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奴隷の王  作者: 木ノ下
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8 リザンの想い

 ハイジに対するリザンの第一印象は『変わった奴』だった。

 世界の情勢どころか魔王や魔物、亜人のことなどもよく知らない様子だった。


(ふうん……。まあ何か事情があるっぽいな)


 本人は人里離れた山奥に暮らしてたからだと言っていたが、リザンは少年が嘘を吐いていることに気付いていた。 

 だがリザンはそこには追求せずハイジの質問に答えていく。それはリザンにとっても悪いものではなかった。

 リザンが新しい話やハイジの知らない知識を教える度に、ハイジは感心や興味深そうな声を出す。

 そんな反応を返してくれると教える方も冥利に尽きるものだ。


(さて、今日はどんな話を聞かせてやろうかな!)


 今までも牢屋が隣同士になった奴隷と多少の会話はしていたが、ハイジとの会話は今までで一番楽しかった。

 そしてリザンはある思いを抱く。


(ハイジにいろんな世界を見せてやりてえなあ)


 会話を繰り返すことでわかったのはハイジが一般人と比べてもあり得ない程の世間知らずだったことだ。

 その原因はリザンには推し量れなかったが、少しでも早く任務を達成し魔王を討ち取りこの地獄から連れ出して彼が見てみたいと言った物や食べたいと言った物を経験させてやりたいと強く思った。

 だからこそハイジの心が折れてしまわない様に、この時間だけでも明るい気分にさせようと話すときにはわざと呑気で馬鹿っぽい男を演じた。

 だがそれも長くは続かず楽しかった時間に罅が入り始めた。

 ハイジと知り合ってから五日が経とうかという頃、いつもとは違う様子でハイジが牢屋に戻って来た。

 疲労を漂わせているのはいつもの事だがどこか鬱鬱とした雰囲気を感じる。

 リザンはすぐに原因を察したが最初はあえていつも通り話しかけた。だがなかなか持ち直す様子が感じられないので少し強めに核心を突く言葉を放った。


「それとも、奴隷の現実をようやく理解したか?」

 

 ――⁈

 壁の向こうから息を呑む気配を感じる。


(やはりそうだったか……)


 リザンは自分の推測が間違っていなかったことを悟り何とかハイジを励まそうと話し続ける。

 だが人を励ますなんて経験は全くないためなかなか上手く伝えられない。

 そしてハイジに対して不用意な台詞を投げかけてしまった。


「まあとりあえず今日のところは良かったじゃねえか。拷問を受けたのが他の奴隷で」


 それはハイジの激しい反発を引き起こしてしまう。

 リザンとしてはただハイジの無事を喜び元気を出して欲しいだけだったのだがハイジの思いがけない強烈な反発に思わず言い返してしまった。


「でもな、奴隷が拷問を受けているのを見たとき少しでも思わなかったか? 『今拷問を受けているのが自分じゃなくて良かった』ってな」

「!」


 言ってから後悔した。こんなの年端もいかない子供にいう言葉ではないと。


(違う、俺はこんなことが言いたいんじゃない!)


 だが一度開いた口を閉じることは出来ずに更にハイジの心を抉る言葉を吐き続ける。


「思ったんだろう? 今お前が怒ったのは自分の身の安全を喜んでしまった罪悪感からってところか?」


 ここまで言ってしまいようやくリザンは落ち着いたが、ハイジの方はすっかり黙りこくっていた。


(やってしまった……)


 自分の所業に焦り何とか持ち直そうとハイジに話しかけるがなかなか返事が返ってこない。


(駄目か……)


 諦めかけていたとき、


「……怒鳴ってすみませんでした」


 ハイジの方から謝罪してきた。


「はっはは、気にするな」


 リザンにとっては空々しいとしか思えない笑い声しか出せなかった。


(悪いのはハイジじゃない! お前は何も間違ったことは言っちゃいないんだ! 謝るのは俺の方だ……。民を守る騎士が自分の代わりに他の奴が拷問を受けて良かったなどと言うなんて、本当に情けない……)


 リザンが後悔と自責の念に囚われているとハイジがポツリと漏らした。


「……ここから出たいな」


 その万感の想いが籠った言葉にハッとし、リザンはハイジのいる方の壁を凝視する。


(そうだよな……。俺がさっさと任務を遂行すればこいつはここから出られる。だったらそれがハイジを傷つけた俺の償いだ。後悔してる場合じゃねえ!)


