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奴隷の王  作者: 木ノ下
41/43

38 新しい関係

「ブオオオオォォォ!」


 目の前で醜悪な豚面を歪めて更に醜い顔になったオークが雄叫びを上げながら手にした棍棒を振り下ろして来る。

 敵の動きをよく観察し、ギリギリまで引き付けてから体を半歩横にずらして回避する。


 ドンッ!


 棍棒が地面を叩き付けた衝撃音が響き、土が弾け飛ぶ。避けただけで終わっていれば降りかかる土砂の被害に遭っていただろうが、僕はすでにその場から移動を終えてオークの背後に回り込んでいる。

 背を向けているオークに向かって跳躍し、がら空きの首目掛けて小剣(ショートソード)を横薙ぎに振るう。


 ザンッ!


 僅かに筋肉の抵抗を感じながらも一太刀でオークの首を刈り取ることに成功した。

 クルクルと宙を舞っていたオークの頭部が地面に落下し、胴体の方も地面に崩れ落ちるのを確認した後、僕は軽く息を吐きながら小剣を鞘に戻す。


「ふう……」


 後ろを振り返って見れば、今倒したオークの他にも至る所に頭部を刈り取られたオークの死体が転がっている。

 全て僕が始末したのだがざっと見ただけでも軽く十体は超えている。

 ギルドがオークに定めている強さはDランク。

 駆け出しを卒業した冒険者が相手にするような魔物だが、このランクはあくまで魔物を単体で見た場合に過ぎない。

 Dランクの魔物とはいえ群れになれば当然危険度は跳ね上がり、上位の魔物にすら匹敵するようになる。

 今回は二桁を超すオークが相手だったから……おそらくCランクの中~上位の魔物を相手にする位の難易度だったのではなかろうか。

 そんな状況でも特に危なげなく全て始末することが出来たことを考えると、下位の魔物が相手なら群れを丸ごと相手にしても問題ないだろう。

 今の自分が相手にできる戦力を把握しながら考察していると、後ろから僕の方に近付いて来る小さな足音が聞こえた。


「ハイジ様」


 足音が止まった代わりに呼び掛けられた声に振り向くと、透き通る様な銀髪を揺らし、エメラルドグリーンの輝きを持った瞳を優しく細めて僕を見つめる少女――今では僕の恋人となったユニさんが立っていた。


「お疲れ様ですハイジ様。素晴らしい動きでした」

「ありがとうユニさん。でも相手はDランクだからね。これ位はできないと」


 混じり気のない純粋な称賛に少し恥ずかしくなり、照れ隠しの様な返事になってしまった。

 そんな僕に、初めて出会った頃から変わらない微笑ましそうな笑顔を。でも、そんな笑顔の中に籠められている隠しきれていない――否、隠す気のない熱っぽさを向けてくる。

 その視線から今までの様な親愛の情ではない、明らかな異性に対する愛情を感じ頬が熱くなってくる。

 そんな少々照れ臭いながらも決して嫌ではない感情を向けられているのを感じながら、僕は一週間前の出来事を思い出していた――――。






 都市カロンに着いて冒険者登録をした翌日。

 初めての依頼である薬草とハーブの採取をこなして自分の手にしたスキルを試していた時、僕の話が引き金となってユニさんが抱えていたトラウマが芽吹き、我を失う程心を乱し襲い掛かられる事件があった。

 何とかユニさんの暴走を抑え、ユニさんが心に抱えるトラウマを解消することは出来たのだが……その過程で殆ど勢いに任せてユニさんに告白――そう、愛の告白をしてしまったのである。

 あれは本当に恥ずかしかった……。

 その後、何故か言い争いになってしまい、これまた殆ど勢いでユニさんからも僕のことを好きだと告白された。

 互いの気持ちを確認し相思相愛となったのはよかった。

 問題はその後だ。……いや、決して嫌だった訳ではないから問題とは言えないかもしれないけど。

 なんと言うか……そう、近いのだ。

 互いの気持ちを知ったことで心の距離が縮まったというのも勿論ある。でもそれだけじゃなくて、物理的に近い……。

 ユニさんとの戦闘が終わった後、ひとまずギルドに依頼達成の報告をしたらその日はもう宿屋で休んでいようと思ったのだが……森からギルドに戻るときも、ギルドから出た後も体が触れそうなくらいにピタリと寄り添ってくる様になった。

