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奴隷の王  作者: 木ノ下
20/43

18 進化

 この二週間で見慣れた森の景色を眺めながらも僕は周囲を警戒しながら森を進む。

 拠点を出発してから二時間は経っている。

 魔物の強さも上がって来てすでにホーンラビットやゴブリンなどの弱い魔物は見なくなった。森の深部が近づいているのだろう。

 ここからはより一層周囲を警戒しなければならない。

 僕は物音一つ聞き逃すまいと、いままでより耳に意識を集中する。

 今の僕は大量のホーンラビットを狩り続けたことで聴覚が強化され、自分を中心に半径二百メートルの範囲なら意識を集中すれば小石が落ちる音すら拾うことが出来る。

 今も百メートル程離れた所から僕のいる場所に向かって突き進んで来る足音を捉えている。

 そちらに顔を向ければ茂みを突き破り巨大な影が飛び出した。

 全身を硬質な剛毛で覆われ体長は二メートル程の熊そっくりな魔物――――ウッドベアだ。

 ウッドベアは僕を獲物に定めたのか、鋭い牙が覗く口を開き涎を垂らしながら周りの草木を踏みつぶし突っ込んで来る。

 自分より遙かに大きい魔物が涎を垂らしながら接近してくる様は、少し前の僕なら恐慌を来していただろう。

 でも、今の僕は二週間前とは違う。

 接近してくるウッドベアに意識を集中しこちらが動き出すタイミングを見計らう。

 ウッドベアはそのまま僕を踏み潰すつもりなのか更に勢いを加速させた。

 僕とウッドベアの間合いが急激に詰まり三メートルを切った瞬間、僕は両足に力を籠めてその場で跳躍する。

 跳び上がった僕はウッドベアの頭上を越え、背後に着地しすぐさま方向転。

 ウッドベアの背に迫る。

 獲物に逃げられたウッドベアは自身に急制動を掛けこちらに振り返る。

 僕はウッドベアが振り返る身体の回転方向に合わせて回り込み、ウッドベアの視界から姿を消すように動く。

 振り返ったウッドベアが僕が消えたことに戸惑っている隙を突き、僕は近くの木の幹を蹴りつけウッドベアの肩に飛び乗る。

 いきなり自分の肩に現れた僕に驚き、腕を振り上げ叩き落とそうと動くが――


「遅い」


 僕はナイフを引き抜きウッドベアの口腔内に思い切り突き入れる。

 僕が差し込んだナイフは肉を切り裂きながら奥に進みウッドベアの喉を突き破る。

 ウッドベアの硬質な毛も外からの攻撃には高い防御力を持つが体内からの攻撃には意味を成さない。

 ナイフで喉を突き破られたウッドベアは身体をビクビクと痙攣させると地響きをたてながらその場に沈んだ。

 僕は突き刺したナイフを引き抜くと刃に付着した血を拭い仕舞い込む。


「ふう……」


 深く息を吐き身体の力を抜く。

 多少緊張はするものの今の僕はこのレベルの敵なら問題なく倒すことが出来る様になっていた。


(それにしても……)


 少し前まで小学生だったはずなのに今では森で熊そっくりの魔物を倒せる様になっていることに、人生とは何がどうなるか分からないものだと僕は若干遠い目になった。

 多少感慨に耽りながらも僕は森の奥に進む。

 ウッドベアを倒してから三十分。


(そろそろかな)


 景色は変わらないけどどこか森の空気が重くなったのを感じる。

 感覚が強化された御蔭で姿は見えなくとも森の深部に生息する魔物の気配を感じ取ることができ、その強者が持つ存在感と圧力が見えない壁となり僕の全身に押し寄せて来る。


「ゴクッ……」


 意識せず唾を飲み込む。

 やはりここから先に出て来る魔物は今までの魔物とは格が違うことを再認識し、今の自分が倒すことが出来るのか不安になる。が、引き返した所でどうにもならない。

 最初から選択肢などないことを思い出し、僕は気を引き締めて足を踏み出す。

 勝ち目の無い戦闘は避けるべく聴覚を全力で拡大し魔物がいる場所を避けて進む。

 それなりの距離を稼ぐことが出来たけど遂に限界が訪れる。

 前方三ヵ所、どうあっても避けては進めない配置で魔物の反応がある。

 一番近い反応は左前方約八十メートル。拾った音の感じからして四足歩行の魔物だろうか?

