プロローグ 愛菜side
愛菜の目の前をトラックが物凄い勢いで通り過ぎて行く。
巻き起こされた風で前髪がバサリと煽られるが愛菜は気にした様子もなく、ある一点をただじっと見つめている。
トラックが通り過ぎた方角から凄まじい衝突音が響き渡る。何事かと近隣に住む住人や通りかかった人々が様子を見にやって来るが、愛菜だけは別のことに関心を寄せられていた。
愛菜が見つめている場所にはついさっきまでハイジがいた。だが突如として発生した光に包まれ、ハイジの姿は光と一緒に跡形もなく消えてしまっている。
その一部始終を目撃していた愛菜の顔に浮かぶのは、家族にも等しい大切な少年を失った悲しみや後悔、あるいは不可解な現象が起きたことへの驚愕――ではなかった。
愛菜は知っていた。
ハイジが死んだ訳ではないことを。
ハイジを包み込んだ白い輝きが何なのかを。
今、愛菜の胸中を満たしているのは自身が思い描いた過程を経ずに結果が起こってしまったことによる動揺だった。
と、そこでようやく自分が未だに手を伸ばしていたことに気づき脇におろす。
よく見れば愛菜の手は薄く光っている。その光はハイジを包み込んだ光によく似ていた。
「……こんなはずじゃなかったのに」
思わずと言った風に零した愛菜の顔は青褪めている。
愛菜が呆然と立ち尽くしていると、先程ハイジが助けた女の子のもとに母親と思われる女性が血相を変えて走って来た。
「マキちゃん!」
走って来た母親は娘のもとにたどり着くと、無事を確かめる様に思い切り抱き締める。
「もうっ! 急に飛び出したら危ないでしょ!」
「ごめんなさあぃ……」
女の子は怒られたことに涙目になりながらも自分が危ないことをしたのがわかっているのか素直に謝っていた。
「それにしても本当に無事で良かったわ……」
そう言って母親は先程まで娘が立っていた車道とその反対側で立ち尽くしている愛菜を視界に入れる。
きっと娘を助けた少年を探しているのだ。この現場を見ていた者なら誰もがそう思うだろう。
だが――
「まさか轢かれる直前に急に突風が吹いて歩道まで飛ばされるなんて……」
「うん! びっくりしたね!」
何故か母親も助かった女の子も、身を挺して女の子を庇った少年など最初から存在しないかの様に話していた。
そしてその親子は無事を喜びながらその場を去って行く。
その様子を眺めていた愛菜は爪が食い込み血が滲む程拳を握り締め、奥歯を噛みしめていた。
そのまま先程の親子が公園から離れて行くのを見つめていたかと思うと、一つ深呼吸をして気持ちを落ち着けると腕を持ち上げ掌を開いて上に向ける。
すると突然掌に複雑な幾何学模様が浮かび上がり輝き始めた。
愛菜は真剣な様子でそれを数秒見つめるとおもむろに口を開き話し始める。
「私よ。お願いがあるのだけど――」