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奴隷の王  作者: 木ノ下
42/43

39 異変

 今日の修行と依頼を終え、ユニさんと手を繋いで冒険者ギルドの扉を潜る。

 普段からそれなりの喧騒に包まれているギルド内だが、今日は入った瞬間にその喧騒の中にどこか慌ただしさを感じた。

 カウンターの奥にいる職員さん達は落ち着かない様子で互いに指示を出し合う声がここまで届いて来るし、普段依頼書が張り付けられているボードの脇にはギルド内の殆どの冒険者が集まり、今朝見た時にはなかったはずの新たに立てられた小さめのボードに張り付けられた一枚の依頼書を見て、ざわざわと隣や近くにいる仲間の冒険者と話し合っている姿がある。


「何かあったんでしょうか?」

「さあ……取り敢えず依頼達成の報告を先にしませんか、ハイジ様?」


 明らかに何かあったとわかる雰囲気に興味が引かれるが、ユニさんの言う通り先に本来の目的を済ませてしまおうと、一先ずカウンターの方に向かった。

 カウンターには何人か受付嬢さんがいるが、特に込んでいる時でもなければ僕は最初の登録の時にお世話になったお姉さん――クレアさんの所に並んでいる。


「すみません、依頼の報告に来たんですけど……」

「あっ、お疲れ様です! ……って、ハイジさんでしたか」


 カウンターの上で凄まじい勢いで手を動かして書類に何かを書き込んでいたクレアさんに恐る恐る声をかけると、跳び上がる様に返事をした後に声をかけたのが僕だと気付くと緊張を解いて柔らかく微笑んだ。


「はい。何だか忙しそうな所すみません、クレアさん」

「いえ、大丈夫ですよ。それで、依頼の報告ですよね?」

「はい。ホーンラビットの毛皮の採取です」

「わかりました。それではそちらの台の上に剥ぎ取った素材を出して貰えますか?」


 クレアさんに言われた通り、カウンターの隣に設置されている台の方に移動し、台の上に剥ぎ取った(僕の修行中にユニさんが全部集めて来てくれた)ホーンラビットの毛皮を出していく。


「とても綺麗に処理されていますね……。全て問題ありません」

「よかったです」

「それでは報酬の千五百バリツをすぐにご用意いたします。それと、今回の依頼でハイジさんのランクはDランクへと昇格となります。今すぐ手続きをいたしますか?」

「はい。お願いします」

「ではギルドカードをお預かりします」


 クレアさんは僕からギルドカードを受け取るとカウンターの奥の扉に入って行き、ほんの数分で再び戻って来た。


「お待たせしました。お預かりしたギルドカードと……こちらが今回の報酬となります。どうぞお確かめください」


 クレアさんに差し出されたギルドカードを受け取り見てみると、確かに冒険者ランクがDになっていた。次にトレーの上に乗っている銀貨一枚と大銅貨五枚を袋にしまう。

 これで本来の用事は終わりなのだが――


「あの、クレアさん」

「? はい、何でしょうか?」

「何だか今朝とギルド内の空気が違う様な気がするんですけど、何かあったんですか?」


 せっかくなのでクレアさんにさっきから気になっていたギルドの様子を聞くことにした。


「ああ……やっぱりわかりますよね」


 クレアさんは依頼書が貼られたボードの前に集まった冒険者をチラリと見て苦笑を浮かべると、再び僕に視線を合わせる。


「実はデミル鉱山に生息している魔物が山を下りて大量に森に出て来ているという報告があったんです」

「デミル鉱山の魔物が、ですか?」


 デミル鉱山と言うのはカロンの西門を出た先に広がっている森を抜けた先にある。

 クレアさんの話では、ギルドに報告してくれたのはデミル鉱山の方に依頼で行っていたBランク冒険者のパーティらしい。

 森の中を進んでいた所、本来なら森の奥深くに生息しているはずの魔物の姿を森の入り口付近で数多く見かけたことで何かがおかしいと感じた彼らが、森の出口でもあるデミル鉱山の麓まで行った結果、鉱山に生息している魔物がどんどん森に入って来るのを見たらしい。

 そこで、いったん街に戻って来た冒険者の報告を受けたギルドが、『デミル鉱山の異変調査と森に溢れた魔物の討伐』という名目で依頼書を発行し、それを見た者や同業者から聞いた冒険者達が依頼書の前でたむろしていた様だ。


