リョウタ
ある日街を散策しているとタクミは一人でいる深衣奈をみつける。お互いに目があい軽く会釈してすれ違うと何を思ったかタクミは彼女を呼び止める。
それに驚く深衣奈。呼び止めたもののこれと言って用のなかったタクミはこの間のことを改めて詫びた。不承不承で受け止める深衣奈。それだけで終わりかと思ったらタクミが言った。
「今、暇だったりする?」
「は?」
聞き方が曖昧だったこととこれでは引き止める文句として弱いと感じると
「話がしたいんだ。時間ちょうだい」
と強気に言ってみた。相手がより断りにくいように。
「話って?」
「えっと、いろいろ。東塔さんのこととか」
訝しんだ深衣奈はしげしげとタクミの表情を観察する。
「ドリンクバーおごるよ」
「やっすい、男」
とは言ったものの結局深衣奈は誘いに応じた。
けれど二人が入ったのは洒落た喫茶店だった。
席につき注文をする二人。コーヒーを頼むタクミとケーキセットを注文する深衣奈。深衣奈はひとこと、いいよねとだけタクミに言った。苦笑いで頷くタクミ。
なんとなしに呼び止めて深衣奈と喫茶店に入ったタクミだったが実のところそれほど神奈に執着しているわけではなかった。共通の話題がそれだっただけで。
微妙な沈黙ののち運ばれてくる注文の品。すぐさま深衣奈はケーキにフォークをのばした。幸せそうに味わう。
「ケーキ好きなんだ?」
「まあね、でも女子だとフツウでしょ?」
「フツウなのかな?オレ彼女とかいたことないからよくわかんないや」
ちろりとタクミをみつめ
「神奈にOKしてればよかったのに」
ボソリと言われた。チクリとした。それを言われてはタクミに返す言葉はない。
度々流れる沈黙。
「自己紹介っていうかオレの名前知ってるよね」
「深見」
「深見さんか」
タクミの意図をすばやく汲み取ってくれた深衣奈。意外と切り返しが早い。
「なんで誘ったの?」
「ゴメン、なんとなくじゃダメかな?」
「ふうん、てっきり友達の私から神奈と仲良くとか、ほら将をなんとかって」
「ああ、おれも全部は知らないや」
将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、である。
「ほんとなんとなんとなくなんだ、自分でもわからないけど」
「あっそ、別にいいよ。暇だったしコレもおごってもらったし。けどさっきのアレかそれとも」
少し含みを持たせる。
「今度はアタシかなって?」
意外な言葉に答えを言い倦ねるタクミ。そんなズバリと予想外の言葉をもらうとはおもわず混乱する。
「ゴメン」
「ゴメンって何?」
「そんなつもりじゃなかったから」
「ちょ、待って。それアタシが振られたみたいなんですけど」
「いや、そうじゃないけど。考えもしなかったて言うか」
「ふうん、まあいい」
どうにも深衣奈との関係は前回の一件でヒエラルキーに似たものが形成されてしまったようだ。タクミが女慣れしてないとはいえ苦手ではない。学校の女子とは普通に話せる。けれどこの子には常に怒られているように感じ。実際タクミがしてしまったことへの罪悪感とそれへの怒りがこの場の関係を形作っていた。
「東塔さん何か言ってた?オレのこと」
「何かって?」
「えっと」
「君のこと好きかどうかとか?」
「そうじゃなくて」
戸惑いを見せるタクミ。
「まだ気にしてるとか怒ってるとか。本当に悪いことしたと思ってるから気にしてたら嫌だなって」
「ふうん」
なにか思うように深衣奈はタクミの顔を見る。
「別に。あの子ああいう子だからきにしてないと思うよ」
「そう?ならいいんだけど」
そうこうして深衣奈はケーキをたいらげてしまう。
話題に困ったタクミは窓の外に目をやる。日が高い空が青い。そこでこのあいだの神奈との会話を思い起こす。
「あのさ、前の学校で彼女どうだった?オレの知ってる東塔さん昔と今でだいぶ印象違うからさ」
「どうってねえ」
「この前も言ってたよ。変われたの深見さんのおかげが大きいって」
「はあ?あの子そんなこと言ったの」
困ったような恥ずかしいような微妙な顔で口を隠しそっぽむく。