 でも僕は深部に生息する四足歩行の魔物と遭遇するのは初めてだった。できれば未知の魔物との戦闘は避けたいのでこの道はパスする。

 次に正面約百五十メートル。ここは明らかに二体以上の魔物の気配があるので駄目だ。

 最後に一番魔物との距離がある右前方約百八十メートル。魔物の数は一体だけの様だし周りに他の魔物の気配は感じられない。一番生存率が上がるのはこの道しかないだろう。

 僕は魔物に感付かれない様に気配を消して近づく。

 残り二十メートル付近まで近づくと僕は藪の陰に隠れ隙間から様子を窺う。


「いた……」


 視線の先にいたのはオーガだった。

 巨体にぎっしりと詰め込まれた筋肉とあの凶暴そうな顔、間違いない。

 でも以前見たオーガが体長三メートル程で茶色の体皮だったのに対して目の前のオーガは四メートル以上はある上に肌の色が赤銅色になっている。

 普通のオーガとは違う種なのだろうか?

 オーガのことが気になり首を傾げるがそれよりも僕の心を掴んで離さない物がそこには存在した。

 それは広さ直径三十メートル程の湖と言うには小さい池だった。

 ここから見える限りはかなり澄んだ水の様で飲み水にも使えそうだ。さっきのオーガも顔を突っ込んで一心不乱に飲んでいる。

 今日まで僕は必要な水分は果実を絞りその果汁で喉を潤していたので何とかなっていたのだけど、それよりも今は身体に付いた汚れを何とかしたかった。

 奴隷として砦に連れて行かれてから既に一ヶ月以上が経っている。その間、風呂に入るどころか布で身体を拭うことすら出来なかったため、僕の身体は血と泥と垢がこびりつき匂いも相当なものだ。髪もぼさぼさに伸び油でべたべたしている。今までは我慢してきたものの目の前にはオーガさえどうにかすればそれを解決するための手段があるのだ。僕は俄然やる気を漲らせていた。

 相手の力量は僕より格上だ。真正面から挑むなど馬鹿げている。

 ならばと奇襲を掛けるために策を考える。

 あまり複雑にしても時間がかかるし片腕では難しい。シンプルにすることを考えるとゴブリンの巣を奪い取った時の方法を少し変えるだけでいいだろう。

 僕は手ごろな石を数個手に持つと近くの大木の枝に音を殺すように跳び乗り枝葉に身を隠す。


(よし)


 準備が整ったところで水を飲んでいるオーガ目掛けて拾った石を投げつける。

 コンッ!

 投げた石は狙い通りに飛んで行きオーガの後頭部に命中した。


「?」


 石が当たったオーガは顔を上げ何が起きたのかと左右を見回している。

 僕はもう一度、今度は二つ連続で強めにオーガ目掛けて石を投げつける。

 ガンッ! ガッ!


「グガッ!」


 オーガは段々苛ついて来たようで元々醜かった顔を更に歪めて石が飛んできた方を振り返り、きょろきょろと首を振りながら僕の潜んでいる方に近づいて来る。


(もう少し……もう少し……)


 段々と自分が潜む木の下に迫って来るオーガを見つめながら僕は奇襲を掛けるタイミングを窺う。

 そしてついにオーガが僕の潜んでいる木の真下まで来た。

 オーガは未だこっちに気付いていない。奇襲を掛けるなら今しかない。


(いける!)


