転生することになりました。
「知らない天井だ」
目が覚めて一番に思った事を口に出してみる。
体を起こして回りを見渡してみるが、自分が暮らしていた下宿の狭い一部屋ではなく、豪華な内装の広い部屋であった。
自分はそこのベッドに寝ていたようだ。
右側にある窓から入ってくる日の光が眩しい。
「昨日の事について思い出して見るか」
☆
俺は大学の講義が終わり、朝確認したときに冷蔵庫の中に何もなかったので食材を買うためにスーパーによってから帰ろうとしていた。
「あの、すみません」
少し薄暗くなってきていたので近道をしようと路地裏に入ろうとしたとき、タキシードを来た長い黒髪の綺麗な女性が声をかけてきた。
「はい?なんでしょうか?」
「少しお話がしたいのですが大丈夫でしょうか?とても大切な話です」
「は、はぁ。いいですよ」
女性がするには少し変な格好で、セールスの類いなのかと思い断ろうかと思ったのだが、表情に真剣身を感じられつい了承してしまった。
別に相手が綺麗であったからホイホイ話をしたいと思った訳ではない……はずである。不思議と断ろうという気持ちがわかなかったのである。
女性が場所を移したいと言ってきたので近くの喫茶店に場所を移した。
「はじめまして、私は死神という立場にいるものです」
話を始めて最初に女性が口にした言葉だ。
死神?何を言っているのか、この女性は。
「すみません、信じられませんよね。こんな話」
「え、ええ。死神ですか……じょ、冗談の上手いかたですね。ははは」
この人は俗に言う中二病というものにかかっているのだろうか。最近は中二病の女の子をヒロインとしたアニメも有るみたいだし、一応流行しているのだろうか。……友人にはそんな人はいなかったが。
「でも本当に私は死神なのです。……その証拠を見せるので少し目を瞑ってもらますか?」
「わ、わかりました」
俺は戸惑っているものの女性の指示に従い目を瞑る。するとさっきまでは他の客の話し声や従業員の食器を洗う音などが聞こえていたのだがまったく聞こえなくなった。恐る恐る目を開けると女性と自分以外の物がすべてモノクロになり動きを止めていた。
「私の話を信じてもらうために、私に与えられている権限を使い私とあなた以外の時を止めました。これで私が死神、いや人ではないと信じて貰えましたか?」
最近の中二病って時空を操れるんだなー、ってそんなわけあるか!
だがしかし実際にまわりが動きだすことはないし色が戻るわけでもない。
「そうだ、病院に行こう。きっと具合が悪いんだな。そうだ、そうに決まってる」
「本当に私は死神なのに……そんなに私が死神に見えないですか?」
俺が起こっている現象から目を背け現実逃避を始めると、女性は涙目で問いかけてくる。
そう言われ改めてその女性を見る。
くりっとした目に小さく可愛らしい唇、整えられた長い黒髪。それぞれが絶妙にマッチして大和撫子と言ってもない顔立ちを作り出していた。服はタキシードだがでるとこはでて引っ込むとこは引っ込んでいると言う魅力的な女性のラインが見てとれる。そして極めつけは背中に背負った彼女の身長と同じくらい大きな鎌であろう。鎌の異質さが彼女の柔らかな雰囲気に一味違う感じを加えていた。
って鎌ぁ!?
「ちょっ、おまっ、その鎌っ」
「これですか?これは生き物の魂をとるための道具ですよ」
「銃刀法違反で捕まるだろそれは!」
いくらなんでもその大きさの刃物を持ってたら絶対捕まる。てか誰か通報しろよ!いやそれ以前にどうやって鎌を作ったのだろうか鍛冶屋で取り扱ってるのかな……
「捕まりませんよ、だって誰にも見えていませんし。あなたもさっきまでは見えてなかったでしょう?」
言われて見ればそうである。彼女は出会ったとき手ぶらだった。見えるようになったのはついさっき、具体的にはモノクロの世界になってからだ。
「……わかりました。完全に信じたわけではありませんが納得しておきます」
「ありがとうございます。それでは本題に入ります。本日20時17分にあなたは残念ですが死にます。もちろん寿命というわけではありません。こちらがわの不手際で余剰分の存在をこの世界に送りこんでしまい……その帳尻合わせにあなたが選ばれたのです」
俺が……死ぬ?