 さらにギルドに報告した後、都市の中で開かれている露店で昼食用の串焼きやサンドイッチを買って、都市の中心にある広場に置かれていたベンチで食べようということになったのだが……何故かユニさんは僕に手ずから食べさせようとしてきた。所謂『はい、あ~ん』である。

 流石に公衆の面前でそれは恥ずかしかったので遠慮しようと思ったのだがユニさんは頑として譲ろうとせず、更に反則とも言えるうるうると潤み切った瞳と共に『嫌、ですか……?』なんて訴えられて言われたら……男だったら断れないよねー。

 その時だけは僕らの前を通りかかった人達もユニさんを見ても嫌悪や悪意よりも生暖かい視線の方が多かった気がした。

 衆目に晒されながらの羞恥プレイに耐えながら何とか完食することはできた。――が、そんなことはまだまだ序の口に過ぎないとばかりにユニさんの猛攻は続いた。

 昼食後には宿に戻ってこびりついた泥や血を拭きとろうと思い、バンさんに頼んで用意して貰ったお湯が入った桶と布を手元に用意して上着を脱いだのだが……服を脱いでいた間に何故か手元に置いていた桶と布が消えている。

 どこにいった? と思い周囲を見渡して見ると、これまた何故かユニさんがそれらを手にしてニコニコと笑っているではないか。

 その光景を見ただけでこの後の展開は予想できたのだが、一応抵抗を試みた。

 当然と言うかなんと言うか、結局僕が身を引くことになったが……。

 僕の上半身を拭いた後、頬を染めながらやけにギラギラした眼差しを僕の下半身に向けていたが流石にそこだけは死守した。

いくらなんでも恥ずかし過ぎる……。

 そして、やけにくっ付いてくるユニさんをそのままについに就寝時間。

 もしやと思っていたが、やはり自分のベッドには入らずに眠るために横になった僕の隣に潜り込んできた。

 目の前にいる好きな少女の頬を染めた美貌に自分も真っ赤になりながらベッドから出ようとしたのだが、素早く伸びてきた両手にがっちりホールドされ抵抗虚しくそのまま就寝。

 そして翌日になってもユニさんの猛威は治まらなかった。

 朝、目が覚めればおはようのキスをされ、朝食の席ではバンさんの呆れた視線を受けながらも当然の様にまたも『はい、あ~ん』だ。

 次の依頼を受けるためにギルドに向えば、悲しいことに身長差で腕を組むことは出来ないが手を繋いだ状態でギルドの中にまで入ってしまい、周囲と受付嬢の視線に耐えられなくなり、さっさと依頼を受けてそそくさとギルドを後にした。

 その後は初日と一緒だ。

 薬草やハーブとは別の採取依頼を終え、都市に戻るとユニさんの行動を含めて初日とほぼ同じことを繰り返した。

 細部は所々違うものの、結局一週間に渡ってずっとユニさんの迸り過ぎた愛を受けながら過ごして今に至っている。

 別にくっ付かれたり世話を焼かれるのが嫌いな訳ではない。僕とてユニさんが好きなのだからむしろ嬉しいことだ。

 ……だが!

 異性を異性としてはっきり好きになったことが初めての恋愛経験ゼロの男子には、ユニさんの様な年上の魅力溢れる女性からの熱烈な愛情表現は刺激が強過ぎる!

