が目撃されているらしい。

 Cランク程度なら僕とユニさんなら問題ないが、用心するに越したことはないだろう。


「ハイジ様、来ました」

「うん」


 森の中を進み始めて十分が経った頃、さっそく魔物に遭遇した、のだが……。


「キノコですね……」

「キノコだね……」


 僕達の前に現れたのはまさにキノコを二足歩行にしたとしか表現しようのない魔物だった。

 体長は一メートル程で、傘に当たる部分には黄色い斑点が無数にあり、芯の部分にはしょぼしょぼとした目とジッと目を凝らさなければわからない程の小さな口が見える。


「確か……〝パラライズマッシュ〟、でしたっけ?」


 確かそんな名前の魔物が僕達の目の前に五体同時に現れた。


「はい。傘の部分から麻痺の効果がある粉を散布し、獲物が動けなくなってから仕留める魔物です。Dランクの魔物ですが、遠距離攻撃の手段を持っていない者にとってはその能力は厄介ですね」

「えーと、じゃあ近付くのはマズいですかね?」

「そうですね……。ここは私にお任せを」


 ユニさんはよたよたと赤ん坊の様な足取りで近付いて来るパラライズマッシュに向けて右手を掲げ――


「ウインドカッター」


 無数の不可視の風の刃をパラライズマッシュ目掛けて放つ。


「ピギャッ⁈」


 スパスパと胴体を両断されていくパラライズマッシュは甲高い悲鳴を上げてぼとぼとと地面に倒れていく。

 両断された断面からは血の代わりに気持ちの悪い紫色の液体を垂れ流していた。

 なんかあっさり終わったけど、Dランクの魔物ってこんなに弱かったっけ? 初級魔法で一撃って呆気なさすぎだろ……。いや、そう言えば魔法は使用者の力量で威力が変わるんだったな。ユニさんならこれ位余裕か。

 あっ、そう言えばまだあの魔物のスキルは持ってないじゃん……。一匹位残してもらえばよかったな――って、


「ユニさん、また来ました」


 ユニさんに労いの言葉をかけようと口を開いた時、パラライズマッシュの死体の奥の茂みから他の魔物の気配を捉えた。

 現れたのは緑や茶色の肌をした体長百五十センチ程の体を持ち、ゴブリンをそのまま成長させた様な魔物――〝ホブゴブリン〟。

 それぞれの手には棍棒や所々錆付いた剣や槍を持っており、中には革鎧を身に着けている個体もいた。

 前方の茂みから現れたホブゴブリンは十体以上――いや、前だけじゃない。周囲に目を配って気配を探ってみると、すでに囲まれていることに気付いた。

 全部で何体いるのかはわからないが、少なくとも三十体はいるだろう。

 パラライズマッシュに気を取られているうちに接近されたのか。


「一体のホブゴブリンの元にゴブリンが集まって群れを形成すると言うのは聞いたことがありますが、ホブゴブリンだけの群れと言うのは聞いたことがありませんし、今日初めて見ました」

「そうなんですか?」

「はい。種族的な特性なのか、通常ホブゴブリン同士が徒党を組むことはないのですが……そうしなければならない程の異常が森で起きているということでしょうか?」


 本来の特性を曲げてまで協力しないと生存が困難になったと……そういうことか?

 元々森に生息していた魔物は鉱山から下りて来た魔物のせいでここまで生息区域を移したって言ってたが……もしかしたら鉱山に生息していた魔物達も住処を追われて森に来たんじゃないのか?

 もしそうだとしたら、鉱山を住処とする魔物――Bランクに指定される魔物ですら敵わない強敵が現れた可能性も出て来る。


「ハイジ様?」

「あっと、すみません」


 不吉な予感を感じてついつい思考が現状から離れてしまったが、今は先にやることがあった。


「僕は前をやります。ユニさんは後ろから来る奴らをお願いします」

「はい」


 さっき浮かんだ懸念はこの場を乗り切ってからユニさんに相談しよう。

 僕は腰からショートソードを抜き放って前方のホブゴブリンの群れに突っ込む。

 一番前にいたホブゴブリンが振り下ろして来た剣を躱して通り抜け様に首を斬り落とす。

 動きを止めずに群れの中を縫うように走り抜け、すれ違うたびに確実に一体ずつ仕留めていく。

 ホブゴブリンも武器を突き出したり盾の代わりにして防ごうとしているが、一つ一つの動作にかかる速度や鋭さが圧倒的に違い過ぎるために全く対応出来ていない。

 スキルの〈咆哮〉を使えばホブゴブリン程度なら一発で行動不能にして楽に殺せるのだが、それだと技術面での成長が滞ってしまうので、こうしてわざわざ一体一体相手にしているのだ。