「へえ……今朝街を出た後でそんなことがあったんですね」


 おそらく元々森の中に生息していた魔物達は、鉱山から降りて来た魔物に本来の住処を追われて森の入口近くまで逃げて来たんだろう。

 参加資格はDランク以上らしいので今ランクアップした僕も受注することが出来る。情報を持ち帰る度に報奨金が出るし、討伐した魔物の素材も相場より高く買い取ってくれる様だから僕もこの依頼を受けておこうと思ったんだが――


「本当は一介の受付嬢でしかない私が冒険者の方にこんなことを言うのはよくないのですが……やめた方がいいと思います」

「え?」

「確かに参加資格はDランク以上になっているのですが、本来この依頼の適性ランクはBランク以上なんです」

「Bランク以上? どういうことです?」

「それなりに緊急性の高い依頼ですので早期の解決をギルドとしては望んでいるのですが……ちょうど同じ時期に他の魔物の討伐や護衛任務で街を空けているBランク以上の冒険者パーティが大多数いまして、今カロンに残っているBランク以上の冒険者は十人もいないんです。やむを得ず参加資格をDランクまで下げ、冒険者の方々が持ち帰った情報に対する報酬や討伐した魔物の素材の買い取り価格を上げることで対応しています。勿論この辺の事情はあそこに張り出されている依頼書にも書かれています」


 そういうことか……。


「冒険者というのは何があっても自己責任となりますから、ギルドが条件を満たしている方に不参加を強制することは出来ませんが……ハイジさんはまだお若いですし無理をする必要はないのではないでしょうか?」


 うむむ……クレアさんが純粋に心配してくれて言ってくれているのはわかるんだが――


「私はハイジ様がお決めになったことに従いますよ」


 チラッとユニさんの方を見ると、微笑みと共に小さい頷きが返って来た。ユニさんは本当にマズいと思った時は僕のことを止めてくれるから、この依頼に関しては問題ないと考えているんだろう。

 確かにギルドカードの上ではDランクとなっているが、実際の実力で言えばユニさんはAランク。僕も技術面はともかくスペックだけなら多分それくらいはある。

 それに、今まで修行に行っていた森の魔物では相手にならなくなってきたし、鉱山の魔物というならまだ持っていないスキルもきっと手に入れられる。そこに加えて少しの情報だけでも報酬は出るし、素材も高く買い取ってくれるとなれば――


「すみませんクレアさん。この依頼、僕にも受けさせてください」

「……わかりました」


 僕がそう言うと、クレアさんは心配顔のまま小さく溜息を吐きながらも手続きに入ってくれた。

 申し訳ないとは思うが、こればかりはどうしようもない。


「お連れの方がいれば大丈夫だとは思いますが……くれぐれもお気を付けください」


 クレアさんはユニさんの方をチラリと一瞥して僕に顔を戻す。

 ……怖がっている訳ではない様だが、やっぱりまだユニさんのことが苦手そうだ。まあ、このことに関してはクレアさんに限らず時間をかけるしかないと思っているし、ユニさんも特に気にしていない様だから僕も今は何も言わない。

 最後まで注意を促してくれるクレアさんに礼を言い、僕達はギルドを後にした。






 ギルドを出た僕達はデミル鉱山の調査に行くのは明日からにして、今日の所はバンさんの宿に戻ってさっきクレアさんに貰ったデミル鉱山の資料を読んで予習しておくことにした。

 相変わらず街を歩くと突き刺さって来る視線を無視して一本の路地裏に入り、そのまま細い道をどんどん進んで五分位で宿泊している宿の前に到着する。


「ただいまバンさん」

「ん? おお、帰ったか」


 扉を開けてカウンターの奥に座って何かの記事を読んでいるバンさんに声をかけながら中に入る。僕の後ろではユニさんが軽く頭を下げている。

 僕達に気付いたバンさんは読んでいた記事から顔を上げてこっちを向く。


「今日は早かったな。この後また出るのか?」

「いえ、今日はもう終わりです。明日デミル鉱山に行くので、このまま部屋に戻ってギルドで貰った資料を読んで勉強してます」

「デミル鉱山? あそこにはたまにBランクの魔物が出るって聞くが大丈夫なのか? 鉱山に行くまでの森に生息している魔物もそれなりに強いらしいが……」

「大丈夫です。明日は鉱山の入口まで行って少し様子を見たら帰って来ますし、ユニさんもいますから」


 バンさんに答えながらユニさんと繋いでいる手をニギニギすると、ユニさんもきゅっきゅっと握り返して来た。あー、癒される。


「まあ……嬢ちゃんがいれば大丈夫か」


 若干眉を顰めていたバンさんもユニさんの方を見ると納得して頷いている。隣を見上げて見るとユニさんは頬を染めて恥ずかしそうに目を泳がせていた。

 まるでユニさんの実力を知っているかの様な言い方だが……実はその通りで、バンさんは以前にユニさんが戦う所を直に見たことがある。

 この宿は大通りから逸れて路地裏を進んだ場所――いわゆるスラム街に建っている。そんな日の当たる世間から切り離された不法地帯とも言える場所で宿を経営していれば、当然この辺をねぐらにしている住人に目を付けられる。

