散歩する男
真夏の朝、敵と睨み合う男が一人いた。
俺だ。
俺は格闘していた。
カサカサッ
奴は俺の後ろに回りこんでいた。
(やられる…!)
俺は殺気を感じ、振り返る。黒き漆黒の使徒は不気味な触覚を動かしながらこちらを見ている。俺は渾身の一撃を己の手に持つ新聞紙に込めて振りかざす。
「チェイサー!!!!」
ぺシーン!!!!
目の前の黒き悪魔はペチャンコにこと切れていた。俺は勝利した。Gとの戦いに…
俺は自身の部屋でガッツポーズしていた。そして雄叫びをあげていた。18にもなる男がたかが虫一匹を相手に全力を尽くし、キメ顔で丸めたティッシュをみつめているのだ。そう、これが『"河口"という男』の夏休みの目覚め方だ!
俺はリビングで朝食をとる事にした。手の暇かけて湯を沸かし食べるインスタント麺は最高の朝食である。
「昨日はシーフード食ったから今日は、そうだ!明太子味にしよう」
この食材を選ぶ時が俺にとっては至福のひと時なのだ。俺が自分の至福を楽しんでいると、
「げっ、最悪!朝からキモアニキの顔見るなんて!」
俺の最愛なる妹のお目覚めである。妹の名前は美名。地元の高校に通う、高校一年生だ。
「おはよう!美名〜♡」
俺はかわいい妹に声をかける。
「うっさい!マジキモいから近寄らないで」
俺は妹に罵られながら朝食を食べていた。こんな妹でもかわいいんすよ、俺にとってはw
「キモアニキ、リビングで朝食食べんのやめてくれない?朝から不愉快」
「そんな事いうなよ。じゃあ、お兄ちゃんどこでご飯食べればいいだよ?」
彼女は真顔で俺に言う。
「外…」
「……」
こんなんじゃ、俺の鋼のハートは崩れやしないぜ!鍛え方が他の奴とは違うんだよ!
「そんな事言わないでよ。お兄ちゃん悲しくて死んじゃうよ」
「……」
振り返ると妹はリビングにいなかった。この放置プレイに俺は笑いがこみ上げてきた。
「ははははは!」
涙もともに流れ始めた。
「はははっ…グスン…」
さすがの俺の鋼のハートも応える。なんか反応してくださいよ…美名さん
セミの鳴き声がリビングに響き渡っていた。
俺は朝食を終えて、町内を歩く。夏休み中、特にやる事のない俺は毎日朝の散歩が日課になっていた。
「喉が渇いたなぁー」
俺は自販機に歩を進め、財布から小銭をだす。
ピッ、ドンガラガッシャーン
自販機から缶コーヒーを取り出し、近くの公園のベンチに座る俺。
「はぁー、なんかいい事でもないかなー。可愛い女の子とかが犬と一緒に散歩してて俺に話掛けてくれるとかさぁー」
俺は具体的に自分の夢を呟いていた。
すると…
「ワン!ワンワン!」
向こうから子犬ともに公園に入ってくる一人の少女が目に移る。
マジか!マジなのか!?言った側から妄想とドンピシャのシュチュエーションで事が起きるなんて!
俺は彼女を少し観察する事にした。いや、悪魔で観察であり下心など全くありはしない。可愛いものをめでる気持ちで俺は彼女を見ているのだ。
「あ、もうっコラ!チャッピーやめなさい」
彼女は子犬と戯れる。
「そうか〜、犬の名前はチャッピーって言うのか〜♡」
俺はお顔がだらしなくにやけていたに違いない。だから彼女も少し気味悪そうにこちらを見ていた。俺は彼女の視線に気付く。
「あ、あの〜なんすか?」
俺は彼女に恐る恐る尋ねた。
「あ、はい!さっきからこちらをずっと見ていたので…」
俺は彼女に言われてドキっとしてしまった。そうか…俺はずっと彼女を見てしまっていたのか。俺は気を取り直して彼女に勇気を出して話し掛ける。
「よくこの辺を散歩するんですか?」
なんて王道な質問だ。我ながら恥ずかしい。すると彼女は、
「はい、家がその辺なもんで」
もっともな返答が返ってきた。そりゃそうだわな。この辺に住んでるならこの辺散歩するのが当たり前だろ俺。だがこの子かなり美人だな。凄く可愛い。俺は彼女との会話をこれだけで終わらせるのは勿体無いと思ってしまった。だって可愛いいんだもん!
