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奴隷の王  作者: 木ノ下
19/43

17 森の強者と新たな可能性

 早朝の冷たい空気に肌を撫でられ意識が覚醒する。


「ふあぁ……」


 今日はとても清々しい気分で朝を迎えることが出来た。

 朝起きてこんな気持ちになるのはこの世界に来て初めてだ。

 僕は洞の天井を見上げながら昨日のことを思い出す。

 昨日の夜はある程度心にゆとりが生まれたせいか色々とゆっくり考えることが出来た。それは家族のこと。そして僕は元の世界に帰ることが出来るのかということ。

 この世界に転移した原因も何故それが僕だったのかもまるでわからない。来た方法がわからなければ帰る方法など見当が付くはずもない。

 僕としては帰りたいと思っている。帰ってもう一度愛菜と会いたい。

 魔法が存在する世界なんだからもしかしたら異世界に渡るための魔法だってあるかもしれない。

 ただ、期待しすぎないほうがいいかもしれない。前に読んだ小説ではこういう展開に陥った主人公は大抵元の世界に帰ることが出来ず異世界で生涯を閉じていた。なら僕も覚悟だけはしておこう。

 何だか奴隷生活を経て精神的に強くなった気がする。

 皮肉な話だ。砦で過酷な生活を強いられたおかげでいつか来るかもしれない辛い現実と向き合うだけの心の強さを手に入れたのだから。

 僕は一度目を閉じて頭の中をクリアにすると身体を起こし深呼吸をし、新鮮な空気を身体に取り込む。さあ今は今日を生き延びることを考えよう。


「す~は~……ん?」


 そこで自分の身体の変化に気付いた。

 昨日に比べるとやけに身体の調子がいいのだ。

 こんなまともに寝具も置いていない上に周りは敵だらけな場所でも意外と休めるのだろうかと首を傾げる。

 さて、今日も先に進まなければならない。僕は昨日いくつか残しておいた果物を食べ出発する準備に掛かる。

 だがその前に。僕はこの巣の中に置いてある使えそうなものを集めることにした。

 まずはあまり大きくはないが文庫本二十冊位は入りそうな革袋だ。そこに昨日ゴブリンを殺したナイフと千切っておいた大きな葉っぱ、そして忘れちゃならないのがもう一つ。

 なんと火打石があったのだ。

 これがあれば火を熾して暖をとれるし、肉も焼くことが出来る。

 これからの旅で大いに活躍してくれることだろう。

 これらの道具をゴブリンがどこで手に入れたのかは分からないけど僕にとってはどうでもいいことだ。重要なのは役に立つか立たないかなのだ。

 さて、準備も整った所で腹ごしらえをすることにした。






 相変わらず薄暗い森の中を僕はどんどん進んでいく。

 やはり朝感じた通り随分と身体の調子がいい。

 洞を出発してから二時間程。

 ここまで進む間にホーンラビット四匹にゴブリン二匹と戦闘になった。

 しかしホーンラビットは昨日の戦闘で倒すコツを掴んだしゴブリンは二匹とも武器は持っていなかったので割と楽に倒すことが出来た。

 そして何回か戦闘を挟みながら荷物を持って歩き続けているが何故かあまり疲れを感じないのだ。

 一晩休んだ位でこんなに変わるものだろうか。まあ僕にとってはいいことなので文句などあるはずもない。

 と、そこで僕の耳が何かが地面を踏みしめる音を捉えた。

 近くの茂みに身を潜め音のする方をじっと見つめていると三十メートル位先で動く物が見えた。

 もっとよく見ようと凝視していると、その生物が木の陰から出てきて全体が露わになった。

 それは灰色の毛並を持ち四足歩行をした大型犬程の大きさの生き物で、


(あれは……確かグレーウルフ?)


 記憶が曖昧になっているけどリザンさんにこの辺りに生息する魔物について教えて貰った知識の中にあれと同じ特徴を持った魔物がいたはずだと僕は記憶を引っ張り出す。

 記憶を掘り返しながら眼前のグレーウルフを見つめていると、ふと疑問が浮かんできた。


(なんでこんなに距離が開いてるのに気づけたんだ?)