 しかも、今はユニさんの様な美人な女性が宿泊していて、お供にいるのは僕みたいな子供だとわかればよからぬことを考える輩が出て来るだろう。

 予想通りと言うか何と言うか……数日前の朝に宿を出た所を待ち伏せしていたスラムの住人に囲まれたのだが……彼らは実に運がなかった。

 よりによって僕達が恋人となってからユニさんのデレ度がピークに達している時に襲って来たものだから、邪魔をされたユニさんの怒りはそれはもう凄まじかった……。

 ヤバそうだと感じた僕が落ち着くように声をかけようとするよりも早く、ユニさんは魔法を発動。小規模な竜巻が囲んでいた奴らを全て吹き飛ばし、そのまま宿の正面に建っていたボロボロの廃屋に直撃して粉々に吹き飛ばした。

 騒ぎを聞きつけて外に出て来たバンさんは泡を吹いて倒れるスラムの住人と吹き飛んだ廃屋、そしてこの状況を引き起こした荒ぶるユニさんを見てしばし唖然。

 そんな一件があり、さらにエルフは純血やハーフに限らず魔力が豊富で魔法の扱いに長けているということで、バンさんはユニさんを実力者と認めているのだ。

 ちなみにバンさんは元冒険者らしく、ランクは教えてくれなかったがかなり腕の立つ冒険者だった様だ。今まで宿のお金や食材をくすねようとする奴はバンさんが自分で対処していたらしい。


「そういう訳なので」

「まあ、油断はするなよ。晩飯はいつも通りだな?」

「はい。よろしくお願いします」


 初めて宿泊した当初に比べて随分と親しくなったと感じるバンさんとの会話を終え、僕達は階段を上って自分達の部屋に戻る。


「ハイジ様」


 荷物を置いてローブを脱いでいると、後ろからユニさんが声をかけて来た。

 何の用かは聞かなくても分かっている。

 脱いだローブの埃を軽く払ってから振り返ってユニさんに手渡す。


「ありがとう」

「うふふ」


 ユニさんは鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気を全身から発しながら、僕から受け取ったローブと自分のを合わせて部屋に備え付けられている小さなクローゼットに引っ掛けにいった。

 部屋に戻ってすぐに僕のローブを受け取って片付けにいく姿は、まるで家に帰った夫を迎える妻の――ゲフンッゲフンッ! いかんいかん、それはまだ早い。


「あら? ハイジ様、喉の調子が悪いんですか?」

「んんっ! いえ、何でもありません」

「そうですか?」


 僕が誤魔化すように咳払いをして椅子に座ると、ユニさんも首を傾げながら対面にあった椅子をわざわざ僕の隣に持って来て腰を下ろした。

 さーて、クレアさんから貰った資料はっと……おっ、あったあった。

 片付けていた資料を取り出し、テーブルに広げてユニさんが見える様にする。


「ユニさんはデミル鉱山に行ったことあります?」

「いえ、私もまだ行ったことはないですね。生息している魔物やランクはある程度知っていますが」


 ユニさんでも知らないとなると、やっぱり頼れるのはクレアさんに貰った資料しかない訳だ。

 取り敢えず資料を開いて中を覗き込んでみる。

 そこにはデミル鉱山で取れる鉱石や生息している魔物、簡単な地図などが書かれていた。

 何十年か前から魔物がデミル鉱山に住み着くようになったらしいのだが、月日が経つ毎に生息する魔物の強さがどんどん上がっていき、今では時々Bランクの魔物も目撃される様になったために常に護衛の冒険者がいなければ作業員が現場に常駐しての採掘が困難になったらしい。

 そのため、今ではそれぞれ必要な者や商会がギルドを通して依頼を出し、必要な時に必要な分だけを冒険者がデミル鉱山へ採掘に行くようになった様だ。採掘現場には装置や工具はそのまま残っているらしく、鉱石を採掘に行った冒険者は基本的にそこに向かうそうだ。貰った資料に記されている地図にはその採掘現場までのルートが記されていた。

 ちなみにデミル鉱山で主に採掘されるのは鉄鉱石で、滅多にないが魔石も採掘されることもある。最近ではかなり希少なミスリル鉱石も出て来たらしい。

 そこまで読んでいて思ったんだけど、鉱石は武具を造る素材になるそうなので店で新しい武器を買えないのなら素材を集めて鍛冶師の所で一から造って貰えばいいんじゃないだろうか……?

