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奴隷の王  作者: 木ノ下
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9 人の可能性

「リザン・ベクタール……」


 僕は呆然とその名を呟く。

 目の前では白く輝くオーラを身に纏った男とオーク達が激しい戦闘を繰り広げている。

 その一方、リザン・ベクタールと名乗った男を僕は凝視していた。

 最初は聞き間違いか同姓同名の人物かと思ったがそうではない。

 僕の呟きを聞き捉えた後、彼はこちらを見て確かに「ハイジ」と言った。

 間違いなく彼は牢屋が隣になりずっと色々な事を教えてくれたリザンさんだった。

 お互いの事を認識した後、会話を交わすことなく戦闘が始まってしまったが僕にはリザンさんがどことなく喜んでいるように感じた。それは間違いではないだろう。

 リザンさんの口元には僅かに笑みが浮かんでいる。

 決して余裕のある状況ではないはずだが、それでも彼は笑っていた。


「何で逃げない……?」


 素人目には詳しいことは分からないが、リザンさん程の実力があれば逃げ出せるはずだ。

 奴隷達を見捨てることにでも躊躇っているのか?

 馬鹿な! ここにいるのは皆赤の他人じゃないか。


「おらあああああ!」


 リザンさんの回し蹴りが斧を振り上げたオークの顔面を捉える。直撃を受けたオークはそのまま背中から倒れ、蹴りを受けた顔はリザンさんの足の形に陥没し鼻と口から血を噴いている。

 今倒したオークで手の空いている通常のオークはいなくなった。残っているのは奴隷達を拘束しているオーク数体と上位個体のオーク一体、そして魔王フォービスだけ。

 数の上では圧倒的に敵が有利だが奴隷を拘束しているオーク達は明らかに怯えている。

 未だ余裕を見せているのは上位個体のオークとフォービスだけだ。


「ふん、急に元気になりおって」


 フォービスは煩わしそうにリザンさんに向けて腕を振るう。

 すると突如フォービスの前方に衝撃波が発生しリザンさんを襲う。

 だがリザンさんは僅かに後退させられながらも腕を顔の前にクロスさせその場で持ち堪えた。


「ほう。家畜にしては少しはやるではないか」


 フォービスはそれを見てほんの僅かだけ感心したような声を出す。


「はあ、はあ……俺達は……はあ!」


 だがやはりダメージはあるのか息が乱れている。


「んん? 何か言ったか?」

「俺達は……家畜じゃない!」


 リザンさんの言葉を聞いたフォービスはそれを一笑に付す。


「クハハハ! 何を言うかと思えば……、貴様らが家畜ではないとすればなんだというのだ? なんの力も持たない貴様らが」


 その言葉は見えない刃となり僕の胸の内を切り刻む。


(家畜か……確かにあいつの言う通りなのかもしれない……僕はモンスターみたいな怪力や特殊能力を持っているわけじゃないし、この砦にはいろんな種族の人達が大勢いるのに奴らに歯向かうことも出来ず命令に従うだけ……)


 でもリザンさんは違った。彼は自信を持って自分の意志をフォービスに叩きつけた。


「人間だ」


 リザンさんの答えは簡潔にして明瞭だった。


(でも人の力じゃ……)


 僕の心を覆う暗雲は未だ晴れない。


「クククク、人間か。まさか繁殖能力しか取り柄のない猿の如き種族を宣言するとは」


 案の定フォービスはリザンさんの答えを馬鹿にして笑っている。

 それでも愚弄されたリザンさんの目は揺るぎない決意と意志の光で溢れている。


「そうだ、人間だ。お前の言う通り人間は他の種族とは違い最初から何らかの力を持っているわけじゃない……。だが人間という種は今日まで生き残り文明を築き上げ、少しずつ少しずつ確かな力と知識を身につけて来た」

「……」

「そして……、見ろ! 俺達は遂に魔物を倒すことが出来るまでに到達した!」


 そう言ってリザンさんは先程倒したオークの死体を指し示す。


「ふん、たかがオークを数体殺したくらいで……」

「それでも魔物であることに変わりはない。貴様が猿の如き種族と侮った人間にこいつらは殺されたんだ」


 リザンはフォービスの目を見据えて事実を突き付ける。


「図に乗るなよ家畜風情が……」


 フォービスの声には苛立ちが含まれていたがリザンさんは怯まない。


「人間は弱い。だがいつまでも弱者に甘んじている種族ではない。俺達は虐げられるだけの奴隷ではない……奪われるだけの家畜ではない!」

(――)


 リザンさんの強い思いの籠った言葉が僕の中に染み込んでくる。

 僕は、何かが自分の中で生まれた気がした。今はまだとても小さい。だが確かな熱を感じる何かだ。

 言葉に言い表せないのがもどかしい。

 気付けば僕の頬を温かい物が伝っていた。それはとめどなく溢れて来る。


(僕達は……人間なんだ、家畜じゃないんだ……)


 僕の様子に気付いたのかリザンさんがニッと唇の端を吊り上げて笑みを作った。

 僕もそれにつられて弱弱しいながらも笑みを浮かべる。

 笑ったのは随分久しぶりな気がした。


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