容姿は普通、人間関係は極めて良好、なんでもある程度はそつなくこなす。必死に努力したが大学受験に失敗し悔しい思いをして、滑り止めの学校にいくことになったが現在は生活も充実し結構楽しくやれている。紆余曲折はあったが順風満帆といえるだろう。
そんな俺が……死ぬ?
それを受け止めるには事態が重過ぎた。
「で、ですがさすがにそれは理不尽だと言う理由で今回提案をしに私はやって来ました」
女性改め死神さんは明らかに絶望している俺に慌てたように言葉を付け足した。
「提案ですか?」
「はい、あなた転生してみませんか?とは言っても異世界ですけど」
☆
そうだ、俺はあのあと死神さんの話を了承し、死んだのであった。
その後現状にいたる、と言ったところか。
俺はどこにでもいそうな顔で背も170ほど、体型ガリガリではないにしてもそれなりに痩せていたはずである。しかしベッドの前の壁に立て掛けられている姿見にはかなり肉付きのいい、言い換えるとかなり太っている、まだそれなりに幼さを残す少年がこちらを驚いた顔で見つめかえしていた。
髪は日本人の様な黒髪ではなく黒色に近い灰色をしている。風呂に入っているのかわからないがボサボサしており、清潔感に欠けていた。背は小さい……というよりもまだ若く成長していないといった方が正しい。
俺が体を動かすと姿見の中の少年も同じように動く、今俺はその少年と成っている様だ。
死ぬはずだったことを取り消して別の人生としてだか生き長らえさせてくれるのだから文句はないが、もう少し転生先をどうにかならなかったのだろうか?……いやこれは文句か。
死神さん曰く、転生先はいろいろな観点から見て等価値の尚且つ同時刻に死んだ相手になるらしいがどうもそうは思えない。
とりあえず現状把握をした方がいいと思いベッドから降り部屋を物色する。
「それにしてもいい部屋だな」
クローゼットを開けると中はあまり服が置いてはいないがとても広く、置いてある机やベッド、他の家具にしてもいいものを使っていると一目で分かる。お金持ちの家のようだ。
俺は貧乏でもないが金持ちでもない大学生で容姿は普通、こちらは金持ちではあるが容姿が醜い。
なるほど等価値だ。
実際はそこまで単純ではないのだろうが一応納得しておいた。
あと死神さんはなるべく才能ある人物になれるよう探してみると言っていたがこの少年に磨けば光るものがあるのだろうか……まあ痩せてから考えるとしよう。
そして本棚を物色していると一冊だけ獣の皮をカバーにした本があり手に取ってみた。
死神さんが転生先の体がその世界の言葉を覚えているから、言語理解と言う観点では問題は起きないだろうと言っていた。実際その通りで本の表紙には見たこともない文字が書かれていたがなぜか意味は理解できた。その感覚に違和感を覚えたが気にしてばかりいると何も出来なくなってしまうだろうから気にせず本を開いた。
本の表紙には日記と書かれていたので今自分が転生した少年がつけていたものだろう。初めのページにはこのようなことが書かれていた。
僕、ルークと妹リィスは6歳になります。
そして今日は僕と妹はティルノース伯爵様の息子と娘になる記念すべき日です。
院長先生にお別れを言って僕たちは白くて格好いい馬車に乗りました。
院長先生は別れるときに皆とお別れをするのは寂しいけどこれからは楽しいことがたくさんあるから幸せにね。と言ってくれました。
仲が良かった子たちからは、この本と鉛筆をもらいました。
これから1日1日あった事を書いていきたいと思います。
院長先生と仲の良かった皆とのお別れは寂しいですが、これから楽しいことがあると思うとわくわくします
この文面から察するに少年には妹がいて孤児だったようだ。そして伯爵の養子となって孤児院を去った。
わかることはこれぐらいか……誰かが来るかもしれないし早く読んだ方がいいだろう。自分についての知識はなくてはならないものだしな。
読み進めて行くといろいろなことがわかった。
まず伯爵夫婦には3人の子供がいる。長女の名前はカリーナ歳は同じで仲も良好で、いずれは結ばれたいと書かれていた。
まあ日記を読み進めて行くにつれ好感度は下がっていくことが読み取れたが、これはあとで考えよう。
次に次女と長男についてだ。二人は双子で名前をアンリとヴァンという。生まれたのは養子になってから1年が経ってからだ。