 それがわかっているからユニさんも強力な魔法で一気に殲滅するとは言わなかった。

 まあ、さっきから一合も切り結ぶことなく倒しているから練習になっているかは微妙な所だ……。

 意識を剣と敵の動きに集中してそろそろ二十体目を倒したかという頃、周囲から自分に向けられる殺意や敵意がなくなったことに気付き、構えていた剣をゆっくりと下ろす。

 周りには首の無くなった死体が夥しい血を流して散乱している。ユニさんの方はと視線を向けると、こっちは首どころか腕、足、胴と、至る所を両断されたホブゴブリンの死体が転がる中でユニさんが僕の方を見詰めていた。

 どうやら先に倒し終わって僕の戦闘を眺めていた様だ。

 見られていたと思うと、少し恥ずかしい気持ちが生まれると同時に変な動きはしていなかったかと心配になる。

 だが、にこにこしている所を見ると特に問題はなかったのだろう。

 胸中でホッと安堵の息を漏らしながらユニさんの元まで戻る。


「お疲れ様ですハイジ様。また一段と動きが良くなりましたね」

「ありがとうユニさん。まあ、相手が相手だし……」

「そんなことはありません。まるで水流の様に滑らかな動きでした」


 お褒めの言葉と共に頭を撫でられる。

 何だか子ども扱いされてる様で少しもやもやする気持ちと、好きな人に頭を撫でられて嬉しい気持ちがごっちゃになって何とも言えない心境になってしまった。


「あー、それはそうとユニさん」

「ふふっ、何ですか?」


 本当に用はあったのだが照れ隠しも混ざっていることに気付いたのだろう、ユニさんは微笑ましそうな笑みを浮かべている。

 その笑顔に若干顔が熱くなりながらもホブゴブリンと戦闘を始める前に思った考えを伝える。

 僕の話を聞いたユニさんは――


「成程……確かにその可能性はありますね」

「あくまで予想と言うか推測と言うか、確証はありませんけどね」

「ですが、それなら鉱山の魔物が森に下りて来ていることにも納得出来ます。最悪Aランク以上の魔物が鉱山に住み着いている可能性もありますし……一度街に戻りますか?」

「うーん……」


 ユニさんの言う通り街に戻ってもいいとは思うんだけど……さっき言った様にあくまで推測に過ぎないんだよなあ。

 何の確証もない推測をギルドに報告する訳にはいかないし、森に入ってまだ数十分しか経っていない。

 何かしらギルドに報告するにしても一度麓まで行って様子を見た方がいいだろう。一応依頼として受けている訳だし。


「当初の予定通り一度麓まで行ってみましょう。鉱山に着いても中には入らないで少し様子を見たら戻るということで」

「そうですね……ただ、森の中を進む過程で危険だと判断したらその時点で引き返すということでいいですか?」

「はい。その辺の判断はユニさんにお任せします」


 撤退の判断を下すのは僕よりも経験の多いユニさんに任せた方がいいだろう。その方がユニさんも安心出来るだろうし。


「わかりました。とにかく油断しない様に進みましょう」

「はい」


 一先ずは様子見と言うことで意見が一致した僕達は、さらに奥へと進むことになった。






「せいっ」

「キイイイイイ⁈」


 頭上から鞭の様にしなりながら襲い来る枝を躱し、振り払った剣先で枝を半ばから切断する。

 自身の体の一部を切断されて怯んだ敵――植物系の魔物であるトレントの上位種であり、トレントの一・五倍程の大きさを誇る〝エルダートレント〟の懐に肉薄して幹に浮かんでいる目に当たる部分に剣を突き立てる。


「ギイィ⁈」


 エルダートレントの目に突き立てた剣をそのまま横薙ぎに振るい、ザックリと幹を切り裂く。

 さらに、切れ目が大きくなる様に切り口の上側の幹を思い切り蹴り飛ばしてその場を離脱する。後方宙返りをしながら地面に着地すると、目の前のエルダートレントは口を開けるかの様に切り口をどんどん広げながら後ろに倒れていき、幹をボッキリと真っ二つにして絶命した。