 ああでも、カロンでは僕達の噂が出回ってるから素材を持ち込んでも話すら聞いてもらえないかもしれないな……。

 ……いっそのこともう少し資金が貯まったらこの街を出て別の街に向かうか? せっかく異世界に来たんだから観光とかもしてみたいし、確かカロンを出て北の街道を進めば王都があるって言ってたはずだ。


「うん、それがいいかもしれない……」

「ハイジ様?」


 僕の独り言が聞こえていた様だ。ちょうどいい、ユニさんにも聞いてみるか。


「ユニさん、ちょっと提案があるんですけど」

「何でしょう?」


 僕は今考えたことを一通りユニさんに話してみた――


「そうですね……確かに王都に向かうというのは悪くない手だと思います」


 ユニさんは顎に人差し指を当てて思案し、しばらくして頷く。


「王都なら腕のいい鍛冶師もいるでしょうし……武具屋にもハイジ様だけで行くか、私が顔を隠して行けば売ってくれると思います」

「じゃあ、ユニさんは賛成と言うことでいいですか?」

「はい。最近街の住人の視線が前よりきつくなってきて居心地も悪くなってきましたし……って、その原因であり迷惑をかけている私が何を言ってるんだって話ですよね」

「ユニさん……」


 眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をするユニさんを見て僕は――


 ――ギュッ。


「! ハイジ様……?」


 無意識のうちにユニさんの手を握っていた。


「ユニさんが気に病む必要なんかないですよ。それに、迷惑なんかいくらだってかけてくれて構いません。僕はユニさんのこ、こい、恋人じゃないですか!」


 肝心な所で若干どもってしまったが、僕は真剣な表情で訴えかける様にユニさんを見詰める。

 ユニさんは周囲の自分に対する視線や悪感情に関しては割り切っている様だけど、そのせいで僕に何かしら負担が掛かる様なことになると途端に気にして自嘲する癖がある。

 ユニさんには何も落ち度はないのに、彼女のことを何も知らない連中が勝手なことを言って勝手に騒いでることに気に病む必要は全くない。それでも、この先もこういったことが起これば僕が気にするなと言ってもきっと申し訳なさそうな顔になって何度も謝って来る。

 なら、僕が出来るのはその度に何度でも笑ってユニさんを受け入れてあげることだろう。

 今が僕の恋人としての度量を示す時だ!


「ハイジ様……」


 互いに見つめ合っているうちにユニさんの頬は桃色になっていき、瞳もうるうると潤み始めた。

 さっきまでの幾分か暗くなっていた顔が今ではすっかり蕩けた顔に様変わりしていることから、すでにさっきまでの嫌なことは忘れているに違いない。

 この状態になったユニさんはしばらく大変なことになるのだが……まあ、暗い顔をされているよりはこっちの方がずっといいよね。

 僕は頬に伸ばされるユニさんの手と、目を閉じて近付いて来る唇を黙って受け入れた――






 そんなこんなで翌日の朝。

 え? あの後どうなったか? そうですね……あの後僕の顔中にしばらく柔らかな雨が降り注いだくらいですかね。大人の階段を上るにはまだ早いですから。

 その後はすっかりご機嫌になったユニさんとちゃんと今日の打ち合わせをしましたとも。

 まあ、打ち合わせといっても貰った資料を読み、出発時刻の確認や今日はどの辺まで進むかを話した程度だけど。

 ユニさんとの朝の挨拶の後、いつも通りバンさんが作ってくれた朝食を胃に収め、『いってきます』の挨拶と共に宿を出る。


「今日もいい天気ですねえ」

「少し暑くなりそうですね。水分はしっかり摂ってくださいねハイジ様?」


 宿を出発して大通りに出た僕達を照らし出す朝の日差しを浴び、ユニさんの注意を聞きながら今日も手を繋いで元気に街の門へと向かう。


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