ふとわざわざ養子までもらった後に子作りとは盛んだなと変な考えが頭に浮かんだのは秘密だ。いや、誰に対して秘密なのかは知らないけど。
二人はよく懐いてくれる可愛い弟と妹らしい。
実妹についてはカリーナと同じで年々好感度が下がって現在はかなり嫌われている。
とこのような現状を産み出した張本人はと言うと、伯爵屋敷に来た当初は遠慮、いや未知の場所での不安があったのか大人しかったのだが、徐々にその不安も無くなっていき我が儘になった。我が儘を咎めたり、諌めたりする人もいなかったり伯爵夫婦は溺愛していてなんでも我が儘を聞いていたようで、日に日に性格は傲慢になり太っていた。
もちろんカリーナとリィスは少年の事を思って我が儘はいけないことだ、我慢をしてくださいと言っていたが彼は聞く耳を持たなかったとのこと。だが二人のことはかなり好きだったようで話した言葉をたまにではあるがそのまま記されていた。
素直に言うことを聞いておけば嫌われることも無かったろうに。馬鹿だなぁ。元孤児ということもあってなに不自由なく生活が送れることで何でもできると錯覚してしまったのかもな。伯爵夫婦も悪い所がある、初めての息子と言うことで溺愛っぷりは甘く口から砂糖を吐きそうだ。過ぎたるはなお及ばざるが如しって言うように我が儘を聞いてあげるのはいいけど、何でもかんでも聞くのは駄目だろう。
ついでに使用人についてだが、少年は何でも言うことを聞いてくれる便利なものぐらいにしか考えてなかったみたいだ。使用人に関する記述はかなり少ない上、使用人と書いていなかったため情報はほとんど得られなかった。
最後に読み進めている内に気になったのがこの体の死因についてだ。生活は充実していたし、病気にかかったり大怪我をするなんてこともなく別に死ぬことはなかったろうに。
だがその謎は簡単に解けた。少年とカリーナ、リィスは13歳になって次の春に学校に入ったらしい、なんでも今まで我が儘で通してきた俺は当然回りの生徒に着いていけず落ちこぼれとなったらしい。
そして二人にいいところを見せようと魔物――動物が変異したりどこからか沸いてきた化け物――を観察すると言う訓練で不用意に魔物に近づきむしろ二人を危険にさらすという事態に陥った。しかし自分の非を認めず別のもののせいにしようとする。そんな姿に二人は完全に愛想を尽かしたようで、会話をすることが減り日記が書いてある最後のページにはもう話していないと弱々しく書かれていた。
性格から友人もおらず、他者との共同生活をうまくすると言うことを学ぶための寮では二人に愛想を尽かされてからはずっと一人で辛いなどとかかれ、半年ぐらいたったあたりで学校で問題を起こし自主退学となって現状のように部屋に引きこもって昨日にいたるらしい。自主退学と言うのは貴族の息子が問題を起こして退学になったというのはいろいろとまずいからだろう。
「そして精神的に参って毒を飲んで自殺か……」
言ってしまえばただの自業自得だ、だが憐れに思えてならなかった。正直に言うと生きてきた環境が違い、なぜ少年のような人格に育ってしまったのか専門家でもないし理解出来ない、だから憐れに思うのは少し違うかもしれない。
「……でもこの体は大切に使わせて貰うよ。新しい自分としてさ」
死んでしまった少年に対する所信表明をする。自分が生きていられるのはこの少年のお陰だ。だから彼に対して何か言葉を述べるのは必要だと思った。
不謹慎ではあるがこの少年の死が無ければ俺は転生できず死んでいたのだから。
「さて、これからどうするか」
日記を本棚にもどしベッドにこしかけてから呟いた。
まず今の俺はとても非力だ、いくら前世での知識があったとしても使える力がないのだからとてもこの世では生きていけない。また肉体的に太っていてそれがさらに身体能力の低下を促し弱みとなっている。最後に学園で起こした問題についてだが詳細は書いていなかった。自主退学とは言え退学になったのだ周囲の風当たりはきついだろう。これらのことを踏まえてこれからしなければならないことは。
「まず第一に一人で生きていく術を教えてくれる先生を探す、そして人間関係をある程度修復ないし広めること。あとは……ダイエットだな」
これからの方針を決めた俺は、ドアノブをひねり異世界の外の世界へ第一歩を踏み出した。
絶対に俺は死なない、死ぬなら寿命で死にたい
と固く決意しながら。