 この森では虫などは殆ど見かけないため鳴き声は聞こえないが、周りは木々が生い茂って密集している部分もあるため葉擦れの音もそれなりに大きくなる。それなのに僕はこれだけ距離が開いた所にいるグレーウルフの足音を聞き分けることが出来た。

 地球に居たころは別に耳は悪くはなかったけどこんな人間離れした聴力は持っていなかった。

 今朝からの体調といい今といい、いったい自分の身体の中で何が起きているのか。

 自分の身体の変化に多少の恐ろしさを感じていると視線の先にいるグレーウルフがいきなり僕のいる方を向いた。


「!」


 いきなりこっちを向いた獰猛な視線に僅かに怯んでいると遠吠えを上げたグレーウルフが唸り声を上げながらこっちに駆け出して来た。


「グルルルル!」


 グレーウルフの視線は確実に僕を捉え、獲物の肉を食い千切るための牙を剥き出しにして距離を詰めて来る。

 僕はすぐに斧を構えグレーウルフを迎え撃つ準備をする。

 距離を詰めたグレーウルフは僕に向かって飛び掛かり前足と顎を出して噛み付こうとしてくるが僕は斧を自分とグレーウルフの間の地面に突き立てその攻撃を防ぎ、グレーウルフが斧の柄に噛み付いた状態での押し合いになった。

 でも片腕しかない僕では明らかに不利だ。

 しかもグレーウルフは柄に噛み付き押し合いをしながら両前足を振り回し、その鋭い爪で僕の身体を切り裂いて来る。


「ぐううぅ!」


 このままでは一方的にやられてしまう。

 僕は咄嗟にがら空きになっているグレーウルフの腹目掛けて思い切り右足を振り上げる。


「グルゥ⁈」


 驚いたグレーウルフの力が一瞬だけ緩む。その隙に僕は斧を地面から引き抜いた勢いでグレーウルフを引き剥がし、振り払った際に捻られた腰の反動を利用して斧をグレーウルフ目掛けて薙ぎ払う。


「うおおおお!」


 ザンッ!

 回避が遅れたグレーウルフは顔面に斧の直撃を喰らい血飛沫を上げながら後方に吹き飛ぶ。

 そのまま二メートル程ゴロゴロと転がり動かなくなった。


「いてて……」


 自分の身体を見下ろしてみると至る所が切り裂かれて血がダラダラと流れ、流れた血が服に滲み込んで赤く染めていく。

 一先ず血が止まるまで休憩しようとその場に座り込もうとした瞬間、どこからか地面を踏み鳴らす大量の足音が響いてきた。


「う、うそ……」


 嫌な予感を感じた僕は下ろしかけた腰を上げすぐにその場を離れようとするが既に遅かった。

 足音が響いて来る方角にある木々の陰から十匹以上のグレーウルフの群れが姿

を現しこっちに向かって一直線に駆けて来る。


「⁈ くそっ!」


 どうやらあの遠吠えは仲間を呼んでいた様だ。

 僕はすぐに反転し全力で走り出す。

 だが人と狼、しかもこっちは子供の足で相手が脚力に特化した魔物では基本的な身体能力に圧倒的な差がある。

 数十メートル離れていた距離はあっと言う間に縮まり、振り返れば既に先頭のグレーウルフが目と鼻の先まで迫っている。


(逃げきれない!)


 このままではすぐに捕まって食い殺されてしまう。

 何か手はないかと走りながら周りを必死に見回すと少し離れた所に巨大な大木が三本、三角形を形成するように立ち並び、立ち並んだ大木の中心に人が一人通れそうな空白が出来ていた。

 僕はすぐにそこを目指して方向転換する。

 大木が作る空白地帯に三歩程踏み込むと僕は後ろを振り返りグレーウルフの群れに向き直る。

 これだけ狭い場所なら一度に襲い掛かって来ることは出来ない。

 こっちも動きが制限されるが全方位を囲まれるよりはましだろう。


「グルルルル!」


 追い付いたグレーウルフ達はいったん立ち止まり様子を窺っている。

 ピンと張り詰めた緊張が場を支配し膠着状態が続くがそれも長くは続かず痺れを切らした一匹のグレーウルフが飛び出して来た。

 だがこの空間に入り込めば左右に回り込むことや回避に動くことは殆ど出来ない。

 その結果――


「はあっ!」


 闇雲に突っ込んできたグレーウルフは僕が上段から振り下ろした斧を成す術なく喰らうことになる。


「ギャンッ!」


 斧の重量を持った斬撃で叩き斬られたグレーウルフは一撃で絶命した。

 続けてもう一匹襲い掛かって来たけど同じ様に斬り殺すと他のグレーウルフは警戒して一定の距離を保ったまま動かなくなった。

 またも膠着状態に陥り僕も下手に動くことが出来ず、しばらくそのままが続くと急にグレーウルフの様子がおかしくなった。

 何事かと思い注意して様子を窺っていると、鼻を鳴らしてきょろきょろとしていたグレーウルフの一匹が一度高く吼えると全てのグレーウルフが一斉にその場を駆け出し離れていった。