 僕は両足に力を籠める。

 オーガがこちらに背を向けた。


(いまだ!)


 僕は枝を蹴りつけオーガ目掛けて跳び上がる。

 視界に映るオーガの姿が大きくなってくる中、僕は斧を握る左手に力を籠め目標目掛け振り下ろす。

 狙うは頭部のみ。

 ――――当たる。

 そう思った瞬間、背を向けていたオーガが僕の気配に気付いたのかこちらを振り返った。


「ガアッ⁈」


 今まさに自分を襲おうとしている僕の姿を見てオーガが目を瞠っている。


(⁈ 気付かれたか! でも――)


 ここまで接近していれば最早回避は不可能。僕は当初の予定通り攻撃を続行する。

 だが、このまま決着が着くことはなかった。

 オーガ自身もこの攻撃を避けるのは無理だと判断したのか首だけを大きく逸らし致命傷だけを避けた。

 その結果僕の斧は狙いを逸れてオーガの左肩に食い込んでいく。


「くそっ!」


 ならこのまま切り裂いてやると手に力を籠めるがオーガの身体を覆う分厚い筋肉に行く手を阻まれいくらも進まない内に斧が止まってしまった。

 慌てて斧を引き抜こうとするも筋肉に圧迫された斧はなかなか抜くことが出来ない。


「ガアアアア!」


 僕が斧を抜こうと悪戦苦闘している内に大勢を立て直したオーガが怒りの咆哮と共に剛腕を僕目掛けて振り上げて来た。

 僕は斧を抜くことを諦めてオーガの身体を蹴りつけて退避する。

 ブオン!

 オーガの攻撃はそのまま僕がさっきまでいた場所を風を唸らせながら空振りしていたがあんなものを人がまともに喰らったらひとたまりもない。

 知らず僕の頬を冷や汗が伝っていく。

 腕を戻したオーガは肩に刺さっている斧を強引に引き抜いて後ろに放り投げた。

 取りに行きたいがそれは目の前に立ち塞がっているオーガが許してくれないだろう。

 これで僕は主武器を失い残っているのは小さなナイフ一本だけとなった。

 斧の刃でも最後まで通らなかったオーガの肉体にこんなナイフではまともに攻撃を加えても弾き返されて終わってしまう。狙うならウッドベアを倒した時の様に内部から攻撃するか眼球を破壊するしかないけど、そのためには隙を作らなければならない。僕はどうやってその隙を作るか頭を巡らせながらオーガの動きに注意を払う。


「ガアアアアア!」


 オーガは両目に明らかな敵意を宿しながら僕に向けて足を踏み出す。

 どうやらゆっくり考えている時間は無いようだ。

 一歩進むごとにその威圧感を増してくるオーガはその巨体と相まって山の様に感じられる。人では絶対に抗うことの出来ない自然を相手にしている気分になり身体が委縮しそうになるが無理やりに己を奮い立たせ僕は強大な敵と向かい合う。


「ガアッ!」


 目の前まで接近したオーガが僕目掛け腕を振り下ろして来た。

 これをバックステップで回避する。

 僕は回避するとすぐにオーガとの距離を詰め、がら空きの脇腹に渾身の力を籠めた拳を叩きこむ。

 ミシッ!


(くっ、硬い!)


 かなりの強化がされた今の僕なら腕力だけで小型の魔物を一撃で葬ることも可能になったけど、オーガの筋肉の鎧を突破するにはまだまだ足りないようだ。

 まるで分厚いゴムタイヤを殴ったかのような硬さと弾力に効果が薄いことを悟りすぐに距離を取る。

 ブンッ!