俺は空っぽのアホな頭をひねくり回し次の会話を探す。
「あのお名前は?」
アホだろ俺?初対面でいきなり名前聞くなんて。
「へっ?」
ほら、向こうもかなり動揺してるよ。終わった。完全に失敗した。絶対キモチ悪がられたな俺。だって俺がもし彼女なら警戒するもんなやっぱり。彼女に目を向けて見る俺。
「は、はな…わ…るこ…です」
彼女は何か言っている。
「え?」
俺はもう一度彼女に聞く。
「花澤薫子です!」
彼女は名前を教えてくれた。
パアァァーーー
俺の中で何かが明るく光りはじめる。
「は、花澤さんかー。いい名前だね」
相変わらずバカな返答しかできん俺。
「どこにでもいる名前ですよwそれより、あなたのお名前はなんですか?」
名前を聞かれた俺。そうか、こちらが聞いて応えてくれたのにこっちが名乗らないのはおかしいよな!俺は自分の名前を彼女に教える。
「お、俺は河口っす!河口遊也です」
「河口さんは一人で公園に?」
「朝の散歩っすかねw暇なんで!」
なんか知らんが女の子と話ができてるぞ!よーしいいぞ俺。この調子で花澤さんと仲良くなるぞー。序盤に「下心はない!」と語った俺はその下心を今はガンガンに出し、俺は彼女との会話を満喫していた。
「その子犬可愛いですね!」
俺は彼女の傍らにいる犬をネタに会話を弾ませようと企む。だが、そのトイプードルは俺をかなり警戒してるご様子で、さっきから歯ぐきをむき出して威嚇している。今は静かにしていろ、このクソ犬!
「ありがとうございます。この子かなり人見知りが激しいので困ってるんですけど、河口さんには懐いてるみたいですね!」
えー?懐いてんのこれ?ガンガン威嚇してるよねこれ?『近寄ったら咬み殺すぞ』って言わんばかりに睨んでるよこいつ!
俺が子犬にビビっていると彼女が、
「撫でてみます?」
と、まるで天使のつぶらのような瞳で俺に語りかけてくる。
え?マジで!?でも断るのはおかしいし…
俺は意を決して子犬に触れることにする。
「グルルルっ!」
え!やべーよ、これマジで怒ってるよ。噛まれる、噛まれるぞこれ…
「どうかなさいました?」
俺の心中を知らない花澤さんが俺に問いかける。
「え?いや〜なんかワンちゃんすっごく可愛いくて触るの勿体無いなぁーて、こんな俺が触っていいものなのかどうなのかなーアハハっ」
「勿体無くなんかないですよ!それにチャッピーも河口さんに撫でてもらえたらきっと喜びますし」
そうなんですか…?俺にはそうは見えませんが。えーい、やったろうじゃねーか!ここで男見せなくてどうするよ河口!
自分に言い聞かし、震えながらも手を近付ける俺。
「クンクン、ペロペロ」
あ、舐めてくれた!やったぜ!いい子だよお前はチャッピー!
「クーン!クーン!」
「そうか〜、嬉しいかぁ〜」
俺はチャッピーを撫で回した。変な汗と疲れでどどっと体が重くなっていたがそれでも嬉しかった。
「ほらやっぱり!河口さんは動物に好かれる方なんですよ、きっと!」
なにより彼女の笑顔が見れて俺は幸せだった。
「クーン!クーン!ガブッ!…」
いきなり右手首に激痛が走る。
噛まれた…
「うわあぁぁあん、いってー!!!!」
俺の情けない絶叫が公園にこだました。
彼女と別れた俺は右手を抑えながらスキップをしていた。あれから彼女との会話も弾み、連絡先も交換できたからだ。ま、結局チャッピーはずっと歯ぐき出したまんまだったけどね…
それでも俺は嬉しかった。なにぶん俺の周りは男しかいなかったし、久しぶりの女の子との会話は『童貞』にとってとてもありがたかった訳ですよ。それに彼女が別れ際に教えてくれた彼女の通う学校、
「あ、私は王聖学園に通ってますよ!」
これ!これですよ!
この決めゼリフに俺はシビレていた。
なんせこの王聖学園、この河口も通っとるんですよ!学年までは分からんかったですけども、それだけでうれしいんですよボクは!ニヤニヤしながら帰り道を歩いていると、突然誰かに声をかけられる。ふと、そちらを向くと、会いたくはなかったバカの顔がこちらに視線を送ってきていた。風原だ。
「上機嫌じゃん!河口、どした?」
言いたくねー、こいつには俺の幸せを教えたくねー。教えてもこいつ、またプリクラ同様に「やれ女はこうゆう生き物だ!やれブスに好かれて何がうれしい?」と散々俺をバカにするに決まっているからな。
「おい?どうしたんだよ河口」
再度、俺に問いかける風原。
「別にどうもねーよ」
俺は何もなかったように彼に話す。
「ハハ〜ン、お前さては!」
何かに気付く風原。マジか!こいつ俺が抜け駆けして可愛い子と会話してるのを察したと言うのか?