 後に残されたのは斧を構えた僕と足元に転がる二匹分のグレーウルフの死体、そして静寂だけだった。

 何が起きたのか分からず罠を警戒して暫くその場を動かないでいたが何も起こらない。

 慎重に大木から出るが何もいない。

 僕はようやく手に込めていた力を抜き斧を下ろす。


「何だったんだ……?」


 訳が分からないままに事態が収拾してしまったけど一先ずグレーウルフがいなくなったことで一息吐くことが出来る。そう思ったのだが――


「まあ、取り敢えず危機は脱すること……が……でき……」


 僕は全てを言い切る事が出来なかった。

 何故なら僕の背後――今まで入っていた空間を形成していた三本の大木からミシミシ、バキッ、とまるで幹や枝をへし折るかの様な音を響かせながら何かが近づいて来ていたからだ。

 僕は頬に冷や汗を垂らしながら数歩後退る。

 そこでその何かが大木を根元からへし折り粉砕しながら僕の前に姿を現した。


「ガアアアアアアアアアァァァァァ!」


 それは体長三メートルを超え、筋肉がぎっしりと詰まっているのが窺える丸太の様な手足を持ち凶暴さを表すかの様な顔、その額に一本の角を生やした人型の魔物――オーガだった。


「なっ、あぁ⁈」


 オーガの巨体から放たれる威圧感に上手く言葉を紡げない。

 オーガは呆然としている僕の方に自分の胴体程の太さを持った幹を容易くへし折りその膂力を示しながら近づいて来る。 


「ガアアアアア!」


 オーガから放たれた咆哮に気圧され足が縺れた拍子に転んでしまう。

 だがその衝撃で僕の身体を縛っていた硬直が解けた。


「わあああああああぁぁぁ⁈」


 僕は絶叫を上げながらその場から逃げ出す。

 後ろからはズン、ズンと地面を踏みしめ暴力の塊が僕を叩き潰そうと追いかけてくる。

 僕は進む先にある木々を避けながら走るが、後方のオーガは僕が避けた木々を邪魔だとばかりに薙ぎ倒しへし折って進む。

 必至になって走っている僕の頭上に巨大な影が差した。

 僕は直感に従って地面に身を投げ出し頭を抱える。

 ブオン!

 その瞬間僕の頭上を凄まじい風切り音と共にオーガの巨大な腕が通り過ぎる。

 バキャッ! 