 その瞬間僕の目の前を途轍もない速さで巨大な何かが過って行った。

 それによって起こされた風圧が顔に叩きつけられ思わず腕で顔を覆う。

 薄目を開けて過ぎ去った物を見ればそれは振り払われたオーガの腕だった。

 後少し距離を取る判断が遅れていたら確実にあの腕の餌食になっていただろう。

 更に数メートル後退しオーガの間合いから離れる。


(くそっ)


 二週間に及び肉体を強化してきたというのにいまだ敵との間にある実力差を感じ歯噛みする。

 でもこれ以上あの周辺の魔物を倒した所で自分の肉体が強化されることはないのだから今あるもので何とかするしかない。

 必死に頭の中で打開策を巡らせているとオーガの動きが変わった。

 突然近くの大木に近づいて両腕で幹を抱え込んだ。


(なんだ?)


 いきなりどうしたんだと思っているとオーガは両腕に力を籠め始めた。


「ガ、ガア……ガアアア!」

 

 ミシミシ!

 咆哮を上げたかと思うと両腕で抱え込んでいるオーガの胴体程もある大木が軋み始めた。


「ま、まさか……」


 ミシッ! バキッ!

 僕が唖然と見ている間もオーガは更に力を籠め大木の軋みも大きくなる。


「グガアアアアアアアアアア!」


 ズボオッ!

 オーガが一際大きく咆哮を上げると抱えていた大木が根元から引っこ抜かれた。


「ええぇ……」


 視線の先では大木を抱え上げたオーガがこっちに振り返った。

 今から何をするつもりなのかなど考えるまでもない。


「ガアッ!」


 オーガは抱えた大木を僕に向けて横薙ぎに振るって来た。


「わあああっ⁈」


 僕はすぐに地面に身を投げ出し頭を伏せる。

 ブンッ!

 伏せた僕の頭上を大木が唸りを上げて通り抜けて行く。

 安心している暇はない。

 オーガは薙ぎ払った勢いそのままに大木を頭上に振り上げ敵を叩き潰さんと振り下ろす。

 立ち上がる時間さえなく、僕はゴロゴロと転がり着弾地点から離れる。

 その際に振り下ろされた大木の幹から伸びる鋭い枝先が背中を裂いた。


「うぐっ!」


 背中を熱と痛みが襲うがこの程度の傷で動きを止める程僕は軟弱じゃない。早く大木の攻撃範囲から逃れなければこのままだといずれ直撃を喰らう。

 僕はオーガから距離を取るため走り出す。


「ガアッ!」


 二十メートル程の距離を稼いだところで後方からオーガの吼え声が聞こえたので振り返る。

 目に映ったオーガの姿に僕はどこか違和感を覚え怪訝に思う。

 でもすぐに違和感の正体に気付いた。


(大木はどこにいった……?)


 そう、さっきまでオーガが振り回していた大木が手元から消えているのだ。

 何か嫌な予感を覚え、どこにやったのかとオーガの周囲に目を走らせようとした僕の頭上が急に暗くなった。

 ハッとして頭上を見上げると僕目掛けて落下してくる大木の巨大な姿が目に映った。


「⁈」


 すぐに落下軌道から逸れるため走るが落下途中で周りの木々にぶつかった大木の軌道が複雑に変化する。

 不運な事に変化した大木の落下地点は僕の回避先と重なってしまった。


「くそっ⁈」


 僕は無理やり身体にブレーキを掛け出来る限りの力を足に籠めて地を蹴り飛び退こうとするが僅かに足りず身体を大木が掠める。

 ズズウン!

 更に落下の衝撃が加わり僕の身体は吹き飛ばされ転がっていく。


「がっ!」


 吹き飛んだ先に生えていた木の幹にぶつかり動きは止まったけど身体を走る痛みに呻く。

 どうにか顔を上げると横たわる大木の向こうからオーガが接近してくるのが見える。

 早く起き上がって体制を立て直さなければならない。


「うがあっ!」


 立ち上がることは出来ても既に僕はふらふらで意識しなければ膝を落としてしまいそうだ。


「はあっ、はあっ」


 更に息も上がって来ている。明らかに格上のモンスターを相手に生と死の境をギリギリの駆け引きを持って彷徨っているのだ。体力と精神力の消耗だって凄まじい。

 限界が近いことと打開策が見つからないことに焦りながら近づいて来るオーガを睨み付けていると、そのオーガが妙な行動を取った。

 オーガの足元には拠点にあった必要な物を入れて持って来ていた革袋が落ちていた。恐らく大木を避けた拍子に落ちてしまったのだろうが、その袋が解け中に入れてあったあの桃に似た果実が零れ落ちていた。幾つかは潰れてその甘い匂いを周囲に漂わせている。