 特に、今でこそ多少は慣れてきたが最初の数日は一緒のベッドでまともに睡眠を摂ることなど不可能に近かった。

 同じベッドに入っていることでさえ緊張するというのに、ユニさんは僕の頭部を自分の胸元に抱える様にして眠るので色々と柔らかい物が当たって余計に眠ることが出来ない。

 あの頃は鏡なんぞ見なくても目の下に隈が出来ているのがわかった。

 まあ、ユニさんも最近は少し落ち着いてきた様で、二人きりの時は相変わらずだけど最初の頃の様に人目も憚らずということはなくなった。

 贅沢な悩みだとは思うけどもう少し押さえてくれてもいいかもしれない。






「どうかされました?」


 ユニさんに名前を呼ばれて現実に引き戻された。

 どうやら回想に囚われてぼーっとしていた様だ。


「いや、なんでも」

「そうですか? それはそうとかなり魔力制御が上達しましたね」


 僕の様子については特に気にすることなく、話題はついさっきの戦闘に移った。


「いえ、まだまだです。ユニさんの様に無駄なく纏わせることはまだ出来ませんから」


 僕は鞘に戻した小剣に視線を落としながら言う。


「それでも素晴らしい進歩ですよ。ハイジ様が魔力の操作を覚えてからまだ数日しか経っていないのですから」


 今の会話からもわかると思うが、実は数日前からユニさんに魔力とそれを戦闘に応用する術を教わっていた。

 イチャイチャするだけじゃなくちゃんと鍛練もしているんですよ?

 まあ、とにかく、魔力制御は冒険者ならほぼ全員が会得している技能らしいので、話を聞いた僕はさっそく修業を始めたのだ。

 まず魔力というのは誰もが持っている物であり、それは魂を動力源として生み出されるらしい。この辺は砦にいた頃フォービスがチラッと喋っていた気がする。

 そして生み出された魔力は一つの塊となって体内に存在している。

 魔力制御の修業はまず体内に存在する魔力を感じることから始まる。

 とりあえず目を瞑って意識を体内に集中してみたのだがさっぱりわからない。

 ユニさんが強い魔法を放とうとしていた時、何か目に見えない力が掌に集まっているのを感じたことがあったから案外簡単にいくかと思ったけどそうはいかなかった。

 なかなか自分の魔力を見つけられないでいると、ユニさんが僕の肩に手を置き自分の魔力を手を伝わらせて僕の体に流し始めた。

 ほのかな温かさと込められている力を感じる、血液とは違う何かが僕の全身を流れているのがわかった。

 少しの間僕の体内に自分の魔力を流した後、ユニさんはそっと肩から手を離した。

 ユニさんが手を離した瞬間、体内で流れていたユニさんの魔力は消えていったが魔力の感覚は理解することが出来た。

 そこからは早かった。

 もう一度体内に意識を集中し、さっきの感覚を頼りに今度は自分の魔力の感覚を探す。

 それから数分で心臓付近に自分の魔力の塊が存在するのを見つけることが出来た。

 だが、僕の魔力はさっき感じたユニさんの魔力とは違い、どこか暗い冷たさを感じる。

 一人一人魔力の感覚とは違うのだろうか?

 自分の物でありながらあまり好ましくない魔力の感覚が少し気にはなるものの、魔力制御の鍛練を進めることにした。

 自分の魔力を感知することが出来たら今度はそれを操作しなければならない。

 本来なら体内にある魔力の塊を自在に操作出来る様にする今の過程が一番困難らしいのだが、僕にとっては魔力感知よりも簡単だった。

 ユニさんが言うには魔力が体内を流れることをイメージすることで魔力を操作することが出来るらしい。

 僕の魔力塊はちょうど心臓付近にあるようなので、心臓が鼓動を刻むと共に血液と一緒に全身に巡ることをイメージしてみた。

 すると徐々に魔力塊から魔力が流れ出すのを感じ、そのままイメージを維持すると数分で全身に行き渡らせることが出来た。

 その時、まだまだ魔力制御には時間が掛かるだろうとその日受けていた『ホーンラビットの毛皮の採取』の依頼を達成するために森に入っていたユニさんがちょうど戻って来て、すでに魔力制御を会得している僕を見たユニさんは口をあんぐりと開いて驚いていた。