 通り過ぎた腕はその先にあった大木に突き刺さり、そこを中心として真っ二つに折れた幹がこちらに倒れて来る。


「ひっ⁈」


 僕は慌てて立ち上がりすぐに走り出す。

 オーガは倒れて来た幹に視界を遮られたようで一瞬僕の姿を見失っていた。子供だったために身体が小さかったこともオーガの目を逃れることに一役買ったのだろう。

 この隙に僕はなるべく姿勢を低くし茂みで姿を隠すように走り続けた。

 少し離れた所では獲物を見失って怒り狂ったオーガが所構わず暴れている音が聞こえて来る。

 僕は振り向くことなく走り続け、昨夜奪い取った元ゴブリンの巣まで戻って来ていた。

 戻って来てすぐその場で仰向けに倒れ込んだ。


「はっ、はあっ! はあっ! はあー! はっ!」


 息が切れて肺が苦しい。

 身体中から汗が噴き出て気持ちが悪い。

 そのまましばらく息が整うまで寝転がり続ける。

 十分程経ってようやく呼吸が落ち着いた僕はゆっくり上体を起こす。

 そして上体を起こしたまましばらくぼーっと森の景色を眺める。

 そこでやっと状況を整理するために頭が動き出した。


「あんなの……冗談だろ……」


 あの巨体に圧倒的な膂力、さらに凶暴性。

 今まで戦った魔物とは格が違った。

 何とか倒す方法はないかと考えを巡らすがあんな化け物を倒す方法など一向に思いつかない。だがなんとかしなければならないのだ。


「はあ……」


 僕の口から溜息が漏れるが、それも仕方がないことだろう。

 今日の所は食料を調達して早めに休むことにした。心身共に疲れることが多すぎた。

 僕は夕食になるホーンラビットを求めて再び森に入って行った。






 翌日。

 一晩考えてもいい方法が思いつかなかった僕はオーガとの戦いを避けて森を出る作戦に出た。

 昨日オーガと遭遇した場所を避ける様に大きく迂回する道を通ったのだが、そこにはオーガとはまた違った別の大型の魔物が生息していて通ることは出来なかった。

 ならばと反対側の道に向かったのだけどここにも見るからに強そうな魔物がいた。

 そんな風に何日か強力な魔物を避けて森を抜ける道を探していたのだけど結局見つけることは出来なかった。

 どうやらこの森は中心に進む程より強力な魔物が生息しているようなのだ。

 つまりオーガ等の強力な魔物の縄張りを抜けなければ僕はこの森を出ることは出来ないということだ。

 途轍もない難易度の高さに気が遠くなりかけたけど同時に新たな希望も生まれた。

 今まで魔物を倒すたびに身体の中に何かが入り込んでくる感覚があったのだけど、それについて一つだけ分かったことがある。

 ここ数日オーガの様な強力な魔物と戦わないで済む道を探している時に襲い掛かって来た魔物を相手にしている際に気付いた。

 一日だけでホーンラビット十二匹にゴブリン八匹、グレーウルフ四匹と大量に魔物を倒した日があったのだけど……一晩寝た次の日に身体を動かした際、僅かではあるが明らかに身体能力上がっていたことに気付いたのだ。

 その時は五十メートル程離れた所にいる魔物の足音を判別出来たり、百メートルを十秒で走り抜けたり、斧を二分位振りまわし続けられた。

 この時ふと、そういえば僕が飲み込んだ黒い宝玉は魂を取り込む物だったと思い出した。もしやと思い、検証しに魔物を倒しに行った結果――

 僕が魔物を倒して何か(おそらく魂)が身体に入り込んで来る感覚がある度に僕の身体の一部が強化されるのが分かった。

 更に魔物の種類によって強化される場所は違うらしい。

 ホーンラビットなら聴覚、ゴブリンなら体力や腕力、グレーウルフは脚力となる。

 ただ残念なことに一度にされる強化の度合いは僅かなことと、一定以上強化されると同じ魔物を倒しても強化されなくなる様だ。

 この事実が判明した日、僕はすぐさま魔物を狩りに拠点を飛び出し森に駆け出した。

 それから三日間。僕は数えるのも馬鹿らしくなるほどの魔物を狩り続けた。

 今では最初の頃に戦ったホーンラビットやゴブリン、グレーウルフなどの小型の魔物なら余裕で倒せるようになった。でも――


「まだだ……まだ足りない」


 そう、僕自身数日前の自分と比べて遙かに強くなったのは実感できるのだが、この程度では森の深部に生息している魔物には勝てないのだ。


「よしっ、今日も張り切って狩りに行くか」


 僕は更なる力とまだ見ぬ魔物を求めて今日も森を彷徨う。






 森に入って二週間が経った。

 今日は遂に強力な魔物が跋扈する森の深部に向かいこの森を突破する予定だ。

 来る日も来る日も魔物を狩り続け、ここまで来るのにかなり時間は掛かったけどその分成果はあった。

 正直僕はまだまだ自身を強化したかったけど深部以外に生息する魔物ではいくら倒しても強化されなくなってしまったので、これ以上ここに留まっていても状況は好転することはないと考え拠点を立つ覚悟を決めた。

 長い間世話になったこの拠点にはもう帰って来るつもりはないので必要な道具を全て革袋の中にしまい、蔓で縛り肩にたすき掛けにする。

 そして最後に二週間以上共に戦い続けた斧を手に持てば準備は完了だ。

 連日使い続けたために刃はボロボロで所々錆が浮いているけどもう少し付き合ってもらうことになる。


「よし、行くか!」


 僕は強大な敵の待ち受ける森の深部に向けて足を踏み出す。


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