俺は焦る。そして風原は自慢気に語りだす。
「お前、いいエロ本でも見つけたな〜?」
俺は再度こいつらの程度の低さを実感した。そうか〜俺がモテなかった理由はこれか〜。はたから見たら俺もこんな程度の低いレベルに見られてたんだな。気を付けよ。そう心に誓う自分がそこに居た。風原はまだ何か話ている。
「俺的には星野すずめもいけるんだが、あえてのエロティカかえでも味があっていいんだなこれが!」
もうこいつは放っておこう。
俺は風原を無視して歩みを進めようとすると、奴は驚いて俺の前に立ちふさがる。このままいい夢見ながら帰らしてくれよ!気持ちよく帰りたいんだよ今日は!
「なにシカトこいて帰ろうとしてんだ河口!まだ、俺の話は終わってねーんだぞ!」
風原は少し切れぎみだ。
「わりー俺、今日用事あるんだわ」
俺は風原に嘘をつく。
「お前、今日用事ねーだろ」
風原は即答で俺を論破する。
「バイトがあんだよ今日」
ありもしないバイトでその場を切り抜けようとする俺。
「お前シフト来週の金曜まで入ってねーじゃん!」
なんでそこまでこいつ知ってんだよ!
「どこでその情報を?」
「この前、須藤と集まった時に自分で言ってたじゃん!」
ああ…そうだった。
俺は自分が愚かな男だったと反省し、風原の話を聞く事にした。
「で、話ってなんだよ」
「お、やっと聞いてくれるか?」
「ああ、聞いてやるから早く言えよ」
「それがよー河口!近々メロライブが映画化するらしいんだわ!」
「はぁ…」
「だから、一緒に見に行かない?」
【メロライブ】とは、深夜枠にやっていたアイドルを育成する深夜アニメで、毎週好きなアイドルにネットから投票し、その週で一番投票が多かったアイドルがオープニングとエンディングのセンターを踊るという擬似アイドル育成アニメである。少し前、アニオタの一部のコアなファンに好かれていたという事だけ俺はしっていた。こいつはそのメロライブのコアなファンの一人なのだ。俺は躊躇なく風原にいう。
「行かない」
もともとメロライブが好きではない俺はそのアニメ事態見ていないし、無論これから見るつもりない。断って当然なのである。けれども風原はあきらめない。
「お前、ふざけんなよ!事の重大さがまるでわかってねーよ」
分かってねーのはお前だ。
「まいにゃんだって踊るだぞ?見たくねーのかお前はまいにゃんの勇姿を?」
まず、まいにゃんを知らない俺にどうしろと言うのだこいつは?
「見るしかないだろ?河口!俺達女の子っていったら二次元しかいねーだろ?な?な?」
さっき、ガッツリ三次元の可愛い子と話たしな。てか、そんな事やってるから俺達モテねーんだよ。気付こうぜ、勿体無いバカ。
「行かねーよ。俺、メロライブに興味ねーし」
俺は風原を突き放す。
「そんなー。じゃあDVD貸してやるからよ、見てくれよ。な?な?」
風原は自宅に戻り何枚もDVDが収納されているDVDファイルを俺に渡してきた。
ファイルに『風原スペシャル』と書いてあるのが、どうしても苛立つが綺麗に整頓されたそのファイルを見て断るに断れきれない自分がそこにいた。
「公開日までには見とくんだぞ!」
風原にそう言われ、俺はやっと奴から解放された。俺は自宅に戻り、ベットに横になる。花澤さんとのでき事を思い出しながら、俺は自分の世界に入ろうとしていた。家には誰もいない。可愛い妹も友達の家に行ったのだろう。俺は自分の世界に入った。数分後、完全に賢者タイムに入り切った俺は、やることがなくなり無気力のままただベットに座るだけであった。ふと、目の前に風原から借りたDVDのファイルが見える。
「見てみるか…」
俺はだせいでただDVDを見ることにした。
『このライブ絶対最高のものにしようね!みんな、一緒にアイドルやれて本当に良かった。卒業してもまたアイドルやろうね。ありがと…!』
全50話。俺はメロライブを全話見ていた。
「ひっくっ…まいにゃん…卒業すんなよっ」
俺は号泣していた。あんだけメロライブをバカにしていたのに…
今なら風原の言っていた事がわかる。
"まいにゃん"彼女こそ最高のアイドルだ!
「映画見に行こっかなっ…」
俺はひとりでにそう呟くのであった。
時刻は0時をとっくに過ぎていた。