 リザンは自分が起こした過ちをこれからの行動によって償うことを自らに誓った。

 そしてその誓いの証としてリザンは常に肌身離さず持っていた魔道具をハイジに預けることにした。

 見た限り小石にしか見えない真っ白で丸い形をした魔道具だ。

 鑑定はしてあるので魔道具だと言うことは確かなのだが、しっかりと調べなかったためその効果と発動条件を明らかにすることが出来ず今まで持て余していたのだ。

 あまり期待させるのも悪いのでリザンはただのお守りとしてこの魔道具をハイジに託した。

 もしかしたらという一縷の希望に懸けて。 






 リザンが新たな決意をしてから数日。

 ハイジは段々喋らなくなっていった。

 リザンはそれでも呑気な風を装い話しかけ続けたが内心では相当焦っていた。


(まずいな……隷属の首輪の効果でギリギリ保っているようだが、いずれでかいミスをして魔物共に殺されかねない)


 かつてハイジのいる牢屋にいた奴隷達も今のハイジの様になってから幾ばくも経たずに牢屋から姿を消した。

 リザンには今のハイジが彼らと同じ様に感じていた。


(くそっ! もう少しなんだ。頼むから耐えてくれよ)


 リザンの情報収集の任務は後数日で終わりを迎えようとしていた。

 肝心の魔王の姿を見ることは出来なかったが、この砦の構造や戦力などは既に大部分を把握していた。

(もうすぐ……もうすぐだ)

 リザンは来る日に備え耐え続ける。






 ハイジと知り合ってから約二週間。

 リザンは砦に唯一存在する屋敷に連れて行かれた。


(チャンスだ! 屋敷にいるのは最低でもこの砦の指揮官クラスの筈、運が良ければ魔王の情報も手に入る!)


 リザンは自分がここで死ぬことになると半ば確信していたがそれでも構わなかった。

自分が死ぬことで今まで見ていることしか出来なかったこの砦にいる奴隷達を救えるのなら。

 そして一人の少年に未来を見せるために。






 儀式部屋のような所に連れて行かれ、部屋に足を踏み入れた途端リザンは盛大に舌打ちしたい気持ちになった。自分に掛けられていた情報伝達用の魔法が機能しなくなったことに気付いたのだ。


(ちぃ! 結界か⁈)


 もしかしたらと予想はしていたが実際にやられると腹が立つ。

 これでこの部屋で見聞きした情報はリザンが直接外部にもたらさなければならない。

 それには生きてここを出なければならないがそれは限りなく不可能に等しい。どうにか出来ないかと考えるがその内に入って来た扉は閉められてしまった。

 リザンは観念し一縷の望みに賭けることにする。

 思考を切り替え、この部屋の主を確認するため顔を上げて前を見据える。

 そして部屋の奥にいる異様な姿をした存在を目にした瞬間、本能的に理解した。


(これが魔王……!)


 この世界には何人かの魔王がいるという話はよく聞いていたが実物を見たのはこれが初めてだった。

 圧倒的な強者としてのオーラとその全てを見透かす様な眼差しを目にしただけで身体中から汗が噴き出る。

 普段から心身を鍛え相手の力量を測る目を養って来たために、リザンが感じている威圧感は一般人が感じているそれよりも大きいかもしれない。

 身体は委縮し脳は逃げろと叫んでいるが意志の力でそれらを無理やり跳ね除ける。

 下手な動きをして目を付けられないように息を殺して相手の出方を窺う。

 すると相手は予想外の行動に出た。

 魔王は自身の名をフォービスと名乗り奴隷達を解放すると言い出した。さらに信用を得るために奴隷達に装着されている隷属の首輪を外してみせた。


(なんだと? まさか本当に開放するつもりか?)


 他の奴隷達は喜んでいるしリザンにとっても都合がいいのだがどこか釈然としない。

 考えが纏まらないうちに話は進み、入って来た扉をオークが解放するとフォービスの一言を合図に奴隷達が扉に向かって走り出す。


(仕方ない!)


 リザンも納得いかないながらも彼らの後を追おうとするが、そこでフォービスが薄ら寒い笑みを浮かべているのが視界に入る。それを目にした瞬間嫌な予感が背筋を這い登り咄嗟に叫ぶ。


「待て、お前ら! 行くな!」


 しかしその呼びかけは間に合わず悲劇が起こる。

 最初は先頭の奴隷、次にその近くにいた奴隷をオークは斬殺しリザンを含めた他の奴隷達は残りのオークに捕えられる。


(くそっ、下種共が! やはり最初から逃がすつもりなんてなかったか!)


 嘲笑してくるフォービスを睨み付けながら内心で罵倒する。

 だがこちらの心情など意に介さずフォービスは次の行動に移る。

 それは気味の悪い現象だった。

 何らかの魔法を発動したのだろう、殺された二人の死体から黒い靄の様な物が出てくるとそれを部屋の中央に描かれている魔方陣の中の台座に置いてある黒い宝玉が吸い取った。

 何が起きたのか理解できないでいるとフォービスが呟く声が聞こえた。


「ふむ。やはり、より深い絶望を経験した魂は質がいい」

(魂だと? あの黒い靄が人の魂だというのか?)