 それもそのはず。普通だったら全身に魔力を行き渡らせることが出来る様になるまで数週間から一ヶ月程掛かるのを数分で出来る様になったのだから。

 ユニさんも相当早く出来る様になったみたいだけどそれでも数日は掛かったらしい。

 僕からしたら誰にも教えて貰えない状況で数日で会得したユニさんの方が凄いと思うが。

 僕は全身を巡っている血管の中を流れる血液を元にして考えたのだけど、もしかしたらこっちの世界には人体の構造や医学的な知識があまり発展していないのかもしれない。

 治癒魔法なんていう便利な魔法があるくらいだし、建物の建設だって魔法があれば割と簡単に進められる。この世界は科学より魔法が発展しているのだろう。

 その後、『凄い! 凄い!』と興奮して抱き着いてきたユニさんを必死に宥めて魔力に関する修行を進めた。

 魔力操作を会得することですぐに出来る様になることは基本的に二つある。

 一つ目は「身体強化」。

 二つ目は「魔法の威力調整」。

 まず「身体強化」についてだけど、これは全身に魔力を巡らせることで骨や筋肉を強化する技らしいので、僕はすでに出来ている。

 試しに近くに立っている木に向かって軽く腕を振ってみた。

 すると、腰も何も入っていない適当に振り回した拳が幹をぶち抜いてしまった。

 目を疑う結果に唖然としている僕にユニさんが教えてくれたのだが、普通の人間が身体強化をしてもここまでの威力は出ないらしい。人によって能力の向上具合は違うけど、元々僕の肉体のスペックがおかしいのでこれだけの威力になったんじゃないかと言っていた。

 ただ、身体強化の際に肉体を巡る魔力量を増やすか拳などに一点集中すれば他の人にも可能らしい。

 気を付けなければいけないのは身体強化をしている最中は常に魔力を消費していくので残存魔力と配分を把握しておくようにとユニさんは言っていた。魔力が少なくなってくると体力も落ちて来るらしい。

 そこで自分はどれ位の魔力があるのだろうと、「身体強化」をした状態で何分維持出来るか試してみた。だが――結果は測定不能。

 何分どころか何時間経っても一向に疲れる気配がない。ならばと、身体を巡る魔力量を数倍に増やしてみたのだがそれでも変わらず。結局ほぼ丸一日経っても僕の魔力が尽きることはなかったのでそこで実験は中止となった。

 この結果にユニさんは驚き過ぎて表情がハニワみたいになっていた。

 結局僕の魔力総量はわからなかったのだが、ユニさんに聞いてみたところ最低でも僕の魔力はユニさんの数十倍はあるそうだ。

 これだけの魔力があれば魔法を覚えれば凄まじい武器になると言われた。だが、僕はこの後すぐに絶望を味わうことになる。

 二つ目の「魔法の威力調整」だけど、僕には全く、これっぽっちも、微塵も関係ない!

 何故なら僕には魔法の適性が全くなかったからだ!

 魔法の適性を見るためにユニさんに属性魔法である火、水、風、土、光、闇、それぞれの属性の入門用とも言える基本魔法を教わったのだが、一つとして使える魔法がなかった。

 どれかの属性の適性があれば何かしら反応があるらしいのだが、何度詠唱してもうんともすんとも言わなかった。

 その結果が信じられなくて、数えるのも馬鹿らしくなるほど繰り返したけど結果は変わらず。

 見かねたユニさんに『諦めましょう、ハイジ様』と言われてようやく終了した。普段僕に甘々なユニさんだけど、こと戦闘に関するととてもシビアだった。

 基本的な属性魔法以外にも「治癒魔法」や「空間魔法」などの特殊な魔法もあり、ユニさんが知っている物だけ教えてもらったけど当然の様に発動しなかった。

 結果、更なる絶望を味わうことになり、その日の就寝時だけは僕からユニさんの胸に飛び込んでシクシクと泣いた。

 そのため「魔法の威力調整」に関しては修行する意味がなくなってしまったのだけど、敵には魔法を使う奴もいるので知識としては知っておこうということになった。

 基本的に魔法の威力は使用する魔力量によって上下する。例えば高威力の魔法を掌を起点として発動するなら体内の魔力塊から欲しい魔力量を掌に集め、詠唱した際に集めた魔力を全て魔法に変換するイメージをする。