「面白がっていろいろいじってただけだけどね」
「いろいろって?」
尋ね返したタクミの目は珍しく真剣、真摯といった感じだった。
「けど、本人がいないところでペラペラあの子のこというのも・・・」
そういって深衣奈はテーブルに置かれた限定メニューの書かれたミニメニューを眺める。
その姿にタクミは
「すいませ~ん」
すかさず手を挙げた。
「いいね、悪くない」
深衣奈はおもちゃを見るように笑っていた。
「なんてことないんだけどね」
2つ目のケーキに手を付け深衣奈は語り始めた。
「1年の時同じクラスでさ出席番号も近いから最初からよくしゃべってたんだ。ほら入ったばっかで知ってる人少ないし。でさふとした時にあの子が笑ったんだけどすごいかわいかったのよ。それで思ったわけ。もったいないなあって。そんであの子が気に入ってさ髪型いじるように言ってみたりオススメのアクセや服教えたりして。ああ、でもあの子学校にはアクセ持ってこないの。変なとこ真面目だから。
そうこうしてさ、この子もっと可愛くしたいなって。無理やりクラス委員やらせたり、いろんな行事率先して仕切らせたり、課外活動?ってのやりなって。さすがにあの子だけじゃ可愛そうだから男子とペアじゃないやつはアタシも一緒に。そしたらホントに変わってきてさ。いろんな人と会ったりしたからかな?そんで夏開けにはほとんど別人!その頃から男に言い寄られるようになったんだけど」
そこで深衣奈は一度言葉を切る。
訝しむタクミ。
「どうしたの?」
「いやさ、ガキが多いのはわかってんだけどそこそこのもいんのよ。それでもいままでみんなダメで。わかんないけどなんか違うんだって。そのくせ中学の時は告ったことあるっていうし。こんなのに」
「こんなのって。深見さんそれはひどくない?」
「ああ、ゴメンごめんつい」
ついかよ、と心のなかでぼやく。
「今は恋とかいらないって。2年になる頃には何人だろ?学年の1割いかないくらい?の男子に告られてたな」
「そんなに?」
正直これにはタクミも驚いた。転校前から神奈は男子の視線を集めるほど人気だったのか。あの東塔神奈が。
「でさ転校の時は泣いたわあ。マジ無茶苦茶ないた。アタシらずっと親友ねなんてくさいこと言ってさ」
そこまでくるとさすがにタクミもしっかりとは聞いていなかったが心のなかで深衣奈を誘って正解だったと強く感じていた。自分の知らない神奈の時間を知ることができたから。
会計を済ませ店を出る二人。代金は当然全部タクミもちだ。店の前で別れることにした二人。
「今日はありがとう。色々聞けてよかったよ」
「そ、アタシもケーキおごってもらえたし悪くなかった」
「ははは」
苦笑いで返す。
「よかったらまたおごってよ」
「おごるの前提なんだ?」
「あのさ、須藤くんがまだ神奈のこと好きかどうか知らないけどさ」
タクミの目を覗きこむ
「その様子じゃ好きなんだろうけど。未練あるでしょ」
「なんだよそれ?決めつけ?」
「違うの?」
「いや、正直わからないよ。前のは本気だと言っても勢いが大きかったし」
恐る恐る深衣奈をみる。
「なに?」
「いや、勢いって言って怒らないのかなって」
「それはいいんじゃない告白って勢いが必要なときもあるし。前も聞いたけど本気だったんでしょ?まさか冗談だったとか」
「それはないよ!!ホントホント、うん。でさ、いまはわからないんだよ。今でもいいなとは思うよ。それでも彼女にしたいとか付き合いたいとか、好きとかまえよりわかんなくなってきて」
「なんか神奈と似たこと言ってるね」
「そう?」
「どっちにしろさ、アタシたち今は学校違うし。だから君がどうしたいかしらないけど、それでも友達としてあの子と仲良くしてあげてね」
そういった深衣奈の顔は寂しそうで優しかった。友達を思う気持ち、けれどそばにいれないもどかしさ。ケータイ一つでいつでも話はできる。休日には合うこともできる。それでも同じ学校で同じ時を過ごす貴さ(とうとさ)には叶わない。彼女の顔を見ていると不思議、そんなことを考えさせられてしまうタクミだった。
