14 終息と始まり
意識が現実と夢の狭間を漂っている中、瞼をぼんやりと照らすオレンジ色の光が現実の方へと意識を誘導していき、それに伴い曖昧だった意識が浮上していく。
「……ん」
薄らと目を開けると黒い石造りの天井が視界に入って来る。
視界の端には燭台に立てられた蝋燭の灯がゆらゆらと揺れている。瞼を照らしていた光はこれのようだ。
ゆっくりと起き上がり自分の周囲を見渡すとそこかしこにオークや奴隷達が倒れているがフォービスの姿だけ見当たらない。
「どうなってるの……?」
僕はそのうちの一人に近づいて様子を確認してみる。
「死んでる……」
念の為にと他の者も確認してみるがやはり全員死んでいた。
死因を探ろうにも外傷が全く見当たらないためさっぱり分からない。
全員が白目を向いて、まるで魂でも抜き取られたかの様な死に様だ。
いや、確証はないけど僕は彼らが死んだ原因に心当たりはあった。
意識を失う前、自分の身体の中から具現化された魂が大量に出て来たのを覚えている。彼らはそれに襲われて魂を抜き取られたか、あるいは破壊されたか……。 どちらにしてもこの惨劇を引き起こした原因は自分だろう。
でも僕は今の心境を不思議に感じていた。
少し前までの自分だったら沢山の人を殺してしまった事に涙を流し、怯え、罪の意識に苦しんだかもしれない。でも、今はやけに落ち着いている。
死んでしまった彼らに悪いことをしたと思いつつもただそれだけだ。それ以上のことは何も感じなかった。
どこか冷めた視線で死体を見回していると、その内の一つが目に付いた。
「リザンさん……」
それはリザン・ベクタール。
僕を生かすために命を懸けてくれた男だ。
彼の死体を目にした瞬間、僕の心にようやく悲しみや後悔、申し訳なさといったさまざまな想いが複雑に絡み合って浮かんでくる。
僕は心の中に暗雲を漂わせながら彼のもとに歩いて行き抱き起こそうとするがそこで違和感に気付く。
「ああ……、そういえば腕が片方無いんだっけ」
右肩に目をやると肩から先がごっそりと無くなっていた。
「え?」
そこで一つ疑問が浮かぶ。
何故かあれだけの出血が止まっているのだ。しかも傷も完全に塞がっていた。
これには驚き目を丸くする。
治っている理由は分からないけど、考えても分からないので後回しにする。今はそれよりも先にすることがあった。
腕が片方しか無いので少し苦労したがなんとかリザンさんを抱え起こせた。
そしてリザンさんの顔を覗き込んだとき思わずほんの少しだけ笑みが零れた
「ははっ……、なんて顔してるんですか……」
リザンさんは笑っていた。
どこまでも穏やかに、満足気な表情を浮かべてリザンさんは二度と覚める事のない眠りに就いていた。
その顔を見た瞬間僕の心の中を覆っていた暗雲が晴れた気がした。
リザンさんの死体を発見した時、他の死体を見た時と違い僕の中に重苦しい感情が押し寄せて来た。
何故リザンさんが一つしか無い命を懸けてまで自分を助けてくれたのかは未だにわからない。
僕達はついさっきまでお互い顔も知らない仲で、牢屋が隣同士になって少し会話をするだけの殆ど赤の他人同然だった筈だ。
それなのに何故?
そう思い、僕はどんな謝罪の言葉を並べればいいのか分からずにいたのだけど、彼の死に顔を見たとき彼に掛ける言葉は一つだったのだと理解した。
僕は彼の顔をしっかり見つめ万感の思いを一つの言葉に込める。
「ありがとう、リザンさん」
リザンさんに感謝を告げ、部屋を後にした僕は屋敷を出る。
外に出ると部屋で見たものと同じ光景が砦中に広がり、頭上を仰げば空を覆い隠す様に大量の魂達が今も蠢いている。どんどん四方に散って行っているが空が見えるようになるのはまだ先になりそうだ。
顔を戻し周囲を埋め尽くす程の夥しい死体を目にしても部屋で見た時と同じでやはり何も感じない。
僕が人の死に対して本気で悲しみを感じることが出来たのはリザンさんに対してだけだった。
僕は結局自分を助けてくれる人だけが特別でその他はどうでもいいと思っている自分勝手な人間らしい。
自分は昔からこんな人間だっただろうか?
それともここに来て変わってしまったのか、と昔の自分と今の自分を比べるが結局どうでも良くなってしまった。
それに今はもっと考えなければならないことがある。
首輪が外れ、敵も全滅しているのだ。もはやこの砦にいる意味は無い。
僕が目を覚ました時、あの場にフォービスの死体は無かった。逃げたのかどうかは知らないけどもしかしたら戻って来るかもしれない。
それに僕が飲み込んだ黒い宝玉が自分の体内でどうなってるのかも気になる。 もし取り出す方法があるならフォービスに狙われる可能性は高い。いや、もし無かったとしてもあれだけ魔王の怒りを買ったのだ。それだけでも殺され兼ねないだろう。そういう意味でも早くここを離れるべきだ。
ただ一つ僕の中で未練があるとすればリザンさんの死体をちゃんと葬ってあげることが出来なかったことか。
でもここで時間を費やして、もしも戻って来たフォービスに捕まりでもしたらそれこそ死んだリザンさんに顔向けできない。
そう考えた僕は未練を断ち切る様に頭を振ると、夥しい死体を背に門へと歩を進める。