「っと!」


 エルダートレントが死亡したのを確認していた僕の左右から新たな枝が伸びて来た。

 バックステップで躱した僕の眼前を真横から伸びて来た二本の枝が交差する様に過ぎ去っていく。

 そのうちの一本を掴み取り、脇に抱え込む様に持つ。そのまま――


「おりゃああ!」


 思い切り腰を捻った勢いで枝の先にあるエルダートレントの本体ごと引っ張り上げる。

 持ち上げたエルダートレントごと高速で腰を回転させ、反対側にいたエルダートレントの側面に振り回したエルダートレントをハンマーの様に叩き付ける。


 バキキッバキャボキン!


 衝突した瞬間、互いの幹から伸びる枝が次々と折れる音を響かせながら二体揃って絡み合う様に地面を転がっていく。

 折り重なる様に転がっているエルダートレントの上空に跳躍し、落下の勢いを乗せた正拳突きを上になっているエルダートレントの幹に叩き付ける。

 魔力を纏った拳は上になっていたエルダートレントの幹を爆散させる様に突き破り、下敷きになっていたエルダートレントの幹までまとめて粉砕する。幹どころか僅かに地面にまで潜り込んでしまった拳を引き抜いて起き上がった時には、すでにエルダートレントはただの木片へと姿を変えていた。

 粉砕した際に舞い上がり、体に降り掛かって来た木片を払いながら少し離れた場所で戦闘していたユニさんの様子を窺う。


「終わってるし……」


 振り返った先にはエルダートレントやただのトレントの残骸となった幹の上にお嬢様座りをして全身からピンクのオーラを発しながら僕の方を見ているユニさんがいた。なんか前にも……いや、この森に入ってから約二時間、似た様な光景を何度も目にした覚えがある。

 目の前の光景にデジャブを感じながらユニさんの方に歩いて行く。


「何だか戦闘が終わるの早くないですか?」

「だって、そうすればハイジ様の戦う勇姿をゆっくり見れるじゃないですか」


 ぽわぽわとした雰囲気を纏ったユニさんの台詞に唖然とする。

 ゆっくりって……。

 Cランクの中でも上位に位置するエルダートレントを六体同時に相手をして五分もかかっていないはずなんだけど……それでもゆっくりってどんだけ早く片付けたんだ? 確かユニさんは十体位まとめて相手にしてたはずだが……。

 そういえば戦闘開始直後にユニさんの方から凄い衝撃音と突風がしたけど、まさかあれ一発で殲滅したのだろうか……? 僕の戦う姿を見たいがために全く相手にされずに瞬殺とは……哀れトレントなり。


「そ、そうですか。さすがですユニさん」

「うふふっ」

「と、取り敢えず先に進みましょうか?」

「はい」


 頬を染めながらテレテレと照れる姿は可愛いんだが、今は依頼の真っ最中であり、ユニさんの雰囲気に流されてイチャイチャしている場合ではない。

 僕達は周囲を警戒しながら鉱山の入口を目指して森を進む。

 その途中でふと思い出したことをユニさんに聞いてみた。


「そういえば、カロンを目指してユニさんと街道を旅していた時もトレントと遭遇しましたよね?」

「そういえばそうですね。あの時は何故あんな場所にトレントが出現したのか不思議だったのですが……今思えばあれが異変の前兆だったのかもしれませんね」

「一週間以上も前からすでに何かが起きてたってことですか……」

「タイミングも悪かった様ですね。この森に生息する魔物ならCランク……入口付近ならギリギリDランクの冒険者パーティでも何とか対応できますが、鉱山の中に入っての依頼となるとBランク以上の冒険者でなければ殆ど生存率はありません。Bランク以上の冒険者が大勢街を離れてデミル鉱山に関する依頼を受ける者がいない時に一気に異変が加速したのでしょう」

「運が悪かったとしか言えませんね……。出来れば大した異変じゃないといいんですけど」


 それからさらに森の中を移動して三十分程の時が経ち、僕達はついにデミル鉱山の入口に辿り着いた。


 リアルの方が忙しくなり、次回からしばらく次話までの更新の期間が今までより長くなります。

 一ヶ月程で時間は取れる様になるのですが、同時に進めているもう一つの作品の方にしばらく集中したいと思います。よろしければそちらもご覧ください。

 読んでくださっている皆様、申し訳ありません!

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