授業中、教師の話を耳半分で聞きながらタクミは考える。深衣奈は言っていた。神奈はいろんなことを積極的に取り組むことで変われたと。その話を聞いてどこか羨ましいと思えた。自分は最近いつ頑張ったのだろう。一生懸命に熱くなったのはいつだろう。高校では部活はやっていない。フツウの日常をフツウと受け入れフツウに過ごしてきた。そういえば以前怒ったのは熱くなったうちに入るのか。良い記憶ではないが体が沸騰しそうなくらい心も体も熱かったな。そう思う。けれどだれでも好きで怒っているわけじゃない。なにもないのに怒るなんて疲れるだけだ。
黒板をみる。わかりやすく今から勉強を頑張ってみようか。なんか違う。これは逃避か?どうなのだろう。
終業のチャイムが鳴る。がやがやと生徒が動き出す。
「須藤隣行こうぜ」
「おう」
次の時限は体育だ。体育は基本隣のクラスと二クラス合同で行われる。男子と女子で教室を更衣室として専有する。タクミのクラスは女子用、よってこのクラスの男子は隣へ移動する。
「今日は長距離かだりぃな」
そんな声が聞こえた。
グラウンドに出てタクミは念入りに準備体操を始めた。
「須藤どしたの?今日やる気だね」
「まあな」
短絡的ではあるがタクミはまずこの長距離走から頑張ってみようと思った。
本気になりたい。実はなんでもいい。本気に慣れれば。
合図とともにかけ出す男たち。
クラスメイトの併走の申し出を今日は断った。自分の限界に挑みたくて。
学校の外を一周、およそ2キロ。我武者羅なだけではすぐにばてる。根気、それが大事だ。いつもより早いペースでしかもそれを最後までキープする。半分を越え重たくなる足。呼吸も乱れ始める。前を走る運動部の面々はさすがだペース配分がうまい。この調子でいけば気の抜けた運動部には勝てそうだ。校門が近づきペースを上げた。
教室の窓から亮太はグラウンドを眺める。他のクラスは長距離か、そのうちうちも。うんざりだという顔で。亮太が見物している頃には先頭集団は何人もゴールを決めていた。なんとなしにみていると新たに校門から戻ってくる集団が。その中には友人のタクミがいた。その姿に亮太は少し驚いた。タクミは自分と似た思考の人間だ。褒美でもちらつかせない限り中の下の集団と仲良く併走するような。そのタクミが先頭の少ししたについていた。珍しく必死な形相で。
グラウンドに入りトラック一周に全力を傾けるタクミ。疲労も相当蓄積されたなか視界の隅を風がすり抜けるのを感じながらはちきれそうな心臓をさらに苛めるように走っている。残り100メートルは別人のような顔付きでメロスになったかのような気迫をたたえ走った。ゴールを切り地面に倒れ込むタクミ。ぜえぜえみっともないほど息を切らし。生まれたての子鹿よろしく足をピクピクさせて天を仰いでいる。
その光景に思わず亮太はぷぷっと笑ってしまった。授業中に笑い出す変人にまわりの視線が集まる。恥ずかしさがこみあげる顔を背けるように肘をついて窓の外の友人をみる。
もう終わっているにもかかわらず、がんばれと亮太はつぶやいた。
その日の昼休み。
「ねえ、ここのクラスの人?東塔さんって子呼んでくんない?」
クラスメイトから人が呼んでいると言われた神奈。誰だろと思いながらも廊下に出るとそこにはやっぱり知らない男子生徒。
「東塔さん?」
「はい」
男は顎に手をあて神奈の容姿を観察する。確かに、と意味深な言葉を漏らし。
「話がしたいんだけど一緒に食堂行かない?」
なぜかその男は教室のドアから死角になるようにまわりを気にしながら立っている。
「えっと、お昼はいつも友達と」
その話を聞いていた友人が声をかける。
「いいよいいよ、わざわざ来てくれたんだし付き合ってあげな」
それでもまだ困り顔な神奈。友人は二人の様子に恋の予感を感じ取り後押しをする。しぶしぶ神奈は男に付き合うことに。
食堂の卓向かいに腰を下ろした二人。神奈は弁当箱を広げる。
「えっ!?そうなんですか?ゴメンナサイわたし同じ中学って知らなくて」
「いいよいいよオレも話すの初めてだし」
男はニマニマ笑う。