 オーガははっきりと顔を顰め潰れた果実の周囲を避ける様にその場を大きく迂回して来た。


(なんでわざわざ……?)


 その行動を疑問に思った直後、僕の頭の中である考えが浮かび上がる。


(あいつ……まさかあの果実の匂いが嫌いなのか?)


 たった一つの行動から推測したことなので確証はないけどその可能性は高いように思えた。

 それに他にオーガを倒すいい方法は思いつかないし、身体も限界が近いのだ。ならばこの可能性に賭けてみようと思った。

 そのためにまずはあそこに落ちている果実を取りに行かなければならない。

 今ならオーガは大きく迂回して革袋から離れている。取りに行くなら今しかなかった。

 僕は残り少ない体力を足腰に籠めて目的目掛け走る。

 自身を無視して走り出した僕にオーガは戸惑っているが僕の向かう先を見て目的に気付いた様だ。

 オーガは僕と革袋の間に伸びる道を塞ぐため動き出す。


「ちっ!」


 脳筋かと思っていたオーガの意外な聡さに舌打ちが出る。

 このままでは先にオーガに道を塞がれる。僕は更に足に力を籠めて回転を上げる。

 僅かに僕のスピードが上がったがそれでもオーガの方が早い。後数メートルというところでオーガが僕の目の前に立ち塞がる。

 顔を歪めた僕を見てオーガが醜悪に嗤う。

 オーガは引き絞った右腕の筋肉を膨脹させ僕を叩き潰すべく唸りを上げながら拳を突き出して来た。

 でも僕は止まらない。


(突っ切る!)


 顔面目がけて迫るオーガの拳を姿勢を思い切り低くすることで回避し、オーガの開かれた両足の間を狙ってスライディングを決める。抜けた勢いを殺さぬ内に立ち上がり駆け抜ける。

 見事僕の策は成功した。


「ガッ⁈」


 予想もしなかった方法で自分を抜けられたことにオーガが驚愕し声を上げる。

 その隙に僕は革袋の元まで辿り着き落ちている無事な果実を一つ拾い、反転してオーガに迫る。

 振り返ったオーガは怒りの形相を浮かべている。でも僕はその表情に僅かに含まれる動揺と焦りを見逃さなかった。

 僕を近づかせまいとオーガはメチャクチャに腕を振り回し暴れ始めた。


(無駄だ)


 僕はオーガの攻撃範囲からぎりぎり外れるところまで接近し左手に持った果実を握りつぶす。

 途端に広がる果実の甘い匂い。

 それを嗅いだオーガの動きが明らかに鈍くなる。

 さらに僕は動きが鈍くなったオーガの腕を掻い潜り、左手に溜まった果汁をオーガの顔目掛けて振り掛ける。

 鼻腔に果汁が入ったのかオーガは振り回していた両手で鼻を押さえ呻き出す。


「グ、グガ、アガアアアア!」


 遂に決定的な隙を晒したオーガに僕は一瞬で肉薄し、その胴体を蹴り駆けあがる。


「うおおおおおお!」


 オーガの肩に上がった僕は腰に差したナイフを引き抜き、僕の姿を映し出し驚愕に見開いているオーガの瞳目掛けて振り下ろす。

 ズブシュッ!