 そうすることで高威力の魔法を発動出来る。

 逆に威力を落したいなら集める魔力量を少なくすればいい。

 ユニさんに教えて貰ったのは大体こんなところだ。

 ……ああ、そういえば僕と戦っていた時にユニさんが詠唱しないで魔法を撃っていたことがあったけど、あれは「無詠唱」というスキルらしい。

 詠唱せずに一瞬で魔法を放てるので相手の不意を突くのに有効だが、代わりに詠唱ありで魔法を使うよりも魔力消費が多くなる。そのためユニさんは普段は奇襲のみに使うようにしていると言っていた。

 魔法に関しては自分で使うことは出来ないから知識だけになってしまったが、知っているのと知らないのとでは戦闘時に大きな差になると思って頭に詰め込んだ。

 一通りの座学が終わった後、僕にも可能な「身体強化」を使いこなすために実戦を繰り返した。

 動き回りながらも魔力の流れを維持することは中々大変だったが、ひたすら魔物と戦い続けること数日。

 ようやく無意識レベルで魔力を操作することが可能となった。

 そして、今僕が行っているのは「身体強化」を更に応用した派生技、「魔填」

 「身体強化」で全身を巡る魔力を更に広げ、自分が手にした武器にも魔力を纏わせているのである。

 魔力を武器に纏わせることによって耐久力と切れ味が大幅に増し、極めればナマクラのナイフが一級品のナイフと同等以上の威力を発揮する様になる。

 さっきオークと戦っていた際、僕は「身体強化」とこの「魔填」を使っていた。

 戦闘に使用していた小剣は最初に立ち寄った武具屋で買った安物だが、「魔填」を使ったことでオークの硬い骨と分厚い筋肉を苦も無く切り飛ばすことが出来た。

 だがこの「魔填」、中々扱いが難しくまだ綺麗に無駄なく武器に魔力を通すことが出来ていない。

 そのため何体かは首の半ばで筋肉や骨の抵抗に阻まれそうになってしまった。

 これでは硬い皮膚や鱗を持った魔物には通用しない。まだまだ精進しなければ。


「ふふっ。ハイジ様の謙虚さと向上心は美点だと思いますが、たまには自分を褒めることも必要だと思いますよ。さあ、少し休憩してお昼にしましょう」


 僕の頭を優しく撫でながら微笑みと共に休憩を促されたので、時間的には正午をすでに過ぎていることもあり素直に従うことにした。

 少し離れた場所の木陰にある切り株の元に向かい二人で腰を下ろす。

 ユニさんの水魔法で手を洗い、用意していた昼食を取り出す。

 今日は鶏肉と野菜のサンドイッチだ。


「ではハイジ様……」


 ……ええ、心得ていますとも。

 僕はサンドイッチに手を伸ばすことなくじっと待っている。

 するとユニさんは籠から一つのサンドイッチを手に取りそれを僕の口元へ持ってきて――――


「はい、あ~ん♪」

「……あ~ん」


 もぐもぐ……ごくっ。

 うん。普通に美味い。


「どうですかハイジ様?」

「……うん、美味しいよ」


 僕は思ったままの感想を口にする。


「うふふ、それはよかったです」


 僕の感想を聞いた途端にでれっとした笑顔になるユニさん。

 皆さん、これが一週間前から幾度となく繰り返された光景です。

 以前の優しい笑顔の中にも確かにあったきりっとしたお姉さん然とした凛々しさはどこへ行ったのか……。

 しかし!

 如何ともし難いことに、こういうユニさんも好きなのです。

 という訳で僕にはもうどうすることも出来ません。


「今回の依頼達成の報告をすればDランクへ昇格ですね」


 いつも通りの甘い空気の中、僕に食べさせながらも自分の食事を進めていたユニさんが今後の話題を振ってきた。


「そうですね。Dランクからはもっと強い魔物の討伐依頼も増えますから、報酬も増えて生活資金にも余裕ができそうですね」


 この一週間の間に僕のランクはEランクへと上がっていた。本当はもっとランクを上げることも可能だったのだけどユニさんが噂になってる銀髪のハーフエルフであることや、世間では奴隷ということになっている彼女を連れているのがまだ十二歳の子供ということもあり、あまり一気にランクを上げて目立つのは避けようということになった。