「さて待たせたな。次は貴様らの番だ」

(不味い、このままだとすぐに殺されてしまう……。何とか今見たことだけでも外部に伝えたいが)


 視線を巡らせ周囲を窺う。この部屋唯一の扉の前には上位個体と思われるオークと通常のオークが三体。他のオークは全て奴隷を取り押さえているためフォービスの周りには何もいない。


(今なら俺を押さえているオークさえなんとかすれば邪魔が入らずに奴を狙える)


 策を張ろうとしても答えは出ない。ならば隙を晒しているフォービスを直接討とうと結論付ける。


(たとえ後で他の魔物に殺されたとしても魔王さえ討てば奴らはすぐに瓦解する。そうなれば王国の討伐隊も楽になるだろう)

 

リザンはまずはオークの拘束を解くため意識を集中させ体内に少しずつ魔力を巡らせる。 


「クハハハハ! よいぞ。もっと絶望に染まるがいい! その方がより上質な魂が手に入る。さて時間も惜しい、早速始めようか」


 フォービスが杖を掲げ次の動作に移る。


(今だ!)

「おおおおおおお!」


 リザンは雄叫びを上げながら魔力による身体強化がなされた身体を思い切り捻り回す。

 オークが油断していたのもあるだろう。強引に拘束から抜け出しオークの顔面目がけて拳を振り上げる。

動揺しながらも僅かに回避行動を見せる。だが――


(遅い!)


 それより早くリザンの拳がオークを捉える。

 オークを吹き飛ばしすぐにフォービスを視界に捉え駆け出す。


(反応できていない。いける!)


 動きを見せないフォービスにリザンは躊躇いなく突っ込む。


(魔力変換!)


 リザンは身体じゅうに巡らせていた魔力を拳に集中させ、アンデット系の魔物に対して絶大な威力を持つ聖気へと変換する。


(当たる!)


 リザンは確信を持って聖気を纏った拳を突き出したが、それはフォービスに届く前に己の意志に反して止まっていた。


(な⁈ 馬鹿な!)


 その後は一方的な展開だった。

 フォービスは身体の自由を奪われたリザンを吹き飛ばし嘲笑と更なる絶望を与えた。


(強い……!)


 最早どれだけ開いているのかさえ分からないどうにもならない実力差にここまで己の使命に対する責任感で支えて来た心が崩れ揺らぎ始めた。

 だがギリギリの所でリザンを支えたのは顔も知らない隣人、ハイジの存在だった。


「さっきの現象を見ただろう? 死体から出て来たあの黒い物質は死体が持っている魂を具現化したもの。本来魂とはその持ち主の死後もその肉体に留まり、時が経てばいずれ消滅するか生前の記憶を失い新たな生物へと転生を迎える。しかしあの宝玉には具現化した生前の記憶を持った魂を吸収し己の中に転生することなく留まらせる能力を持っている。そして……この世界に存在する魔力とは魂を動力源として生み出される物だ」


 フォービスの言葉は本来なら崩れかけた心を完璧に砕く物だった。

 だがリザンは己の内で誓ったハイジへの約束と――


「ク、クハハハハ! まさか死ねば解放されるとでも思っていたのか? 残念だったな。貴様らは死した後も苦しみながら、ただ永遠に魔力を生み出すだけの存在となるのだ!」


 目の前で馬鹿みたいに笑い続けているフォービスへのかつてない程熱く煮えたぎるマグマの様な怒りで心の揺らぎを断ち切った。


(こいつはここで殺さなければ! こいつの存在を許してはいけない!)


 今度は笑いながら床に叩きつけられ床に這い蹲るという無様な姿を晒すことになるがリザンの瞳に揺らぎは無い。


「身体が動かせないから何だってんだ……。それでも俺は諦めるわけにはいかない!」

(目の前に倒すべき敵がいる! 民の安寧を脅かす者がいるのだ!)


 リザンの体内で命が燃え上りそれによって生み出された魔力が聖気へと変換されていく。


「俺の役目は民の平和を守り、それを脅かすものを排除すること! 俺の名はアルスタリア王国守護騎士団序列六位リザン・ベクタール! 今! この場で貴様を討ち取る!」


 拘束を跳ね除け立ち上がり聖気に包まれたリザンは魔を払い世を照らす様な一種の神々しさすら放っている。

 だがそれは文字通り命を懸けた輝きだった。

 リザンは決死の覚悟を両目に宿しフォービスを睨み付ける。

 フォービスはそれを見ても悠然と立ち続けているが、周りのオークは状況の変化に動揺を露わにしている。

 そしてもう一つ。他の奴隷達が度重なる負荷により精神を崩壊させ虚ろな視線で微動だにしない中、僅かな動きを見せた奴隷がいた。

 それはまだ十歳をようやく超えた程の、あどけなさの残る顔をした子供だった。

 その少年は顔を上げしっかりとリザンの両目を見据えるとポツリと一言。


「リザン、さん……?」


 そしてリザンもまた少年に意識を吸い寄せられる。

 リザンは目を僅かに見開き少年と同じく一言だけ呟く。


「ハイジ……?」


 今ここにようやく顔も知らなかったお互いは対面を果たすことになる。


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