「グギャアアアアアアアアア⁈」


 瞳に突き立てられたナイフが生み出す激痛と灼熱感にオーガが絶叫を上げる。

 だがまだ終わらない。

 僕は突き立てたナイフの勢いそのままに手首を回転させ捻じりながら更に奥に進める。

 すると硬い感触にぶつかった。

 僕はそれを破壊するため一心不乱に何度もナイフを突き立てる。


「あああああああああ!」

「ガアアアアアアアア⁈」


 オーガは鼻を襲う痛みと目に走る激痛にその場に倒れ込み狂ったように暴れ回る。

 時折振り回される腕に弾き飛ばされたけど僕は繰り返しナイフを振り下ろす。

 そしてついに振り下ろされていたナイフはオーガの頭蓋骨を破壊しその中に存在する脳を切り刻む。

 暴れ回っていたオーガは動きを止め、振り回していた腕もばたりと身体の横に投げ出される。

 動かなくなったオーガを見下ろしながら僕は慎重にナイフを引き抜く。

 引き抜いたナイフにはドロリと血と脳漿が付着している。


「はあー、はあ、はあ」


 僕は息を乱しながらオーガの死体から離れた所に移動し仰向けに倒れ込む。


「お、終わったぁ……」


 全身を襲う疲労感を感じながら僕は木々に覆われた空を見上げる。

 このまま眠気に身を任せたくなるがそういう訳にはいかない。あれだけ戦闘音を響かせていたのだから他の魔物にも聞かれているだろう。

 周囲の様子を確かめておかなければ危険だ。

 僕は聴覚を広げ周りの様子を探る。


「……」


 どうやらここに近づいてくる魔物はいないようだ。

 ホッと息を吐くといつも通り身体の中に魂が入り込んで来る感覚があった。

 流石に僕ももう慣れたので大人しくしていたら今回はいつもと違っていた。


「⁈」


 今までは一匹倒したくらいでは気付かない程の小さな変化だったのが、今回は魂を吸収した瞬間身体中に力が漲って来るのを感じるのだ。

 いや、ただ強くなったのではない。僕は何か自分の存在が進化したような感覚を覚えた。

 それなりに強化されるんじゃないかと期待してはいたけどまさか期待以上の効果が出るとは。

 これなら――――


「この森を出られる……」


 僕は自分の顔に笑みが浮かぶのがはっきり分かった。

 何とか元の表情を保とうとするがすぐに戻ってしまってどうにもならないので諦めてそのままにしている。

 この厳しい状況の中で差しこんだ一筋の光明に心が浮かれるのもしょうがないことだ。

 それにオーガを倒したことでこの後は念願の水浴びが出来るのだ、今は素直にこの状況を喜んでいいだろう。

 僕は久しぶりの明るい気持ちに心を浮き立たせながら早速澄み渡った池へと向かった。






 この時のハイジは知る由もないことだったのだが今日ハイジが倒した赤銅色のオーガ、実はこの個体通常のオーガが他の種の魔物を喰らい成長を続けたことでより肉食性と凶暴性がます様に進化した上位個体――ハイオーガであった。 まだ進化して間もないことと進化した己の能力を完全に把握していなかったことがハイジの勝因へと繋がったのだ。もしハイオーガが自身の能力を完全に掌握していればハイオーガに遭遇した時点でのハイジに勝ち目はなかっただろう。

 そしてハイオーガを倒し魂を吸収したことで、ハイジの持つスキル『解放者』の能力により「進化」という情報が魂より解放され、ハイジの肉体に反映されることとなる。その結果ハイジは人間でありながら魔物と同じく更なる上位個体への進化が可能となり、今日までに大量の魔物を倒し続けたことと自身より格上の存在であるハイオーガを倒したことで一度目の進化へと至った。

 これはこの世界に置いて初めてのケースであり歴史に刻まれる程の偉業なのだが、本人すら気づくことなく森の奥で静かに人々に知られることのない歴史が誕生するのであった。


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