 あまり目立ってよからぬことを考える輩に目を付けられても困る。

 雑魚ならそれ程問題はないけど、もし僕達よりも強い輩に狙われたら危険だ。

 実際、数日前にすでに一度待ち伏せを受けている。

 どうやら中々成果が上がらず金に困っていた三人組の下位冒険者が、主人である僕を始末して奴隷のユニさんを捕えて売り払おうとしていたのだ。

 僕の見た目からして一人の時を狙えばあっさり成功すると思っていたらしい。

 森に入ってユニさんと別れた所を襲われたのだが十秒もかからず返り討ちにした。

 実は彼らが待ち伏せていることは気付いていたので、わざとユニさんと別行動をとって後ろに回り込んでもらったのだが弱すぎて必要なかった。

 彼らを尋問したところ、どうやら貴族の中でも特殊な嗜好の持ち主達がユニさんを狙っているという噂を聞いて、そいつらの元にユニさんを連れていって売り捌けばかなりの金になると思ったらしい。

 何という名前の貴族か聞いたのだが名前は知らなかった。

 それでどうやって売るんだと思い、嘘を吐いているのだろうと骨を折ったりして拷問したのだが、本当に知らないらしく最後は泣き喚いて許しを請い始めた。

 噂に踊らされて名前も分からない相手に売るためにユニさんに手を出すとは……馬鹿すぎる。

 自分を狙ってきた奴らを……特にユニさんを狙った馬鹿共にかける慈悲はないので骨を折ったまま森の奥深くに放置して来た。その内魔物の餌にでもなるだろう。

 そんな経験があるので今はなるべく目立たない様に行動して実力を付けることを選んだ。それに、あの馬鹿共が言っていた通り本当にユニさんを狙った貴族がいるとしたら、いつか強引な手段に出て無理やりにでもユニさんを手に入れようとするかもしれない。

 その時に備えて今はどんな脅威にも対応出来る力を身に付けた方がいいだろう。


「後は……装備でしょうか」


 そう言うと、ユニさんは途端に暗い表情になり俯いてしまった。


「いや、ユニさんが悪い訳じゃないんですから気にしないでください」

「……はい」


 ユニさんがこうまで落ち込んでいるのは僕達の装備が原因だ。

 僕達はいまだに一週間前に初めて立ち寄った武具屋で買った装備を使っている。

 戦闘の後はちゃんと手入れもしているし、無茶な使い方をしている訳ではないから別に使えなくなった訳じゃない。

 問題は今後新しい装備を手に入れられる目途が付かないということだ。

 武具屋に行ってまた買えばいいのではないか? そう思うだろうがその武具屋が原因なのだ。

 実は二日前に新しい装備を見ようと適当な店に寄ってみたのだが、何故か店に入った瞬間店員と店に雇われている警備兵とおぼしき人たちに店から追い出された。

 訳がわからないまま理由を聞いてみると、どうやら最初に立ち寄った店でユニさんと諍いを起こした店員が他の武具屋に僕達のやってもいない悪事をある事ない事言いふらして回っていたらしい。

 何とか誤解を解こうと思ったのだが、勝手に世間に出回っているユニさんの評判もあって全く話を聞いてもらえないまま店を後にすることになった。

 他の店を回ってみても結果は同じ。そのため僕達は新しく装備を整える手段を失った。

 装備に関しては何か他の手を考えようということになったのだが、ユニさんはこうなったのは自分のせいだと落ち込んでいるという訳だ。


「まあ、今の装備でも「魔填」を使えば長持ちしますし、またおいおい考えるとしてそろそろギルドに戻って依頼達成の報告をしましょう」

「そう、ですね。わかりました」


 一先ずユニさんも気持ちを切り替えて頷いた。


(……こんなことになるならこの間襲って来た冒険者の装備を破壊しないでとっておけばよかった)


 今更どうにもならないことを思いながら休憩を切り上げ、僕達は荷物をまとめて森の出口に向かう。


 毎週日曜に投稿していたのですが、この先の話を修正しようと思い、来週の投稿は休ませて頂きたく思います。

 読んで下さっている方々には申し訳ありません。

 再来週の日曜から再開予定ですのでよろしくお願いします。

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