「東塔さんも人の顔と名前覚えるの苦手?オレの連れで得意とか言ってる奴いんだけどオレにはわかんねえわ。なんで話したことないやつまで覚えてんのか」
「そういうひともいると思いますよ」
「やめてよ、同級生なんだからそういうの」
「ゴメンナサイ」
「あの、聞いていいのかどうして今日?三藤くんと話したことないのに」
「言っていいのかなあ、どうしよ。怒らっれかも。でもまいいか」
よくわからないひとりごとをいう亮太。
「オレ、タクと仲いいんだけど」
名前を聞いてなおさら困った顔を浮かべる神奈。
「タクってわかんない?えっとぉ、東塔さんのクラスの、、、あれタク苗字なんだっけ?」
頭を抱え悩みこむ。
「スドウ、そう、須藤タク、じゃなくてタクミ」
「須藤くん?そっか三藤くん須藤くんの友達なんだ。そうだね同じ中学だもんね。びっくりしちゃったわたし」
安堵からかわいらしく微笑む。その姿にタクの評価も大げさではないと感じる。
「ごめんね、ビビらせちゃったかな。いやさタクがかわいいかわいいっていうもんだから話してみたくてさ」
かわいいの言葉に戸惑いと照れを見せる。
「そうかな?最近みんな言ってくれるけど言われすぎて本当はからかわれてるんじゃないかなって自分で思うの。中学の時そんなことなかったし」
どう返そうかと適当な相槌を打つ亮太。彼は中学の彼女を全く覚えていない。タクミや結大みたいに比較のしようがない。この時になって卒業アルバムを見ておけばよかったと思うのと同時に今がカワイイならいいやとも思った。
「今日のタクみた?」
「今日の?」
「ほら体育んときの」
「男子は長距離だったね」
「今日のタク凄かったよ。なんでか知らないけどめちゃくちゃ本気でさ。そんなやつじゃないのにねいつもは」
「そうなんだ、わたしゴールした後しか知らなくて。速い子の中にいたから速かったんだなぐらいしか」
「そっかあ残念あんなタクなかなか見れないのに。おれなんて授業中にわらっちゃったのに」
心底残念そうに亮太はテーブルに伏せる。
「けど友達が頑張ってて笑うって三藤くん変だね。仲いいんだよね?」
疑わしげな物言いに素早く切り返す。
「連れだから面白いんだよ。あいつの本気は数えるほどしか見たことねえし。ほらアイツあんま怒る方でもないし。そうそう前にクラスでブチ切れったって」
「えっと・・・」
神奈は困った顔を見せる。その話題に触れていいのか迷ったからだ。亮太がどこまで知っているのか。あの件に少なからず自分が関わっていることを。
その様子に亮太は右手を添えて小声で言った。
「大丈夫、おれタクが告ったって知ってるから」
なおのこと神奈の顔は曇る。それをまずいと感じた亮太は必死にフォローを入れる。
「えっとまあ、中学の時のも聞いてるけどさ。けど心配ないってそれ知ってんのオレと結大ってやつだけだから。結大別の学校だし、タクはそういうの人に言わないやつだから。俺らも聞いたの東塔さんこっち帰ってきてからだし」
「そう、なの?」
懸命のフォーローで神奈の心は少し浮上する。
「でさ、気になって仕方ないんだけど」
首をかしげる神奈。亮太もこればっかりは本当に口にしていいのか最後まで迷ったが結果的に好奇心がかつ形となる。
「タクのどこがよかったの?」
いままでで一番の戸惑いを魅せる神奈。
「ごめんなさい、人いるし。そういうのは」
申し訳無さそうに塞ぎこんでしまう。完全に機嫌を損ねたと感じた亮太は違う手を打つ。
「東塔さん、ケーバン教えてくんない?ダメならメアドでも」
「え?いいけど」
案外すんなり聞けたことに驚く亮太。
「東塔さん結構男子と交換すんの?」
「ううん、男の人で知ってるの家族だけかな」
「そうなんだ、けどあれだよ。おれはあれだけどさ男にひょいひょい教えちゃマズイよ?モテるんでしょ?」
えっと、と今になって本当に教えていいのか考え始める。
「やや、オレはいいの、オレは。ほらタクの連れだし。変なことしたらタクにしばかっれっから」
そうして二人は連絡先を交換して食堂を出た。予鈴がなる間際だった。
その日の夜、電話をかけた亮太は神奈からタクへの思いを聞き同時に悪巧みを画策する。